転生令嬢はヒロインを嗤う
雪がちらつき始めた12月。期末考査も終わり冬期休暇の予定を立てる生徒も多いなか、複数の男子生徒たちはあるイベントについて争っていた。
「姫は俺が誘うから!」
「お前なんか無理だって!」
「誘う前からプランは決めたぞ!」
「お前らなんかの誘いが上手く行くもんか!」
「姫のクリスマス!お前らに譲れるか!」
彼らが待ち遠しにしているのは、姫と呼ばれた女子と過ごすクリスマス。皆が自分こそが選ばれると信じ、周りを貶していた。現実が見えていない彼らに向けられた反応は様々だ。他の男子生徒から向けられるのは同情、女子生徒からは不憫な眼差し。
そして、
(本当にお馬鹿なヒロインさん)
本に隠れて嘲笑する少女が一人。
(後のことを考えれば、彼らでも十分なのに)
あぁ、と少女は思い直す。十分は彼らに失礼か。寧ろ彼らの方が優良物件だ。
湧き上がる攻略対象への嘲りを押し殺し、少女は表情を作って本を閉じた。
「見つかったの?」
「はい!白羽の矢でした」
少女に気づいた友人の一人が卵焼きを摘まみながら問いかける。少女はお弁当箱を片手に、気になっていた事を嬉しそうに言った。
「白羽の矢?」
「何はともあれ、解決してよかったわ」
「エヘヘ」
友人たちに微笑ましく見られ、少女は照れた様に笑った。
勿論、それは作った表情であって心の中ではヒロインを嘲笑っていた。先程の本も、ヒロインに対する表情を隠すためのカモフラージュである。
さて、ヒロインや攻略対象と言う渾名。そしてそれらを馬鹿にする少女。
日常では到底聞く筈もないその言葉。その理由を解決する魔法の様な言葉がある。
『彼女たちは転生者であり、此処は乙女ゲームの世界』と言うものだ。
……荒唐無稽で信じられないのも分かる。少女もそれを信じているわけではないのだから。いや、乙女ゲームを元にした世界のようなモノとは信じているがゲームの中であるとは思っていないと言うべきか。
少女は乙女ゲームと言うものを遊んだ記憶もない。それを題材にした小説も読んだことが無かった。だが、友人らしき者に渡された、ゲームの世界に転生した話は目を通した記憶はある。朧気ながらも思い出したその話が今の現状にソックリだった事もあり、少女は此処を乙女ゲームの世界と言いあの女子をヒロインと呼んでいた。
ここで重要になってくるのは、少女が読んだと言う転生物の本だ。ヒロインに転生した女の子が攻略対象の闇を払い、相手の家にも認められる話。シンデレラストーリーではなく、それなりに良い家柄で生まれた者同士が幸せになる。
これ以上の説明は省くが少女に言わせてみれば、『不思議一杯』の一言しかない。
何故、もう少し早く行動しなかったのか。相手を思うのであれば、優しい言葉を与えるのはやめてやれ。そんな面倒な相手ではなく、違う相手と愛を育めと少女は常々ツッコミを入れていた。
それを大前提として、将来はどうするのか。それが少女の一番の疑問である。
人の心に深く傷を残す闇なんぞ、たった一人の行動で簡単に晴れるわけがない。晴れるわけがないから闇と言われるのだ。
では、物語内で解決できる彼らのトラウマは酷くないのか?いいや、十分と言って良いほど酷過ぎる。人格矯正、隔離性同一性障害までもが起きているのだ。よく壊れていないと言って良いほど。いや、壊れたからこそ一周まわって正気を保っていると言った方が良いだろう。
トラウマは、人の人生を多いに狂わしている。彼らだけでは無く彼らの周りの人の人生を。それをヒロイン一人で解決するなんぞ甘っちょろい考えだ。滑稽だと笑いが込み上げてくる。
そう毒づくほどに少女は知っていた。闇というのは幼ければ幼いほど心を蝕む事を。それが常識だと信じ、周りの大人が言う事は全てを正しいと思っているからだと。
そうして人知れず蓄積された闇は、ある一定のタイミングで爆発する。自分の常識が崩された瞬間、自分を否定されたその瞬間に。
