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前日譚8

 クルエ村の東側は平らの草原と畑が広がる、とにかく広大な土地だった。

 畑の外側に棘付きの木の柵が張られていて、内側には何か建物の基礎が作られていた。柵の向こう側に、隊長とセイリアの二人がいる。

 隊長は屈んで地面に触れている。セイリアは退屈そうに空を眺めていた。


 その二人に向かって直線に突っ込む。魔法で強化された足で簡単に柵を飛び越して、基礎の上を風を起こしながら突っ切った。

 目立つ走り方だった。すぐに隊長とセイリアに気づかれる。立ち上がった隊長とは目が合った。


「何があった?」


 答えるよりも早く、柵から飛び出て減速をし始めた頃、畑の更に東側にある丘に影が見えた。

 その影は人にしては大きすぎる。正常な動物にしては歪んだ形状だ。

 まもなく太陽がその姿を顕にした。それは白い殻を持った変異種だった。


 足元の石を蹴り上げ、右手でその石を受け取ると振りかぶる。石に殺傷能力を付加して、刃となった石を力の限り放った。

 石は直線に走る。ぶれを修正しつつ、変異種の頭部を狙い撃った。


 遠目でもはっきり見えるくらい、変異種の頭が盛大に弾けた。しかしそれが致命傷にはならない。変異種は頭部がなくなっても、お構いなく足を動かす。

 吹き飛んだ頭の後ろから、更に何体もの変異種が顔を出した。


「変異種か」

「村はシュミスとクフォの二人に任せてきました。ここが最前線になります」

「数が多いな。しかもどれも成体か。プルリムフィエ、村に戻って皆に伝えろ。カロシークの礫での挨拶のおかげで、変異種どもと戦闘だ。団体様で例外なく憤ってらっしゃる」

「私のせいにしないでくださいよ。あの石は効果的だった」

「相手が変異種じゃなければね」

「セイリアまで」


 目の前には変異種の波がある。どんどん丘から雪崩れてくる。総数は丘を埋め尽くすほどだ。まさか、ここまで多いとは思っていなかった。

 滅びた村に入り込んだ変異種はごく一部だったようだ。多くはここで隊長とセイリアか食い止めていたのかな。あの月夜の中、この畑までは確認に来ていれば、凄まじい量の変異種の骸を見られたかもしれない。


 ちょっと数が多すぎる。いつもであれば笑えないような状態だが、今日に限っては気分が軽かった。きっと一度は失ったはずの皆を守れるからだ。既に荒らし尽くされた村と比べたら、視界を埋め尽くす程の変異種は軽い。

 しかし、これだけの量の変異種、どこに溜まっていたのやら。


 セイリアが隊長の命令に従い、村まで急ぐ。徐々に小さくなっていく足音を聞きながら、どうやって変異種の波を崩すのかを考えた。


「しかし、カロシークは石を投げるのが上手だな。これだけ数がいると、たった一匹でも感覚器官を潰しておければ楽になる」

 俺が石をぶつけた変異種は、右に左に揺れながら走っていた。他の変異種に蹴飛ばされ、勝手に弱っていく。様子から察するに、ここまでたどり着けないだろう。実質、石一つで一匹仕留めたわけだ。


 隊長の左手で、魔力製の十二面体が光る。それが弾けるとクルエ村の東側全体を被うほどの巨大なドームが現れた。

 意識集中の結界だ。結界の内側にいる者は、外を意識できない。これは変異種にも適応される。これで結界がある間は、村に被害は出ない。


「しかし、これだけの数、チーム一つでは戦力不足だな」

「楽ができないってだけで、戦力は足りてますよ。隊長、たまには本気を出してください」

「それはできないね。あらゆる状況に備えて、魔力を温存しなければいけない」

「ったく……使えない」

「何だって?」

「さあ、始めましょう。もう射程圏でしょう」

 俺は片手を前に出す。

「――爆ぜろ」


 無色の爆発が起こった。変異種の先頭が地面と共に捲れあがる。俺の魔法が変異種の突撃に劣るはずがなく、容易に跳ね返してみせた。

 爆発に押されて変異種は連鎖事故が起きている。しかしそれは全体のほんの一部だけだった。


「チームプレイとか言ってられないですね」


 数が多すぎる。隊長とは別れて一人が守る面積を広げるしかない。ある程度の高速化を考える必要がある。一体ずつ丁寧に対応していては、いつまで経っても変異種が減らないだろう。

 数が多いから結界から押し出される変異種がいるかもしれない。その変異種が村に向かわないとも限らない。


「私はここから半分をやる、カロシークは向こう半分を狩れ」

「はい!」


 隊長と別れる。見た目弱そうな変異種が多い側に回されたのが癪だ。さっさと片付けて、隊長を助けてやるとしよう。


 月夜のクルエ村で変異種と戦ったときは、力任せだった。しかし今は違う。変異種にぶつけたい感情は持ち合わせがない。もう空にしてしまった。補充はしない。


「結界の展開。常時二十三体を追跡し、接続する。接続した二十三体は、状態の共有を強制する」


 ついに変異種の爪が眼前まで迫った。相変わらず狙いが正確な攻撃だ。変異種はどれも歪んだ頭で目の位置もぐちゃぐちゃなのに、どうして例外なく正確に狙えるのだろう。距離感はどうなっているのか。足の長さもそれぞれ違ったりするのに。


