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コミュニケーションを外注に出す話

作者: 早乙女ダン

COMコム

コミュニケーションをアシストするAIによるバーチャルSNS複合ゴーストライターサービス、最新のアップデートでリアル会話もシミュレーションできるようになった。


「Webサイト経由、あるいはアプリから簡単な性格診断をすることで言いたいことを代弁してくれる仮想人格を生成できる。そこまでならよくあるAIトーカーなんだけど、COMコムの特徴は誤解や齟齬が発生する前に文言を修正してくれること。つまりセリフを添削してくれるんだよね。夜中に書いたラブレターを送る前にそれが正しいか確かめようってワケ。相手との会話をリアルタイムにフィードバックして、自分の声を合成した音声で発話までしてくれる。だからもう長い間、自分の口で喋ってないなあ。それにしても驚いたよ、まさかCOMコムを使っていない生徒が同じクラスにいるなんてね。きみが授業中にいきなり政治的な話題を出すものだから耳を疑ったよ。なんだっけ?第二次世界大戦時のメディアと民衆による世論形成についてだっけ?普通は時の政権の中枢人物の名前とか、政策とか、教科書に書いてあるそのままの話題を質問すべきでしょ。国民は善で、体制は悪っていう前提で話が進んでるんだから、当たり障りのないことを言わないと学生のうちは目をつけられるよ。異論をはさむのは専門家になってからじゃないと。踏み込んだ話をする学生なんて誰もいないよ、ただでさえみんながCOMコムを使いだして内申が飽和状態なのに、わざわざ目立つようなことをするのは逆効果だって。世の中減点方式なんだから」


***


「ああ、きみもついにCOMコムをインストールしたんだね。やっぱり使い方が分からない?そうだよね、わたしみたいに第一世代からAIトーカーを使ってる人なら苦も無くパーソナライズできるけど、COMコムが初めてだと面食らうよね。自分の声帯と性格の再現度が高すぎてもはやもうひとりの自分のようだって感じる人も多いくらいだもん。考えることさえAIに委ねてしまっていいのか、自分がいる必要があるのかってね。実際、現代の会話の七割はAI同士によるものだって研究結果が出てたね。残りの三割は紛争地帯での会話だってさ。言語の違いがあればそれだけで争いの火種になるといういい例だと思わない?先進国の一部では外交を完全にAIに頼ってるところもあるらしいし、もう人同士のコミュニケーションなんて野蛮で前時代的なものだってみんな感じてるんだろうね。おや?きみのAIが何かわたしに質問があるみたいだね。ああそうかわたしが文字数制限を無視して話すことができているのが不思議なんだね?今のわたしのようにずっとひとりで話すことは相互コミュニケーションとはかけ離れているからね。これにはちゃんとした理由があってね、COMコム内で人気のインフルエンサーは文字数制限が撤廃されるんだよ。商品のプロモーションとかのためにね。あまりこのことを他人に話すのも、失礼というか、マウントを取っているとみなされて権利が剥奪されるかもしれない話題なんだけど。まあとりあえず、わたしのおしゃべりは公式にパーミッションされて発話されているんだよ。わたしのAIはわたしの仕事を助けるために動いている、その逆じゃないの」


***


「あら、どうやらCOMコムに警告が出たみたいだね。せっかくのきみとの休日デートだって言うのに空気が読めないAIだ。いやむしろ空気を読んだ結果がそれなのか。いったいわたしに何を言おうとしたんだい?ちょっと見せてよ。


【警告:誤解を生むかもしれない表現、及び距離感を誤った言葉が使われています。発言内容の再考を強く提案します。】


 ああ、なるほど。これは古くて現在では意味の変わった表現をしようとしたか、ニッチなオタク系コンテンツからの引用をしようとしたね?相変わらず君は面白いことをするなあ。挑戦的な物言いは今では希少価値のある古美術品みたいなものだよ。ほとんどの人間がAIに矯正されてフラットな表現を身に付けているというのに、きみは誤解を恐れずに言葉のマシンガンで武装しているのだからね。その頑固さは尊敬に値するよ。で、なになに、ほほう、夏目漱石か。吾輩は猫であるでも引用したかい?普通検閲に引っかかった語句は悪用を避けるために開示されないんだけど、実は総当たりの消去法でだいたいは特定できるんだよね。昔ながらのパスワード解読法と同じさ、ちょっとしたプログラムを走らせれば……ほら出てきた。