一度爆発してしまえば、それは消える事はない。例え深い愛情を与えられようが、新たな常識を植え付けられようが一生蝕み続ける。表面上は隠し切れていても、一人になった途端思い出されるのだ。純粋で無くなったからこそ分かる悪意の数々。それが自分の存在が原因であると思えて仕方ない。自らの存在が誰かを壊してしまったのかと、己を壊してしまいたくてしまいたくて……狂気が表面化してしまうのだ。
そんな闇を彼女は受け止め切れるわけがない。これこそが少女の嘲笑の理由だ。
例え表面上、本人の意識上は直っていても、深層心理は簡単には癒されているわけがない。将来、闇が彼らを支配しても台本通りに動く彼女は対応できるだろうか?いいや、出来るはずなんて無い。あんな恵まれた子が私たちの気持ちなんてわかるはずがない。
故に、茨の道を進もうとする彼女が哀れで仕方がない。当て馬となった男子生徒は不憫だが、攻略対象は……どうだって良い。
彼らの闇は同情すべきだが、原因は彼ら自身なのだ。昔の己の愚かさを精々憎むが良い。
そう嘲笑うほどに少女の前世は酷かった。簡潔に言えば、子は親を選べないの一言に尽きる。攻略対象よりもひどい行いをされ、非道な行いを見てきた。私の方が非道な目にあったのに、そう心の中で羨ましがっている。
そんな少女に嘲笑されているヒロインと攻略対象。彼らの学校の評判は最悪だ。哀れな当て馬に向けられるのが同情や不憫であるならば、学校を巻き込んで遊戯にふける彼らは害もしくは膿である。
ヒロインが乙女ゲームと信じてやまない舞台、つまりお金持ちの学校なのだ。何かの役職の子供であり将来の為の横の繋がりが求められるのに、それを忘れ恋路に酔う姿は滑稽である。自らの実力を示しその立場を確立した後に恋に溺れ、仕事をしなくなったのであればまだ許された事だろう。しかし、それなりに有能であってもなくてはならない存在ではなかった。顔と血筋が恵まれていただけであった。
例え彼らが消えたところで、彼らの家も他の学生たちの家も困ることはない人材なのだ。
「みんな〜!」
チッ!
猫が外れた少女の舌打ちは、運良く外見主義の男どもの歓声にかき消された。可愛らしい女の子の声に、現実主義の男子と同性である女子は顔をしかめる。
「あぁ、姫ちゃん!」
「僕を探しに!?」
「違う!俺だぞ」
ヒロインに向かって囀る男どもの声を消す為に少女は両手で耳を覆った。これ以上聞いていたら、ヒロインの名前で馬鹿笑いしそうだからである。姫という漢字が使われたキラキラネームは、転生者である少女にとっては笑いの種でしかなかった。
ヒロインと呼ぶのは大丈夫なのかと思うかもしれないが、驚くべき事に彼女の名前はヒロインより酷い。この世界にはない言葉だから良いものの、これが前世であれば彼女の周りには誰も近寄らないし誰も彼女の名前を呼ぶことは無かったであろう。少なくとも、同郷である少女はヒロインの名前が不釣り合いだと笑い、侮辱に等しいと呆れすら通り越して怒っている。
「姫って言われるなら、相応の振る舞いをしたらどうなの」
ふさがれた耳にも聞こえるほどの声で友人が喋った。少女が聞こえないフリをして耳から手を離し首を傾げると、一緒に食べる友を見回し友人は口を開く。
「私たちが知っているお姫様は、男を追いかけ回したりしないでしょ?」
「今では待つだけじゃダメって言うけど、あれじゃあねぇ?」
「あくまでも学生ってことを忘れてないかしら?」
「次いでに、縁を結ぶためでもあるけど男漁りの為じゃないでしょうに」
「シンデレラみたいに、王子様が迎えに来てくれるのを待っているんじゃ?」
少女の口から放たれた言葉に、友人たちは目を見開いた。ゆっくりと首を振り、手を頭にあて深いため息を吐く。
「そうよね、お姫様にとっては彼らは十分王子様になる」
「何か困ったことがあれば、絶対に助けてくれる格好良い人」
「意地悪な女子から助けてくれる優しい人」
