第67話 『EW』側の事情
「人員はレーヴェの方から派遣してもいいってよ」
「……うん」
俺とユークは積み上がった荷物を見上げながら、そんな会話をしている。
場所はカリーシャ商会の倉庫内。
広い場所を探して欲しいと言った所、ロッシュが用意してくれた場所だ。
俺達は丸一日、ここに引き籠っている。
「……でさ、オリヴィア達からも色々話が聞けたらしいんだけどな」
「うん…知ってる」
ステラとか言う神が俺達を呼び出しただの、カメオは神の国ネリエルの執行者であっただの…なんだか色々な事が解ったようだ。
ただ、今俺達はそんな会話をしたい訳じゃない。
「…ドレアスに大人の―――」
「ユーク、そろそろ現実を見ようか」
俺達の目の前に積み上がった荷物。
それは俺達が作成した武具だ。
キース子爵と会った後、ユークとギアで一度レーヴェへ戻って行った。
そして、鉄などのこの世界でも珍しくない素材を掻き集めて来たのだ。
で、それを使って俺とユークで武具を作った訳なんだけど。
「…どう見てもやり過ぎたよね」
「性能をちょっとだけ盛るつもりが、何時の間にか加減を忘れてたな…」
目の前にあるのは鉄の武具だ。
見た目は普通だと思う。…問題は中身。
以前、ロッシュの護衛であるナイルにした経験が悪い意味で活かされている。
ユークが作った盾をインベントリに収納し、その性能を確かめてみれば――――。
「…いや、何これ? 盾の耐久下げて日に一度魔法を無効化する効果を付けたの?」
「自分でも良く付けられたもんだって関心したぜ」
普通、何かを無効化する特殊効果なんて簡単には付けられないんだけども。
俺の鎧だって日に一度ダメージを無効化するけど、これ最上級の素材を使った上での代物だからね?
「千個以上作って、さすがにこれ一つしか作れなかったわ」
「千個も盾作ったの…?」
通りで山積みになっている訳だ。
かなり広い倉庫だったのに、俺達が作った物で倉庫の半分以上が埋まっている。
ユークがその辺に立て掛けてあった弓を取り、インベントリへと収納する。
その様子に気付くと、俺はそっと目を反らした。
「…おい、なんだこの弓。VITが30下がってSTRに50の補正…?」
「…VITが30下がるだけでSTRが50上がるならお得じゃない?」
「使う奴のレベル考えろよ。30下がったら致命的だぞ」
使用者のレベルが20と考えて、バランス良くステータスを上げていた場合、多分VITは20前後だろう。
うん…何か食らったら死んでしまうね…。
「鉄が加工し易いのがいけないよ。数を作ればたまにはレア効果も付くさ」
「俺達の技能レベルでもこんなのが出来るぐらいだからな」
俺もユークも鍛冶の技能レベルに大差は無い。
生産職を名乗れるほどの腕は持っていないし、最低限、自分の装備をメンテナンスする技能レベルしか確保していない。
俺達の技能では、オリハルコンなどの上位鉱石を加工するのが精々。
特殊効果まで付けるには少々物足りない。
だが、鉄であれば特殊効果が付けられてしまう。
色々な特殊効果が付けられると気付き…その、楽しくなってしまったのだ。
それが、この目の前の現実だ。
「これどうするよ…?」
「必要分はキース子爵に渡すとして……絶対、こんなに要らないと思うんだよね」
リグレイドはそもそも兵員が少ないのだ。
これら全てを渡したとて、きっと余らせるだけだろう。
「…ドレアスとリグレイドの冒険者ギルドにでも渡すか?」
「アルテシアの領主の話聞いたろ? どこにネリエルの人間が潜んでるか解らないのに、不特定多数の人間が居る組織に渡すのは怖くない?」
それが俺達に向けられるならなんとでもするが、俺達が作った武器で他所の人が襲われたらたまったもんじゃない。
「…ロッシュにでも引き取って貰うか」
「これ全部は無理じゃないかなぁ…」
いっそ余った分は溶かしてインゴットにでもしてしまおうか。
少ないながらも鍛冶屋はあるようだし、そっちで重宝するかもしれない。
……いや。
「これさ、溶かして農具とかにした方が使えそうじゃない?」
「ああ、この街ならそうかもな」
必要な分をキース子爵に選んで貰って、ついでにロッシュが欲しがるなら引き取って貰う。
余った分は農具に作り替えれば、少なくとも素材を無駄にする事は無いだろう。