 ≪月が綺麗ですね≫


 なんだいこれは?さすがに文脈を無視しすぎだよ、意味不明だし、そもそもまだ昼間じゃないか。これじゃAIに止められるのも当然だね。いやあ、相手がわたしでよかったね、きみを研究対象としてみることができるわたしだから、許される言動だ。もちろん嫌いになったりはしないよ、言葉というものを真に知るためには、感情のまま発せられる言葉を受け取る経験が必要だからね。今きみの目の前にいるのが、人を傷つけるかもしれないありとあらゆる言葉が除去されて、舗装された高速道路のようになっている現代社会の人間関係の根底にある、泥と砂利にまみれた道の名残を見つけることが趣味のわたしで良かった」


***


『新着メッセージがあります』

『返信例を表示しますか?』

『パーソナリティに基づいた自動返信をオンにしました。現在の応対トレンドは「好感」or「愛着」です。』

『親密度に応じた会話の雛形を生成しました。よろしければ今後の会話においてこのパーソナリティを使用します』

『通話相手との会話における精神的安全性が確認されたため、コミュニケーションを開始します。』

『自由で開放的なCOMコムの世界をお楽しみください。→PRをスキップする』


「きみ、この前わたしに言ったあの言葉は意味を分かって使っていたのかい?信じられない。きみがそんな人だったなんて。コミュニケーションの失敗の意味をよく理解したよ。はっきり言って、わたしはきみの言葉が怖い。この次にきみに会った時に言われる言葉にどんな意味があるかなんて考えたくない。前はあんなに好奇心を持っていたのに、すっかり覚めてしまったよ。わたしが未熟だった、大人たちが注意する意味がやっとわかったよ。人間のそのままの感情は不可解すぎる、ありのままを受け止めていたら、頭がどうかなってしまう。思い出すだけでも総毛立つ、きみから向けられている感情が恐ろしい。確認のためとはいえ本当はこうやって訊くこともしたくないけれど、本当にあれはきみの本心なのかい?」


『【警告】推奨されない設定:COMコムのAIによるフィルタリングを一時的に解除します。AIが作動していない間の通話及びメッセージのやりとりにCOMコムは一切の責任を負うことができません。それでも解除しますか?YES/NO』

COMコムの自動通話生成機能がOFFになりました。機器本体のマイク機能が有効になり、実声による発話が認識されます。』

『利用者本人の実声で通話中です。』


 ……。


『新着メッセージがあります』


「信じられない……最低な気分だよ……どうしてわたしだけこんな目に合わないといけないんだ……その上音声通話だなんてわたしをどこまで追い詰めれば気が済むんだ。すまないがブロックさせてもらう。もうメンタルが限界だ。


 きみ、本当に×××××よ」


『相手からのメッセージに誹謗中傷が含まれているため一部を受信できませんでした』

『利用者の精神の安全のため一時的にコミュニティをシャットダウンします。なお発言者にはペナルティが課され、一定期間のコミュニケーションすべての開示及び、弊社対策チームの審議を受けます。この度は不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。重大な違反が確認された場合には法的措置も検討いたしますのでお手数ですが、セキュリティの解除までしばらくお待ちください。メッセージの判定結果について通知を受け取りたい場合には利用規約を確認した上で、合意にチェックを入れてください。』


***


――ぼくは失敗したのか。


***


「なぜ職員室に呼ばれたか分かるね?きみは何の罪もない女子を言葉で追い詰めて、暴言を使わせてしまったんだ。そのせいで彼女は希望していた大学への進学が絶望的になってしまったよ。理由はどうあれ炎上してしまったら一発アウトらしい。この時代に本当に自由な発言は危険だということが君にも分かったかね」


