狂気
人が狂う瞬間を
私は知っている
それは自分が
狂ってしまったことが
あるからだろう
糸が切れる音を
聞いたことがある
心の糸が切れる音
プツッと耳元で音がする
我慢して我慢して
もう終わりにしようと言われた時
その人を愛してるわけじゃなかったけど
何の為に私は耐えたんだろうって
じゃあどうしてもっと早く私を
自由にしてくれなかったんだ
どうしてこんな思いを
しなくちゃいけなかったのか
何かが私の中で狂ってしまった
それまでの日常を耐えるために
お酒を飲んでその上で
異常なまでの睡眠導入剤を飲んでいた
それはいつ死んでもいいという諦めからと
自分を守るためと大切な人を守るためだった
家に帰って家族が言う一言
頑張りなさい
どうしてそんなに仏頂面なの
女の子は笑いなさい
いい会社に勤めてるんだから
上司の前では笑っていなさい
そんな言葉が横行していたあの時
不意に飛び出してしまいそうな醜い言葉も
朦朧とした意識の中でやり過ごすことが出来た
きっと正常な意識の中なら
私は酷い言葉で親を罵倒していただろう
眠りに引きずり込まれる瞬間
このまま死ねるんじゃないか
このまま逃げ出せるんじゃないか
そんな期待で眠りについて
朝目覚める自分の体に絶望していた
このまま狂ってしまえればいいのに
でもいざ狂ってしまうと
それは歯止めが効くことはなかった
相手が散々私に行った行為
返事をするまで終わらない着信
返事をするまで終わらないメール
男と話せば怒鳴られて
それは仕事でもプライベートでも関係なかった
出ればなぜ遅いんだと罵倒され
トイレで閉じこもって泣いた
それは社内でも変わらなかった
取られた支社の売上
社内の者からの軽蔑の眼差し
当たり散らされる社員を怯えながら見ていた
糸が切れた瞬間
狂ってしまったその瞬間
私は仕返しをした
相手と同じことをした
休みの日に何度もメールをした
何度も何度も出るまで電話をした
女の子と話せば怒鳴りつけてやった
その時の私は私ではなくなっていた
相手が傷つくのではないか
そんなこと気にもしなくなった
傷つけばいいと思っていた
恐ろしい程に醜い言葉を使っていた
相手に教わった汚い言葉で責めたて
全てを仕返ししてやった
同じ思いを知って欲しかった
どれだけ辛い日々を耐えたのか
分からせてやりたかった
悪かったと一言言わせたかった
けれどその人はその間
私を責めることはなかった
私の気持ちが治まるまで
付き合ってくれた
きっとそれが
私を唯一救った一つだろう
その人が私を突き放し
私を遮断していたら
私は狂いに狂って
自分を取り戻すことは出来なかっただろう
それだけ、唯一それだけ
今の私がその人に感謝してる事だ
人は誰でも簡単に
狂えることが出来てしまう
そんな自分と必死に戦いながら
人は生きてるのかもしれない