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前日譚7

 次の瞬間、少女の手から伝わってきていた力が消えた。目を見開くと、俺の手には少女の遺体がぶら下がっている。掴んだ手は温かいと言うには冷えすぎて、脈は感じられない。驚いたが、それ以上はなかった。

 突然が続いた。少女が遺体に戻った次は背後に気配だ。パゼリカかと首だけで振り向く。


「おおっ、びっくりした。なんだよ戻っていたのか。忘れ物でもしたのか?」

 太陽が頭を温める。少女の手を握っていた俺の右手はもう空だ。


「シュミス……」

 後ろにはシュミスがいた。ついさっき遺体の状態で見つけたシュミスが、自分の足で立ち、顔をしかめていたのだ。

「怪我は?」


 無許可でシュミスの身体検査を始める。触れてみたところ、実体があるのは間違いない。怪我らしい怪我もなさそうだ。命を失ったはずのシュミスが生きている。笑わずに居ろと言われても無理だった。


「なにやってるんだ。おまえは。そんなに楽しいか」


 いつでも怒りを表に出せるように溜める、シュミスがいた。いきなり全身をベタベタ触れられてご立腹だ。やりすぎたか。咳払いを入れて誤魔化す。誤魔化せただろうか。


 生き返ったのはシュミスだけじゃなかった。


 ここはクルエ村。あちらこちから人の気配がする。滅んだはずの村が、目の前で生きていた。

「あいつの言っていた通り、戻ったってことか? 以前の時間に戻った」

 夢ではなさそうだ。シュミスに小突かれたが、柔い痛みがあった。


「夢でも見てるのか? 昼間に寝ぼけてるんじゃない。それで、ユークアルの実はどうした。見つけたか?」

 シュミスは期待してか、若干前のめりになった。しかし、その期待には答えられない。


 俺が採ったユークアルの実は、滅んだクルエ村で潰れて地面に落ちた。今は果汁によるシミが服に残っているくらいだ。舐めたいなら、この汚れた服を贈り物としよう。


「ユークアルの実はない」

「じゃあどうして戻ってきた」

「それどころじゃあ――」


 ふと思い至り、言葉が続かなかった。頭を支配したのは、セルトゥム・カロシークは二人いるのではないだろうか、という問題だ。ここでシュミスと会話する俺と、ユークアルの実を採る俺。もし出会ってしまったらどうなる。


「答えは何も起こらない。同一人物が出会ってしまうだけ」

 知らない声。しかし確信した。今のはパゼリカだ。

「答えはあなたしか持っていない。自分と自分が会ったら、あなたはどんな行動を取ると思う?」

 パゼリカの姿がどこにも見えない。説明してもらいたいことも多いのに。

「出てこい!」


 気がつけば叫んでいた。それで好転すれば楽なものだ。パゼリカの姿は見えないままだった。


 シュミスの目が驚きや哀れみ、他にも様々な感情が入り混じった複雑な様相になっている。まるで残り物を次々乗せていった皿みたいに色鮮やかだ。たまに腐臭もする。


「急にどうしたんだよ」

 病人を憐れむような目が鬱陶しい。シュミスに対しては、無視で対処した。


 自分と自分が会ったら、どんな行動を取るか、か。間違いなく戦闘になるだろう。事情を知らない俺は、同じ顔の存在を敵だと断定する。幸運が続いて機嫌がよくても、自分と同じ顔を見れば動けなくなるまで叩きのめそうとするはずだ。自分のことだからよくわかる。


「じゃあ、セルトゥムがユークアルの実を持って戻ってくる前に、クルエ村を変異種から救わないといけないね」


 流石に変異種を放置して、自分と同じ顔を叩くとも思えない。まずは変異種を倒して、その次に自分の顔を叩くはずだ。でも無難なのは顔を合わせないように意識すること。


「セルトゥム、マジに大丈夫か?」

 シュミスが俺の眼前で手をふる。ちょっと無視した時間が長すぎたか。


「今のところは大丈夫だよ。心配どうも。それよりも気を張っておいてくれ。変異種が攻めてくる」

 シュミスが纏う空気が一辺する。日をまたがず、夏が冬になるような激変だ。

「方角は南か?」


 そういえば、何も知らない。それでも推測はできる。滅んだクルエ村で、シュミスの遺体があった場所から考えて。

「東からだ」


 俺たちは南側を重点的に考えていた。あの凄惨な結果は、不意打ちのような形が一因にあるのだろう。


「東? 隊長とセイリアが行ったろう。あの二人じゃ足りないってのか? それにどうして東から来ると判断できた? おまえ南側に行ったよな」

「悪いけど、信じてくれとしか言えない」


 シュミスの疑問は当然のものだ。だが、村が一度滅んでから蘇った件は秘匿する約束をした。破るわけにはいかない。それに、真実を伝えれば余計に拗れる。


 シュミスはため息の後に俺のつま先を踏んづける。

「俺たちに秘密事なんて珍しくもない。昨日今日の付き合いじゃないから信じてやるよ。だがな、タダじゃないぞ。恩を感じろ」

「わかった。忘れるまでな」


 直ぐに気を引き締め直し、シュミスを睨みつけるようにする。

「シュミスは村の人を頼む。クフォと協力してやってくれ。避難ないし……とにかく被害が出ないように。村の外に出た仲間が危険を感じて戻ってきたとでも言えば、無視はできない。村の人たちも変異種を見ているわけだし」


「セルトゥムはどうする?」

「隊長とセイリアと合流する」

「わかった。それで、変異種はいつ頃攻めて来る? 制限時間は?」

「すまない。それはわからない」

「なんだよ曖昧な」

「でも本当に変異種は来るんだ」

「わかってるって。おまえはこんな嘘つかねぇよ。いいから行け。お客さんがいつ来るかわからないなら、準備は早くしないとな。いつでも出迎えられるように。最高性能の防犯装置を思い知らせてやれ」

 シュミスは不敵な笑みになる。俺はよく知っている。こうやって笑うシュミスは強い。

 長居しては邪魔になる。シュミスに一つ「ありがとう」と伝えてから、急いで走った。

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