「可哀想な自分を救ってくれる運命の人」
「シンデレラはしっかりとした女性で、その努力と善良さから魔法使いから助けられたのに」
少し低い声で呟きウインナーを掴みそこねた少女を、友人たちは何とも言えない表情で見つめる。シンデレラの夢を汚されたと悲しんでいると思ったからだ。少女を少し夢見がちな女の子だと信じて止まないお嬢様たちは、手が震える様子に心を痛めていた。
(口が滑った)
勿論、この少女は脳内お花畑ではないので王子様なんて信じていない。いくら努力したって性格がよくたって誰も助けてくれない事を知っている。だから、ヒロインが台本通りに動いて攻略対象が助けられるのが気に入らなかった。その気持ちが膨れ上がりついシンデレラとヒロインを比べてしまい、その失言に動揺して箸が滑った自分にもっと動揺してしまったのだ。
(それもこれも、もう終わりだからよね)
少女の猫が外れやすくなっているのは、ヒロインのお遊戯がもう終わる事を知っているからである。限られた人間しか知らぬことを教えられた少女は、いつも以上に傍観者と言う立場を楽しんでいた。朝のチヤホヤされる様子も、笑いのツボでしかない名前を甘く囁かれている様も今日でおしまい。馬鹿馬鹿しい茶番劇が見れないのは見れないのでつまらなく、もっと楽しくなるように引っかき回しその影響がこの時間まで響いてしまっていた。
これから楽しくなるのに、自分を責めていられない!ふるふると頭を振り、サンドイッチを食べ表情を明るくした少女に友人が笑みをこぼす。だが、その慈愛に満ち溢れた笑みもすぐ消え去ってしまった。
「あの女の子が、酷いことを言ってくるの!」
ヒロインがこちらを指差している様を確認してしまったのだ。しかも指された先にいるのは、ヒロインに背を向けサンドイッチを頬張る少女。教室に残っていた常識な面々が殺気立ったのも無理はない。
「大丈夫か!?」
何処かで騒ぎを聞きつけたかのようにやってきた攻略対象たちに、殺気立った面々が呆れかえって黙り込んだ。あまりにも早すぎる登場は仕組まれたものにしか見えない。演技も下手くそだぞ!この大根め!
心内で罵倒されているとはつゆ知らず、美しくセットされた髪を整えながら歩き出す攻略対象とヒロイン。少女を守ろうと立ち上がったクラスメートは、何故か真っ青な顔をして座り込んだ。
「おい、お前」
友人達も真っ青な顔で止めることができず攻略対象が少女の肩に触れようとしたとき、少女の口は弧をえがいた。
「いい加減にしなよ、君たち」
「誰だと思ってんだテメェ!?…ヒッ!」
止められた相手を殴りかかろうとした攻略対象が情けない声をあげた。他の攻略対象もお化けでも見たように真っ青な顔で座り込む。少年を知らないのはただ一人。
「なんでみんな黙るの!!こんな奴に!」
台本の事しか知らないお馬鹿さんだけ。彼女の発言がどれほど危ないものかは、こんな奴発言でクラスメートが思わずその場から飛び退いたと言えば分かりやすいだろう。……攻略対象の反応?少年の存在で意識を飛ばしているから聞いていなかったよ、なんて運の良い奴ら。
「そうだよ?僕はしがない家に生まれた才能のない馬鹿さ」
少年の言葉に、元から顔色の悪いクラスメートたちは床に崩れ落ちた。外見主義の男どもですらヒロインを化け物でも見るような目で見つめ、攻略対象は口元に手をあてえずきそうになるのを我慢していた。
「何をそんなに傷ついているのかな?僕のお姫様に手荒なことをしようとしたのに」
少女について知らなかった男性陣が目を見開いた。少年の婚約者が大っぴらに公表されないのは、大きすぎる年齢差のせいだと聞いていたからだ。それが同い年、ましてや同級生だなんて。……と考えたところで、彼らは思い出してしまった。自分たちが少女にやってきた事と、これから行われようとした事を。
「…うそだ」
