第67話~第68話 幕間 誰もが一度は悩む事
ガン、と金属がぶつかり合う音と同時に、火花が散る。
振り下ろされた大剣が盾によって捌かれるものの、捌いた本人はその威力に足元をふらつかせた。
「おっとと…」
両者ともに慌てて体勢を立て直すと、二人して苦笑を漏らした。
「やっぱ盾って便利だよな。今のは悪くないと思ったんだが」
「実際悪く無かったよ。力を受け流しきれなかったし」
街の郊外で訓練に勤しんでいるのは、ノノとケインの二人である。
レイ達が装備品を作っている間、手が空くと言う事で戦闘訓練を行っていたのだ。
「あー、クソッ。なんで周りの奴等はあんなに強いんだよ…」
ケインは大の字に倒れ込むと、内に溜めていた思いを吐き出した。
事の発端は悪魔。
時間稼ぎには成功したし、最終的に被害らしい被害も無かった。
ただ、それは運が良かっただけだと本人達が一番良く解っている。
ユークの到着が遅れていればケインの命は無かっただろうし、ノノだって、レーヴェで衝撃を受け流す指輪を手に入れてなければどうなっていたかも解らない。
自分達も何かしたいと言い出しておきながら、結局は助けられる。
それがどうしようもなく不甲斐ないと思うのだ。
「あの時、ユークが空けた大穴凄かったね…」
「空中から叩き落としたからああだったけど、地上で直接地面を叩いてたらあんなもんじゃ済まないらしいぜ。ギアが言ってたよ」
普通、あんな大穴を人が空けたなんて思わないだろう。
だが、それを平然とする人間が身近に居ると、本当に同じ生き物なのかと問いたくもなる。
「メフィーリアでレイと戦った時も意味解んなかったな。素手なのに、振り下ろされた大剣を横から押して軌道を反らすってどう言う事だよ」
「片足立ちで一歩も動けないのに、全然攻撃が当たらなかったね…」
自分達がまだまだ弱いのは解っていた。
だが、どれだけ訓練を重ねてもその距離が縮まる気配が無い。
…それどころか、レイ達の力の底すら見えて来ない。
「単純に身体がつえーってのもあるんだろうけど、読みや技量に差が有り過ぎる。レイは超人って言うより、達人だって感じたよ」
視線一つで牽制もすればフェイントもする。
全く見ていない方向から仕掛けても、こちらを見る事無く受け流される。
戦闘経験の差、才能の差――――どうしても、そう言った物を叩きつけられている気がしてならない。
「ユークはどうだろう? 私、ユークと訓練した事ないんだけど」
「俺達より技量が上なのは確かだろうぜ。それ以上は俺も解らん」
そもそもユークを測れるほどの実力が備わっていない。
訓練をしてても、ユークが焦る所など一度も見た事が無いのだ。
だが、とケインは思う。
ユークは一撃に特化したタイプだ。
防御力なんて殆ど無いと本人も言っているし、相手から一撃食らう事がどれほどリスキーかはユーク自身が一番良く解っているはずだ。
なら当然、相手の攻撃を捌く技量が必要になって来る。
それが出来るだけの力が、絶対にあるはずなのだ。
「今度ユークにも訓練を頼もうかな」
「―――まぁ、いい経験にはなるかもな」
ケインの頭の中では、馬鹿げた力でねじ伏せられる自分達が見えていたが、それは敢えて口にしなかった。
「ギアはどうなの?」
「腕はいいんだろうな。なんつーか立ち回りが上手いんだよ。攻撃の機会が全くないんだ」
斬り掛かろうと剣を振り上げれば、ケインの動線上に槍を置かれる。
踏み込もうとすれば一歩離れ、槍を構えられる。
リーチの差を活かした見事な立ち回り―――と言えば聞こえはいいが、ケインからすれば腹の立つ動きである。
ケインは今まで、ギアと訓練しても一度も武器を振れていないのだ。
「フラウはどうなんだ?」
「どうなんだろう? 私の訓練はレイがしてくれてるから、フラウと訓練したのって数えるほどなんだよね。でも、レイが言うにはスキルが強いんだって。レイも面と向かっての斬り合いはしたくないって言ってたよ」
ああ…、とケインが頷く。
レイが斬り合いたくないと言う相手――――もうそれだけで危険人物なのは間違いないだろう。
「誰が戦ってるのかと思ったら、ケインとノノじゃないか」
どこまでも落ち込んでしまいそうな二人を救ったのは、レーヴェで訓練してくれたシェイドだった。
その後ろには耳を隠した獣人のパートナー、ミリアの姿もある。
「シェイドさん? こんな所で会うなんて奇遇だな」
「俺達も仕事さ」
シェイド達の後ろから、更に二人の人物が顔を出した。