 疑問は尽きないが、こちらとしても正確な攻撃をしてくれるのはありがたい。

 変異種の攻撃に合わせて、魔法で滑るようにして後ろに下がる。爪が行ったら、次は前に出る。変異種の殻に手を近づけて、仕上げだ。


 俺の手を中心に変異種の殻に放射状のヒビが入った。殻にヒビを入れる衝撃は、変異種の体表だけではなく内面にも響いている。


 変異種の足が浮いて、後ろに吹き飛んだ。体の中央に穴を開けて、全身の殻を砕かれながら。


 触れていない近くの二十二体にも同じ傷が現れた。吹き飛びはしないものの、体に開いた穴に耐えきれず地に伏す。


 胴の真ん中に穴が空いても生きているのが変異種だ。首から尻まで大穴を空けても人を食べようと動く。完全に動きを止めるためには、もっと細かく砕かなければいけない。

 腹部に穴を開けた変異種、二十三体は運命共同体だ。俺の結界の中でそうなった。一体を殺せば全員死ぬ。


 直接吹き飛ばした変異種まで、瞬間的に接近し、前足を掴む。俺の魔力を掴んだ足に染み込ませつつ、無傷の変異種に投げつけた。

 当たると同時に魔法が起動する。染み込ませた魔力を爆発の魔法に変えて、泡が割れるような可愛らしい爆発を起こした。

 規模が小さい爆発だ。しかし遊びで使うような威力じゃない。殻がない変異種なら粉にできるくらいの火力がある。

 それにより二十三体の変異種が同時に消失した。


 爆発で飛び散った大量の体液が土地を汚す。村人には悪いけど、この土地は使い道がなくなった。変異種が好き勝手に暴れるよりは、ずっといいはずだ。


 二十三体を倒した程度で喜んではいられない。残りの数は……駄目だ、両手両足を使っても数え切れないほどの圧倒的な数だ。


 一秒くらい休んでから、指に槍の性質を付加した。それを最近の変異種に突き刺す。その指を起点にして魔法を注入、変異種の全身を石のように硬化させた。


 後ろから重量のある足が迫るが無視をする。その足は俺の障壁に触れたところで動きを止める。次動いたのは、障壁に弾かれ足が千切れる瞬間だった。


 思っていたよりも数が辛い。俺が見てきた滅んだクルエ村にいた変異種は、ここの一割もいなかった。俺が呑気にユークアルの実を探していた間、皆はこんな苦労をしていたのかと思うと申し訳ない。

 でも今は、一緒に苦労できる。


 一体一体相手していたら、どれだけの時間が掛かるのか検討もつかない。だからと時間を掛けるわけにもいかない。一掃しよう。そう決めて、変異種から距離を取る。


 幸いここは村の外で、守るべき存在はない。土が傷つくからと控えるつもりだったが、規模が大きめな魔法を使おうと決めた。


 右手に魔力を溜める。その間に変異種が接近してくる。遠くまで届く触手を上手に扱う者がいたが、俺の障壁の前では無力だった。他の変異種は、より近づかない限り攻撃ができない。便利な長い触手を持つものは稀だった。


 大きく後ろに下がると、散らばりかけていた変異種の進行方向が同じになる。変異種は単純な動きばかりだから、一つの巨大な塊になっていく。魔法を撃ちやすい位置関係を作った。


 指を弾いて魔法を放った。変異種の密集地に魔力の玉が現れ、それが高速で回転を始める。回転速度に合わせて玉が広がっていった。

 広がる速度は変異種の足よりも速い。


 この魔力玉は一種の障壁だ。外側からは簡単に入れるが、内側からは出られないようになっている。

 魔力玉はどんどん広がっていき、巨大な球になる頃には多くの変異種を内側に蓄えていた。


 魔力玉に捕らわれた変異種は、外に出ようと必至に外に向かって体当たりを敢行する。皆同じことをするものだから、片側にだけ大量の変異種が集まった状態になっていた。


 この魔力玉は一度入ると出られない。そう作られている。回転速度が上がると拡大して敵を捕らえる。回転速度が下がると逆に縮小して内側にあるものを潰すのだ。


 十分な数を捕らえたと確認する。これ以上、魔力玉を広げると土地へのダメージもより心配になる。全ての変異種を捕らえたわけではない。しかしこれで十分だと判断して、魔力玉の回転速度を落とした。


 地面の下に潜り込んで、半円になっていた球体が縮小する。飲み込んでいた土が持ち上がり、足元が不自由になった変異種が転んでいた。


 魔力玉の回転はどんどん停止に向かう。減速が進んで内容物の圧縮が始まった。大量の土と植物類、そして幾体の変異種が、縮小する魔力玉に潰されてぐちゃぐちゃに混ざり合う。変異種はまず殻を潰されて、それから体も潰されていく。絞られる果物のように変異種の体が縮んだ。


 これ以上、圧縮できないまで小さくなって、ようやく魔力玉が止まった。残ったのは土と一緒に球体に押し固められた、変異種だったものだけだ。

 今の魔法で地面を抉ってしまったが、変異種の大部分は殲滅できた。これで残っているのは――両手で数えられる。


「常時九体を追跡し、接続する。接続した九体は、状態の共有を強制する」

 こうやって残っていた結界を利用すれば、たった一体だけ相手すればいい。


 丁度、覆いかぶさるようにして飛び掛かってきた、右前足に尻尾を生やす変異種がいる。こいつを狙うことにした。

 やることは特に変わらない。変異種の攻撃を障壁で受け止めて、丸見えの腹に魔法を叩き込む。地面に落下した瞬間に追撃を入れる。それで終わった。

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