4話:異世界の魔法使い(1)
「リリサリア……? 異世界から来た魔法使いだと……?」
彼女の言った事を再確認するように口に出る。異世界、魔法使い……? いきなり何を言ってるんだコイツは? 何時ものトンチンカンな冗談か?
「……ふざけてんの?」
助が僅かに怒りを滲ませた声で言った。尻餅を着いている彼女はブンブンと首を横に振る。
「本当の事だ。君は私についておかしいと思ったことは無いか? 心辺りがある筈だ!」
「……」
確かに彼女についておかしいと思ったところなど、山のようにある。
生身でAJを圧倒する謎の力、時季外れの突然の転入、そしてクラスメイト達の反応……
どれも、一般的な尺度で考えるとありえない事ばかりだ。しかし――
「……そのおかしい事を魔法でやったと言いたいのか?」
「ああ」
「……嘘だろ?」
まるで信じられない。あまりにも突拍子も無い話だ。”異世界”だとか”魔法”なんて物はオカルトやおとぎ話の領域で、現実に存在する物では無い。
納得出来ず、懐疑の視線を月神に向け続ける。目の前で座り込んでいた彼女は、それを察したように口を開いた。
「証拠を見せよう。きっとその方が君は信じてくれる」
そう言って彼女は急いで立ち上がり――その全身が白色の光に包まれる。
「……ッ!」
思わず目を隠す助。光が収まると月神の服装は、茶色のブレザーから青と白の装飾が施された裾が長いノースリーブ状のドレス、短いタイトスカートへと変わっていた。
間違い無い。あの時自分と死闘を繰り広げた”彼女”だった……。
「……マジかよ」
AJを上回るパワー、耐久力、そして謎の電撃……。自身を追い詰めた彼女の姿が次々と思い出される。
「……」
呆然とする助を尻目に、彼女は自分の服を掴んで説明を始めた。
「今私の来ているこの服は魔法衣の一種、神衣<ガーベラ>だ。魔法を使う為の『術式』……『呪文』と言い換えた方が分かりやすいかな? それが刻まれた繊維で作られた衣服で、そこに私の魔力を流す事で魔法を発動させている。服の形も魔法で変えていた」
「……お前が日本語を話せるのも、学校に編入してきたのも、クラスメイトの連中の目にとまらなかったのも、それを使った魔法か?」
「ああ、その通りだ。1つ1つ魔法の説明をすると長くなってしまうから端的に言うと、人が持つ魔力的共通無意識――『エイド』を利用している」
「魔力的共通無意識……?」
聞いた事無い単語に、助はつい反復する。彼女は自信をもって頷いた。
「人がもつ魔力を媒体として作られる、深層意識下での知識と感情の奔流の事だ。君も近くにいる相手が何を考えているかとか、どういう感情を抱いてるかとか、何となく分かった事はないだろうか? それはエイドを媒介として互いに感情と認識を共有させてるからだ」
(”感応”というやつだろうか……?)
よく聞く話だが、自分にはイマイチその経験が無いからピンと来なかった。
「……この世界の人間にもその『エイド』とやらを作る魔力があるのか?」
彼女は首を縦に振る。
「ああ。魔法を発動させる程では無いが、『エイド』を構成するだけの魔力はみんな持っている。私はそこにアクセスし、その知識の一部を利用したり、自分を別の者にみせたり、自分を意識の外に置いたりしていたんだ。私が学校に潜入出来たのも『影の薄い転入生』として、エイドを通じて自分を見せていたからだ。……どうだろうか? 納得して貰えただろうか?」
期待に満ちた目をしながら彼女は助を見つめる。
「……」
助は直ぐに返事をせず黙り込む。彼女はそんな助を見ると、怖ず怖ずと言った。
「やはり、敵であった私の言葉は信じられないだろうか……」
助は消沈する彼女をチラリと見る。その表情は信じて貰えないという不安からか、押しつぶされたように重い表情だった。
助は彼女から視線を逸らし、小さく息をついてから呟く。
「……信じるよ」
「……! 本当か!?」
表情を明るくする彼女を助は手で制す。
「だが、詳しい話を聞いてからだ。何も聞かず、信用するつもりはないから」
「もちろんだ! ありがとうタスク!」
彼女は安堵からか明るく笑う。助もそんな彼女に釣られたのか、少しだけ表情を緩ませた。
正直異世界だ、魔法だ、とそれらを完全に飲み込めた訳では無い。
だが、彼女が何かしらの超常的な力を持っているのは疑いようのない事実であり、かつ自分自身、実際にそれを体験している以上、頭ごなしに否定したところで何も進展が無い。
