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26カレーでしょ

26カレーでしょ




 そろそろ、花太郎に料理を作ってあげないと嘘を()いたことになる。うそつきは泥棒の始まりではないが、麗華の嫌いな言葉である。


「わたしでも簡単に作れる料理に挑戦しようと思うの。何かそれらしくて見栄えのいい料理はないかしら」


 今日は妙に謙虚なお嬢様である。


「それでしたら、カレーなどいかがでしょう。見栄(みば)えはしないかもしれませんが、小学生でもキャンプなどしたおり、自分たちでカレーを作って自炊するという話を聞きますし、お嬢様がお作りになれば間違いなくおいしいカレーが出来上がると思います」


「カレーじゃインパクトもないし、誰が作っても同じようになっちゃうじゃない」


「お嬢様、料理も見た目はだいじかもしれませんが、インパクトではありません。心です。心さえこもっていればどんな料理でもごちそうなのです」


 さすがは長年麗華付をしているできる男、代田。心などというあいまいでしかも見えないもので麗華をうまく誘導していく。


「そうかもしれないわね。だけど、小学生並みって言われているみたいで気にくわないわ」


「小学生は、市販のカレールーでカレーを作るようですが、お嬢様がスパイスからじっくりカレーを作れば小学生なみなどという者はおりませんよ」


「わたしの場合、市販のカレールーでカレーも作ったことないからどうでしょうね。でも、スパイスから作るカレーとなると本格的ね。初挑戦になるけど頑張ってみるわ」


 心の中では、お嬢様になるべく料理に挑戦してもらいたくなかった代田だったが、麗華と話しているうちについヨイショしてしまった。かなしい執事の(さが)である。

 しまったー! と思うも、もはや後の祭り。しかもスパイスなどという危険な単語まで使ってしまった。毒を食らわば皿まで。ここで代田は腹をくくる。


「ちょうどいいではありませんか、初挑戦。いい言葉です」


「そうね、代田、あなたいつもいいこと言うわね。フフフ、豪華絢爛のカレーを()()()で作って見せるわ」


 何だか妙なスイッチが入ってしまったようだ。


「お嬢様、別に豪華絢爛でなくても。カレーは庶民の味と言います。ここは素朴な味が好まれるのではないでしょうか」


「わかったわ。それじゃあ早速、宮本を厨房から追い出してカレーを作るわよ」


「どうして料理長を追い出す必要があるのですか?」


「それは、わたしの秘伝のレシピを宮本に秘密にするためよ」


「それはなにゆえ?」


「気持ちよ、気持ち。何だか秘密があった方がおいしくなりそうでしょ」


「そうなんですか?」


「そうなの」


「でも、料理は科学なんですよね?」


「まだ細かいことをおぼえてるのね。そんなのだとはげるわよ」



 今回も、厨房にやって来た麗華と代田。料理長の宮本と見習いの佐々木には無理にでも休憩していろと厨房から追い出し、さっそく料理を始めることにする。もちろん二人とも前回同様、白い割烹着に白い三角頭巾姿だ。あいかわらず出来る執事の代田の割烹着姿が痛々しい。


 前回のクッキーの成功で自信を付けたらしいお嬢様がもうすぐ還暦を迎える代田に指図する。


「材料を厨房の中から探すわよ。まずは、じゃがいも。その右の冷蔵庫の下のあたりが野菜置き場のはずだから」


「ありました。じゃがいもが何種類かありますが、どれを使いますか?」


「どんなのがあるの?」


「なんだか黒っぽくて丸いのと、平べったいの、それと普通に丸いのがあります」


「じゃがいもなんてどれも同じようなもんだから最後に言ってた普通に丸いのでいいわ。あとは玉ねぎかしら」


「玉ねぎ有りました。にんじんはどうします?」


「にんじんはいいわ。わたしあんまり好きじゃないから。野菜はそれだけでいいから次は牛肉ね。その冷蔵庫の上の方に入ってない?」


「見当たらないようですので隣の冷蔵庫を見てみます。……有りました。美味しそうな霜降りです」


 美味しそうな霜降り肉を見てつい口に出してしまった。この高級肉がお嬢様の手にかかってしまうのだ。これは代田にしては失策である。


「じゃあ、それを持ってきて」


 調理台の上にじゃがいも、玉ねぎ、霜降りの牛肉が揃えられた。


「代田は、じゃがいもと玉ねぎの皮をむいててちょうだい。そうねえ、じゃがいもはちょっと小さいようだから10個くらい、玉ねぎは大きいから4個くらいでいいわ。わたしはスパイスを探してみるわ。

