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王国恋話  作者: 真中けい
1/7

結婚前夜

王国恋話、読みはそのまま「おうこくれんわ」ですが、「コイバナ」と読んでも間違いではないです。

エイミー達が集まってコイバナする話です。

本編では分かりやすいハッピーエンドを用意できなかったふたりのための、番外編全七話。

後書きでちょっとぶつぶつ言っていますが、読み飛ばしていただいて大丈夫です。


最後までよろしくお付き合いくださいませ。

「相談がある」

 ニコラス大隊長が言い出したのは、夏の盛りが終わる時季だった。

 騎士団は鍛え上げた長身の男ばかりの集団である。

 元より平均よりも大きめな、地元では餓鬼大将と呼ばれた少年が集まるのだ。思ったよりも背が伸びなかった者は大概が、途中で厳しい隊務に根を上げて、志半ばにして親許に帰っていく。

 だから小柄な大隊長の誕生は異例と言ってもよく、ニコラスは体格に恵まれない平騎士の希望の星と仰がれていた。

 そのニコラスは、仲間の娘を振り仰いで顔をしかめた。


「見下ろすなよ、大娘」

「勝手に見上げに来て何言ってんですか、ちっちゃい隊長様」

 エイミーはわざと踏ん反り返って、上目遣いの反対をした。

「ぁあ?」

「手が届かないところでもありましたか? 代わりに取って差し上げましょうか?」

 小柄な騎士と長身の女性は、その場でばちばちと睨み合った。

 先に目を逸らしたのは、騎士のほうだった。

「……悪い、間違えた。エイミー、いや副会長、おまえの力を貸して欲しいんだ」





 結婚前夜の花嫁には、誰もが優しい。

 仕事が終わったその足で友人との集まりに行くと言っても、両親はそんな遅くに、と顔を顰めたりしなかった。

 睡眠不足になると困るから、早めに帰って来なさい、と母が優しく注意を促したくらいだ。

 帰る頃には暗くなってるだろう。仕事帰りに離宮まで迎えに行ってやろう、と今朝の父は言っていた。

 すれ違う人々の視線、かけられる挨拶の言葉からも、気を配ってくれているのが伝わってくる。

 いつもからかってくる若い騎士も、貴婦人に接するような仕草で道を譲ってくれた。

 婚礼を前にして、情緒不安定になっているであろう花嫁には親切にするのが祝福する人々の思いやりなのだ。



「うん。いいのよ? ありがとうって、思わなきゃいけないんだろうけども!」

 エイミーは抱えたクッションに顔を埋めて叫んだ。

「逃げないよう見張られてるとしか思えない‼︎ なんなのあの包囲網! 一個小隊を大隊が取り囲んでるようなもんじゃない! 卑怯よ!」

 アデライダが、わーと言って手を叩いた。

「例えが騎士の娘らしいね。騎士の妻もしっかり務まるよ、きっと」

「そうそう。あなたとアルなら大丈夫よ」

 十二歳の頃からエイミーが仕えているロージーは、優しく頭を撫でてくれた。

「ロージー様ぁ」

「エイミーにはハリエット様がくださったベールもあるのよ。羨ましい限りだわ。わたしも被りたかった……!」


 結婚が決まった数日後のことだ。

 珍しくアンナがひとりでスミス家を訪れて、綺麗に保管された花嫁のベールを差し出してくれた。

 ハリエットが婚礼で被ったものを、アンナが結婚祝いの一部として譲り受けていたのだと言う。

 ハリエットから直接手渡されていたら、畏れ多さが辞退することを選ばせただろう。

 乳姉妹のアンナだから、彼女から受け取ることができたのだ。そしてエイミーは、アンナの手を経ているのなら、ありがたくいただくことができる。

 だが、侍女から伯爵家の花嫁に譲ることは許されない。

 ロージーもそれは分かっていて、それでもいいから憧れの貴婦人から譲られたものを身につけて婚礼に臨みたかったと言っているのだ。

 近頃では助っ人程度にしか働けていないが、お針子の腕を磨いてきたエイミーだから、その薄布がとんでもない価値を持つものであることが分かる。緻密かつ繊細な刺繍は、優秀なお針子が何人も集まり、何日、下手をすれば何ヶ月もかけて仕上げたものなのだろう。

