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01雨の出会い

本作は、あらすじにも書いてありますように宇宙〔SF〕ジャンルの『宇宙船をもらった男、もらったのは星だった!?』の外伝ですので本編がらみのエピソードも登場します。本編の方は多少真面目っぽい話になっていますが、本作はコメディーですので気楽にお楽しみください。

01雨の出会い



 ある雨の降る日の朝のこと。


 私立白鳥学園高校の正門の前に黒塗りのリムジンがゆっくり停まり、中から黒い執事服を着た五十がらみの目つきの鋭い男が降り立った。


 男は手に持った黒い大きな傘を拡げ、中から降りる人をじっと待っている。自分は傘の脇に立っているため、オールバックにきっちり固めた髪の毛が雨に濡れている。


「お嬢さまどうぞ」


 執事服の男は日本有数の財閥、法蔵院家の次席執事、代田剛三(しろたごうぞう)。彼はお嬢さまと呼ばれた法蔵院家次期当主、法蔵院麗華づきの執事で、彼女が幼いときから身の回りの世話をしている。


 現当主であり法蔵院グループの総帥である麗華の父法蔵院正胤(ほうぞういんまさたね)が引退すれば、彼女が法蔵院家当主および法蔵院グループの総帥となり、次席執事、代田剛三が筆頭執事に昇格することは既に決定している。


「代田ありがとう」


 リムジンから、長い黒髪を軽く右手でで上げながら白鳥学園の制服を着た切れ長の目を持つ美少女が現れた。法蔵院麗華その人である。


 麗華が礼を言うと、代田は軽く頭を下げた。


 麗華は今日も日課としている槍の鍛錬を早朝から2時間ほど行った後、しっかりと朝食をとり登校している。


 今の時刻は9時少し前で、授業はすでに始まっているのだが、学校の始まる前に登校すると、校門を通る生徒たちのぶしつけな視線がわずらわしく、知った顔があればあいさつもしなくてはならないので、麗華はいつもこの時間に登校するようにしている。


 校庭にいるのは、紺色の制服を着たガードマン2名が校門を閉めるため麗華の到着を待って正門の前で待機しているだけだった。彼らは麗華がリムジンから降りるとさっと敬礼をする。


「ご苦労さま」


 麗華は彼らに軽く会釈し、後ろに傘を持った代田を従えて校門をくぐると、ガードマンたちがきびきびと校門を閉じようと機械を操作し始めた。


「待てー。閉めるなー!」


 一人の男子生徒が閉じかけの校門に走り込んできた。


「ふう、ふう……。滑り込みセーフ」


 男子生徒は雨の中を傘もささずに走って来たようで、ずぶ濡れだ。


 9時近いこの時間では一般生徒なら明らかに遅刻だ。何がセーフなのか気になった麗華が、くだんのずぶ濡れ男子生徒に声を掛ける。


「あなた、何がセーフなの?」


 その男子生徒は、麗華の問いかけに気付かなかったようで何も言わずそのまま学校の玄関に駆け込んでいった。その男子生徒の後ろ姿を見つめる麗華の目が細まったように見える。


 普段はほかの生徒に対して自分から話しかけることはない麗華が話しかけたのだ。麗華にとって自分に興味を示さなかった先ほどの男子生徒が新鮮だったのかもしれない。


 法蔵院家の次席執事、代田剛三はもちろんそのことに気付いている。先ほどの男子生徒について部下に調査を命じることは忘れない。すぐにスマホを操作し指示を出し終えた。


「お嬢さま、一限が半ばまで終わっています。少し急ぎましょう」


 遅刻は気にならないが、授業の合間の休憩時間になると生徒が校庭に出てきてわずらわしいので麗華たち2人は急いで教室に向かった。


 法蔵院麗華は2年A組の教室に後ろの方の扉から入っていく。もちろん扉を開けるのは執事の代田の仕事だ。音を立てないよう教室の中に入ると教師が黒板に数学の数式を書いており、生徒がそれをノートに書き写している。


 麗華が遅れて来るのは毎日のことなので気にする者はいない。もちろん教師も気に掛けない。この学園の教職員は校長も含め麗華について一切の干渉をしないように理事長からきつく指示されている。


 麗華の席は教室の一番後ろの窓際の特等席なのだが、一般生徒の使っている机とは異なり、机はロココ調の丸テーブルで椅子もそれに見合ったものである。

 麗華は代田に椅子を引いてもらい席に着く。お嬢さまは、たとえ自分で椅子を引いた方が早くとも執事を使うものなのである。もっとも、ロココ調の椅子はかなり重く引くには腰に力を入れて両手を使って引く必要がある。


