61宇宙クルーズ船ASUCA
1年半ぶり。まさかの、新エピソード。
作者の一身上の都合以外ではエタらせるつもりはありません。(短編集は明確な終わりがないので除く)ただ、これも明確な終わりがあるような、ないような。空港テロ事件、56話で終わらせる予定だったんですが、書き切れませんでした。
翌日の一般開放での文化祭も大盛り上がりの中無事に終了した。2日目の軽音楽部の演奏にも是非にと頼まれた麗華は快諾し、初日以上の観客からの大拍手の中で軽音楽部の演奏は終了した。
そして暦は11月に入った。
太陽系観光クルーズ宇宙船ASUCAの処女航海での記念セレモニーにASUCAの運用会社であるソーラー・クルーズ社長の麗華は副社長の一条ともども式典に列席することになっている。一条の場合は、ソーラー・クルーズの副社長としてではなくアギラカナ代表特別補佐官という肩書きでの列席である。もちろん一介の私企業の社長である麗華に比べれば格段に格が上になる。当日日本政府からは国土交通副大臣がセレモニーへの列席予定だが、一条の方が上位となる。つまりは主賓である。日本国から見た場合、代表補佐は国家元首たるアギラカナ代表に次ぐ人物。アメリカでいうところの副大統領だからである。
ASUCAの処女航海は横浜港から出航する。
桟橋上でセレモニーを行なったあと出港し、地球の衛星軌道上で船内見学会などを行なったあと、水星(太陽)、金星、火星の内惑星をめぐり、火星、木星間のアステロイドベルトを突っ切り木星、土星の順に外惑星二つ巡ったのち、月のAMRに寄港して最後に神戸港に帰還する予定だ。
来賓たちのうち、船内見学だけで航海に参加しない人たちは、ASUCA搭載の連絡艇によって羽田に送り届けられることになっている。
麗華も一条同様連絡艇で羽田に戻る予定だ。お嬢さまはかなり不服だったようだが、クルーズはキャッチコピー「九泊十日の豪華宇宙客船で行く、太陽系宙の旅」そのままで九泊十日の旅に出ることになる。麗華は将来法蔵院グループを背負って立つ自分が、10日も学校を私用では休めない。ということでクルーズ不参加を決めた経緯がある。
「お嬢さま。こんどの式典でのお召し物ですがいかがなさいます?」
「そうねー。いちおうわたしはまだ高校生だから、制服でいいんじゃない。ドレスを着れば足元はヒールだし。身体能力が上がって以来、動きが制限されるのってすごく嫌なのよね」
「かしこまりました」
「大事な式典で、また空港でのテロみたいなことが起きなければいいんだけど」
「ASUCA内にはアギラカナの兵隊さんが警備していますから問題ないでしょう」
「それもそうね」
「ところでお嬢さま」
「なに?」
「お嬢さまはまだ高校2年生ですが、来年になれば3年生。そろそろ大学受験の準備をしてはいかがですか?」
「準備といっても、願書出して試験を受ければいいだけじゃないの?」
「その前に、共通テストの申し込みとそのあとでの大学への受験申し込みではないでしょうか?
いずれにせよ私共の方でそういった手続きを行ないますので、お嬢さまは試験日に試験を受けるだけです」
「任せたわ」
代田は麗華が望みの大学に合格することを微塵も疑ってはいなかったのだが、執事として一言注意したまでだった。
麗華自身も、大学の受験に対して全く不安などなかった。麗華が目指す東大に飛び級制度があるなら後1年待たずともこのまま受験しても確実に合格する自信すらあった。
宇宙客船ASUCAでのセレモニー当日。
セレモニーは午前10時から桟橋上で行われ、式が終わり次第招待客に続き一般客が乗船する。ASUCAは正午に離水し、そのまま高度3000キロの衛星軌道に向けて上昇し、12時30分より軌道上でのセレモニーを船首に設けられたアトリウム(注1)で行なう。高度3000キロという高度は地球の半球が余すところなく視界全体に入る高度である。
当日午前8時。麗華と代田を乗せたリムジンは屋敷を出発して、最寄りの高速に乗り入れ、首都高から横浜に向かって高速を下って行き、横浜港の国際旅客船ターミナルに9時少し過ぎに到着した。この日の麗華の服装は、もちろん麗華が通う白鳥学園高校の冬用の制服と制靴だ。
リムジンを降りた麗華たちはターミナルのVIP専用口で待機していたソーラー・クルーズの社員に案内されて、控室に案内された。
案内された控室の窓から、桟橋に平行に停止したASUCAの全貌が見える。
ASUCAの形状は一言で言えば紡錘型。のっぺりした船体に船窓は取り付けられていない。