「……武器や防具を作ってたはずなのに、最終的に農具になるのか。…俺達何してたんだろうな」
「言わないでよ…」
積み上がった武具を眺めながら、どちらともなく溜息を吐いた。
人間、やり過ぎって良くないよね。
◆
そんな訳でロッシュを呼び、武具を査定して貰っている。
キース子爵に渡す分と、ロッシュが欲しがる分はそのままにして、他は農具に作り直そうと言う算段である。
「…その、値段が付けられないのですが…」
ロッシュの第一声はそれだった。
オリハルコンなどの認知されていない素材で作られたものなら解る。
でも、これはあくまで鉄だ。
一体何故かと問えば、こんな答えが返って来た。
「鉄だからこそですよ。一般に出回っている装備と性能が違い過ぎます。なんですかこの切れ味は。同じ鉄なのに何故硬さに差が出るのですか」
…つまり、同じ素材で作られたはずなのに中身が別物過ぎて扱いに困ると。
特殊効果も良く無かったらしい。
手に持っただけで腕力が強くなるとはどういう原理かと言われて、俺達もそれがおかしい事なのだと初めて気付いた。
「まさか、レーヴェで売っている装備ってみんなこう言った機能が付いているんですか?」
「まぁ…大体は」
勿論全てと言う訳じゃないが、殆どの装備になんらかの特殊効果が付いている。
特に、プレイヤーが作って売っているような装備は特殊効果が必ず付いていると言っていい。
効果の高い物ほど、お値段も相当だが。
「一体どんな値段で買い取るべきか…」
「ああ、売る時の心配じゃなくて今買い取る値段を気にしてたのか? だったら金はいらないぞ」
俺も『ん?』って思ったけど、ユークの方が受け答えが早かった。
元々、俺達はロッシュに売り付ける気で呼んだ訳じゃない。
欲しいなら持ってっていいって感じで呼んだのだ。
俺達が使う事は無いし、レーヴェとかじゃ鉄の装備なんて殆ど売れない。
…なんてったって鉄の精霊が怖いからね。
そんな使い道の無い装備だからこそ、キース子爵が要らない分はロッシュの好きにして貰おうと思っていたのだ。
「カリーシャ商会が色んな街から撤収する事になったし、俺達の所為で一時的にとは言え損する事になるだろ?」
「だから、キース子爵が必要とする分以外は、ロッシュさんの好きにしてください」
俺達がそう答えれば、ロッシュは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
ロッシュの方には得しかないと思ってたけど、なんだか微妙そうな顔だ。
「…借りが大きすぎて怖いのですが?」
「借りってほどのもんじゃないと思うが…」
俺達の感覚としてはゴミを処分して貰ったようなものだ。
ただまぁ、商人の視点からすると受け入れ難いものなのかもしれない。
この世界にもあるかは知らないけど、『タダより高い物は無い』なんて言うし。
「なら、俺達がキース子爵としようと思っていた交渉、お任せしてもいいですか?」
「交渉、ですか?」
「お互いに利がある交渉だと思うんです」
そう答え、ロッシュに経緯を説明する。
ユークが街を離れている間、俺はここの収穫なんかの話を聞かせて貰っていた。
それらの情報をメフィーリアのプレイヤー代表であるロザンナに共有していたのだ。
メフィーリアでは今、気候や潮風の問題で育たない作物が多く存在する。
それが、リグレイドなら問題無く育ちそうなのだ。
つまり、メフィーリアの作物をここで育てて貰えないか、農家の一部をここで引き受けて貰えないか交渉して欲しいのである。
「なるほど…」
人の土地に介入するのだ、中々難しい話だろう。
けど、今リグレイドで育てている作物より、メフィーリアの物の方が収穫率は遥かに高いし、味もいい。
リグレイドの農家にも協力して貰えるなら、農家の仕事が減る事も無いだろう。
多分、お互いに悪くない話なんじゃないかと思う。
「…解りました。ただ、交渉を成立させる為にもお願いが一つ」
「なんですか?」
難しいと断られる可能性も考えていたが、ロッシュの様子を見る限りそれほど身構えているようには見えない。
「メフィーリアの作物を使った料理、是非とも味合わせて頂きたいですな」
そう言って笑うロッシュを見て、俺達は苦笑を漏らした。
多分、ロッシュが食べたいだけだろう。