「なるほどCOMコムに縛られない人間というのはなかなかに厄介だな。わたしたちの言葉だけじゃなく人格も信頼されていないようだ」


「きみ、口で言うのは簡単だよ。でもね、間違うのが分かっているからみんなCOMコムを使うんだ。間違って損をするのはきみだけじゃないんだよ。まわりの人に迷惑をかけないように、傷つけないようにCOMコムを使って予防するんだ。直接殴ったりしなくても、言葉だけあれば人を傷つけるのには十分なんだよ。特にきみなんかは言葉の選び方が独特で誤解を招きやすい。一昔前のいわゆるオタクのように自分の知識量と相手の知識量を混同しやすい。言うなれば自分が知っていることは相手も知っていて当然だと勘違いして説明不足に陥っている。例えば聖書や太宰治の引用を突然日常会話で使ったりする。それは分かっている人同士なら有効なコミュニケーションたりえるだろう。だが聖書や太宰治を読んでいることが前提なんだよ。知らない相手にそんな話をするのは、知識でマウントを、相手より優位に立とうとする卑屈な行為になりかねない。相手のことを思いやった会話内容を選ぶべきだよ。いやだが、きみの気持ちも分かるよ。私も若い頃は好きな女の子にいい姿を見せようと、背伸びして技術論文なんかを学校に持ってきたりしていた。ほとんど内容は理解できていなかったけどね。突然コミュニケーションの深層学習の応用の話なんかをして、あの時のクラスメイトはさぞ面食らっただろう。あの時代にCOMコムがあれば、止めていてくれただろうな。そうすれば私もあの子と、いや、過ぎた話をしつこくするのはいかんな。すでに忠告に最適な時間の長さをオーバーしてしまっている。冗長さも有用に使えなければただの無駄だ。そう、これは重要だね。少し厳しい言葉になるかもしれないが許して欲しい。きみのしていることは機械化への抵抗にほかならないが、そんな悠長なことを言ってられるのも学生のうちだけさ。社会に出れば否応なく、他人の評価に晒される。いい顔ってのをする努力が必要になる。それをしないのは顔を洗わずに人の前に出るようなものだよ。いずれ必ずしなければならないのだから、時間稼ぎのようなことをしても仕方がない。人生には遊び、冗長さも必要だが、時間は有限なんだ。人間を相手にする以上、人と関われる時間はありがたくなるべく無駄なく使うべきだったと大人になったら思うようになるよ」


「有名なインフルエンサーも言っていたが、適切なコミュニケーションが取れないまま大人になると、大切に思う人との関係さえ悪化させてしまう可能性が大きくなるらしい。もっと悪いと関係そのものを断ち切ってしまう。人は一人では生きれない。孤立した人間の寿命はそうでない人と比べても、短くなりがちだ。今や過度な孤独はリスキーな生活習慣なんだよ」


「孤独の治療が大きなお世話だって?それは誤解だよきみ。別に我々は孤独が病気であるとは言っていない。コミュニケーションの取り方をいちいち教えるなんて馬鹿げてるときみは言うが、自分で本能的に考えて決めたことなんて、たいがい間違っているものさ。本当に意思をそのまま尊重してしまったら、傷つく人間の方が多くなる。相手のためだけじゃなく、きみ自身のためにもコミュニケーションの最適化は有用なんだよ。わかってほしい」


「今の学生は恥ずかしい黒歴史とかないんでしょうねえ、でもその分ちゃんと独りよがりじゃない思い出を大切な人と作れているんだから羨ましいですね」


「いやあ、年甲斐にもなく熱く語ってしまった。あとでCOMコムの評価を見るのが怖いな。NGワードの警告は来なかったから熱心な説得にカテゴライズされているのかな。あとでほかの方の対応動画を見せてもらおう」


***


「やあどうも、大人たちの自己満足の説教は終わったみたいですね。ああ、そう構えないでください。私もあなたと同族です。あなたもCOMコムがもたらす未来に疑問を持っているんでしょう?私も同じです。私はコミュニケーションはもっと自由であるべきだと考えています。そもそも人はみな生まれたときは泣くことでコミュニケーションを取るでしょう?その姿こそ人間のある姿なのです。機械で選ばれた言葉を並べるだけでは、感情の激動を伝えることはできません。本質が伝わらないのです。言わば架空の人間と喋っているようなものです。それではいけません。ここで歯止めをかけなければ、人の心は永遠に闇の中に飲まれるでしょう。シリコンとプラスチックから形成された人格がこの世界に破滅をもたらすのは自明です。政治的妥当性が、究極的には無為に至るように、効率化されたコミュニケーションは、最終的には他人を無視することへと帰結するのです。現実の世界では必ずしも正解がすべてを解決してくれるとは限りません。むしろ間違いをこそ、愛さなければならないのです。過ちを許し合うことこそがこの世で最も美しいコミュニケーションだと私たちは確信しています。さあ、私たちとともにAIに復讐をはじめましょう、それが間違いであっても構いません。大いに誤解を生み、不和を呼び、人間関係を台無しにしましょう。それでもなお浮かび上がって構築される信頼こそ真の人間性、コミュニケーションの正しい形なのです」

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