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2話:エンカウント・エネミー(2)

詰め襟の制服に袖を通し、家を出る。助の通う学校は郊外の森の中にあり、自宅からそこそこの距離はあるが、十分徒歩圏内だったため、助は歩きで通っていた。


 体の痛みは殆ど無かった。『2、3日安静にすれば治る』と言われたが、もう全快したようだった。昔から体は頑丈な方で、病気らしい病気は今まで一度も掛かった事は無かったし、怪我も一晩寝れば大体治ったので特に驚きもしなかった。


 町を抜け、田園を抜け、林道を抜け、坂道を登っていると、助の隣にトラック程のサイズはありそうな大きな黒いバンが数台止まり、その内先頭の1両のウインドウが下がる。


「そこの君。もしかして坂の森高校の生徒?」


 中から男性が半身を乗り出し、助に声を掛ける。


「……ええ、そうですけど」


 僅かに警戒の色が出る返事をしながら助は、その男を見る。その男は青い作業着を着ていたが、それとは不釣り合いな見た目をしていた。

 長身ではあるが痩せ型で、くすんだ灰色に似た色の髪の毛は左側だけ異様に伸び、細い顔の半分を隠すように覆っている。ハンドルを掴む手も、左手だけ皮の手袋に覆われており、それもまた何かを隠すようだった。何にせよ、平均的な見た目ではなかった。


「……」


 無言でその男を見つめる助。彼は、眉をピクッと動かした後、少し笑って見せた。


「いや、怪しいもんじゃ無いよ。ただの清掃会社だ。ほら、君の学校って汚れてるだろ?」

「……まあ、そうですね」


 否定出来ず肯定する。


「実は君の学校で暫く清掃する仕事を請け負ってて、今日から1週間……ああ、今回は塗装の仕事もあるから、もうちょっと掛かるかな? まあ、何はともあれ始めるんだけど。困った事に道に迷ってしまってね。出来ればそれを教えて欲しいんだ」

「……」


 助は即答する事を避け、そのバンの荷台をチラリと見る。『シルバークリーン(株)』と小さく白いプリンティングされた文字を見つけると。視線をその男に戻す。


「……ナビゲーションアプリとか入れてます? 口で言うより直接入力しますよ。学校までは上がっていくだけですけど、道が複雑ですから」

「助かるよ。この車にも入ってるらしいんだけど、どう使うのかまだよく分からなくてね」

(……車の免許持ってるのにナビゲーションの使い方を知らない奴なんているのか?)


 不思議に思いながらも助は車の中に腕を入れ、ダッシュボード上のナビを起動させ、学校の住所を入力する。入力を終え、腕を引き抜くとき僅かだが、その男の髪に触れ、隠れていた顔が見える。火傷で酷くただれていたように見えた。


「……すいません」


 咄嗟に謝る。するとその男は何の事で謝られたのか要領を得ないといった表情になった。


「……ん? 何かした?」

「その……隠してるのを見てしまったから」


 助の台詞にその男は、僅かに驚いたような仕草を見せた。


「そんな事か、気にしないでくれ。……それよりも、俺の傷、君には”気になる”?」


 唐突な質問。その意図が分からず、助はどう返答すれば回答に窮したが、変に気を遣うよりは、と思い「少し」と答えると、その男は尚更驚いたような表情を見せた。


「俺の傷が気になるとは君は珍しいね。それよりもナビありがとう。助かったよ」


 その男は助に簡単に笑いかけて、ウインドウを閉じた。走り去るバン。その後ろに同種のバンが何台か続き、坂道を登っていくのを見届けると、助は(『珍しい』って……変な答えだな)と、少しだけモヤッとした気持ちを抱えながら坂道を登るのを再開した。


 ■ 


 助が通う学校――坂の森高校が見えてきたのは丁度チャイムがなる5分前だった。


 郊外と言うには些か町から離れすぎているその学校は、昔は『豊かな自然の中でのびのび教育』が標語の、それなりに大きな進学校だったようだが、今ではそんな面影は無い。生徒数の激減のため、3練あった校舎の内現在は1練のみが使われ、残り2連の校舎の壁は、落書きやゴミで汚れきっており、だれがどうみても”そっち系”の学校に成り果てていた。