だからまず彼女の話を聞いて、それからどうするかを考える事にしようと助は考えた。
緊張が解かれた2人は再びちゃぶ台に座る。いつの間にか変身? を解いた彼女は茶色のブレザーの服装に戻っていた。
「話す前に一言謝らせてくれ、あの時は済まなかった。……あの時、私が【雷鞭】で打った機械鎧の操者は無事だったろうか?」
月神が不安そうに言った。多分、廉さんの事を言っているのだろう。助は間を置かず答える。
「ああ。特に目立った怪我はなかったから安心して良いよ」
その言葉を聞いた彼女は心底安心したのかほっと息を付いた。助はそんな彼女に言う。
「で、攻撃してきたのは何か事情があったんだろう?」
彼女は申し訳なさそうに頷いた。助はさして気にしない様子で続ける。
「なら、その理由は後で聞く。取りあえず、月神の目的を聞かせてくれ、何の為にこの世界に来たんだ?」
助の問いに、彼女は「ん」と前置いてから、宝石のような蒼い瞳を見開いて言った。
「私の目的……それは――”この世界を守る事だ!”」
「……この世界を守る?」
一瞬何かの冗談かと思ったが、視界の中の彼女は大真面目な顔だった。
「うむ、この世界は今、『アルゼラ』という私達の世界の国家に”侵略”を受けようとしている。私はそれからこの世界を守る為に――」
「まて」
話を遮る。
「アルゼラ? 私達の世界の国? お前の世界も、人がいて、国家があるのか?」
助が懐疑の色を混ぜた瞳で問うと、彼女は答える。
「ああ。私達の世界――『アルムニア』にはこの世界と同じく、幾つもの国家があり、そこで多くの人々が暮らしを営んでいる。最も文化や社会体制、技術に魔法が多く関わっているという点においては、この世界と大きく異なっているが」
「……」
要は魔法の世界という事だろうが、全く頭に入ってこない……。
「……つまり、月神はその『アルムニア』とか言う名前のこことは違う異世界に存在する『アルゼラ』とかいう国家が、この世界を”侵略”しようとしてるから、それを防ぐためにこの世界に来たと?」
何とか要素を抜き出して、要約……というか、直訳する。彼女は「そうだ」と深く頷いた。
(……映画かよ)
先輩が聞いたら大喜びしそうだ。
「……で、その”侵略”っていうのはいつ始まるんだ? 近いうちに始まるのか?」
助はいつも以上に淡々と言った。イマイチその”侵略”とやらの危険性がイメージできず、危機感が沸いてこなかった。
そんな自分の気持ちとは反対に、彼女は深刻そうに首を振った。
「……正確に言うならアルゼラの侵略は既に行われている」
「何だと……?」
思わず眉を潜めると、彼女は言葉を続ける。
「彼等の使う兵器がこちらの世界にもう現れている筈だ。こちらでの呼び方は分からないが、あの岩石と鉱物で出来た怪物達の事だ」
岩石と鉱物の怪物……。思いつく存在は1つだけだった。
「……DEMの事か!?」
助が語気を強めると彼女は頷いた。
「私達の世界ではアレは『魔動機』と呼んでいる。結晶化させた魔力を動力源として動く魔道士達の眷属……。主の命じるまま無差別に暴れる破壊の使途だ……」
「……DEMが魔法で作られてるだと?」
助は息を呑んだ。彼女の言っている事が真実かどうかは分からない。だが、今まで一切の正体が不明だったDEMが魔法で作られているという内容は、助に少なくない衝撃を与えた。
「彼等はその魔動機を『鍵』と呼ばれる装置を用いて、この世界に送ってきている」
「……何のために?」
彼女は目を伏して言った。
「分からない……」
「分からないだと……!? そっちの世界の話なんだろ!? お前の言う『魔動機』とやらで、住む場所を奪われた人も、大切な物を奪われた人だっているんだぞ!? そんな曖昧な理由で侵略してるっていうのか!?」
声を荒げる助に、彼女は萎縮しつつ返答した。
「……私は向こうの世界では中立の立場なんだ。それ故に彼等のやっている事は分かるが、それがどういう意図の下で、行われているかまでは知らないんだ……。何かを求めていると言うことまでは分かるが……。本当にすまない」
彼女はそう言って深々と頭を下げた。助は息を吐き出し、感情を落ち着かせると言った。
「……月神は別の国家の人間なのか?」
彼女は顔を上げて頷く。
