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前日譚3

 広場の最南端が村の最南端だった。競争にもならない距離だ。

 それでも競争を忘れないシュミスは、勝ち誇るように口角を上げていた。


「ここが南門。門とは名ばかりの石柱残骸後だな」


 シュミスの言う通り酷い有様だ。おそらくここは一切使われていないのだろう。石の柱が倒れている。それが行く手を塞いでいた。


 柱は人の行き来は阻害できる高さがある。頭よりも低いので登ろうと思えば簡単に登れるが、やむを得ない事情でもない限り無理に越えようとは思わない。

 変異種を跳ね返す防御壁としては案外悪くない柱だった。変異種は視界で獲物を探す。この柱は視界を遮るために役に立っているはずだ。村の中は隠せている。


 柱を飛び越え、外側から村を見てみた。南門がある広場には、子どもたちやクフォもいるが、彼らの様子は確認できない。柱は彼らの姿を完全に覆っていた。

 門の左右は家々の壁が視界を完全に遮っている。家屋と家屋の狭い隙間に入らなければ、南側からは村の内側が覗けないようになっていた。


 倒れた石柱も家の壁も、変異種なら容易く破壊できるだろう。しかし攻撃対象が見つけられなければ、障害を破壊しようとはしない。

 案外南側は安全なのかもしれない。変異種が好む音さえ出さなければ感知されないだろう。

 変異種の目撃証言が東にあるのも、倒れた柱が邪魔してそもそも南側に誰も出ないからだとすれば納得できる。そういう理由で南での目撃証言が少ないなら、変異種が南側を通る回数は実際どれほどなのだろう……。今、南門から見渡せる範囲に動く影はない。


 石柱を飛び越え、村へ戻る。

「どうだった?」

「悪くない。並の大きさまでなら跳ね返せそうだった」

 石柱を軽く叩いた。


 この石柱を超える大きさの変異種が現れたら、この村はひとたまりもないだろう。しかし、変異種がここまで来るには狭い山道を通る必要がある。巨大な体では通れない場所だ。

 だからと安心はできないが、当面は心配の必要もないだろう。と、油断した隙きに……という事例もある。意識の外に置くのはまずい。


「もっとしっかり調べる。シュミスも手伝ってくれ」

「言われなくても、そうしますとも」


 もう一度、村の外へ出ようとしていると、小さな影が寄ってきた。その影は村から出ようとする子どものものだった。こちらには目もくれず、石柱と家屋の狭い隙間を狙って走っている。

 子どもが狭い隙間に体を滑り込ませようとした直前に、シュミスの手が伸びる。


「どこ行く気だ?」

 シュミスの手は子ども、女の子が隙間に消えるよりも早く、後ろ襟を捕まえた。軽々と持ち上げられた女の子は、手足を力の限り振り回す。しかしシュミスは微動だにしなかった。

「離して!」

「子どもが一人で村から出るな」

「離せええぇ!」

 子どもはただひたすら抵抗を続ける。しかしどんな動きをしようとも、シュミスの腕を揺らすことすら叶わない。


 このまま離すわけにはいかない。暴れるままの勢いで村から出かねない。運が悪ければ変異種に目をつけられて、それまでだ。


 しかしクフォは一体何をしているのだろう。しっかり子どもの面倒を見ておけと……。違和感に首を傾げ、すぐに正体に行き当たり、目を見開いた。


「シュミス、この子、クフォに着いていった中にはいなかった。初めて見る子だ」

「なんだ。魔法に飽きて、かくれんぼか何かで外に出ようとしていたんじゃないのか?」

「そんなわけないでしょ」

 抵抗は無駄だと悟ったのか、子どもが動きを止めて、物干し竿の洗濯物のようにだらりと垂れ下がった。


 シュミスは子どもを掴んだまま、自分の顔の高さまで持ち上げる。

「じゃあどうして脱走しようとしたんだ?」

 子どもは頬を膨らませて不機嫌を見せつける。なかなか喋ろうとはしなかった。シュミスに蹴りを入れようとはしたが。蹴ろうとした瞬間だけ、シュミスは腕を伸ばして子どもを遠くに離していた。観念するまでそれが続く。