「お嬢さま、お茶をれますので、しばらくお待ちください」


 どこからともなくティーセットを用意する代田。すぐにティーポットに半分ほどのお湯が沸き紅茶が淹れられる。香りがあまりきつくない紅茶を選んでいるのだが、いい香りはそれなりに漂ってしまうのは仕方がないと割り切っている。その紅茶の薄い香りを楽しみながら青い絵柄の入った白い陶器のティーカップに口を付ける法蔵院麗華。


 黒のタイツでおおわれた足を軽く組み、片手はいつの間にかカバンの中から取りだしたハードカバーの詩集をめくっている。忘れてはならない、今は数学の授業中なのだ。


 通常、こういった身勝手な行動は学校側が黙認しようと、クラスの生徒たちから非難の声が上がるのが普通なのだがそういったものはこのクラスでは起こっていない。


 実は、麗華の在籍する2年A組には、法蔵院グループの関係者の子弟が集められており、生徒たちの保護者はそれ相応の待遇を法蔵院グループから享受しているため、次期法蔵院グループ総帥の麗華お嬢さまの振る舞いに対し、クラスからの非難などは一切ない。


 さらに、法蔵院奨学財団なるものから返済不要の奨学金が2年A組の生徒に支給されており、私立高校にもかかわらず実質学費免除となっている。


 しかも、この学園の理事長は、法蔵院家の分家に婿養子として入った者で、当然法蔵院家次期当主の麗華に頭が上がるはずもない。



 今は雨空で上空に浮かぶ巨大な六角柱型の白い宇宙船は見えない。その宇宙船が東京の上空に居座ってすでに半年以上経過していた。


 最初にその宇宙船から現れたのは、宇宙船国家アギラカナの代表を名乗る山田という二十五歳くらいに見える自称日本人と、どう見ても日本人に見える4人の美女たちそれに護衛の兵士たちだった。


 アギラカナはすぐに原発事故で汚染された地域をあっという間に無償で除染し、代わりに原発跡地に核融合発電所を建設してしまった。


 そのすぐあとアギラカナと日本は国交を樹立し、東京都が晴美に所有していた土地を政府が一度購入したあとアギラカナに無償貸与し、その地にアギラカナ大使館が建設された。いや、アギラカナ大使館が空から降って来た。後で聞いた話だが、アギラカナ大使館は建物の形をした宇宙船なのだそうだ。


 そして一カ月ほど前から、月への旅客宇宙船が運航を始め、毎日成田から数千人が月に建設されたアギラカナ・ムーン・リゾート(AMR)を訪れるようになった。


 すでに麗華はAMRへのチケットを入手しており、夏休みには3泊4日で月へ訪れる予定だ。もちろん執事の代田も同行する。法蔵院グループと言えども何の伝手(つて)もなかったため、麗華のためにAMRへの往復チケットの購入は出来なかったのだが、お嬢さまはくじ運もめっぽう強く、見事抽選を勝ち抜いてチケットを2人分手に入れたのである。



 法蔵院麗華の昼食は昼前に自宅から教室へ届けられる。麗華は朝しっかり食事を摂っているので、届けられる食事はサンドイッチなどの軽食の場合が多い。もちろん具材は世界中から取り寄せられた最高級のものばかりである。


 法蔵院麗華は6限の授業が終わる前に彼女のロココ席を立ち、執事の代田と帰宅するようにしている。麗華が正門に近づいてくるのを確認した警備員が、機械を操作して校門を開ける。


 今日も、銀髪の女性が1人校門の脇に立っていた。彼女の髪は艶のある美しい銀髪なのだが日本人顔の美人である。代田によると、3年生の児玉翔太という生徒の身内ということで、校外ではいつも2人で連れだっているらしい。理由は分からないが、その女性には決してかかわってはいけないと代田から強い口調で言われている。


 門が開くと、校門脇で待機していた某国の外交官ナンバーの付いたリムジンが音もなく校門前に横付けされ、麗華の乗車を待つ。某国は法蔵院グループに多額の借金を抱えており、本来は大使館の公用車なのだが、次期法蔵院グループ総帥、法蔵院麗華にいいように使われているのだ。


 リムジンのドアを開けるのは代田の仕事である。


「お嬢さまどうぞ」


「代田ありがとう」


 代田は、麗華が席にちゃんと座ったことを確認しドアを閉め、後ろを周ってリムジンに乗り込む。


 リムジンが走り去ったころ、


 キーンコーンカーンコーン……


 終業のチャイムが鳴った。午前中に雨は上がっていたようで、いまはすっかり青空が広がり、いつものように頭上に白い宇宙船が見えている。



第1話なので、ちょっとだけ、『収納士』のアスカに友情出演してもらいました。


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