現在は出入り口の大型ハッチが開いているが、そのほかの開放部分は荷物用ハッチ、連絡艇用ハッチくらいである。船窓については各船室に船窓に模したスクリーンが取り付けられておりスクリーン上に外部の状況が船窓を通して見ているかの如く映し出される。また、ASUCAのメインホールであるアトリウムの天井や船内各所の展望用の施設も同じ仕組みである。
「模型とか写真を見て知っているつもりになっていたけれど総トン数50万トン。って思った以上に大きいのね」
「あの戦艦大和ですら6万5千トンですから」
「あら、あれは排水量だからそのとおり重さなんだけど、こっちの総トン数って容積のことみたいよ。たしか排水量1トンは100立法フィート、2.83立法メートルだったかしら」
「そうだったんですか、初めて知りました」
「わたしもちょっと前に知ったんだけどね」
麗華は手渡されていた式次第が書かれたカードに目を通してみた。
ASUCA処女航海式典の式次第
桟橋上。
1、開会の辞
式典司会者の挨拶
2、来賓紹介
主賓および特別ゲストの紹介
3、ASUCAの紹介
ソーラー・クルーズ担当者による船の概要と特徴の説明
4、挨拶
主賓(アギラカナ代表補佐)の挨拶
国土交通副大臣による挨拶
運航会社の代表による挨拶
5、リボンカットセレモニー
主賓および関係者によるリボンカット
6、記念撮影
出席者全員での記念撮影
7、乾杯
シャンパンやノンアルコール飲料での乾杯
8、閉会の辞
司会者の閉会挨拶
来賓、一般客の順にASUCAに乗船。予定時刻(12時00分)に離水。
9、ASUCAのメインホールであるアトリウムでの船長と主なスタッフにより簡単なセレモニー
10、記念撮影
麗華たちはそこで連絡艇に移乗して羽田に帰還
11、船内ツアー
船員による案内ツアー
今回のセレモニーではテープカットだけが自分の出番であると麗華は思っていたのだが、運航会社代表による挨拶と式次第に書かれていた。
「代田、運航会社代表による挨拶ってここに書いてあるんだけど、これってわたしのことかしら?」
「そうかもしれません。確認いたしましょうか?」
「まあいいわ。呼ばれたら適当に挨拶するから」
9時50分。係の女性が部屋を訪れ、そろそろ式場に移動するよう告げた。彼女に先導されて麗華と代田は式場の桟橋を用意されていたテントまで歩いていった。
麗華と代田は並んで椅子に座ってセレモニーの開始を待っていたら、続々と来賓が式場に集まってきて、それぞれ指定された席に座っていった。
式の開始3分前。式場には多くの報道関係者が集まっている。その脇を抜けて一条佐江がバタバタと走ってやってきた。一条の前後にはスーツ姿のガタイのいいイケメン男性と、スーツ姿のこれも美人さんが付き添っていた。アギラカナの護衛だ。通常一条の護衛はつかず離れずが基本なのだが、こういった状況のためやむを得なかったのだろう。
「ひゃー、遅れるところだったけど、セーフ! 麗華ちゃんと代田さん、おはよう」
「一条さん、おはようございます」「おはようございます」
「昨日遅くまでアニメ見てたから寝坊しちゃった」
「アニメですか?」
「そ。この船の名まえASUCAにしたじゃない。その元になったアニメの第2期が始まったから、1期からBDで最初から見てたら深夜になっちゃった。あー、面白かった。2期が終わったら、『ASUCAの物語』って外伝が放映されるっていうからそれも楽しみなの。
そういえば、あのアニメ、ソーラー・クルーズもスポンサーに入っていたからこのASUCAの処女航海に合わせての2期を始めたのかもね。そうだとするとソーラー・クルーズの広報担当優秀よね」
「わたしも見てみようかな。なんていう名前のアニメですか?」
「『巻き込まれ召喚』っていうの。面白いわよ。
司会者がステージに向かったから、そろそろ式が始まるみたい。
あの司会者って国営放送からフリーになったアナウンサーだよね?」
「さあ、わたしはあまりテレビは見ないもので」
「さすがは麗華ちゃん。ひと味違うのね」
これには麗華もどう返していいのか分からなかったので笑ってごまかしてしまった。
注1:アトリウム
一般的には明かりを通す素材で屋根を覆った大規模空間。船の場合は、船内にある吹き抜けの大規模空間をさす。
本編『宇宙船をもらった男、もらったのは星だった!?』https://ncode.syosetu.com/n6166fw/ 未読の方は是非。