攻略対象の一人が気を失う。確か、兄が知り合いの婚約者に手を出して折檻されたので、その八つ当たりと親による再教育がトラウマになった奴だ。また兄のようにされると現実を認めたくなかったのだろう。……やはり彼女の台本通りの行動では闇は晴れないらしい。
楽しくなった少女が哀しそうな顔をつくり振り返ると、ヒロインの様子に素で驚いた。
「お姫様?……私が?」
キラキラとした目のヒロインが両手を組んで、彼に言い寄っていたのである。もうその瞳には真っ青な顔で震える攻略対象は映っていない。
「私の王子様!」
「誰がだ、尻軽」
飛びつこうとしたヒロインを、彼の後ろ現れた黒服が転がした。ヒロインを罵倒して無表情で見下ろす彼は、容姿の美しさも相まって底知れぬ恐ろしさを感じさる。
舌打ちをしながら近くにいる攻略対象に蹴りを入れ、少女に向かって満面の笑みを浮かべた少年に周囲は恐怖で震えた。
「大丈夫かい、お姫様?」
「うん、私は大丈夫だけど」
周りの人の反応を申し訳なく思いながら、少女はこちらを睨みつけるヒロインの方を見た。押さえつけられていると言うのに、キラキラとした目で少年を見つめ少女を睨む根性は凄い。流石、王子様を求め続けたヒロイン様である。
「あの子は……」
「今日、やっと根回しが終わったんだ!これで君の元から排除ができるよ!」
キラキラとした笑顔で微笑む美少年であるのに、こうも恐怖しか感じさせないのは珍しい。言っている内容が悪いのか、それとも未だに攻略対象を足蹴りにしているのが悪いのか。恐らく、少年の存在全てが問題であろう。
「まぁ!どのような内容で?」
「元から、彼女の素行には問題があったんだ。それだと言うのに、お父様が気付かぬうちに許可が出されたみたいでね。その許可を出した秘書は、未成年と関係を持ったと言う事で辞めてもらったけど」
「ん?」
聞こえた言葉が上手く理解できず、少女を自分を抱きしめる少年の顔を見た。少年は、自分の言った言葉の意味を知らぬように美しい笑みを浮かべ続けている。
「それなりの名家であるからこそ、そう言う事に惹かれるみたいでね。素行の問題もそのせいだったんだけど、まさかそれを使って高校に入るとは」
少女はニコニコと話す少年から目を逸らし、自分の悪行を語られるヒロインの顔を覗き見る。いい加減現実が見えたか確認したかったのだが、驚いたことに未だにキラキラした目で少年を見ていた。
……コレに羞恥心と言う感情は無いのだろうか。貞操観念がしっかりとしたクラスメートたちの心の声が一致した。外見至上主義の男どもでさえ、もうコレ呼ばわりである。いくら外見が良くても、奔放さには耐えられないらしい。
クラスメートたちの表情が死んだことに心内で激しく頷き、少女は死んだ魚のような目で少年へと視線を戻した。
「転入して大人しいと思えば、それは品定めの時間。1ヶ月も経てば沢山の抗議があってね。生徒どころか教員や事務員ともお盛んにしてたらしいし。その相手を使って気に入らない相手を、虐めも行ってたとか。
それどころか、外でもお相手をひっかけていたそうだよ。
馬鹿じゃない?物凄く馬鹿じゃない?」
「ハイ。モノスゴク、バカダトオモイマス」
未だ微笑み続ける少年に、少女は片言で同意する。もう目どころか表情が死んだ。心も死んだ。何をしてんだ、この馬鹿女!と言う罵倒が暴れている。
しかし、少年の暴露は終わらない。未だ笑顔が崩れないことで察した女子は耳を塞ぎ、男子は無表情で少年を見た。
「コレはまだ良いんだよ。まだね」
「うっわぁ」
まだを強調させ、口元だけを器用に歪ませた少年には同情しかない。少女は少年から離れてヒロインから距離をとり、クラスメートはついに悟りををひらいたようにアルカイックスマイルを浮かべた。
この場で我を保っているのは、口元だけ嗤っている少年と乾いた笑いを浮かべた少女。えずく事も許されない攻略対象に、未だ元気なヒロイン様だけである。沢山の修羅場を経験した黒服たちでさえ目が死んでいるのに……。ヒロイン、本当に人間かな?
