第5話 執事の思惑
『セバス』はグランの仕事が進んでいるのか確かめる為に、訓練を弟子の『クリス』に任せて、屋敷の廊下を歩いていた。
セバスは廊下を歩きながら、『最近』のお嬢様について考えていた。
『……………。』
「あの、一件以降レイナお嬢様は、変わってしまわれた。
あの大嫌いだった奴隷とも気安く話し、ましてや、触れられても何も怒りもしない。
我が儘だった『あの頃』とは違いまるで、別人にでもなったのかとすら思う。
巧妙に隠されていた、毒入りのリンゴを食べ、何日も寝込んでいたお嬢様が、目覚め、グラン様に締め落とされた事に対する発言には驚きました。
いつもなら――
「いやっ!」
「大っ嫌いっ!!」
「触らないでっ!!!」
「あっちに行って!!!!」
「顔も見たくないし話もしたくない!!!!!」
っと言ったに違いありません。
過去に『2回』、グラン様に、お嬢様はその言葉を口にしました。
お嬢様が3つの年の半ば辺りになる頃…。
いつものようにグラン様はレイナ様の為に、手作りのクッキーを作ろうと、厨房で働く者の中に混じり、作業をしていました。
そんなグラン様に対して、帽子が一番高い1人の料理人がいつも血相を変えて、注意を呼びかけます。
「旦那様っ!!
私が作りますので、厨房に入られては困ります。
厨房で働く者が皆っ、旦那様に気づいて手を止めてしまいます!!
こんなことを、毎回されては仕事になりませんっ!!」
っと顔を真っ青に染めながら料理長『クラプス』がグラン様を静止させようとその日はいつも以上に必死でした。
一歩、二歩、身を前に出し必死に叫ぶが、何も言われていないとばかりに可憐に静止を交わし、上機嫌で作り終えたクッキーを早々とお皿に盛り付けて味見もせずにグラン様は厨房を後にする。
「レイナちゃ~ん♪
パパが美味しいクッキー作ったから、一緒に食べよー♡」
っと、急いでお嬢様の元まで走っていき、クッキーを食べさせた後は、お互いに酷いものでした…。
砂糖と塩を間違えたグラン様の作ったクッキーは、甘党なお嬢様の口には合うわけもなく、大量の塩分の含んだ焼き菓子を、頬いっぱいに膨まらしたお嬢様が、味の異変に気づく頃には、お嬢様の怒りは最高頂に達っしていました。
わざと不味い、焼き菓子を食べさしたと勘違いしたお嬢様は、泣きながら怒り狂い、罵声を飛ばし続けました。
なぜ泣いているか理解していないグラン様は、自ら作ったクッキーを口に運んだとたんに、必死に謝りだし、それでも許さないお嬢様が、遂に、『礼の』言葉を口にしました…。
「いやっ!」
「だいっきらい!!」
「あっちいって!!!」
放たれた言葉の威力は絶大でした…。
数週間…、グラン様が話し掛けてもお嬢様は無視し続け、なにも手に付けれなくなったグラン様は廃人寸前…、むしろ、死人も同然でした。
主を心配する私やメイドに、奴隷メイド達…、その他の屋敷中の使用人と隠れてサポートしてくれた奴隷達の協力によって、ようやくグラン様とまともに話をしてくれる用になったお嬢様は、許してはいないが怒ってもいないと言う、なんとも複雑な心境でした。
そんな状態でも、レイナ様に話し掛けられたグラン様には枯れ果てた大地に、潤いが戻って行く様が見て取れました。
目に光が戻ったのです。
それ以降、グラン様もクッキーを作ることをお控えになり。
料理長が上機嫌で直々に作られた砂糖多めの焼き菓子を、親子水入らずで仲良く一緒に食べられている…、なんとも微笑ましい日常に、お嬢様も日に日に、溜め込んでいた怒りを静めてくれて、やっと…、いつもの日常に戻ったと思い、屋敷の使用人全員で胸を撫で下ろしたのを覚えています。
もうひとつは、お嬢様が4つの年の頃…、屋敷の敷地内に入ってきた獰猛な獣の魔獣にお嬢様が気付き、屋敷から抜け出して触りに行こうと近付いていた時の話です…。
