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4話:異世界の魔法使い(2)

「――と言う訳です」


 居間とは襖一枚挟んだ廊下で、助は携帯端末を使い、事の次第を川越支部に出張していた沖田達3人に説明する。

 携帯端末を通じて空中に投影される3人は、それを聞き終えると同時に、全く異なる反応を見せた。ジャックは「モノホンの魔法少女じゃねーか!!!」と瞳を輝かせ、沖田は「……ふむ」と髭をなでる。そして、廉は――


「……ごめん。全然理解出来ないんだけど」


 大きなため息をついてそう呟いた。ジャックはそんな彼女に陽気に言う。


「なんも難しい事なんてないじゃん! 要は異世界にある暗黒魔法帝国が邪悪なモンスターを使って悪いことしようとしてるから、それに怒った魔法少女ちゃんがこの世界に来てくれたって話だろ? よく有る話じゃん! そんな内容のアニメ10本は見たことある」

「……よくないから! アンタのアニメ脳と一緒にするな! あ~もう……」


 廉は呻きながらその場で頭を抑えた。その隣に立つ沖田が助に言う。


「……助君。その彼女の写真を一枚貰えるか?」

「写真を……? 分かりました」


 襖を僅かに開けて中の月神を探る。彼女はちゃぶ台を前に背筋をピシリと伸ばし、助が出したお茶を美味しそうに啜っていた。助はその姿を収め、沖田の端末に送る。


「……それをどうするんですか?」


 廉が沖田に言うと、彼は髭を撫でる。


「助君の言っていた事と併せて、本社に報告しようと思う。彼女の言うDEMの侵攻に備えなければならないからね」


「……あのアンノウンの言っている事を信じると?」


 廉が怪訝な声で沖田少佐に言う。彼は間を置かず答えた。


「彼女の言うDEMの侵攻が事実だと裏付ける証拠は現状存在しないが、かといって彼女の言っている事を全て否定してしまうのは業務上リスクが高い」

「私達の事を騙そうとしているかもしれませんよ……!」

「確かにその可能性もある。だが、仮に私達を騙すのなら、もっと”信じたくなる事”を言う筈だ。それに、私としては本社の不自然な対応も気になる。彼等は何かを知っている」

