3話:クラスメイトの”彼女”(2)
助が下駄箱に降りた時、月神は既に校門を出ていた。助は距離を取りつつも見失わないよう。に、ピッタリと彼女の後ろを付いていく。
視線の先の彼女は坂を下り、町のある方向に向かって歩き出す。そして時たま足を止め、周囲を見渡し、再び歩くというのを繰り返し始める。
(散策するとは言っていたが……)
その行動に何処か違和感を覚えながら彼女を追う。やがて町に着いた彼女は踵を返し、再び学校に向かいだした。助も再びその後を追う。だが――
2往復――3往復――。彼女はその後も町と学校の往復を続ける。学校とその町に続く道をその都度変え、周囲を見渡しながら歩く。まるで、何かを念入りに調査するようだ。
(……何を調べている?)
彼女の視線を追うが、その先には特にこれと言った物は何も無い。彼女が何を調べているか見当がつかない。
5往復――6往復――。時間にして2時間。落ちかかった夕日を背に彼女はひたすらに歩き続けている。念入りに見渡す行動自体は何ら変化が無いが、だんだんと彼女の様子がおかしくなってきていた。
足並みが乱れ、たまにクラッと倒れそうになりその都度立ち上がる。理由は分からないが彼女は明らかに疲弊していっている。しかし、それでも彼女は歩くのを辞めない。
(調子が良くないのか……?)
その様子の彼女に不安が募っていく。
やがて往復数が2桁を超え、4時間が経つ。すっかり日が落ち、人通りが殆ど無くなった住宅街をフラフラと歩いていた彼女は遂に――その場に崩れ落ちた。
「……月神!!!」
彼女に駆け寄る。助の中では彼女の正体が何であるかなど、もう小さい問題だった。
「大丈夫か!?」
ぐったりと倒れ込む彼女を起こす。彼女は瞳を閉じて小さくうめき声を上げるだけだ。
滅多な事では表情が動かない助の顔に焦燥の色が濃く浮かぶ。助が急いで救急車を呼ぼうと携帯端末に手を触れた瞬間――彼女は目を開けて、僅かに体を起こすと口を開く。
「お……お……」
彼女が何かを言おうとしている。助はもしかすると彼女の持病の名前か何かだと思い。耳を済ませる。そんな助に彼女は顔をへにゃりと緩ませ――
「……おなかへった~……」
と一言呟くと、ぐぅ~とお腹をならしパタリと助の腕の中で脱力する。
「……」
自身の腕の中で倒れる彼女を見る助の表情は、何時もの無表情に戻っていた。
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「ううぅ~ん……」
うめき声とお腹の鳴る音を背中に感じながら助は彼女を背負い、自宅に着く。幸か不幸か彼女が倒れた所は自宅に近かった。
「……適当に作るからここで寝てろ」
彼女を居間に敷いた座布団の上に転がす。仏壇に線香を1本立てた後、すぐに台所へ向かいレトルトのカレーライスを多すぎる位に作り、居間でうめき声を上げる彼女に持って行く。
「月神、起きろ」
朦朧としている彼女を起こす。
「た、タスク……どうしてここに……?」
「どうしてもこうしても、ここは俺の家だよ。連れてきたんだ。近くの道で倒れて『お腹減った』って呻いてたから」
後ろを着けていたという部分を省略しつつ、ちゃぶ台の上に山盛りのカレーライスとスプーンを置く。彼女はカレーの匂いに釣られたのか目がカッと開いた。
「こ……これは……!?」
「カレーライス。食べた事はあるだろう?」
彼女の前でカレーとご飯をスプーンですくってみせ、スプーン毎手渡す。彼女はそれを手に取る。助が口に入れるようジェスチャーをすると、彼女は少し匂いを嗅いだ後、恐る恐る口に入れた。
「……!!!!!!!!!!」
電流が走ったかのように月神の顔が固まり、その後彼女は一心不乱にスプーンを動かす。
パクパク、もぐもぐ、パクパク、もぐもぐ、パクパク、もぐもぐ――。
まるで早送りを見ているかのような速度で、数分も経たない内に山盛りのカレーは綺麗さっぱりと彼女の中に消える。食事を終えた彼女は宝石のような瞳をまん丸に開けて、言った。
「お、美味しい!!! こんなに美味しい物がこの世にあるのか!!!」
「たかだかレトルカレーに大げさだよ……」
月神は首をブンブンと横に振る。
「そんなことはない! こんなに感動したのはドラゴンの肉を食べた時以来だ!」
「ドラゴンね……」
飛び出る月神のファンタジー比喩。彼女はちゃぶ台に着くくらい深々と頭を下げた。
「タスク! 改めて言わせて貰う! 本当にありがとう! 学校のことから食事の事まで何から何まで、どうお礼を言ったら良いか分からないほど、君に世話になってしまった」
助が『別にいいよ』と言おうとするが、彼女は頭を上げて続ける。
「だから、私も君に少しでも礼を返したい! 何か困ってる事は無いだろうか? どんなことでもいい、私に出来る事はなんでもするから、どうか遠慮無く言ってくれ!」
彼女は鼻を鳴らし、助を見つめる。助はそんな彼女を見つめ返した後、言った。
「……何でもするんだな?」
「ああ!!!」
「なら、質問したら何でも答えるんだな?」
「ああ!!!」
「なら――」
助は姿勢を正し、彼女をジッと見つめた後、口を開いた。
「月神リサ。お前は何者だ?」
鼻を鳴らしていた月神は、途端にうろたえ、視線を逸らす。
「……い、田舎から来た転校生――」
「質問を変える」
誤魔化そうとする彼女へ切り込む。
「月神。昨日の夜、21:00から23:00までの間、何をしていた?」
核心的な質問。ここで彼女を問い詰める事は危険な事かもしれない。しかし、これ以上曖昧なまま放置するつもりは助には無かった。
うろたえていた彼女はピタリと動きを止める。
「………………なぜ、私にその事を聞く?」
彼女の声のトーンが2つ程下がる。反対に助の眉が僅かに上がった。
「何でも答えるんじゃないのか?」
有無を言わさない助の返答。いつの間にか彼女の表情は、氷で出来た彫刻のように冷たいものに変わっていた。
「「……」」
無言で見つめ合う2人。
つい数十秒前までは考えられない程の緊張感――それも殺気にも似た物が2人の間に流れる 一触即発の状態。両者の張り詰めた緊張はいずれ爆発するものに思われたが、それは穴の空いた風船のように萎んでいく事になった。
「……ん?」
突如氷のような表情だった彼女が途端にそれを崩す。助は身構えるが、彼女は目を細め、助をじ~っと確かめるように見た後、口をアングリと開いて、声を震わせた。
「き、君はもしかして……あの時の……”機械鎧”に乗っていた人か!?」
彼女はちゃぶ台に足をぶつけながら後ずさる。
「機械鎧? ……AJの事か!? やはりお前が――!!!」
緊迫した表情を帯びながら助は勢いよく立ち上がる。
月神は両手を上げ、「待った! 待った!」と助を制止する。
「誤解だったんだ! アレは違うんだ!! 間違えたんだ!!!」
「間違えただと!?」
「君を”魔動機”だと思ったんだ! それで町を守ろうとして戦ったんだ!」
「……”魔動機”? 一体何の話をしているお前は!? 月神、お前は一体何者なんだ!?」
助は彼女を見据える。彼女は息を整えながら言った。
「私の本当の名はリリサリア・アルミナス。こことは別の――”異世界”からから来た”魔法使い”だ……!」