第3話 クリスの思惑
「く、クリス!
ちょっと、こっちに来て!
早く…!!」
石に何かが吸い寄せられているのが見えた俺は跳ね起きて、側にいたクリスに慌てて告げる。
「手から、手から何かわかんない、白い『モヤ』が石に吸い込まれているのが見えるっ!!」
少し驚いたように俯くクリスだが、直ぐに俺に向き直り答える。
「おめでとうございますお嬢様!
それが、マナです。
次は、それを手に集める練習ですね。
全身を覆うことが維持できたら、身体能力も向上できますよ!」
(やったぁー!
一歩前進したぞ!!)
あまりの嬉しさに、ガッツポーズをクリスに見せつける。
「マナを手に集めたら、どうするの?」
「んー、そうですね。
私もあまり知らないんですが、イメージが大事と言われましたね。
いくらやっても、私には使えませんでしたが。」
「ふーん。
そうなんだ…。」
(神使様が…、魔法が使えないデバフ持ちの神使様になってしまったっ!)
とりあえずクリスから話を聞いて、マナを手に集めようとするが、やり方がわからず苛立ちさえする…。
「まったくできない…。」
『……………。』
「今日は、もう遅いですし…、お休みになった方がいいのでは?」
「目が覚めちゃったから、もう少しやらして…。」
そうは言ったものの、何度やっても出来ず、イラついた俺は、右手を睨み拳を握りしめ、枕に怒りをぶつける。
すると、俺が腹いせの為に殴った枕から大量のマナが空気中に噴き出された。
「うわっ!
すげぇでた。」
これって、思いっきり手を振りかざしたら、いけるんじゃね?」
そんな事を考えていると。
「どうしましたか?」
クリスが枕を殴り、驚いて固まっている俺に話しかける。
「なぁ、クリス。
魔法って出すとき、イメージと他には何が必要なの?」
(てゆうか、さっきの枕から噴き出したマナに気づいてないって事は、他人には自分のマナは見えない、ってことなのか!!)
「んー、そうですねぇ。
確か、イメージしてそれを維持したまま、言葉にすれば出るはずです。
執事のセバス様に、何度も言われたのですが、私はできませんでした。」
「そうなんだ…。」
(イメージしながら言葉を発して、それがトリガーとなって、マナを消費し魔法に変わるって事か…。
まるで、ゲームだな…。)
「ちょっと観てて!」
ライターの火を思い出しながら、人指し指を前にだし、手を振りかざす。
「ファイヤー。」
すると、暗かった部屋に1つの光が灯る。
「やったぁー!
できた!!
できちゃったよ!!!
これ…、どうやって消すの!?!?」
飛び跳ねて喜び、喜んだ後にまだ消えていない火に冷静になった俺は慌てて聞いた。
どうせできないだろうと、高を括ったクリスが目を丸くして驚き、冷静に答える。
「消えろと念じれば消えるはずです!
落ち着いて、念じてください。」
言われた通りに念じると、ガスが失くなったライターのごとく火は消えていった。
(やべぇ…。
出せちゃったよ。)
前世ではありえない。
現実的ではない光景に、この身が震えた。
「俺…、神になっちゃたのかぁ。」
神使様を追い越してしまったと、干渉に浸ったレイナは、悟りを開くよう呟いた。
しかし、そんな干渉もすぐに神使様の声がかけられ、現実に戻される。
「グラン様に報告に行きましょう。」
「お父様に?
何で?」
「見てもらう方が早いからです。」
「「…………。」」
「……また、気絶させられない?」
「「……………。」」
黙るクリスは何も聞いていないかのように無言で歩きだした。
(おい…、なにか言ってくれよ!)
そんな思いも届かず、気がつけば父がいるであろう執筆室のドアの前に俺はいた。
『コンコンッ』
軽くクリスが、ドアをノックする。
『…入れっ。』
ドア越しに主の声が聞こえたのを合図に、クリスは顔を引き締めて目の前のドアを開けた。
「失礼します。」
「どうした…?
何かあったのか…?」
何かを書いていたであろうグラン『父』は、入ってきたクリスを見るために手を止めてクリスの方に顔を向けた。
「おぉ、レイナァっ!
今夜の寝間着の姿も一段と、かわいいなぁ!!」
先程まで、険しい顔で執筆していたとは思えない…、顔の筋肉という肉が緩みきった表情でグランは愛娘である俺と服装を誉めちぎる。
(いつも思うけど、会うたびに毎回誉めるよな…、このオヤジ。
今後に備えて、少し『ぶりっ子』の練習でもしようかな?)
「グラン様!
お嬢様には、魔法の才があります!」
「なにっ!?
