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3話:クラスメイトの”彼女”(1)

午前の授業が終わり、昼休みに入る。周囲の生徒達が学友達との食事と談笑を楽しむ為、各々移動する中、助は自身の左前方に座る”彼女らしき存在”を凝視していた。


『月神リサ』と名乗るその少女を、助は最初、他人の空似ではないか? と考え、朝から観察を続けていた。しかし、よく見れば見る程、非の打ち所の無い彼女の容姿が目に入るばかりで、疑う余地がなくなるだけだった。


(意味が分からない……)


 自分と死闘を演じた相手が、何故か同じクラスに転入してきて、一緒に”クラスメイト”として授業を受けている……。その状況のあまりのカオスさにため息ばかりが出てくる。


 もちろん彼女の存在を、沖田少佐達に伝えはしている。だが、廉とジャックを含めた3人は現在出張中であり、今頃は業務中だ。連絡が付くのは早くて夕方以降……。そして、本社も『何もするな、何も話すな』という指示が出ている以上、これ以上は何をしても無駄だろう。


 仕方が無く狼狽と憔悴を繰り返す自分に対し、その主因たる彼女はそれとは正反対に落ち着き払った態度で朝から静かに授業を受けていた。そして、それは昼休みに入った今も同じで、彼女は静かに……”静かすぎる程”に席に座ったままだった。


(……転校生ってもっと騒がれるもんじゃ無いのか?)


 助はその状況に強烈な違和感を覚えていた。朝もそうだったが、”転校生”というステータスを持つ彼女が、周りのクラスメイトにまるで興味を示されていないのだ。中休みはともかく昼休みの今ですら、彼女の周りに全く人が集まらない。果たしてそんな事があり得るのか?


(やはりおかしいな……)


 助の視線は彼女から、右隣に座る『毛頭』という名字を持つアフロ頭の男子生徒に向く。彼は友人達と談笑しながら昼食を取っていた。その話題には転校生である筈の彼女の事は、出てきていない。


「おい」


 助が話しかけると毛頭はビクッとしながら助を向く。普段話かけてこない奴から急に話かけられた事に余程驚いたのか、椅子から落ちそうになっていた。


「あの転校生についてどう思う?」


 彼女を指さしながら尋ねる助。彼は顔を引きつらせながら言った。


「え? 月神のこと……?」


 頷く助。毛頭は「ああ~……」と言い淀みながら答えた。


「なんつーか地味な奴だよな……」

「地味?」


 あの見た目でか? 眉を僅かに潜ませる助に、付け加えるように毛頭は言う。 


「まあ、綺麗な顔してるけどよ。なんか印象に残んねーんだよな。普通っていうか……」

「分かった。ありがとう」


 助は毛頭との会話を終え、視線を彼女に戻す。彼女は変わらず静かに座ったままだ。誰かに話しかけられる様子は微塵も無い。

 朝のホームルームの時も感じていたが、クラスメイト達は転校生である彼女をどういう訳か”元から居るクラスメイト”と同じように扱っている……。


「……一体どうなってるんだ?」


 小さく呟く。不自然な現象。彼女が何かしているのでは? という疑念が頭をよぎるが、自分自身は特に目立った影響が無いという事実が、その推測を混乱させる。

 結局その疑問には明確な答えが出ないまま昼休みが終わる。昼休み中の彼女はお腹でも空いているのか、クラスメイト達の食事姿を凝視している以外は、授業中と変わらず静かに座っていたままだった。


 ■


 午後の最初の授業は化学で、移動教室だった。周りのクラスメイト達は、「めんどくせー」と唸りながら、机から電子教科書を兼ねているタブレット取り外し、次々と教室から出て行く。

 助もタブレットを外しつつ移動教室に備える。きっと彼女も午前と同じように、授業を受ける為、移動すると踏んでいたのだ。


 だが、彼女は動く気配を見せなかった。


(……何かするつもりか?)


 助の中の警戒度が跳ね上がる。彼女は机に座ったまま、モゾモゾと動いてる。


 警戒しつつ助は席を立ち上がり、横から彼女が見える場所に移動する。視界に段々と彼女の横顔と手元が見え始め、彼女が何をしようとしているのか分かった。

 彼女はタブレットを机から外そうと試みていた。そのタブレットには外し方にコツがいるのだが、彼女はそれに気づかず、苦戦しているようだった。

 クラスメイト達は苦戦する彼女を気にすること無く、教室を出ていってしまう。やがて教室には助と彼女の2人だけが取り残される形になった。未だタブレットを取り外せない彼女の表情には段々と焦りの色が濃く浮かび始める。


 ”彼女は困っている”。警戒する助の瞳でも明らかにそう見えた。


「……」


 助の視線が泳ぐ。

 危険な存在かもしれない彼女と、安易に接触するべきでは無い。薄暗い中とは言え自分の顔だって見せているのだ。そんな事は分かってる、分かってはいるが……! 