「ですが――」

「もちろん打てる手は打っておく。戦力が揃うまで、八王子支部にはいれないし、遠隔操作の『スパイダー』で彼女の監視も行う。これは一種の保険だよ。蓮見君」

「……了解しました」


 廉が渋々そう言うと、沖田は少し笑って報告の為、その場を離れた。同時に廉は特大のため息をつく。ジャックが言った。


「良いじゃねーか。少し前までは『DEMがいるからきて^^』なんてメールで出動してたんだぜ? それに比べたらよほどリアリティがある」

「無いから! だって『異世界』に、『魔法』よ!? ハリーポッターじゃあるまいし非化学的にも程があるじゃない!」

「んなこと言ってもよ。今まで俺達はDEMと戦ってきてたじゃん? アイツら岩と宝石だけで動いてるんだぜ? 超非化学的じゃん」

「それは……そうだけども……!」


 反論する言葉が思いつかないのか廉は黙る。ジャックはニヤリとした後、助を見て言う。


「それにしても後輩はよく魔法少女ちゃんに声かけたな。ヤベぇって思わなかったの?」

「もし彼女が敵対的な存在だったら、最初の段階で俺は殺されてますから」

「相変わらず肝が据わってるね……。廉ちゃんなんて、助が魔法少女ちゃんと一緒にいるって聞いた途端、その場で倒れかかったのに」

「そりゃあ、私達は殺されかけてるし……。そんな相手と助が一緒に居るなんて聞いた時は心臓止まるかと思ったわよ。助、あんまり危ないことしないでよぉ……」

「ごめん。でも――」

「分かってる。困ってたのを見過ごせなかったんでしょ? 貴方はそういう子だから。……助はあの子の言ってる事を信じてるの?」

「信じてる。というより……信じたいと思ってる。月神はきっと悪い奴じゃ無いと思うから」

「そう。貴方がそう思うのなら、きっとそうなのね。……なら、私も信じるわ」


蓮がそう言うとジャックは「かぁ〜!」と唸って額を手で押さえる。


「相変わらずブラコンだな、ウチの隊長は! 後輩が言ったらすぐこれだ!」

「うっさい! 助の言うあの子を信じてるだけで、あの子自体はまだ完全に信じてないから!」

「へいへい。とりあえず後輩! あの魔法少女ちゃんの監視を頼むぜ! 俺達は仕事の後始末で帰るのは明日になりそうだからよ」

「了解。……そういえば仕事と言えば大丈夫でした?」

「何が?」

「『テールヘッド』の事です。例のスカベンジャーのAJ」


 川越の隔離区域に現れた正体不明のAJを思い出す。かなり危険な存在らしいが……。


 深刻に考える助とは裏腹に、ジャックは気にする素振りも無く答えた。


「ん? 影も形も無かったよ。もうどっか行ったんじゃねぇか?」

「そうですか。なら良かったです」


 どうやら思い過ごしだったようだ。助が一安心していると、本社への報告を終えた沖田少佐が戻ってくる。彼は3人を一瞥すると「急な話だが――」と枕詞を着けて言った。


「明日の13時、第三班は彼女を連れて八王子支部まで来て欲しいらしい。本社のとある人物が事情を聞く為に八王子支社に来るそうだ」


 沖田少佐の突然の指示に3人は顔を合わせる。


「……誰が来るんです?」


 廉が代表して言った。沖田少佐は小さくため息をついた後、答える。


「……我が社のCEOだ」


 ■


「タスク! 食事から宿まで……私はなんとお礼を言ったら良いか――」

「いいよ。部屋なんて幾らでもあるから」


 深々と頭を下げる月神に助は淡々と言った。翌日の昼12:30。八王子支部へ向かう助と月神の2人は、あぜ道を並んで歩いていた。


 沖田少佐達と連絡を終えた後、助は行く当ての無い彼女を自宅に泊めた。彼女は最初は遠慮していたが、こちらの世界に来てから飲まず食わずの寝ず休まずを続けていた為か、少し横になると1分と経たずに寝息を立て始め、朝までぐっすりと眠り、現在に至っている。


 あぜ道を抜け、田園地帯を抜けると、八王子支部が見えてくる。簡単に舗装されたグラウンドに、小さな事業所と倉庫を改造した格納庫が併設されたその建物群は、軍事施設というより、場末の工場のような寂れた雰囲気を漂わせていた。


「……本当に軍じゃ無いのか」


 その建物を見た月神が呟く。どうやら異世界人である彼女の目から見ても、この八王子支部には軍事施設らしさを感じなかったようだ。


「言ったろ”民間”軍事会社だって。ここも食品工場だったのを改装して使ってるんだ」

「……よく分からないな。どうして民間人である君たちが、傭兵となって魔動機と戦ってるんだ? この世界にも軍はあるんだろう?」


 月神の最もな指摘に助は、僅かな間を置いて答えた。


「今、俺達の世界は結構ピリピリしてるんだ。2つの陣営に分かれてずっと小競り合いをしてる。だから代わりに俺達が戦ってるんだ。軍に戦力を割く余裕が無いから」

「魔動機が来ているのに内紛が起こっているのか……」


 何処か納得いかない様子の月神。助もそう思う彼女の気持ちは充分に理解出来た。


 今、この世界は『アメリカ』と『中国』2つの陣営に分かれて冷戦中だ。


 この冷戦は当初、DEMが現れる前の――21世紀初頭の東シナ海の領有権問題を起因とした小さなものだったが、それは経済や政治、思想、技術……様々な要素を取り込み、次第に膨張し、かつての米ソ冷戦上回る緊迫したものへと変貌していった。

 両国の直接的な武力衝突はまだ無いものの、小さなかがり火は既に灯っており。2つの陣営は第三世界において支配権と資源を巡って、延々代理戦争とゼロサムゲームを続けている。そして、その小さな火はいつ世界中に燃え移ってもおかしくない状態だった。


 日本の自衛隊もその状況に迅速に対応する為、日本海側に戦力の大半を回しており、内陸部に対応する余裕が無かった。それ故に民間軍事会社の『AMIS』にDEMの駆逐を代行させていた。そして、それは日本だけに限った話ではなく、世界中がそうだった。

