02爺咲花太郎、六道あやめ
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02爺咲花太郎、六道あやめ
「ふう、ふう……。滑り込みセーフ」
校門が閉まる前になんとか校庭に滑り込むことが出来た爺咲花太郎、黒服のおじさんに傘を差された女子高生が後ろから自分に何か言っていたようだが聞き取れなかったのでそのまま学校の玄関に駆けこんでいった。
1年B組の後ろの扉をなるべく音を立てないよう開けて教室の中に入っていく。いまは、国語を受け持つ六道あやめの授業中だったようだ。花太郎は今日の1限があやめの授業だったことを失念していた自分を叱りつけたくなったがもはや後の祭り。ここは神妙におとなしくしていようと心に決める。
このクラスの生徒たちは花太郎には関わりたくないので扉の音に振り向きはしたが無関心を装っている。入学早々花太郎の名前をからかった男子生徒がいたのだが、花太郎と喧嘩になり、先に手を出したその男子生徒の腕をつかみ、一本背負いで投げ飛ばしてしまった。
その後も何回かほかの生徒と喧嘩になり相手を投げ飛ばしている。どの喧嘩も先に相手が手を出してきたのだがいつのまにか花太郎が悪ものにされていた。先週花太郎に絡んできた生徒は、今はこの教室にはいない。下校中何者かに襲われたそうで、手首を複雑骨折し今は自宅療養中である。
襲ったのは花太郎ではないかとクラス内で囁かれており、自宅療養中の生徒も口をつぐんで何も語っていない。本来は警察沙汰になるような事件なのだが、この件に関して報道もなければ警察も動いてはいない。学校関連の出来事なので理事長の本家筋である法蔵院家がもみ消したのだろうと噂されている。
いつも絡まれて仕方なく応戦しているだけの花太郎なのだが、目つきが鋭すぎることも災いし今では周囲からは喧嘩っ早い問題児だと認識されている。こういった理由で周囲は彼を避けているし、教師などは無視を決め込んでいるのだが、国語教師六道あやめは違った。
「爺咲、今日も遅刻のようだがどうした?」
「寝坊しました。すみません。服が雨に濡れてパンツまでビショビショなんで着替えて来てもいいですか?」
「早くいってこい」
急いで教室を出た花太郎は予備の着替えを置いてある剣道部の部室に走って行った。花太郎は剣道部員なのである。
ジャージ姿で教室に戻った花太郎は自分の席に座り、あやめの授業を真剣に聞いている振りをしているのだがときたま窓の外を眺めている。その窓の先には、ここからでは見えないがアギラカナ大使館がある。たまに、貨物宇宙船が大使館横の貨物ターミナルに発着する姿を眺めているのだ。
花太郎の席は、最初は教室の真ん中あたりだったのだが、いつの間にか窓際の一番後ろの席になっていた。花太郎が遅刻するたびに1つだけ空いてる机が後ろの方、窓際の方へと移動していくのだ。麗華とはまた違った意味で隔離されたようだ。
キーンコーンカーンコーン……
「今日はここまで。爺咲は放課後生徒指導室に来るように」
六道あやめの教師歴はまだ3年ほどだが生徒指導も担当している。
「起立、礼」
放課後の生徒指導室。午前中の雨がうそのように晴れ渡り、いまでは青空が広がっている。部屋の中からは見えないが、頭上には長四角ではあるが昼間の月のように見える宇宙船が浮かんでいる。
テーブルを前にして六道あやめがスチール椅子に足を組んで座っており、彼女の向かいには花太郎が立たされ、直立不動を絵にかいたように緊張している。あやめは授業中や一般生徒に対する物腰はある程度柔らかいのだが、自身が顧問をしている剣道部員、その中でも目を掛けている生徒に対しては逆にかなりきつくあたる。しかも言葉使いも荒い。
「爺咲! いい加減にしろー! あたしの授業に遅れたのは今日で何度目だ? いい加減にしろ。」
「も、申し訳ありませーん」
「あのなあ、あたしの授業に遅刻なんかするんじゃねー! それでなくともおまえは他の先生方に目を付けられてんだぞ、剣道部顧問のあたしの立場がなくなるだろーが。少しは考えろ。とにかく目立つようなことはするな。他の先生の授業を見つからないようにサボるのはおまえの勝手だがな」
「申し訳ありませーん。これからサボるときは見つからないようにします!」
まさに平身低頭。それに、鷹揚にうなずく六道あやめ。見つからなければサボっていいのか?
年齢の関係でまだ剣道2段ではあるものの白鳥学園剣道部の中では高1ながら実力ナンバーワンの花太郎であるが、全日本女子剣道選手権2連続準優勝、剣道4段の六道あやめにはいまだに1本も入れたことはない。その前に、彼女の連撃からの突きをくらい何度も吹き飛ばされている。
あやめからすれば、自分の得意技を出さざるを得なくさせる花太郎の実力に大いに期待している。今の3年の主将が引退すれば、花太郎を次期主将に据えようと思っているし、それについて上級生もだれも文句は言わないだろう。
次の対外試合では、部内での勝ち抜き戦を行って出場選手を決めるつもりだが、花太郎が勝ち抜き戦で優勝するのはほぼ確実で対外試合では大将を務めさせよう思っている。先鋒などに起用してしまうと、抜き戦形式の試合のため一人で相手方5人を倒してしまいそうで、そうなると他の選手が試合を経験できなくなるからである。
あやめは当然花太郎が同級生にけがをさせたのではないかと言う黒い噂は耳にしているが、そのことについては何も心配していない。それくらい花太郎のことを信頼もしている。それだけに、花太郎の生活態度が腹立たしい。
「これからすぐに部活だ。サボるなよ」
「はい!」
今も剣道界で「地獄突きの六道」「六道殺め」と呼ばれている六道あやめ25歳。全日本女子剣道選手権2連続準優勝というと聞こえは良いが同じ相手の同じ技に敗れての準優勝である、しかも相手は年下。自分でも限界を感じ始めており、そろそろ現役引退の潮時かと考えている。