「我が家名を使った詐欺でしょう?僕の婚約者を騙って、男性に声をかけたりもしてたようだし。
それ以上に、人としても女性としてもやってはやらない事をしたんだ。……これ以上は控えるね。お姫様に聞かせたくない話だし」
「……標的は私ですか?」
「お姫様も含めて、見目麗しい女子たちだよ。お姫様に関しては、僕の婚約者だとわかっていなかったようだけど」
真っ青な顔の少女のもとへ行き抱きしめる少年に拍手が起きる一方で、何人かのクラスメートが口を抑えて走り去っていく。拍手する幾人かが真っ青な顔で必死に唾を呑み込んでいるあたり、湧き上がる吐き気を抑え込む事に成功しているのだろう。
無理もない。女性としてやってはならない事というのは、女性の尊厳を傷つけた事を意味している。誰の子かが大事な彼らにとって、その行いは最早死に等しい。それだけでも非道だと言うのに、これ以上に酷いモノがあると示されたのだ。それなりの温室育ちにとって、受け入れられない現実だった。
「余罪は追々なんて言っていられないでしょう?確実に潰すためにも、今まで時間がかかったんだ。ごめんね、何もされてない?」
「はい。私も、狙われていた私の大切な友人も守って下さったのでしょう?」
「うん、お姫様が傷つくと思ってね」
大切な友達と恥ずかしそうに言った少女に、少年は満面の笑みを浮かべた。少女に大切と言って貰えて友人たちは嬉しさで涙を流し、少年の恐ろしさに気付いた男子はのけぞった。
ヒロインが嫌っていた女性陣は、両手で数えられない人数ほどいたのだ。その全員を守れるなんて、彼はどれほどの家の力を行使したのだろう。そこまで思い至った男子たちに、少年が少女には見えないように微笑む。先程よりはマシだが目が笑っていない。必死に首を横に振る彼らに向かって浮かべられた満面の笑みに、男子たちの顔色は一層悪くなる。
その不穏な空気に少女が顔を上げるのと、ヒロインが叫ぶのはほぼ同時だった
「助けてよ!王子様!」
「何を言っているのだか」
無表情になった少年が手で合図すると、ヒロインの口にハンカチが噛まされた。
どうにかして拘束を解こうとするヒロインをゴミを見るような目で見下ろし、少年は静かに語りだす。
「君は知らないと思うが、君と関係を持った大半の人間は罪に問われている。詐欺行為や誘拐など、未成年なんて関係ないほど重い罪を犯したという自覚はないのか?君の行動全てが犯罪なんだ」
現実を突きつけられても、未だに首を振り少年を見上げ続けるヒロイン。少年はその様子に深いため息をつき、少女から離れヒロインの近くに膝をついた。そして、その美しい顔に笑顔をのせ毒を注ぎ込む。
「王子様というはね?可愛い可愛くない以前に、自分が愛らしいと思う存在に傅くんだ。悪の王子様であれば、君みたいな小悪でも気に入ったと思うよ。けれど、君が思い描く清廉潔白な王子様は、君みたいな悪党を一番嫌う。
いい加減目を覚ましなよ。君が他の女の子を妬んだ時点で、もうシンデレラなんかじゃないんだ。カッコよくて優しい王子様なんて迎えに来ない」
「んん〜〜!!」
ヒロインの絶叫が教室中に響いた。ボロボロと涙をこぼしイヤイヤと首を振っても、拘束は緩まることなく誰も助けようとしない。
その元気な反応に楽しそうに頷き、ヒロインにしか聞こえないよう少年は囁いた。
満足げな少年が立ち上がり、虚な顔をしたヒロインが皆に晒される。口元を引き攣らせた周りの反応を顧みることなく、笑顔のまま冷たい声で命令をする。
「連れていけ」