「国では無いが、『教会』に所属している。私はこちらの世界で言うなら神官に近い立場だ。『教会』はアルムニアの安定と維持を司る7人の女神を奉っているのだが、絶対中立の教義があるから、アルゼラの侵攻理由を知る術がなかったんだ」
「……」
概ね彼女の事情を理解する。つまり彼女は『アルゼラ』というDEMを送ってきている国家とは別の、中立の勢力である『教会』に所属する人間という事なのだろう。しかし――
「……ならなぜ中立の立場のお前がここにいる?」
現在の彼女の行動は、明らかに『アルゼラ』という国に対して敵対している。絶対中立であるというのなら、そもそも侵攻を防ぐ為に、この世界に来るという行動自体に筋が通らない。
月神は少し黙った後、口を引き締めてその質問に答えた。
「……『教会』が中立でも私はそうじゃない」
彼女はそう呟くと、拳に力を入れる。
「……絶対中立を唄い、自分達の世界の安定と維持のみを祈り続け、その影で他の世界に住む人々の暮らしを顧みる事の無い教会は、もほや空虚な蜃気楼でしかない。誰かの不幸の上に成り立つ安寧など存在しないというのに、見て見ぬ振りを続けている……! 私は一人の人間としてその有様に愛想が尽きたんだ……!」
「……だから、教会を裏切ってこの世界に来たのか?」
「そうだ! 私は見て見ぬ振りを続ける教会とは違う! 私の世界だけで無く、全ての世界の人々が安心して暮らす為に骨を折り、身を粉にする覚悟でこの世界に来たんだ! 私はもう祈るだけで何もしないのは嫌なんだッ!」
彼女は息を激しくしながらそう言い切った。
「……」
助はそんな彼女を見つめる。すると、何処か不思議と安心した気持ちになった。今の言葉は間違い無く彼女の本心だろう。それだけのエネルギーが彼女から感じられたからだ。
「フッ……」
助は少し笑う。目の前で座っていた彼女はそれを見ると不機嫌そうな顔で言った。
「……何かおかしいか?」
「いや、おかしくないよ。ただ、月神がどういう考えを持っているか分かった気がしたから。良い奴なんだなお前」
助がそう言うと、彼女は冷静さを取り戻したのか、少し恥ずかしそうにコホンと咳を着く。
「……まあそういう訳で、無理解な教会と同僚達に、もう堪忍出来なくなった私は1人で戦う事を決意し、こちらに来たという訳だ」
「向こうだと戦い辛かったのか?」
「私1人でアルゼラと戦うのは限界だったからな。ならいっそこっちに来て、戦った方が効率が良いと思って、魔動機の中に隠れてこちらに来たんだ」
「……それで、俺達と遭遇して、攻撃を仕掛けたと」
彼女は「うぐっ」と唸った後、バツの悪い顔を浮かべる。
「……その通りだ。こちらの世界に到着した時、私は君の事を新しい魔動機か何かだと勘違いしてしまったんだ。まさか中に人が居たとは思わなくて……。本当に申し訳なかった」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。助は小さく呟く。
(お互いにお互いの事をDEMだと思って戦ってた訳か……)
彼女がグリフォン型の中から出てきた事、彼女が戦闘を仕掛けてきた事、彼女の持つ力の事、全ての事柄の点と点が繋がった気持ちになる。助は目の前で頭を下げる彼女を見る。
「顔を上げてくれ」
「許してくれるのか!?」
パッと顔を上げる月神に助は首を横に振る。
「いや、許す許さない以前に、あの時、俺達も月神を追跡する予定だったから、そっちが仕掛けなくてもいずれこっちが仕掛けてた。あの戦闘は必然だったんだよ。だから、あの時の事は互いに水に流そう。誰も不幸にならなかったから」
助が言い終えると、彼女は深い安堵の表情を浮かべた。
「……ありがとうタスク。やはり君に会えて本当に良かった」
「一々大げさだよ。……ところで、月神がこの世界に来た事情は分かったが、なんで学校に転入して来たんだ? 何かDEMと関係があるのか?」
月神の表情が少し緊張した物に変わる。
「……私があの学校に潜入したのは、その方が待ち伏せの都合が良いと思ったからだ」
「待ち伏せ?」
助の疑問を予測していたように、彼女は言う。
「あの学校周辺に大規模な魔動機の一団が召喚される可能性があった」
「……ッ! なんだと!? それは本当か!?」
眉をつり上げながら問い詰める。もし仮に魔動機――DEMが学校に現れたら、学校だけで無く、満足な防衛施設が無いこの町全体に被害が出てしまう。それはダメだ!