それは、本当か…?」
恥じらいもなく、デレている主人に事の顛末をクリスが話し始める。
『…………………。』
話を聞き終えたグランは頭を抱えて沈黙し、時が止まったかに思えるほど、静まり返った部屋で、グランが言い放つ言葉で時間が再び動き出す。
「しかし、面倒なことになったな…。」
思案してからの一言、発した父の側で何も言わず、話を聞いていた身なりの整った老人、執事の『セバス』が口を開いた。
「っでわ、『内密』にされてはどうかと…。」
「それは、そうなのだか…この前の『毒』の件もある…。
レイナが誰かに襲われても、自衛くらいは出来るようになってもらいたい…。」
「…では、私がお嬢様の魔法の知識を教える講師になりましょう。
冒険者として引退した身ではありますが、自衛が出来るまでなら容易くできます。
それに、冒険者として登録した者が、姿を眩まし、生きているか、死んでいるかも分からず終まいと、なった者も大勢おります。
魔法が使えても、戦争に参加するのは18歳を過ぎた頃ですし、お嬢様が12の歳になれば魔法学園から貴族学園に偽装して、入学できる手筈も容易でしょう。
卒業した頃には、冒険者として旅にでも出たと国に報告すれば大丈夫でしょう。
私におまかせ下さい。」
話している父とセバスを横目に俺は思案する。
(えっ、なに?
魔法使えたら戦争に駆り出されちゃうの?
戦争に負けたら、奴隷っていってなかった?
滅多に起こらないって、言ってたじゃんっ!!
この世界、そんなに世知辛いの?
この家、こんなにデカいのに?
豪邸だよ?
ハリウッドスター顔負けの広い別荘なのに?
………嘘だよね……?)
『……………。』
そんなことを考えていると、セバスから話しかけられた…。
「レイナお嬢様は、どうされたいですか?」
「えっ!?…あっ、
安全な方向で…、お願いします…。」
『…………。』
「でわ、この件はセバスに任せる。
決して、絶対に、何があろうと、レイナに怪我などはさせるなよ!」
「はいっ、畏まりました。」
グランの一任により、深々と頭を下げて承諾したセバスが、再び頭を上げると笑顔で俺を見つめてきた。
(ん??
スゲー笑顔なんだけど、俺、『セバス』と、あんまり話したこと無いんだよなぁ…。
優しそうな顔してるけど、こうゆう人って怒らしたら一番恐いってゆうしな。
気を付けよう…!)
「でわ、もう遅いですし、クリス。
お嬢様を部屋に案内してきなさい…。」
「わかりました。
でわ、お先に失礼します…。」
クリスに再び自室まで連れていかれた俺は、魔法が使える人はどうなるのかの説明を受けた。
何でも、肉弾戦と変わらないこの世界で
の戦争には、魔法が使える人材は貴重な戦力だという。
だから、魔法が使えると分かれば、負けられない戦争に駆り出される、という国民の義務があるそうだ。
「そんなことになるなんて、俺、聞いてないよ…!」
「はいっ、話していません。
お嬢様から質問されませんでしたので。
それと、『俺』という言葉を女性はあまり使いません。
気を付けてください。」
「……は?」
(なにいってんの?
なに開き直ってんの?
普通は、安全の暮らしを確保するのが先決だろ!?
戦争に参加する為に、魔法使いたかった訳じゃねえよ!)
「グラン様から、レイナの要望はできる限り答えろ、…との仰せだったので従ったのですが。
まさか、本当に魔法を使えるとは…思ってもみませんでした。
『アッハッハッハッ。』
ですが、入学するより早くにわかったのは、むしろ、好機です。
セバス様から、直々に教えを乞えるとは良い機会ですよ!
この機会を活かして、お嬢様の心と体も『私と』一緒に強くなりましょう!」
『………。』
「強くなるのは良いんだけど、なんかクリス…。
喜んでない?」
「そんなことは、ありません!!」
いやいや、あんたさっきからソワソワしっぱなしじゃん!
もしかしてっ、俺…、クリスに嵌められたのか?
「でわ、お嬢様!!
明日から、忙しくなりますよ!!
早く寝ないと体に障ります!!
早く寝ましょう!
今、寝ましょう!!
今すぐに!!!」
『……………。』
「フフフっ………明日から楽しみだなぁ………。」
俺は…、ベットに無理やり横にされる直前に小さく呟いた『クリス』の言葉を聞き逃さなかった。
(やられたっ!!
コイツ、俺を出汁に自分も訓練に参加するつもりだなっ!
くそっ、デバフ持ちの神使様から、身体強化しかできないペテン師にジョブチェンジしてやるっ!!
いつか、見てろよ……。
クリス!!!)
そして、その日の夜が過ぎていった。ーーーー