縄で拘束されたヒロインが二人がかりで連れて行かれ、攻略対象は自ら歩くように促された。未だ夢の世界から抜けきれないヒロインとは違い、彼らは現実を受けいれたと判断されたのだろう。その判断は間違っていなかったようで、フラフラとした足取りで連れて行かれたヒロインの方へと歩き出す。
最後の一人、未だ気絶し続ける攻略対象が肩に担がれ退場したことを確認し、少年はキラキラとした笑顔を浮かべた。
「知らせの通り、お昼を教室で過ごしてくれてありがとう。迷惑をかけたお詫びとして、食堂は無料開放だ。午後の授業が終わる規定時間までゆっくりしてくれ。
……勿論、対象は全生徒ね」
沈黙の後、一斉に歓声を上げたクラスメイトに少女は美しい笑みをつくった。婚約者として少年の父と関わりのある少女は、隠された意図に気づいたからだ。
午後の授業が行うことが出来ないのは、ヒロインが関係を持った関係者の一斉掃除が行われるせい。恐らく、ある程度の処分は行われたのだが、全ての人間を洗い出せたと言うわけではない。
つまり、ヒロインが彼の怒りに触れたと知って動揺する人間を探すというわけだ。純粋に喜ぶ生徒は、彼女と深い関係ではない。外見主義者でヒロインに歓声を挙げていた者たちも、無邪気に喜んでいるため対象外になる。その容姿に歓声を上げていただけで、女性を害すようなことはありえないらしい。……外見主義のくせして一番の紳士たちとはどういうわけだ。
矛盾に気づき、ひくつきそうになる口元をおさえ少女は少年を見た。拝み倒されるほどの美をもった少年は今日一番の笑顔を浮かべる。それは少女が思わず後退りしそうなほどの笑み。
「お姫様。嫌な思いをさせたくないんだけど、アレについての話を聞かなきゃならないんだ。一緒に来てくれるかい?」
「はい。私の話が参考になるのかはわかりませんが、お役に立てるなら」
「それこそ、僕のお姫様だ」
スッと差し出された少年の手を、少女は戸惑うことなくとった。そのまま優雅に歩いていく様子を皆が見守る。
教室から見えなくなる直前、少女に恥ずかしげに手を振られ、クラスメイトは膝から崩れ落ちた。彼らの動揺は、他のクラスの生徒が叫び声とともに乗り込んでくるまで続いた。
2日後、教員の三分の二が入れ替わり全クラスで2、3人がチラホラと姿を消した学校は何事もなかったように再開された。ヒロインショックより、理事長の息子の婚約者が居たという事実の方が大問題になったからである。その話が定着した頃には、誰もシンデレラに憧れた少女の話なんて誰も覚えていなかった。
そして、二度とその学校に転入生が現れることはなかった。
さて、此処からは少女も知らない話。
普段は食堂で過ごす彼らは、お弁当なんてものを持ってこない。それが態々、クラスメイトがお弁当を持ってきていたのは命令が下ったからである。
全てはヒロインを捕まえるため。理事長からの命令だと少年から囁かれた。(少女は友人からのお願いだった)
もし少女が理事長に聞いていたら発覚したことだが、ヒロイン関連のことは全て少年が動いていたのだ。
少女からは、騙されていると思われているがそれは大間違い。ヒロインの標的になったことも、少女がヒロインを嘲笑っていた事も気づいていた。だから少年は少女に聞こえないよう、こう囁いた。
「君にだけは教えてあげよう。僕の愛しいお姫様は、あんな愛らしい顔をして心の内で人を嘲笑っている。誰もがもつ人の性悪を愛して、誰もが与えられるべき愛に絶望しているんだ。なのに、僕を愛しているって嘘をつくなんてとっても可愛らしいだろう?」
