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36クルージング

36クルージング



『出港します』


 岸壁のボラードに巻いてあった係留用のロープがクルーによって外され、ヨットが岸壁を離れて出航していった。


 さっそくキャビンのソファーに腰を下ろしくつろぐお嬢様。キャビン内は空調が効いているため適度な温度に保たれているのだが、リムジンからクルージングヨットまでやや距離があったため、冷たい炭酸水を田宮に用意させた。

 やや太めのシャンパングラスに注がれた炭酸水の泡を眺めながら、操縦室のキャプテンからの船内放送を聞いている。


『本日の、クルーズルートですが、右手に陸地を見ながら右回りで小田原沖、伊東沖とめぐり、大島、館山をめぐり、葉山に戻る予定です。途中有望そうな魚影を見つけましたら一旦停船いたします』


 葉山を出て2時間ほど右手に陸地を眺めながらクルージングヨットが進んだところで、エンジン音が弱まった。


『魚影を見つけましたので、このあたりで停船いたします。魚釣りでデッキにお出になる場合はご面倒ですがライフジャケットのご着用をお願います』


「お嬢様、どうぞ」


 サマーカーディガンを脱いで、渡された橙色(だいだいいろ)の派手な色をしたライフジャケットをワンピースの上から着用し、ぎゅっと紐を締めて外れないようにしておく。今の麗華なら、ライフジャケットなしで岸まで泳ぐことなど余裕で可能なのだろうが、ちゃんと自分の安全のことを思って出された指示だと理解しているので素直に従うのだ。お嬢様は自由ではあるが、決してわがままではない。しかも自分の回りにいる人物には常に気を配っている。気配り大事。


「それじゃ、誰が一番大きな魚を釣るのか競争よ」


 麗華、代田、田宮の三人がそろいのライフジャケットを着用し、それぞれが船釣り用のリールの付いた竿をもって船べりに並んだ。仕掛けは、大型の錘が先についたもので、やや大きめの釣り針が4つ、枝のようにくっ付いている。

 用意されたエサは、サバの短冊と小エビ。麗華が針の先に付けたエサは、サバの短冊。季節的にはややずれているがムツも釣れるらしい。真鯛もかかる可能性も高いそうだ。電動リールも船には用意されているのだがここは真剣勝負だ、そんなものは麗華、代田はもちろんだが、田宮にも必要ない。手足のすらりとした田宮だがこう見えても居合の達人なのである。

 その田宮は、1年ほど前まで、麗華の早朝鍛錬に付き合わされていたが、ここ数年の麗華の著しい進歩についていけなくなり、その後は代田がほとんど麗華の相手をしている。しかし、今は、昨今の麗華の覚醒以来代田を含め誰も麗華と立ち合い稽古を互角に出来るものがいなくなってしまった状態だ。


 水面下200メートルから300メートルあたりを泳いでいるという魚を狙って3人が思い思いの場所で、釣り糸を降ろしていく。一気に300メートルあたりまで降ろしたあと、ゆっくり巻き上げていくもの、200メートルあたりからゆっくり下げていくもの。250メートルあたりまで一気に降ろして、そのあたりで上げたり下げたりするもの、それぞれ特徴のある釣り方をしている。

 こういった、勝負事は、腕前もあるのだろうが、この3人にそんなものが有るわけないので、結局運勝負になってしまう。


 チョン、チョン。軽く糸に伝わる感触。


 チョン、チョン。


 ググッ、グググー、ギューン。一気に竿がしなった。


 少しずつ糸を巻き上げながら、軽く緩めまた巻きあげるを繰り返しているのは、もちろんお嬢様だ。30分程度かけて上がって来たのは50センチほどのムツだった。たもですくい上げて針を外しバケツに放り込んでおく。すぐにエサを付け替え、釣りの再開。今回は4つ付いた針のうち2本に小エビを付けて鯛も狙うようだ。後の二人はだまって、釣り糸を垂れている。


 シュルシュルとエサの付いた仕掛けが錘に引かれて下がって行き、今度は350メートルあたりを狙うらしい。今回もまたお嬢様は落ち着きなくそのあたりで、上げ下げを繰り返し始めた。釣りを長年やっている人から見るとダメダメなのだろうが、常識など吹き飛ばすのがお嬢様クオリティー。すぐに次のアタリが来てしまった。先ほどに比べてかなり引きが強い。


 今回も、30分ほどかけて引き上げた釣り糸の先には、真鯛と、ムツが同時に釣れており、すくい上げて、大きさを測ると真鯛は40センチ、ムツは60センチ。見事な釣果である。代田と田宮は依然坊主である。