一人は黒い鎧の男性、もう一人は青白い肌の女性だ。
「ロクトの洞窟を調べた時に居た奴等だな? 確か、レイとユークが連れてる冒険者だろ?」
「えっと、確か『黒騎士』の―――」
「ベガだ。こっちはアクア」
「よろしくね」
どうやら、シェイドとミリア、『黒騎士』ベガとアクア、この四人でパーティを組んでいるらしい。
「なんでリグレイドに?」
「俺達もカリーシャ商会撤収の手伝いだ。リグレイドを抜けて、別の街を目指してる」
行先はレイ達とは違うが、目的は同じだ。
カリーシャ商会の撤収作業を手伝いつつ、亜人庇護派の貴族と接触する。
その目的の為に、レーヴェやロクトから出て来たのである。
「それよりどうした? 浮かない顔をしてるが」
シェイドが問い掛ければ、二人は苦々しく笑うしか無かった。
自分達の不甲斐なさに辟易していたなど、言うのも恥ずかしい。
「…訓練が上手く行ってないってとこか?」
「な、なんで解ったんだ?」
「顔に出てるぞ」
『EW』の『ジュエル持ち』だって、今まで一つや二つ壁にぶつかって来た経験があるのだ。
二人の様子を見れば、なんとなく察しが付くと言うものである。
「話してみな? なんかアドバイスぐらい出来るかもしれないぜ」
ベガがそう言うと、各々近場の岩などに腰掛け、ケインやノノの悩みを聞こうと言葉を待ってくれる。
ポツリポツリと悪魔の事やレイ達との実力差、足を引っ張っている事などを話し出し、話終わる頃には日が暮れ始めていた。
その間、その場に居た誰も笑う事なく、ただ静かに話を聞いてくれている。
「…なるほどな」
一通り話を聞いた後、シェイドが小さく呟いた。
「そりゃ考え過ぎだ」
「考え過ぎ?」
ノノが聞き返せば、ようやくベガが笑い声を上げた。
それまでの静寂が嘘かのような快活な笑いだった。
「お前らと同じレベルで、あの悪魔の足止め出来る奴なんて殆どいないと思うぞ。俺がお前らぐらいの時でも無理だったんじゃねぇかな」
「そ、そうですよ。二人とも求められてる以上の成果を出しています」
ベガがそう告げれば、それに乗ったのはあまり喋らないミリアだった。
コクコクと必死に頷く様子から、彼女が純粋にそう思ってくれているのが伝わってくるようだ。
「それに、比べる相手は考えた方がいいぞ。『狂葬』と『破壊者』なんて知らない奴はいないぐらいの有名人だ。それに付いて回ったパートナーだって普通の訳がない」
結局そこなのだ。
目標が高すぎる故に、不甲斐なさを感じてしまう。
自分の劣っている所ばかりが目立つ。
ノノもケインも、このレベル帯での技量は頭一つ抜けている。
シェイドが初めて訓練した時点で、それははっきりしていた。
「よく思い出してみな? レイは大勢の『ジュエル持ち』を狩った奴で、ユークはロクトの大手クランの切り札だぞ」
「あ…」
二人は当たり前に傍に居るから忘れていたのだ。
自分達が比べている相手は、『ジュエル持ち』の中でも最上位に位置している事を。
『二つ名持ち』とはそう言う存在なのだと言う事を。
「目標にするのは結構だが、すぐに追いつこうにも相手が悪すぎる。一度同じレベルの奴等と訓練してみたらどうだ? 少しは自分達の事が解ると思うぞ」
そう締めくくると、シェイドは口元を緩ませる。
なんだか昔の自分達を見ている気がして、微笑ましい気持ちになるのだ。
シェイドだって、『二つ名持ち』を見て憧れた一人だ。
自分もそうありたいと今でも思っている。
…ミリアの期待に沿う自分でありたいと、そう願っている。
まぁ――――中二病っぽい名前は勘弁して貰いたいが。
「ま、思い詰めるのもほどほどに、ってな。悩み過ぎても足が止まるぞ。足が止まる事と足を止める事は違うんだ。今はがむしゃらに突っ走ればいいさ」
ベガは立ち上がると、ノノとケインの背を軽く叩く。
どうやら、話している間に少し丸くなっていたらしい。
『黒騎士』などと言う二つ名の割に、本人はカラっとした性格のようである。
空気を変えるようなこの性格は、シェイド達から見ても好ましいものであった。
「あー…その、色々聞いてくれてありがとな」
頬を搔くケインの横で、ノノがぺこりと頭を下げた。
構わないと答え、立ち去るシェイド達。
なんとなく口数が少ないまま、シェイド達は宿へと向かう。
懐かしいような気持ちと、気恥ずかしいような思い。
彼等だって、レイ達だって、昔は実力の無さに悩む冒険者だったのだ。