自分にしか見えぬよう向けられた恍惚とした笑みと恐ろしい言葉。哀れ、ヒロインの心は折れてしまった。
少年は、少女にこの一面を当分見せないと決めている。自身を純粋だと信じている少女が、とてつもなく愛らしいからだ。純粋であると信じ続ける少女の純粋さが愛おしい。
しかし、信じ続けた思いが壊れた瞬間の少女ですら愛したくて堪らない。
そこにあるのは、少女に向けられた一途な愛。
どこか狂っている彼らは、只々愛に純粋な人間であった。
純粋であるが故に恐ろしいとは、よく言ったものである。
白羽の矢 人身御供を求める神が選出した少女の家に白羽の矢を立てたという説から、犠牲者を選び出すという意味を持つ。生贄を使って攻略対象をお掃除しようとしている事を聞き、少女が本から良さそうな言葉として引用した。
周りは事情を一切知らなかったため、何か特別なことに選ばれたのだと勘違いしていた。
君と関係を〜 未成年の児童とそう言う関係なるのは法律違反。次いでに彼女たちも傷つけようとしてたから。
前世で重いトラウマ持ちが、『人間は簡単に変われるねぇーだろ』と(乙女ゲームの世界に転生した系の小説の)ヒロインを陰で嘲笑し、婚約者と共に現実を突きつける。そして婚約者に本性がバレてないと思っているけど、実は婚約者は気付いてたし婚約者の方が性格が悪い。最後は『純粋であるが故に残酷(恐ろしい、狂っているetc)』で締める。
と言う構想のもとかいてみました。安定の病みです、おかしい。
ヒロイン要素もとい異世界転生要素が生かせなかったことは反省します。
以下、人物紹介(心のゆくまま書いたので表現が少し怪しいです)
少女
中学の時にぶりっこがチヤホヤされているのを見て、何処の世界でも変わんないなぁと前世のことを思い出す。それ以降は、『人間ってそんなものだよな』と少々人間不信に陥っており、コレに関しては現在進行形で悪化中。ヒロインの転入騒ぎは婚約者から聞いており、面倒な事になりそうで関わり合いになりたくなかった。が、逐一報告される攻略対象への接し方が死ぬ前に読んだ本と似ている事を思い出し、現実が見えていないのかなぁと馬鹿みたいに笑い(あまりにも笑うので医者を呼ばれる騒ぎに)ヒロインがどんなエンディングを迎えるか気になり茶番劇に関わること決めた。
超有名企業の社長令嬢であり可愛らしい容姿であるのでヒロインにすぐ敵対視され、久しぶりに自分の容姿に感謝した。ヒロインに執着されるようになった後、自覚なくヒロインの注目を自身に集めて、他の女子たちが被害にあわないように守っていたので女子たちからの人気は高い。友人たちと評される女の子たちは、なんやかんや言いつつ信頼している(名前呼びが許可されるぐらいに)。
『人を憎む』と言う感情を羨ましく思い、ドロッドロの愛憎劇が大好き。だが『人に対する愛』が理解できないので、ヒロインへの嘲笑は、楽して人に愛されようとした・他人からの愛を(何の努力もなく)只々享受したことを許せなかった為である。本人は気づいていないもう一つの理由は、転生したことは認めているがゲーム若しくは本の世界だとは思っていない。なので、他人の気持ちや迷惑を考えずに行動したヒロインが心の底から嫌いだったせい(本人は他人なんてどうでもいいと思い込んでいるので気付くことは恐らくない)
前世では様々な虐待によって、人からの愛情を感じられない生活を送っていた。物心ついた時からそうなので自分は妨げられるべきと思い、人への関心が薄くなる(友人らしき者という表現も相手がそう言っていたからだけで、本人は名前も顔も覚えていない)。人を憎むことすらせず、妬み嫉みの思いすらわからなかった。
