アデライダの話
「きゃー思い出してきました! ロージー様の結婚式、素敵でしたよねえ」
エイミーがうっとりとした顔になる。
「……うん、ロージー様がハリエット様をお好きな気持ちは伝わりました」
ニコラスが難しい顔で感想を絞り出す。
その顔には、俺は何を聞かされてるんだ、とありありと書かれていた。
「ロバート様はいつも貴公子然とされてますけど、ロージー様の前では昔から素なんですね。いいですねえ、歳上の幼馴染」
付き合いの浅いミアは、他のふたりとは視点が違う。
「ロバート様は優しいんだねえ。やっぱり歳上なら、そのくらいの余裕と優しさが欲しいよね」
アデライダの感想には、何やら含むものがある。
「余裕と優しさか! 勉強になります!」
分かりやすい教えに、ニコラスが急にしゃきっとしだした。
「エベラルド様もそうでしょ? 余裕がある歳上で、アデラにだけは分かりやすく優しいの、最高だよね」
「しかも美形」
「それ。そこ重要」
「…………結局カオかよ」
「最初はお兄さんだったんでしょ? 幼馴染のお兄ちゃん、とはまた違うじゃない。いつからそうなったの?」
エイミーは繊細な話だろうかとは思いながらも、疑問を投げてみた。
アデライダはなんでもないことのように話しはじめた。
「兄って言っても、一緒に暮らしたのなんか五つまでだよ。あいつは俺が育ててやった、みたいな顔してるから、お母さんがイラってするんだけどね。で、顔なんかすっかり忘れちゃった十二歳のときにひょっこり帰って来たの。そのときエベラルド二十歳だよ」
「あら大人」
今でこそ二十五と三十三で釣り合いが取れているが、十二と二十では何も始まりようがない。
「でね、あいつは五歳の妹の記憶しかないから、あたしにだけ甘いの。だけどこっちは思春期の女の子よ。大人の色気に当てられちゃったの。こーんな至近距離で、おまえが一番大事だ、なんてあの顔で言われたら落ちるしかなくない?」
「エベラルド様罪作り……!」
「大人の色気」
「あ、ニコラス様、そこ参考にしないでください。無理だから」
「そうかよ」
盛り上がる女性陣は話の続きを求めるが、アデライダは両掌を見せた。
「あたしの話はここまで。続きはエイミーには刺激が強過ぎるよ」
「えー!」
「まあ前半は、既成事実作ればこっちのもんだって助言を真に受けて、突撃したのにあしらわれたって話しかないけどね」
「やだ、おませさん」
「普通だよ。田舎では十四歳の子が結婚することもそう珍しいことじゃないもん。で、寝呆けてうっかり手を出しかけてびびったエベラルドが帰って来てくれなくなって、しばらく泣き暮らしたんだよ。諦めるっきゃないかと思ったけど、やっぱり他の男は嫌だって暴れてやったら、あいつもとうとう観念したってわけ」
「アデラかっこいい」
ふふん、と胸をそらしてから、アデライダは少しだけ複雑な顔をした。
笑いたいけれど、悲しい、悔しい、もどかしい。
「エベラルドのなかでは、あたしはまだ妹のままなのかもって思うときもあるよ」
「あたしザックから聞いたことある!」
ミアがはっと何かを思い出した顔で勢い込んだ。
「何を?」
「エベラルド様の話。なんかすごい田舎で育ったんでしょ?」
「うん。街も遠くて、畑と羊と、ちょっとしかいない家畜だけが命綱。あたし生まれて初めてお金を払って物を買ったの、去年の話だよ」
「……想像以上みたいね。うん、で、その田舎から出てきた十三歳のエベラルド様、ご自分が美形だって知らなかったらしいの。女の子に騒がれる理由が分からなくて怖がってたんだって」
エイミーは記憶に残っている一番若いエベラルドを、頭の中で少し幼くしてみた。
間違いない。美少年だ。
「うそみたい。可愛い……!」
「ああ。あの頃のエベラルドはなあ。今と違って純真無垢で、そりゃあ可愛かったぞ。道を踏み外す奴が続出しそうだってんで、周りの大人がそれとなく見張ってやってたんだよ。ザックは当時から仲が良かったからな。上官にこっそり呼ばれて、おまえは色々分かってそうだな、あいつのこと気をつけてやれよって密命を受けてたぞ」
その場で唯一、当時を知るニコラスがそう証言する。
「……それエベラルドが聞いたら憤死しそうだよ」
「そうそう。だからザックも内緒にしとけって言ってた。みんな、ここだけの話にしてね」
完全に噂が広まる流れである。
「それがザック様に聞いたこと?」
「本題はここから。エベラルド様に助言したひとがいたんだって。君に名前を呼ばれたら、それだけで女の子は喜ぶんだよ。少しでもそれを避けたいんなら、名前を呼ぶのは特別な女の子だけにしておきなさい。って」
エイミーはそういえば、と記憶を辿る顔になった。
エベラルドのことは子どもの頃から知っているが、名前を呼ばれた記憶がない。割と親しく口を利いてくれはするが、呼びかけるときは他の女の子と同じ、いつもお嬢さん、だ。
他の人のことも、夫人、奥さん、侍女殿、だった。
そろそろエイミーのことも、ブラウン夫人、とか呼ぶようになるのだろうか。
「確かに。エベラルド様が女の人を名前で呼ぶの、アデラだけだ」
「えー、そうなの? 村では普通にみんな名前呼びしてたけど、こっちではそうなんだ」
嬉しそうなアデライダには、その助言したのって多分昔関係があった女性じゃないかな、とは言えない。
「アデラ様、ちゃんと愛されてるじゃないですか」
ロージーがにこにこして言うのに、アデライダは照れた表情になった。
「そっか。うん。そうなんだね。まああたしの話はここまででいいよ」
「続きはないの?」
「昼間っから猥談はやめとこうよ」
エベラルドが相手だとそうなるのか。
確かに明るいうちから全員素面の場で聞きたい話にはならなそうだ。
「それはまた次の機会にだね。次はミア? ザック様とは十一歳違うんだよね」
ザック
予定より出ずっぱりに。ライリーよりもう少し背が高い。
へらへらしている人。と書いただけで、軽薄エピソードが足りなかった。
脱線しすぎず全員を書ききるの難しい。
ウォーレン
最初は名無しの中隊長だったはずなのに大出世。サイラス引退後の幹部のなかで一番でかい。
結婚するならこの人をおススメしたい。
デイビス
生まれは農家。度胸と喧嘩っ早さと顔の迫力を地元の有力者に見込まれて騎士の道へ。
上官の娘と結婚。未だに毎日喧嘩するほど仲がいい。
マーロン
三十代以下の幹部は全員彼の元配下。指導力があるわけではない。偶然。
むしろ短気過ぎて配下から敬遠されている。得意技はゲンコツ。
ニコラス
アルより更に小さい。成人女性の平均より少し高いくらいのイメージ。
エイミーのいじりに負けずがんばれ。
ロルフ
穏健派。って決めた気が。多分配属先として一番人気。
ピート
大隊長六人って決めて後悔。ちゃんと全員書ききれなくて反省。