 ――それでも、困っているのなら助けたかった。


 覚悟を決めて、彼女の席に向かう。


「……それは少し持ち上げて、横に動かせば外せるぞ」


 彼女の席に向かい、その背に声を掛ける。


「うひあぁぁぁ!!!」


 ――ガタッ! 彼女は凄い悲鳴を上げると、体を跳ね上がらせ、こちらに急いで振り返る。その拍子に彼女は足を机に打ち付けたのか凄い音がなった。


「――ッ!!!」

「……大丈夫か?」


 足を打ち付け悶絶する彼女に声を掛ける。彼女は暫く唸った後に助に顔を向けた。


「き、君は……?」


 話かけられた事に余程驚いたのか、宝石のような蒼い瞳はまん丸に開き、彼女はそう言った 助は初対面を演じ、淡々と返す。


「鳴瀬。――鳴瀬助。右後ろに座ってる」

「君は私の事が”見える”のか!?」

「……は?」


 意味不明な返答。助は僅かに眉を潜めて答えた。


「見えてるに決まってるだろう。他の奴も見えてるぞ」

「……え? そうなのか?」

「ああ、俺の隣に座ってる毛頭って奴とかな」


 彼女は首を傾げて「う~ん……?」と唸った。助はそれに疑問を抱きつつも言った。


「それよりも次の授業が始まるから、そろそろ動いた方が良い」

「……ん!? ああ、そうだな! これはこう――」

「貸して。俺がやるから」


 彼女の机に装着されていた電子教科書を外す。すると彼女から「おお!」と些か大げさな歓声が上がった。


「はい、これ。じゃあ、化学室に案内するよ。……転校生だから」

「……! ありがとう!!」


 手渡された電子教科書を受け取ると月神は明るく笑って深々と頭を下げる。その所作はとても丁寧で、洗練されており、何処かのお嬢様のような上品さがあった。


(……なんなんだコイツ)


 助の中の疑念がより深まる。彼女が”彼女”であるなら、もしかすると自分の事を覚えているかもしれない、と思い警戒していたが、彼女の反応にそれを感じさせる物は無い……。正直今のところ彼女に感じた印象は、”オーバーなリアクションを取る女子”だった。


 授業の時間が迫っているので2人で教室を出る。廊下を歩いていると、彼女が不思議そうにタブレットを眺めて言った。


「しかし、不思議だ。こんな板を持って行ってどうするんだ? 何かの触媒に使うのか?」

「……それ教科書だぞ?」

「!? めくる部分がないぞ!?」


 心の底から驚いたような表情で言う月神に、助は(授業中何やってたんだよ……)と思いつつ彼女のタブレットに手を伸ばす。


「まずこのスイッチ入れて、機動させる。次にホーム画面が映って、各科目のアイコンが表示されるから、見たい科目のアイコンを押せばその教科書が表示される。ページはこうやってめくる」


 試しに化学の教科書を開き、何度か指でスライドさせページのめくり方を示す。すると彼女は宝石のような瞳を輝かせて、助の方に言った。


「こ、これは! 何と言う”魔法”で動いているんだ!? こんなの見たことが無い!?」

(……”魔法”?)


 唐突に出てくる幻想的な単語。何かの冗談かと思いながら返答する。


「そんなファンタジックな物で動いてないよ。電気で動いてる。知ってるだろ?」

「電気? ……あ! 雷の精霊の事か!」


 謎の結論を出し、彼女は「凄いな~!」と楽しそうにタブレットに指を走らせた。そのリアクションは本当に未知の物を初めて触る様で、とても冗談でやっているようには見えない…… 彼女の反応が理解出来ず、頭を抱えながら彼女に尋ねる。


「……何処から転校してきたんだ?」


 その質問は彼女の正体を暴くため、というより純粋な疑問から生じた物だった。

 楽しそうに指を滑らせていた彼女はその問いを聞くと、ピタリと指を止める。その後、『想定外の事態だ!』と言わんばかりの狼狽した表情を浮かべ、視線を泳がせた後、口を開いた。


「……い、田舎だ!」

「田舎?」

「そう、野生のドラゴンが出るくらいのだ!」

「……ドラゴン?」


 全くトンチンカンな回答に声が上擦る。彼女はハッとした表情を浮かべた。


「ドラゴンってもしかしていない……?」

「……いないだろ。空想上の生物だぞアレ」


 その台詞を聞いた彼女の額から滝のような汗が流れ始める。


「……い、今のはジョーク、冗談だ。……あはは」


 彼女は乾いた笑いを交えそう言った。その後も何度か、遠回しに尋ねるも「木が一杯生えてる所」だとか「水がある場所」だとか、なんとも下手くそなボカし方をするばかりで、具体的な情報は一切話さなかった。どうやらよほど聞かれたくない事らしい。


「……大分遠い所から来たんだな」


 これ以上追求しても意味不明な返答で煙に巻かれそうなので、話を打ち切りにかかる。

 彼女はそれを察すると、よほど安心したのか子犬のようにふにゃりと顔を緩ませる。そんな彼女に助も小さな息をついて脱力せざるを得なかった。


 ■


 授業が終わり、帰りのホームルームが終わると生徒達が各々帰宅準備を始める。助は相変わらず視界に月神を収めていたが、その瞳は朝ほど警戒の色は濃く無かった。


(何なんだろうなアイツ……)