何かが近付いてくるのを察知した虎型の魔獣が、逆にレイナ様に襲い掛かる直前で、グラン様が異変に気付いたお陰で『間一髪』、魔獣を切り捨て、お嬢様は助かったのです。
…本当に…、ギリギリでした。
あと、グラン様が異変に気づくのを1秒でも遅れていれば、お嬢様はこの世には居なかったでしょう。
頭と胴体が切り離された魔獣を目にしたお嬢様は…。
「……ネコちゃん……。
お友達になりたかったのにっ……。
…ひどいよぉ……。」
っと突然、目の前で動かなくなった友達になれたかもしれない魔獣を見ながら泣き崩れました。
泣きながらもお嬢様は必死に呼吸を整え、グラン様に疑問を投げ掛けようとします。
「なん……で…殺し……ちゃっ…たの?」
幼い身体で、過呼吸に陥りながらも懸命に訴えるお嬢様に対して…、魔獣に襲われる寸前だったこともあり、グラン様はレイナ様の言葉が耳に入ってないご様子でした。
怪我がないか心配で、それどころではなかったのでしょう…。
質問に答える余裕などなく、いや、耳に入っていないのでお嬢様からしてみれば、無視された状態の方が正しいでしょうか?
お嬢様は無視されていると感じ、グラン様は襲われそうになり恐くて泣いていると感じていたのでしょう…。
思えば、この魔獣の一件からお嬢様がより一層、我が儘な子供に磨きが掛かった原因でも有るのかもしれません。
魔獣を退け、娘を助けたグラン様は立派でございました。
ですが、幼いお嬢様には、そんなことは関係がなく理解すらされない。
挙げ句の果てには、『あの言葉』を全て口にされて無視され続けていました。
屋敷で娘の姿を見つけて、名前を呼んでも逃げられ、あとを追い掛けるも部屋に入り鍵を閉められる。
すれ違うときは、グラン様が声を掛けても無視され走って去っていかれる…。
本当に…、辛そうにされて…。
もう…、死んでしまうのではないかと思う程でした……。
そんな毎日が日常としてなりつつあったときです。
レイナ様が果物を食べて倒れ、食べたリンゴから毒があるとわかった時の旦那様の対応は速かった。
―――――――――――――
症状を観て、何の毒が使われたのかを調べあげ、使われたであろう毒のリストを絞り出し、1番効果が期待できる解毒薬を作るのに、必要な素材を奴隷達に伝え、相場の8倍の金貨を持たせ、早馬を使わせて各自に取りに行かせた。
もしもの為の保険として、買い取りに行かせた奴隷達には連絡ようの魔道具を渡し、必要な1種類の薬草に対して、リーダー1人とサポート役を3人つけてどんな事にも、対応出来るようにさした。
その対応が功を奏し、遠くまで行っていた部隊から薬草が見つからず盗賊に襲われたと連絡があった。
盗賊を退け、見当たらない薬草を余りの金貨を使わせ、他のサポート部隊総出で、近くの村や街に向けて走らせた。
サポート隊の1人が、見つけられなかった薬草をようやく探しだしたと、情報が入ったが、山の中で道が入りくみ、抜け出せるのは朝頃になる時間だと告げられる。
リーダーが続々と到着し、すべての準備が整い、残りは遠くまで薬草を取りに行き、山を抜けようとするサポート部隊の1人だけとなった。
刻々と症状が悪化していくのを見ているしかできないグラン様に、サポート部隊でもなかった1人の青年『クリス』が大量に汗を流し、息を切らして入ってきた。
フラつきながら、倒れる寸前でグラン様に小さい袋を手渡した後、クリスは倒れた。
クリスに渡された袋の中には、足りなかった最後の薬草『魔乾草』が入っていた。
――――――――――――
屋敷に居る馬を全て使い、リーダーとサポート部隊が屋敷から続々と駆けていく。
何も命令されず、ただ立っている事しか出来なかったクリス。
