前日譚1
睡眠不足で若干重たい頭を揺らす。そんな状態での仕事は、クルエ村の調査だった。予め聞かされていたので驚きはない。
最近、クルエ村で変異種が目撃されている。変異種とは動物が魔素に侵されて体が変質してしまい凶暴化したもの。その目撃報告の事実確認を主とした調査だ。事実であれば変異種を撃滅する。
変異種が確認できなければ、どうしてそんな報告が入ったのかを調査する。虚偽の報告がされているのか、見間違えてしまう似た何者かが存在するのか、たまたま今確認できないだけなのか、などだ。
それらが済んでも、しばらくは駐在する。何事もなければ小旅行と変わらない。事があるから駆り出されるのだが。
予定通りの時間に、予定通りの場所に着いた。昼前に、クエル村の入り口だ。
村の入り口には二本の柱が立っていた。柱の元は門だったのだろう。間隔や作りがそれっぽかった。
柱の近くに若い男が立っていた。冴えない若者だった。顔立ちも普通で、衣服にも特徴がない。その若者がこちらに気がつく。若者は明るく目を輝かせたが、すぐに顔を歪めた。安堵が不審に化けたような表情の変わり方で、心の内が透けて見える。助けが来てよかった、から――こいつらで大丈夫なのか、だ。
「期待されてないみたい」
セイリアが言った。肩をすくめて冗談みたいに。
セイリアとは同じチームの仲間だ。長い金色の髪を靡かせる女性で、絵を描く趣味を持っている。その絵は上手とは言えないけど、味わいはある。香辛料の扱いを間違えたような味わいだ。
見て呉れが万人受けするのか、男連中からの人気が高い。セイリアと同じチームでずっといるからかもしれないが、なぜ人気があるのか理解できない。
しかし同じチームのシュミスはセイリアを想っている。私がセイリアを道端の看板と同じ目で見られるのは、単純に好みの問題かもしれない。
そのセイリアを想っているシュミスが後方から急いだ。セイリアの隣に陣取って元気が有り余っている顔を出す。
「仕方がないさ。少数で来ているんだから。期待通りじゃなかったんだよ。見た目はね」
「実際、この人数は馬鹿にしているようなものだ。たった一チームだぞ」
「そうだよね。倍くらい居てもいいよね。睡眠時間どうなるんだろ。あぁまた肌が枯れる」
今回は五人で来ている。残りの二人は隊長となかなか見ない珍しい顔だ。クフォとかいったっけか。触れた物を吹き飛ばす魔法と、どの距離でも触れたことにできる認識錯誤の魔法を得意とする。魔法の条件付が特殊で、動きが独特になりやすい。
クフォとは手の内は晒し合っている。連携は取れる。しかし連携しやすいかと問われたら、間違いなく言葉に詰まるだろう。訓練は共にこなしているが、クフォとの仕事は今回が初めてになる。
ちらりとクフォへ目を送ってみた。クフォは最後尾で静かに歩いている。
「クフォがどうかしたの?」
「あいつとは今回の仕事が初めてだから、いろいろな意味で大丈夫かなと心配にね」
再びクフォの様子を確認するようにして、セイリアから一歩距離を空けた。その隙間を逃さず、シュミスが割り込んでくる。
「そんな必要はないさ。十分なだけの実力はある。戦い方の相性は俺達と悪くない。ほら、問題はないだろ?」
「そう単純に考えられればいいけど」
ここにいる誰もが、クフォと交友がないのだ。クフォという男の考え方を知らない。いざという時、価値観の違いで優先順位に食い違いが生じる可能性がある。
いい噂は度々聞くから人格的な問題はない。小動物が異様に好きらしい。クフォが夜のように暗い雰囲気なのは、ペットの心配でもしているからか?
細部の細部まで凝った作戦指示があれば別なのだが。今回の隊長はそんな気質じゃない。
隊長は村の入口、柱の横にいる若い男に近づく。村に入るための交渉だ。村人の理解を得る意味で非常に大事になってくる。実のところ村に入るために許可は必要ない。既に国から許可をもらっている。でも、信用のためだ。
若い男はこちらが何者か理解しているようだし、話はすぐにまとまるだろう。
足を止めて待っていると、予想通り隊長がすぐに手招きをした。
「早いな。水を飲む時間すらありゃしない」
シュミスは水筒を取り出したところだった。格好だけで喉の乾きはないのか、そのまま逆戻しするように仕舞う。
つま先で地面を叩き、人に見せられるよう靴を整えてから村の中へとお邪魔した。
村はよくある村という風だった。舗装された道は少なく、家屋は昔に乱造された形式ばかりが無造作に並んでいる。そのせいで最近建てられたであろう建物が異常なほどに目立っていた。集会場がその一つだ。綺麗で造りも近代的になっている。
隊長を先頭に我がチームは集会場に案内されて、そこで現状を聞かされた。
変異種が最後に目撃されたのは五日前。朝方に村の東方向にある畑の側に居たそうだ。その前は七日前、十日前に二件、十一日前……予め聞いていたよりもずっと高頻度で現れているらしい。
変異種は恐ろしい存在だ。生き物を見つければ他の要素一切に関わらず襲いかかってくる。じゃれつく子どもくらいの力なら、わざわざ複数人で出張る必要もない。残念なことに変異種の爪と牙は、人の骨を容易く裂けるほどに鋭いのだ。身体能力も人とは比べ物にならないくらい強靭で、太刀打ちは基本的に不可能だ。目をつけられたら十中八九、命を失う。抵抗する力がなければそうなる。
よく今まで被害が出ていないものだ。これだけ目撃報告があるのに怪我人すらいないのは奇跡に等しい。変異種の感知能力は人を大きく凌ぐので、ほとんどの場合は変異種が先に人を見つけるのに。
この話を聞いて、虚偽が混じっていると感じた者は他にもいただろう。シュミスの表情の変わり方が顕著だった。話が進む毎に笑顔になる。まるで談話でも聞いているかのように。