 分不相応に立派なベールに、嬉しいよりも尻込みしてしまう気持ちが先立った。


「花嫁衣装はアルが贈ってくれたんでしょ。いい男じゃない」

「そうなんですよ、アデライダ様。アルったらわたしにまで意見を聞きに来て、真剣に選んでいたんですよ」

 アデライダとロージーが、エイミーの結婚は幸せなものになる、と言葉を尽くしてくれる。

 先だって起こった王室交代の騒動の最中、アルはエイミーに新しい服を贈ると約束していた。それが何故か花嫁衣装になったのだ。

 勤め先の仕立屋で、ちょっと参考にさせて、と身体の寸法を測られたりやたらと生地を当てたりされるなと思っていたら、アルが秘密裏に注文していたためだった。

黄色(サフラン)の衣装に決まったんだよね。伝統的で素敵だし、エイミーの明るい茶髪に似合う色。さすが長年貴族の家に勤めてるだけあって、見立てに間違いがないわ」

 ミアまでアルを持ち上げる。

 でもみんな、腹の中ではこう付け足しているはずだ。

 わたしの夫ほどじゃないけどね。


 エイミーもいつか、彼女達のような心境になることができるだろうか。

 アルのことが好きだ。

 でもどうしても、その感情の頭に多分、と付けてしまう。

 出会った頃は、歳上のくせにエイミーよりもずっと小さかった。

 いつの間にか背が伸びて、大きくなってしまった。

 だけどライリー様ほどじゃない。

 努力して体格の不利を跳ね返し、従者だった頃から同年代の騎士を倒すほどに強くなったアル。

 だけどライリー様ほどじゃない。

 エイミーはアルのことが好きだ。

 だけどまだ、ライリー様よりも、と胸を張って言うことができない。



 もうすぐ父さんが迎えに来るから、先に帰るね。

 エイミーは笑顔で手を振って、ひと足先に離宮を後にした。

 ミアが囚われていた離宮は、すっかり王妃とその友人の憩いの場になってしまった。

 ロージーもミアも、夫が仕事帰りに迎えに来ることになっている。

 エイミーは幸せな結婚をした彼女達を見ていると、いたたまれない気持ちになってしまうのだ。

 自分にはアルと結婚する資格なんてない。

 そう考えざるを得なくなってしまう。

 エイミーは王族の住まいのある本宮と離宮とを結ぶ回廊にしゃがみ込んだ。

 どうしよう。

 結婚式はもう明日だ。

 今から帰っていつもの寝台で眠って起きたら、明るい黄色の婚礼衣装を着て、不相応に豪華なベールを被り、アルの隣を歩くことになるのだ。

 ……どうしよう。



「うおっ」

 足音には気づいていた。

 左腰に重い物を提げている人特有の足音だったから、ウォーレンが来たんだろうと思って顔を上げずにいただけだ。

 四十代の父よりも足音が軽快だと気づいたときには、足音の主はすぐそこまで来ていた。

 柱の影で座り込むエイミーに驚いて声を上げたのはライリーだった。

「……ライリー様」


 なんなの、このひと。

 何故今、こんな気持ちのときに現れるのだ。

「びっくりしたあ。エイミー、ウォーレンはどうした? 迎えに来るんじゃなかったのか?」

「待ってるところです」

「なんだ。寄り道かな。ちょっと用があったんだけど、……まあ明日でもいいか」

 しゃがみ込んだままでいるわけにもいかず、エイミーは立ち上がった。

「…………」

 何を言えばいいのか分からなくなって、エイミーは黙ったままでいた。

 ライリーは、いつもなら勝手にベラベラと喋り出す元気娘の珍しい様子に困惑しているようだった。

 困らせてしまっている。

 彼はずっとエイミーの好意は承知の上で、幼い少女の遊びだと笑って受け流してきた。それが最近、彼女がとうに子どもではなくなっていたことに気づいて、急に厄介な存在に思えてきたのだろう。

 ライリーには誰より何より大切にしている妻がいる。

 エイミーは明日、彼が大事に育ててきたアルの花嫁になる。

 恋情を向けられて、迷惑に思うのは当然だ。

 それでも優しいひとだから、気遣う視線を寄越してくれる。


 彼の優しさに、一度だけつけ込んでもいいだろうか。

 これを最初で最後にするから。

 婚礼を目前にした花嫁の情緒不安定がそうさせているのだと、そう心の中で言い訳をして。

 

「ライリー様」

「うん?」

 エイミーは憧れ続けたひとを控えめな視線で見上げて、小さな声で頼んでみた。

 答えが拒否なら、聞こえなかった振りをしてくれればいいと思いながら。

「一度だけ、抱きしめてほしいです」

 ライリーは軽く目を見開いたが、すぐに優しく微笑んで両手を広げた。

「よしきた。どんとこい」

 嘘でしょ?