 スパイス、スパイス。確かこの辺にあったはず。……あったわ。えーと、どうせカレーなんだから何を入れても問題ないわよね。ターメリック? このカレーっぽい黄色のは入れた方がよさそう。クミン? クミンシード? クミンシードってひまわりの種みたい。リスじゃないんだからこれはパスね。粉の方を使いましょ。コリアンダーってパクチーのことよね。パクチーの匂いは独特だけど体に良さそうだからこれは入れてみましょうか。あとは、普通にコショウと赤トウガラシかな」


「お嬢様、皮をむき終わりました」


「あら、代田、皮をむくのが速いのね。だったら玉ねぎをみじん切りにしておいてちょうだい。気を付けてよ。ここのまな板はすごく柔らかいんだから。他のは、適当に一口大に切っておいてちょうだい」


「了解しました」


「それじゃあ、その間にわたしはスパイスを混ぜちゃう。すり鉢にすりこ木。……あったわ。最初は大きいものから潰していく方がいいわよね」


 ガラス瓶の中に入っていた赤トウガラシを()()()すり鉢の中に投げいれ、上からすりこ木で捏ねるように潰していくお嬢様。意外とすり鉢で赤トウガラシの細長い実が砕けていくのが見てて楽しくなってしまい、もう()()()の赤トウガラシをすりこ木で砕いていく。


「あれだけあった赤トウガラシが真っ赤な粉になってしまうと少なくなるのね。もう少し赤トウガラシがあった方がいいかしら」


 さらに()()()の赤トウガラシが追加された。


「トウガラシはこのくらいかな。見た目が赤くてきれいかも。つぎはコショウ。黒白取り交ぜていけばいいわよね」一旦すり鉢から真っ赤なトウガラシの粉を大き目のボウルに移し、白、黒の粒コショウを一つかみずつ缶から取り出しすり鉢にいてれ砕いていく。意外とコショウの皮が硬くてすりこ木ではうまくすりつぶせない。

