07太陽系クルーズ計画
07太陽系クルーズ計画
爺咲花太郎を彼の住むアパートへ送り届けてから1週間が経った。
アギラカナ代表特別補佐官の一条へのプレゼンは手ごたえがあったのだが、いまのところアギラカナに何の動きも無いようだ。実は一条はその間、月のギラカナ・ムーン・リゾート(AMR)に視察に赴いており、太陽系クルーズ船計画はAMR視察後に開始するつもりでいたようだ。
「代田、一条さんにプレゼンしてからかれこれ1週間が経つけど、大丈夫かしら。あの時は確かに手ごたえがあったのだけど」
「まだ1週間ですし、うちの調査機関からの報告では、一条特別補佐官は数日前まで月のAMRに単身で視察に赴いていたそうですから、太陽系クルーズがらみの動きはこれからではないでしょうか」
「ふーん。一人で視察なんて変わってるわね。一条さんがこっちに帰っているんなら、代田の言うようにそろそろ動きがありそうね」
「報告によれば、視察旅行の中身は単なる個人旅行だったようです。いつも忙しく走り回っているような方ですので息抜きが必要だったのでしょう」
「一条さんらしいわ。わたしから見ると一条さんは普段からけっこう息抜きしてるように見えるけど。先週のフルーツパーラーでも護衛以外だれもいなかったから一人で行動するのががよほど好きな人のようだわ。そういえば、あのお店で買ったシャーベットおいしかったわよね」
「そうでございましたね。ちゃんと仕入れていますので、あとでお持ちしましょう」
「代田はほんとよく気が付く執事だわ。お父様がよくあなたを手放してくれたわ」
「お褒めにあずかり、恐縮でございます」
麗華の良いところは、相手について思ったことでそれがよいことなら何の気兼ねもてらいもなく相手に伝えることができることだ。
……
「お嬢さま、アギラカナ大使館の一条特別補佐官から電話が入っています」
「すぐに出るから、繋いでくれる。……はい、法蔵院麗華です。先日はお話を聴いてくださりありがとうございました。はい。はい。……」
1泊2日のAMRへの視察旅行に大いに満足した一条は早速、上司であるアギラカナ代表兼駐日アギラカナ大使、山田圭一に太陽系クルーズを積極的に勧めた結果、太陽系クルーズ計画を認めて貰った。
大神造船株式会社や法蔵院グループについて事前調査を終え問題なしと判断した後、要件さえ決まればクルーズ宇宙船本体は大きさに関係なく数日で建造してやると山田に言われたため、早速、麗華を通したうえ彼女の大神造船に連絡し大型クルーズ船の要件を詰めることにした。同時に、部下の国土交通省からの出向者に対し、大型クルーズ船で太陽系クルーズを進めていくにあたっての国との調整を依頼している。
現在世界最大のクルーズ客船が総トン数20万トン程度なので、どうせなら大きくいこうという一条の判断で総トン数50万トンの宇宙船をアギラカナで建造することになった。
さらに、法蔵院グループの商船日本に竣工後の旅客宇宙船の運営を打診したところ、旅客宇宙船の運営会社、株式会社ソーラー・クルーズを商船日本とアギラカナの合弁で立ち上げることになり、麗華はその会社の代表取締役社長に、一条は代表取締役副社長に就任することになった。ただ、一条は副社長ではあるが、51%の出資比率をもつアギラカナからの派遣役員のため、社長を含む全役員の解任権を持っている。
太陽系クルーズ計画が徐々に具体化していき、ようやく一息入れることが出来るようになった麗華は、自宅の居間でくつろぎながら脇に控える代田とここのところの出来事を振り返る。
「一条さんて見た目で絶対損してるわよね。どう見ても出来るビジネスパーソンには見えないもの。でも、あそこまで来るとその方がいいのかもしれないわね。月旅行から帰って来たと思ったらあっという間に太陽系クルーズの話が具体化してしまって動きが恐ろしいほど早いわ。わたしは新会社の社長にされちゃうし、今度は人手不足が心配されている宇宙での客室係を養成する専門学校を作るそうよ。あと1年もしないうちに太陽系クルーズが実現するわ。そしたら、社長のわたしの視察はどうしても必要よね。わたしも一条さんを見習って視察旅行に行くわよ」
「お嬢さま、その時は私も忘れず連れて行ってください」
「そりゃあもちろんよ。代田を連れて行かないわけないじゃない」
「ありがとうございます。太陽系クルーズ事業は宇宙船の本体部分はアギラカナ持ちですから運航リスクはかなり低くなりそうですし、収益性がかなり高くなりそうな事業ですから法蔵院グループはますます安泰ですな」
「まさにアギラカナさまさまよね。去年の今頃こんなことになるなんて誰が予想できたと思う? この半年でこの世界が一気にSFの世界になってしまったわ。この調子だとこれから先どうなっていくのかしら」
「それを作っていくのが、将来お嬢さまが率いることになる法蔵院グループでしょう」
「フフ、そうだったわね。わたしも、ますます頑張らなくちゃ」