 エイミーは自分で言い出したくせに、返ってきた答えが信じられなくて立ち尽くした。

 ライリーは自ら一歩近づいて、そんな彼女を力強く抱きしめた。

「うそお……」

 隊務後に水を浴びてきたのだろう。いつもの鎖帷子を着けていないから、体温まで感じてしまえる。

 逞しい肩に顎が乗り切らなくて、鼻先を押し付けてしまった。

 何これ。何この安定感。普段の彼を知っている身からすると意外なほどの包容力。腕の中にすっぽり包まれてしまっている。

 アルとは全然違う。このひとは、エイミーの夫になるひとではないのだ。

 今までは微かにしか嗅いだことがない汗のにおいが濃い。でもそんなに不快じゃない。

 騎士は一般人よりも湯を使う機会が多いからだ。

 汗のにおいに気づいて、むしろ自分のほうが臭かったらどうしよう、と焦ってしまったくらいだ。

 アルとは違う高さから声が降ってくる。

「何が嘘だよ」

「あたし、ライリー様のことが好きです」

 ライリーはエイミーの背にまわした腕にぎゅっと力をこめて、かすかに笑い声をもらした。

 大きくて優しい手がエイミーの頭を撫でる。

「俺もだよ。可愛い妹、いや、ウォーレンは俺の女房役らしいから、娘か? まあどっちでもいい。エイミーはいつまでも、俺の大事で大好きな女の子だ」

「うそお」

「その嘘お、はやめろよ。アルとまた喧嘩になるぞ」

「どうせ何を言っても喧嘩になります」

「努力くらいしろよ。アルのことが好きなんだろう?」

「分かんない」

「分からないのか。しょうがない奴だな」

 エイミーはこれが最初で最後の機会だと、力いっぱいライリーにしがみついた。

「だってアルは、ライリー様と全然違うから」

「まあ俺は大人だからな」

「や、ライリー様、そんなに大人だったことなんてありませんよ」

 好きだと言った同じ口でこき下ろしてくるエイミーから身体を引き離して、ライリーは目線より少し低いところにある額を指で弾いた。

「いたっ」

「一体なんなんだ。舐めてるのか」

「だって本当のことです。子どもっぽさではアルといい勝負ですよ」

「もう知らん。勝手にひとりで悩んでろ」

「はーい。最後の想い出作りにご協力、ありがとうございましたあ!」

 おどけて深く下げた頭をもう一度撫でてから、ライリーは未婚の女性と取るべき適切な距離に戻った。


「幸せになれよ、エイミー。これからも、兄が妹にしてやれることなら、なんだってやってやるからな」

 なるほど。ぎゅう、くらいなら兄妹の関係でしてもおかしくない。

 だから、いつだって妻一筋のこの朴念仁も妥協してくれたのか。エイミーは納得した。

「キスしてくださいって言わなくてよかった……!」

「…………あっはっは!」

 やけくそのように大きな笑い声を上げながら、ライリーは愛する妻の待つ家に帰って行った。

これがシリーズ最後になるので、タイトルや登場人物について少しだけ。


シリーズタイトルについて

え、必要なの? 騎士が出てくるからこれ(手元資料より)でいいか。というノリで決定。

シリーズタイトルに引きずられて、当初の予定よりかなり騎士推しな話に。

タイトルって大事。と実感しました。


各タイトルについて

1作目「わたしと」のみすぐ決まって、2作目からはその流れで決定。

夜明け~は本編と逆に「あなたに」から始めたところが地味なこだわり。


「余生をわたしと」

よく知らないひとのことを好きって言う → 結婚して幸せに暮らしました。

お伽噺だな、と思いながら。

「余生をわたしに」

少し現実が見えてきて苦労して、それでもふたりで幸せになる努力をする話。

「余生をあなたに」

番外編集で主要人物が出揃って、やっと本編開始! と張り切って書いたら登場人物が増えすぎてしまった。

反省点も多いけど、楽しく書けた話。


サブタイトルについて

これも、え、必要なの? から始まり、とりあえず内容に則したもの? となんとなく。

サイト初心者です。申し訳ありません……。

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