 煮込んでしまえば、コショウのからもきっと柔らかくなるわよね」


 自分を納得させるのは勝手だが本当に柔らかくなるのだろうか。


「黄色いターメリックとクミンとコリアンダーは最初から粉だから缶の半分くらいずつかしら。あれ、ターメリックがほとんど空だ。ま、なくてもいいよね」


 すり鉢には入りきらないのでトウガラシの粉の入ったボウルにそれぞれを入れてかき混ぜて麗華特製、()()スパイスミックスが出来上がった。


「煮込んでる間にご飯を炊いておきましょう」


「お嬢様、それでしたら私が出来ます。何合くらい炊きましょうか?」


「それじゃあお願い。みんなも食べるでしょうから、2升くらい炊いてちょうだい。足りないと大変だものね」


……


「最初は玉ねぎのみじん切りを炒めていくわよ。炒めれば炒めるほどおいしくなるんですって」


「お嬢様、玉ねぎを炒めるのを代わりましょう」


「そう、それじゃお願い」


 今回は少しは情報を仕入れていたようだ。それくらいなら最初からレシピを覚えればいいのになどど出来る執事の代田は口が裂けても言わないのだ。


「玉ねぎは時間がかかりそうだから、隣で牛肉をフライパンで炒めておくわ」


 軽く火を通した牛肉から、肉汁と牛脂が滴り、これだけで食べた方が美味しそうだが、できる執事は黙々と玉ねぎを炒めている。


「お肉はこんなものかしら、玉ねぎはまだまだね。代田頑張るのよ」


「はい。お嬢様」

……

 代田が必死になって玉ねぎを炒めている間、横に座ってあくびを噛み殺すお嬢様。そろそろかなと思い代田がかき混ぜる大鍋を覗き込む。


「玉ねぎあめ色になっていい具合よ。ずいぶん小さくなってしまったけど仕方ないわね。これに、炒めた牛肉とスパイスを入れて混ぜ合わせば7割がた完成よ」


 先ほど炒めた牛肉をフライパンから大鍋に移し、すり鉢で作っていたブレンドスパイスもその上から投入した。


「ちょっと、赤みがかっているように見えるけれど、こんなものよね」


 かき混ぜながら麗華が一人納得しているのだが、鍋の中ではコショウの黒い粒と白い粒がペースト状になった玉ねぎと軽く焦げ目の付いた牛肉の間に見え隠れしている。


「それじゃ、代田、じゃがいもを入れてくれる。軽く混ぜ合わせて水を足して煮込めばカレーの出来上がりよ」


「お嬢様、待ち遠しいですね」


「沸騰したら、あくを取りながら20分くらい煮込みましょ」


……


「霜降り牛は煮込むとずいぶん小さくなるのね。それにじゃがいもが煮崩れて形が無くなっちゃたわ。でもいい感じにとろみが出てるみたい」


「カレーというともう少し黄色いものかと思っていましたがすごく赤くないですか? それに黒い粒々と、白い粒々が一杯浮かんでますがどうしましょう」


「赤いのは仕様よ。気にすることはないわ。代田、試しに、黒い粒を一粒食べてみてくれない。コショウの殻が煮込めば柔らかくなると思ったのだけれどどうかな?」


「それじゃあ、ちょっと食べてみます」


 黒コショウの粒をお玉ですくって恐る恐る口に入れる代田。ガリッ!


 「ホー、ホー。お嬢様、全く柔らかくなっていません。ホー」


 コショウの辛さに顔をしかめて口から息を吐きながら麗華に報告する代田。


「それもアクセントになっていいんじゃない」


「お嬢様がそうおっしゃるんならそうでしょう。なんだか、上に浮かんでいる赤い油のようなものが特に辛そうですね」


「少し辛いかもしれないけど、そろそろ梅雨も明けて夏になるから少しくらい辛い方がいいんじゃないかしら。もうじきご飯も炊けるようだからみんなを食堂に集めてくれる? わたしがよそってあげるからあなたたちは座って待っててちょうだい」


…… 


 代田によって食堂に集められた屋敷の使用人たちが不安な表情で席についている。それというのも、麗華の料理の腕前についての噂に尾ひれがついてみんなが警戒しているのである。しかも今日はカレーだ。まともなカレーが供されると思っているものは誰一人としていない。

 できる執事の代田と厨房を追い出された宮本と新人の佐々木はすでに胃腸へのダメージを最小限に抑えるべく胃腸薬を服用している。経験に学ぶことは必要なことなのだ。いや、すでにこれは歴史なのかも知れない。他の使用人たちにとって残念なのは、歴史に学んだはずの代田が麗華の本格カレーを阻止できなかったことだ。


 フンフン、フンフフン……♪ 厨房の方から麗華の鼻歌が聞こえて来た。フンフン、フンフフン……♪ まさに悪魔の子守歌。割烹着を脱いだ麗華が鼻歌交じり人数分のカレーライスをワゴンに載せて食堂に現れると、使用人たちが素早く手分けしてテーブルの上にカレーライスを並べて行った。なるべくカレーの量が少ないものを確保するための行動なのでみんな必死である。


「あら、みんなそんなに待ち遠しかったの。お替わりならいくらでもあるからお腹いっぱい食べてね」


 麗華の満面の笑みが逆に怖い。少なくとも一度はお替わりしなくてはならないのでは。目の前の赤カレーから立ち上るいかにもな匂いにも負けず意を決する使用人たち。さすがである。この屋敷にいる使用人たちは麗華に選抜された法蔵院家の次世代のエリートたちなのだ。その誇りがある以上麗華のよそったカレーを完食しないわけにはいかない。


 ……噂に尾ひれがつくのは仕方がないが翼までつける必要があったとは。

 お嬢様ただ一人おいしそうにカレーライスを食べていたのだが、そのお嬢様もコショウの粒は皿の横によけていたようだ。


 麗華の屋敷でこのカレーを食べた者は麗華を除き全員がたらこ唇になったと言われている。後日、出された食事をお残しをしないことが麗華の屋敷での鉄の掟となったとか。




ジャガイモはきたあかり。ポテトサラダに持ってこいのジャガイモです。

玉ねぎは新玉ねぎ

牛肉はもちろん松坂牛の霜降りです。

みなさん、お嬢様の真似はしないように。

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