 助は彼女を見ながらどこか複雑な思いを抱いていた。

 彼女の意図も正体も現状全く掴めていない。しかし、それでも助の中に、彼女は危険な存在では無いんじゃないか? という感情が生じていた。

 今日一日、助は彼女を監視し続けたが、結局彼女は危険な行動をする訳も無く、最後まで普通に過ごしていたし、言葉を交えた時も少し”アブナイ言動”がある事を除けば、礼儀正しく感情がすぐ顔に出る女子でしかなかったからだ。


(……だが)


 とはいえ、彼女が怪しい存在である事には変わりない。疑うべきポイントはまだ過分にあるのだ。監視は放課後も続けた方がいいだろう。


 思考を終える。視界の中の彼女が帰り支度を終え、立ち上がると同時に助も監視のため立ち上がる。彼女の動きに合わせようと集中している助に、横から声が掛かった


「鳴瀬君、ちょっといい?」


 それは小松先生だった。自身の2回り半程低い視線を持つ彼女が横に立っていた。


「……なんでしょう」


 助は少々の焦りを覚えながら小松先生に答える。視界の端の月神は既に出口に向かって歩き出している……!


「明日の補習の事なんだけど――」

「すいません、出られないです」


 その場から離れようとするも、小松先生は先に素早く回り込んで助の逃げ道を塞ぐ。


「ダメです! 鳴瀬君前の補習にも出なかったでしょう? 見逃しません!」

「……今、本当に急いでて」


 小松先生の横を抜けようとすると、彼女が助の背に言った。


「このままじゃ卒業出来なくなるよ! それでも良いの!?」


 彼女の言葉を聞いた助の足がピタリと止まる。


「……それは困ります」


 振り返ってそう言う助に小松先生は心配そうに言った。


「鳴瀬君が大変なのは分かるけど、ちゃんと学校には出ないとダメだよ? 成績もあまり良くないみたいだし、出席日数もギリギリ……。もし、病気したりすると大変なんだからね! はい、これ!」


 彼女から補習参加者用の紙が手渡される。助はそこに自身の名前を書き込む。月神の事も気になるが、それよりも学校が卒業出来なくなるのだけは絶対に避けたい。


「次の土日の補習は私が担当だからちゃんと来てね? 約束よ?」


 助が頷くと、小松は明るく笑って「良かった! 気を付けて帰ってね!」と言って、去って行く。助はすぐに思考を切り替え、鞄を掴み急いで教室から出る。月神を探すため下駄箱に続く廊下を見渡すが何処にも彼女の姿はない。


(しくじったな……)


 彼女を見失う。自分の不精に起因する事なので、口惜しさが残る。


(もう帰ったか? 今から追いかければ間に合うだろうか? だが、校内に残ってる可能性もあるな……クソ、何処から探せば――)


 トントン


 焦るタスクの背が叩かれる。(何だ?)と思いタスクが振り返る。


「タスク! 君を待っていたぞ!」


 そこには月神の姿があった。


「……ッ!」


 助は咄嗟に飛び退き、緊張した視線で月神を見る。どうやら死角になる扉の横に立っていたらしい彼女は、いきなり飛び退いた助をポカーンとした表情で見ると言った。


「あ、名前で呼んでみたんだが……慣れ慣れしかっただろうか?」

「……名前なんて、好きに呼べば良い。それよりもどうして俺を待っていたんだ?」


 もしや、俺が監視していた事に気づいた……!? 


その可能性が頭をよぎり、身構える。そんな助と正反対に彼女は穏やかに笑った。


「今日はタスクに色々教えて貰ったから、そのお礼が言いたくて待っていたんだ! ありがとうタスク! 君のお陰でとても助かった!」


 そう言って彼女は深々と頭を下げる。助の中の緊張が途切れる。


「……わざわざいいよそんな事」


 助は視線を逸らしながら言った。月神は頭を上げ、屈託の無い笑顔を浮かべる。そんな彼女を見ていると、自分だけ勝手に空回りしている様な気分になった。


「……月神は放課後どうすんの?」


 口惜しさを誤魔化すのも兼ねて聞いてみる。彼女は「ん」と頷いた後、言った。


「ちょっと色々調べたいことがあってな! この町を散策してみたいと思う」

「……そうか、まあ頑張れよ」


 助が言うと月神は「ああ! では、また明日!」と言って階段に向かって歩き出した。


「……月神!」


 離れるその背に助が言う。彼女が振り返る。


「……また困ってることがあったら言えよ。その……出来る限り力は貸すから……」


 途切れ途切れに助が言う。彼女は満面の笑みで返した。


「タスク! 君に会えて本当に良かった!」


 月神はそう言うと深々と頭をさげ、再び階段に向かっていく。彼女は途中で何度か振り返り手を振ってくるので、助もぎこちなく手を振り替えしながら、その姿を見届ける。


「……」


 視界から彼女が消え、その場に立ち尽くす。助は頭を押さえて、ため息をついた。


「なに仲良くなってんだよ……」


 しばらくその場で待機した後、助も彼女の後を追い、階段へ向かった。

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