前世の記憶が戻った後『人は人を憎むからこそ愛することが出来る』と血迷った方向に走り、憎悪を愛し愛を憎むと言うわけのわからない事になった。
だが、根本は人を愛したい純粋な女の子。少年に向ける感情は(本人は気付くことはないが)歴とした愛。
ヒロイン
前世の記憶はちょいちょいあったので、小さい頃から男子たちを手のひらで転がしていた。高校入学後、階段から足を滑らせ頭をぶつけたショックで全てを思い出した系の女の子。本の世界だと疑うことはなく、ヒロインになる為にも血縁であった秘書を誘惑し転入を果たした。
その実態は、シンデレラに憧れ王子様が迎えに来てくれると信じてやまない脳内御花畑。王子様を求めているくせに、他人が誰かから愛されているのが許せない。外見の良い女の子を陰で虐めようとしたのも、自分より愛されるに違わないと思い込んだ為。現実との違いがハッキリしておらず、自分の行いを正当化しておりを罪を犯した自覚なし。
今後の為にも、幽閉されることが決定している。
本名は、運命の女か魔性の女かその辺り。
少年
少女から純粋とおもわれている、少女の婚約者。この学校の理事長の息子であり、大企業の総帥の孫。そんな生まれの人間が純粋であるはずもなく、結構な腹黒野郎。クラスメイトが真っ青になったのも彼の恐ろしさを知っており、少女の婚約者だと知っていたからである(『コイツ終わったな』っと、人ごとなのに寒気がしたらしい)。
少女が他人には興味はないけど、傷つけられたら傷つくことを知っているので、彼女の純粋さを失わせない為にも権力行使した。
少女が性悪を愛し、愛を怖がっていることに気づいている。
少女をお姫様と呼ぶのは、自分こそが彼女の王子様にふさわしいと考えているから。少女が清廉潔白でも悪でもない為、プリンセスなんて呼んだりしない。自分自身は悪でしかない。
少女の『愛』を嘘と言っているのは少女の心を守る為で、いつかは現実を突きつけてみたいと思っている。
その根本にあるのは少女に対する愛であるので、ある意味では純粋な愛の持ち主。
攻略対象
一応この世界の元になった小説の攻略対象。破滅への道一直線だったため、トラウマについて多く語られずに終わる。もし、ヒロインがもう少しまともであったとしたら、彼らは闇に呑まれ幸せなんて訪れることはなかった。少女の言う通り、台本通りの行動じゃ彼らを幸せにできない。希望を与えるだけ与えられて裏切られた、最も哀れな人物になっていたかもしれない。
人数は5人だけは決めていた(しかし、ヒロインのヤバさによって出番なしに)。共通点は容姿そこそこ、性格どん底。セットした髪から分かるように、化かしあいと演技が下手。
ヒロインの王子様狂いが一番のトラウマになる。家の道具としか見られてない(etc)より、己の空想に自分たちを当てはめ己だけが楽しいおままごとを行った女の方が圧倒的に怖い。悔い改めた彼らの今後は、小説の話よりもヒロインの本性が出なかった場合よりも良いものとなる。現実が見えた彼らは良い仕事をしてくれるだろう。
外見至上主義者
美しい系より可愛い系が好きな男たち。その為、綺麗系の少女より幼い感じのヒロインをチヤホヤしてた。あわよくば自分が付き合えたらと思っていたけど、他の女の子に怪我を負わせようとした事を知っていたら絶対に距離をとっていた。女の子に傷つけるのは絶対に許さない、趣向以外は一番の紳士である。