セール
「所でさ、例のお店、知ってる?」
ここは☆☆高校。一時限目の前、一組の男女が教室で話している。
最初に話しかけたのは短髪のいかにも活発そうな女子。
「ああ、あれね」
そう、眼鏡の位置を中指でクイッと上に押し戻した男子が答える。
「うん、あれ。開店セールと閉店セールをやってるやつ」
「一週間くらい前だったかい」
「そうそう、先週の月曜よ。三先から私は聞いたけど」
「そうか。俺は昨日見に行ったが」
「行ったの!?」
バシッと女子が机を叩いた。男子はそれを気に留める事もなく、頷く。
「もちろんだ」
ここで男子は、女子の噂好きのせいだ、と口には出さずに思う。
「それでそれで、どんなだった?」
「一見、普通のスーパーだっ」
「何が違ったの?」
途中で話を遮られても男子は気にする事なく、女子の質問に答える。
「安かった」
女子は男子の答えの短さに反応が遅れた。その為、二人はしばし見つめ合う。
「それだけ?」
恐る恐るといったふうで女子が言うと、男子は眼鏡の位置をクイッと直してから答える。
「それだけだ」
女子は、は〜、などと言いながら床にへたり込んだ。そしてガクッと首を落とす。
椅子に座ったままの男子はその姿を黙って見つめる。
女子は顔を上げると、キッと男子を睨んだ。
「な」
「俺に言われても、困る」
言おうとした事が全く言えずに、女子はまたしてもガクッと首を落とした。そしてフルフルと首を振ると立ち上がって宣言をする。
「今から行くわよ、そのスーパー」
ガラガラ
タイミング良く扉が開かれ、その音に反応して教室が静かになった。
そこから入ってきた先生が女子に一言。
「欠席、な」
放課後になり、第一グラウンドでは野球部が活動を始める。
その声を横から聞きながら、活発そうな女子と黒眼鏡の男子はあのスーパーに向かう。
スーパーに着いた二人が目にしたのは
「人……多いね」
そう、大勢の人だ。
女子の言葉に男子は一つ頷くと、臆する事なくその人だかりに向かった。
秘かに応援する女子。
そして
ついに
彼は
その
人
だかり
を
…………
前に、
何もせずに帰ってきた。
「アツイ」
女子はがっかり半分、好奇心半分に聞く。
「で、何か分かったの」
「ああ。開店セールも閉店セールも三年間やるそうだ」
「何でよ」
「知らん。まあ兎も角帰るぞ」
一人先に歩き出した男子を追い、横に並びながら女子は話しだす。
「変なのは四つよね」
男子はそれに頷くだけだ。女子は続ける。
「開店セールを三年間もやる事、閉店セールを三年間もやる事、開店セールと閉店セールを同時にやる事、三年で共に終わらせる事」
男子が頷くのを確認して女子は続ける。
「よく考えたら、別に開店セールは気にならなくて、閉店セールをやっている事が問題なのよ。何で開店直後から閉店セールなのよ!」
「さぁ?」
「そうそうそうそうそうそうよ、閉店セールを何で開店直後からやるのかが問題なのよ。閉店するのが前提じゃない」
男子は女子の斜め後ろを歩きながら黙ってその話を聞く。
「ネガティブよ! マイナスだわ。暗いのよ。そうよ、多分社長はあんなスーパーどうなってもいいって思ってるに違いない。きっといえ絶対そうよ」
ガッツポーズ
「そうでなきゃ、三年間もダブルセールなんてやらないわ」
女子がキラキラした目を男子に向けると、男子は女子の横に並び眠たげに言う。
「ネガティブだったら、開店セールなんてするか。それに安く売ったら利益でないよな。さらにネガティブになってどうするよ。だがまあ、あのスーパーがどうなってもいいっていう考えには賛成しよう」
「でしょでしょ。私って、てんさ」
「だが疑問は残るな。なぜここであえて閉店セールなんだ?」
またしても台詞を遮られてムッとする女子であったが、男子の言い分ももっともなので言い返せない。
「それともう一つ。何で君はそんなにこのスーパーが気になるんだ?」
その言葉に足を止めた女子。
男子も止まる。
大分時間が経ってから男子が口を開いた。
「まあ、俺には関係ないから、言わなくていい」
そう言って歩きだした男子を追って女子も歩きだす。
自宅に着いた二人が見たものは、一人の生徒だった。
「紅子?」
女子が尋ねると、紅子と呼ばれた少女はコクリと頷いた。そして男子を見ずに言う。
「スーパーセールに関係する?」
説明不足の紅子の言葉を聞いて、二人はまずは家に入る事にした。
カチャン
ティーカップが受け皿に置かれて音が立った。
「それで、新聞部の紅子が、何の用?」
女子が聞くと、紅子はコクリと頷くと話しだす。
「あのスーパーの取材。何故開店と閉店セールをやるのかの」
ゆっくりと話しだし、ティーカップに口を付ける。
カチャン
「あのスーパーの親会社長、あなたの旧姓と同じ。調べると、親子?」
いまいち要領をえない紅子の質問に、女子はじっくりと時間をかけて考えてから答えた。
「そこまで言うっていうことは、確証があるんでしょ?」
コクリと頷く紅子。
それを見て女子は諦め顔で言った。
「確かに、私はあの社長の柊真琴の娘だけど、今はもう関係ないわよ」
「確かに、でも何故?」
「私があのスーパーに興味を持つかって?」
紅子はコクリと頷く。それに女子は簡潔に答えた。
「なんとなくよ。皆噂してたし」
「それならそれでいい」
また紅子がティーカップに口を付ける。男子は黙って二人を見ている。
カチャン
「でも、彼はどう?」
意味深な紅子の言葉を最後に、三人は黙った。
紅子が帰り、二人だけになった。
女子が話す。
「私の昔の名前は柊聡美。ずっと昔の事だし、今の瀬下っていう苗字の方が長いから感慨みたいなものは無いけど。理由は知らないし、経緯も知らない。けど、私はこの家の里子になった。多分私は産みの親に会いたかったのかもね」
「向こうもそうなのかもな」
エッと女子は男子を見る。
男子はそれに気付かない振りをしたようだった。
「柊真琴、君のお母さんは会いたかったんだよ。だからあんな事をして、君の気を引いたんだ」
うつむいた女子を気遣って肩を抱こうとした時。
女子はガバッと顔を上げて大声で言った。
「お兄ちゃん、柊真琴は私のお父さんだよ!」