「やはり、お嬢様にはかないませんな。釣りはこのへんにして、そろそろ昼の支度を始めましょう」


 代田の合図で、各々竿を収め、ライフジャケットを外し、バーベキューの準備を始めることにした。船員の2人も加わり、テキパキと準備を進めていく。田宮は、クルージングヨット内の厨房で、麗華の釣ったムツと真鯛を捌き、バーベキュー用に切り分けている。


 まもなく、バーベキューの準備が整い、厨房からも食材を乗せたワゴンを押して田宮が戻って来た。


 ワゴンの上の皿には、先ほど麗華が釣り上げたムツと真鯛の切り身の他、ホタテ、アワビ、サザエ、クルマエビなどの魚介類の他、コーンやなすび、シイタケ、パプリカなどの野菜類が山盛りに乗っている。


「季節的にやや脂が落ちているようですが、釣りたてですのでおいしいと思います」


「やはり、春に釣りに来ればよかったわね。早くに屋敷を出たからそろそろお腹もすいてきたわ。とにかくどんどん焼いていきましょう」


 お嬢様の言葉に合わせて、バーベキューコンロの網の上に食材がどんどん並べられていく。ホタテの殻の蓋が開いたところにバターと醤油を少々。貝や魚から出た汁が炭火の上にこぼれジューと音を立てて香ばしい香りを放つ。


「出来上がった順に早速みんなでいただきましょ。キャプテンさんや船員さん達の分もちゃんと取り分けて持って行ってあげて」


 田宮が焼きあがっていく食材を、トングを使って取り皿に盛って行き、代田と二人で、キャプテンたち3人に配りに行った。麗華は未成年のため手にしたグラスには冷えた炭酸水が入っている。


 一人になって、南の水平線の方を眺めていると、300メートルほど先の水面が急に盛り上がってなにやら大きくて黒いものが浮かび上がって来た。大波が押し寄せる中、キャプテンがそれに気づき、波に垂直になるように巧みに船を操作した。船が横波を被ると最悪転覆の危険もあるための素早い操船が何とか間に合い、大波が舷側を通り過ぎて行ったのだが、麗華の目前にはそれに気づかぬほど、驚くべき光景があった。


 水面を盛り上げて表れた黒い物体はそのまま浮上を続け水滴を垂らしながら全貌を表したのは、スクリューを空回りさた全長100メートルを超える潜水艦だった。その潜水艦がそのまま上空に昇って行ったのだ。



「お嬢様大丈夫ですか?」


 一旦キャビンに入っていた代田が慌てて麗華のいるデッキに飛び出してきた。


「大丈夫よ。あれ、潜水艦よね。こんなに間近に見るのは初めてだわ、広島の呉に置いたあった潜水艦も大きかったけどこっちのほうがずいぶん大きい。どこの国の潜水艦かわからないけど、日本の近くまで良く来れたわね。これが噂のアギラカナのお帰りシステムなのか。日本の領海に入らなければ潜水艦は見逃されるって聞いていたけど、ぎりぎり入っちゃったみたいね。ほんとにすごいものだわ」


 麗華が感心して眺めている間にも、どんどん潜水艦は上空に吊り上げられて1000メートルほど上空に達したところで南の方に飛んで行った。


「ほんとに、ちょっと前にネットでアギラカナの演習風景が流れてたのにアギラカナが怖くないのかしら」


「一時期、アギラカナ大使館前にいた自称市民の方々も今はどこかに行っているみたいですし、それなりに恐れてはいるんでしょうが、間違って日本の領海に入ったのかもしれません」


「そんなのあり得るの? 潜水艦って、最新技術の塊なんでしょ? ところ変われば何とやらと言う通り、大した潜水艦ではなかったようね」


「領海に追い込めば、アギラカナが処理してくれますから、自衛隊の哨戒機か何かに日本の領海まで追い込まれたのかもしれません」


「どちらにせよ、ダメダメ潜水艦ってことよね。あんな大きさのものがどっかの港の岸壁に置かれたら海に浮かべるのは大変よね。

 それはそれとして、わたしたちもバーベキューを食べましょ。焼きすぎるとおいしくなくなるわよ。あら、この魚の切り身、今日わたしが釣ったムツよね。ちょっとお醤油をかけて食べるとすごくおいしいわ」






広島の呉に置いたあった潜水艦:「大和ミュージアム」の向かいにある海上自衛隊の「てつのくじら館」に置いてある潜水艦です。

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