「正直に話すまでずっとこのままだよ」

「……ユークアルの実を取りに行くの。これで満足?」

 ユークアルの実といえば薬効が有名だ。一種の呪いも解くという。魔法薬にも用いられるので、需要があるところにはある。


「ユークアルの実といえば、胃の薬になる木の実だっけ?」

「だなぁ。食えたものじゃないってのは覚えてる。セルトゥムの好物だっけ?」

「あんなもの好んで食べないよ」

「あれ? じゃあ隊長だっけ」

 隊長が好きなのかどうかは置いておく。どうして子どもが、あんな木の実を欲しがっているのだろう。


「ユークアルの実を何に使うつもりなの?」

 ぷいとそっぽを向かれてしまった。なにかおもしろいものでも見つけたのかと視線を追ってみたが、何もなかった。

 それでも引き下がるわけにはいかない。放っておけば、この子は村の外に出て、変異種に襲われるかもしれないのだ。

 嘘は好きじゃないが、この際仕方がない。


「我々は国から派遣されてきた魔術師だ。事情が事情ならユークアルの実を用意してあげられるかもしれない」

 ユークアルの実を取り寄せる権限なんてない。しかしこれは必要な嘘だ。子どもがいつ真実を告げるかわからないのに、時間は限られているのだから。

 横からシュミスの冷たい目が刺さるが痛くない。


「本当に?」

 子どもの輝く瞳は痛かった。

「理由による。お腹が空いたから、とかだったら無理だよ」

「お母さんが病気なの」

 一瞬、自分の思考回路が不調になったのがわかった。一度息を吐き出した。


 よく考えれば予想できる答えだった。そしてこの理由を前に、断るのは難しい。

 シュミスが子どもを下ろす。背中を軽く押して、こちらへ近寄らせた。


「もうずっと寝たきりで、ユークアルの実がないと危ないってお医者さんが言ってたの」

 我々の装備に、あの実の互換になる薬はあっただろうか。考えてみても行き当たる先は、行き止まりばかりだった。


 お母さんが病気か。助けてあげたいと思う。しかし方法がなかった。ユークアルの実はない。丁度いい薬もない。断るしか手がなかった。

 しかし断りたくない。断れば、この子はまたユークアルの実を取りに行こうとするだろう。それはとても危険だ。それにこの子のお母さんを見捨てるようで気分が悪くなりそうだ。

 手詰まりの状況で、なんて伝えればいいのだろうか。両手はいつまでも空っぽのままだ。


「採ってこいよ」

 シュミスの声に顔を上げる。顔を上げて、下を向いていたことに始めて気がついた。

「お嬢ちゃんの代わりに、この兄ちゃんがユークアルの実を取りに行く。お嬢ちゃんよりも、こいつは足が速いからすぐに帰ってこられるんだ。それでいいかな」


 シュミスの交渉は半ば一方的だったが、提示したのは子どもの望みを叶えられる方法だ。

 子どもはすぐに小さく頷いた。当初の目的だったかのように迷いがない。

 シュミスが、にかりと笑顔を作ると、釣られてその子はようやく笑った。


「お嬢ちゃん、お名前を訊いてもいいかな。ユークアルの実はどこまで届ければいい?」

「私カナメア。家はあっち」

 あっちは村の中央付近を通っていて、線上には多くの家屋がある。そのどれかがカナメアの家らしい。


 家の場所を詳しく訊く必要はない。住民の名前がわかれば家くらい簡単に見つけられる。ここは都会ではないのだ。顔も覚えた。


「留守だと届けられないから、お家で待っていてくれるかな」

「わかった」

 シュミスのもっともらしい言葉は、カナメアを納得させる。シュミスの言葉を鵜呑みにするなんて純粋な子だ。

 カナメアは真っ先に家に帰る。そんなに急がなくていいのに。全力疾走で村の奥に入った。


「それで、どうして俺が取りに行くんだ?」

「セルトゥムにはあるんだろ? ユークアルの実を入手できる経路が」

 そう口にしたのは間違いない。しかしあれはカナメアを村の外に出さないために必要な嘘だった。それでも、間違いなく言った。


 シュミスの言う通り採りに行くしかないか。

 ユークアルの実が届けられる気配がなければ、またカナメアが自分で採りに行こうとするかもしれない。それは絶対に駄目だ。


「代わりに行ってくれてもいいんだぞ」

 シュミスに横目を向けてみても、取り合ってくれなかった。耳栓をしていたのなら、無理やり引っこ抜いていたところだ。私は観念するのが得意である。


「わかったよ。このことをクフォに伝えておいてくれ」

 余分な荷物は持っていない。このまま出発できる。

 ユークアルの実は南の森にある。そう珍しいものじゃないから、すぐに見つけられるはずだ。

「勝手に村を出るなんて、命令違反だな。悪いやつだ」

「そうなるか。隊長が戻る前に戻れればいいな」


 厳しいが、不可能ではないはずだ。急げばすぐに見つけられる。シュミスが採ってくると提案したのは、時間を取られないと判断したからだ。

「セルトゥムが戻る前にこっちの仕事は粗方終わらせておくよ」

「急いで戻る」


 石柱の上に飛び乗った。遠くには深い森が見える。その森はずっと続いていて、はるか南の山の麓まで繋がっているのだ。

 記憶が正しければ、その森にユークアルの実がある。森の中を行けはすぐに見つけられるだろう。

 挨拶はせずに、このまま森へ突っ込もうとした。しかし足が止まる。シュミスの声が背中を引っ張った。


「頼むよ。半ば言い出しっぺの俺が言うのも恥ずかしいんだけど、もしセルトゥムが居ない間に変異種が襲撃をしてきたら、戦力的に怪しい。村には俺とクフォの二人だけになるだろ。変異種も一対一ならなんとでもなるけど、目撃証言が多いときって大量にいるからさ」

 小さな村だが、たった二人で守るには広すぎた。しかし個の力量は十分だ。

「シュミスがいれば十分じゃないか?」

 並の変異種が相手ならまず負けないだろう。それなのにシュミスの顔は晴れるどころか暗くなる。


「俺たちはセルトゥムとは違うんだよ。複数体の変異種を同時には相手にできない。いい加減、自分がチームで最強だって気がついてくれないかな」

「最強か。状況によって、いくらでも変わるからなあ。面と向かっての試合なら、チームどころか国内で最高レベルってのは理解しているよ」

「それと比べたら俺は何段も劣る……って、こんな話はどうでもいいんだよ。早く行って、早く帰ってこい。それであの子を笑顔にしてやれ」

 シュミスは虫を払うように、雑に手の甲で追い払おうとする。


「じゃあ、ここを頼むよ」

 踵で石柱を叩いた。どこにも響かない、短い音が鳴るだけだった。

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