 本来国民を守るはずの軍は軍同士で牽制しあい、守られる筈の民間人はその民間人によって作られた軍事会社によって守られている……。


 みんなこの状況を馬鹿げていると思っていた。だが、どういう訳か止まらなかった。


 僅かに重くなった空気を纏いながら2人は八王子支部の入り口に着く。

 網膜、静脈、心音――見た目に反して、厳重な生態認証を終え、中に入ると助が言った。


「応接室に案内する。そこで俺の上官と同僚が待ってるから」


 彼女は頷き、助の後を着いてくる。

 事業所に入り、沖田少佐に事前に指定された部屋に向かうため、白い合成樹脂で出来た床を進む。応接室に近づくにつれ、後ろを着いてくる月神の歩みが遅くなっていった。

 助は疑問に思って振り返る。彼女は何かが不安なのか重々しい表情だった。


「どうしたの?」


 歩みを止めて助が言うと、彼女も足を止め、ポツリと言った。


「君の仲間達は私を信じてくれるだろうか……?」

「事情は話してあるし、みんな真剣に対応しようとしてるよ。だから、ここに連れてきた」

「でも……私は君と、君の仲間達を傷つけてしまったから……」

「気にするな。誰も怪我してないって言っただろ? それに、みんな職業柄そういうのは慣れてるから」

「だけど――」

「大丈夫。変な人も居るけどみんな良い人達だから。どうしても気になるなら最初に謝れば良い。みんな許してくれる」

「……ありがとうタスク」


 彼女は何度か深呼吸した後、再び歩き出す。

 応接室にたどり着き、扉をノックし中に入る。

 8畳ほどの部屋に、小さな木製の机とそれを囲うように黒いソファが置かれ、そこには沖田と廉、ジャックの3人が座っていた。


「来たか」


 2人が部屋に入るのを確認すると沖田少佐が渋い声で言った。ジャックは「生の魔法少女だぁ……」と嬉しそうに呟き、廉は無言で助の後ろに立つ彼女を見つめていた。


 助が挨拶を2つ3つほど返し、ソファに向かおうと足を踏み出そうとしたところ、後ろに立つ月神が意を決したように沖田少佐達の前に立ち――


「あの時は……済まなかった!!!」


 扉の前で深々と頭を下げて、そう言った。

 突然の彼女の謝罪にに度肝を抜かれたのか沈黙する部屋。数秒経った後に、沖田少佐が微笑みながら言った。


「助君からある程度話は伺っている。貴女に謝る理由は無い。情報不足による偶発戦など珍しくも無い」


 ジャックと廉がそれに続く。


「んだんだ! 俺なんかアフガンで100回は味方とドンパチしたことあるからな!」

「……私達も貴方の事をDEMだと思って対応してたから、特に追及するつもりはないわ」


「――と、まあ聞いての通りだ。我々としては今回の件は特に角を立てる気は無い。だから、どうか気に病まないで欲しい」

「あ、ああ……」


思っていた以上に軽い反応だったためか月神はあたふたと返事をする。沖田少佐が椅子から立ち上がり笑って言った。


「ところで、私達は貴女の事をどのように呼べば良いかな」


 彼女は慌ただしく返した。


「すまない、自己紹介がまだだったな。私の名前はリリサリア・アルミナス。短くリサと呼んでくれ。親しい者は皆そう呼んでくれている」

「そうか、ではリサ君。改めてようこそ八王子支部へ。私は沖田武雄、この八王子支部の長を務めさせて頂いている。左から部下の蓮見廉、ジャック・ウェイツキンだ。改めてようこそ歓迎する」


 沖田から手が差し出される。月神は暫くそれを見つめた後、その意図を汲み取ったのかその手を握り返した。


「……ありがとう! よろしく頼む、沖田殿!」


 ジャックと廉も席を立ち月神に寄って、「よろしく」と言って、手を差し出した。月神はそれを順々に握り――


「すまない……本当にありがとう、ありがとう……」


 頭を深々と下げた。緊張が解けたのか彼女の目頭が少し潤んでいた。

 握手を終えた廉は助に耳打ちする。


「助が信じたくなる気持ちが分かったわ。少し変わってるけど、良い子ねあの子は」

「……月神は廉さんの事をかなり気にしてたみたいだよ。『あの時、中に乗っていた操者に怪我はなかったか?』ってまず最初に聞いてきたから」


 助が小声で答えると、廉が言った。


「そう。なら、私が乗ってた事は内緒にしておきましょうか。これ以上気を遣わせるとあの子、頭を上げられなくなっちゃうかもしれないから」


 廉は穏やかに笑う。助も小さく頷いた。

 長いお辞儀を終え月神が頭を上げる。同時に沖田少佐が言った。


「では、リサ君とも和解が済んだところで、DEMの侵攻について詳しい内容の説明を――と、いきたいところだが、今日はもう1人客人がいるから、それをまず今から迎えに行かねばならない」

「……客人? 私以外にも誰か来るのか?」


 月神が言うと、ジャックがすかさず言う。


「ウチの超大ボス――”社長”が来るんだってさ! リサちゃんの話を聞くために!」


 CEOの事を社長と言い放つジャック。それを聞いた月神は、彼女が想像していた以上の来客に驚いたのか、宝石のような瞳を大きく開いて助を見る。助はそんな彼女に言った。


「言ったろ。本気で対応してるって」


 月神は顔を嬉しそうにほころばせ「みんな、ありがとう……」と呟いた。

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