グラン様が症状を観て、必要な薬草を書き写したメモに目がいく。
8種類の書かれている中に、何故か2重丸で囲ってある薬草の名前に目が止まる。
「……魔乾草…。」
クリスは主『グラン』の観ていた薬草の本にさりげなく手を掛けて、『魔乾草』が写してあるページに辿り着く。
色、形、必要な分量を覚えてから、側にある小さい袋を握り、まわりに気付かれないように静かに走り出す。
もう屋敷には一匹の足もない…、クリスは己の足だけで片道1時間は掛かるグランの領地まで全力で走り、『魔乾草』を持っていないかを一軒、一軒、ドアを叩き、譲って貰えないか説明してまわった。
もう、何軒のドアを叩いたのかわからなくなった頃、ようやく小さい『女の子』から無理を言い譲って貰った薬草に、礼も名前も告げず…、必要な分の薬草を袋に詰めるとクリスは休むことなく全力で屋敷まで走り続けた。―――――――
――――――クリスから受け取った小さい袋の中を確認すると、1番重要で、最後まで届けられなかった『魔乾草』が入っていた…。
『っ!?』
(屋敷の馬が全て出払っている状態の今…、この子は己の足だけで必要な薬草を探し…、こんなボロボロの姿になっても休まずに走って、私の元まで届けてくれたのか………。)
――瞳が熱くなるのを感じた――。
「クリス…良くやった……。
……ありがとう……。」
笑顔で事切れ、倒れたクリスに聞こえたのかはわからない。
だが、倒れるまで必死に走り、届けてくれたクリスの為にも必ず薬を完成させる………。
―――――――――――
そして、薬を完成さしたグランはお嬢様に薬を飲まし、何日も眠り続けたお嬢様が目覚めてから、もう1週間になりますか…。
以前とはどこか印象が変わりましたが、これは、レイナ様を立派な貴族のお嬢様にする好機!!
使用人のお嬢様へ向ける目が変わってきている今こそ、『元』貴族で『元』冒険者だった私…。
「セバス・デューイめが、あなたを立派な貴族のお姫様へ育てて見せますぞ!」
昔を思い出し、胸の内を吐き出し、声に出したのに気づかずに歩いているセバスが言い終える頃には、グランのいるドアの前に差し掛かるところだった。
『コンコンッ』
「……入れ!」
手紙を書いていたグランは、入ってきた者を確かめるために手を止め、顔を上げる。
「失礼します。
グラン様、少し…お話があります。」
「なんだ…?
どうした、セバス?」
「はい……。
レイナお嬢様に奴隷商人の娘、という肩書きはありますが貴族は貴族。
ですので、貴族のマナーなどをこれから、教えてもいいかと思いまして。
歳を重ねれば、他の貴族との社交会やお茶会などで、会うことも増えます。
なので、今から貴族という責を教えるにあたり、刺激を与えたいと思いまして。」
「んっ??
マナーを教えるのはいいが、セバスよ…、何が言いたい?」
「はいっ。
刺激と言うのは、つまりお嬢様に婚約者を宛がおうと思――――」
「ならん!!」
途中で話を遮ったグランは両手を強く書斎の机に叩きつけた。
「少し、早すぎないか?
レイナはまだ、5歳だぞっ?
私の爵位は一番下の男爵だ。
誰がスキ好んで、奴隷商人で男爵の娘になど婚約をするんだ。」
「いえいえ。
グラン様は王国でも有名ですよ。
大規模な盗賊狩りをする際は、必ず同行を共にするじゃありませんか。」
「それは、王国が私に爵位を与える条件に従って同行しただけで、私は殆ど何もしていない。
連れていった奴隷達に盗賊をできるだけ殺さずに捕まえろとしか言っていないぞ。」
「そうですね。
グラン様が有名になったのは、捕らえた盗賊の『待遇』と、グラン様が買い取る奴隷の『採用基準』の2点が上げられます。
1つ……、グラン様に知られていない話をしましょう。」
セバスは淡々と話し出す――――――