「なんでそれを早く言わないんだ……ッ!」
切羽詰まる助に対して、彼女は「う~ん……」と唸った後、首を傾げた。
「それなんだが……もしかすると違うかもしれないんだ」
「……どういう事だ?」
つり上がっていた眉が元に戻る。
「君と別れた後、私はこの学校の周辺を歩いて、ある事を調べていた」
「……もしかして、DEMが出てこれるかどうかを調べていたのか?」
月神は頷く。
「その通りだ。まず魔動機を送るためには、前提として2つの世界が行き来しやすい場所でないとダメなんだ。私は放課後、それが学校の周辺にあるかどうかを調べていたんだが――」
「見つからなかった」
「察しがいいな、タスクは」
「いや、元々DEMが出やすい場所は既に隔離されてるからな」
『AMIS』がどういう手段と基準でそれを調べているのかは公にされていないが、DEMが出やすい場所は既に『隔離区域』とされており、厳密に管理されている。それ以外の地域でDEMが現れた事例は、この20年間でたった1件しかない。――父さんが死んだ『千代田事件』の時だけだ。
彼女は補足するように言う。
「学校周辺の地域と私達の世界は、分かりやすく表現するなら”壁が厚い”と言える。あの厚さなら向こう側の『鍵』では、壁を突破出来ず、魔動機を送る事が出来ない筈だ」
「壁が厚いか……」
彼女の言葉を逆に考えると、DEMの出現が頻発している『隔離区域』は、向こうの世界に対して”壁が薄い”所なのだろう。
「……なら、月神が学校に侵攻があると考えた理由は何だ? 何か証拠があったのか?」
助が聞くと彼女は「うむ」と頷き答えた。
「私がこの世界に来る前、行きがけの駄賃にアルゼラの基地を襲撃してな。何処が大事な施設かよく分からなかったから、立派そうな建物に突撃したとき、幾つか魔動機関係の資料を見つけたんだ。そして、その中にこの地域が指定されていた物を見つけたからだ」
(……結構脳筋だな)
そんな事を考えつつ、彼女に返答する。
「根拠としてはそれだけと言うことは、もしかするとその資料は、侵攻とは全く異なる内容の可能性もあるという事か」
「ん。別の場所が指定されていた資料も山のようにあったからな。ただ、その時の私は追っ手に追いまわされてて、じっくりその内容を調べられなかった。だから、学校に侵攻があるというのはあくまで私の推測だ。ただ……魔動機が大量に用意されていたのは確認している。それがこちらに来た理由の1つでもあるからな」
「……場所はともかく、大規模な侵攻がある可能性は高いという事か」
彼女は深刻な表情でコクリと頷いた。どうやらあまり楽観視出来る状況では無いようだ。
助は小さく息をつくと立ち上がった。
「今回の話は俺の仲間に連絡させて貰うぞ? その規模の侵攻に備えるというのなら俺と月神の2人だけで手に負える話では無いから」
月神は頼もしそうに頷く。
「ああ、頼む! 現地の軍の協力が得られれば100人力だ!」
「……俺たちは軍じゃ無いぞ」
「違うのか!?」
目を見開く彼女に、助は淡々と答える。
「俺達は民間軍事会社のコントラクター……傭兵だよ」