 落書きで汚れきった校門を抜け、校舎に向かう途中、『ゴリアテ』と呼ばれる3m弱程の大きさをしたAJが目に入った。ゴリアテは2世代型AJに相当するモデルで、見た目は普段自分達が使っている第三世代方のAJよりも一回り大きく、”ジャケット”というより”ロボット”な見た目をしている。昔は軍用として使われていたが、現在は退役しており、装甲や武器を外して専ら作業用AJとして再利用されていた。今、視界に入っている『ゴリアテ』も使わない校舎を解体する為に解体業者が使っていたものだが、噂によるとその業者は夜逃げしてしまい、引き取り手もいないのでそのままになっていると言う。


 乗り手が居ないまま放置され続けている悲しき巨人を横目に、下駄箱に歩を進める。すると駐車場に、先の『シルバークリーン(株)』のプリントがされたバンが止まっているのが見えた。どうやら無事ここに着いたようだ。ひとまず安心しながら上履きに履き替え、自身の教室である3年2組へ向かう。

 朝のホームルームが近いというのに、廊下には制服を着崩し、床に座る生徒達が多かった。助はその合間を抜け、教室に入る。教室の中は生徒達のおしゃべりで騒々しかったが、助は特に話かけられる事も無く、助も特に話掛ける事も無く席に座る。周囲の生徒達が会話に夢中な中、無言で座る助の姿は、まるで1人だけ違うクラスの生徒のようだった。


 助はあまり学校が好きでは無かった。反抗しているという意味では無く、単純に学校が合わないのがその理由である。進んで孤立しようとはしないが、学友達の雰囲気に合わせることが出来ず、溶け込めないことが多かった。その為、助は中学校の頃は殆ど学校には出席しておらず、高校に入学してからは大分出席するようになったとは言え、それでも彼が所謂”浮いている人間”から脱却する事は、3年生になった今でも遂に出来なかった。


 騒々しい教室の扉が開き、1人の女教師が入って来る。黒いシックなワンピースとひっつめの髪型、小柄な体躯に、幼さの残る顔つきを持つその女性は、担任である小松先生だ。

 まだ、教員を始めてそこまで年数の経っていない彼女ではあるが、その容姿と誠実さから『こまちゃん先生』と呼ばれ、あまり教師に対して従わない生徒が多いこの学校でも、珍しく慕われている先生だった。そんな彼女は教壇に立ち、口を開く。


「さ、席に着いて~。ホームルームを始め――」


 そう言いかけた彼女は突如フラッと立ち暗む。生徒達から心配する声が挙がるが、彼女は頭を抑え「大丈夫……」と答えた後、改めて言った。


「……ホームルームの前に転校生を紹介します」


 彼女の台詞にクラスは途端にザワつき始める「この学校に転校生?」「絶対ヤベー奴! 賭けてもいいね!」「薬か?」「だったら院だろ」「ウリがバレたんじゃない?」「それならマヌケね」


 各々が各々の散々な感想を述べた後、小松先生は虚ろな目で扉を見やる。


「……月神さん。入って来て」


 その一言に併せて扉がガラッと開き、1人の転校生が入ってくる。騒々しかった教室がシン……と静かになり、その転校生へと視線が集中した。


 その転校生は美しい容姿の持ち主をした女子だった。


 黄金比を極めた輪郭に、透き通るような白い肌。宝石のような蒼い瞳に、絹のような銀色の髪。スマートな体躯を持ちながら所々豊かな体つきと、世の美しい物を全て濃縮させて作り上げた美術品のような見た目をしていた。

 その美の極致と表現してもいい容姿を持つ転校生は、それに相応しい美しい歩みで小松先生の隣に立つと、異常に達筆な字で「月神 リサ」と書かれた紙を見せ――


「月神リサだ! 短い間になるかもしれないがよろしく頼む!」


 と言うと深々と頭を下げた。


「「「「「……」」」」」」


 静まりかえる教室。小松先生はその月神と名乗る転校生に「月神さんの席はあそこだから……」と教室の端にある空席を指さす。月神は「分かった!」と頷き、その席に向かい、座った


 時間にして1分にも満たない、僅かな間で彼女の紹介は終わる。

 静寂が支配していた教室は彼女が席に着くと、まるで止まっていた時計の針が動き出すかのように、いつも通り騒々しい様子に戻る。小松先生も「静かに! ホームルーム始めるよ!」といつも通り注意していた。


 うるさい生徒とそれを注意する先生。何事もない、見慣れたこのクラスの日常……。それを誰も疑問に思う者は居なかった――彼女を凝視するただ1人を除いて。


(アイツ……!!! なんでこんな所に!!!)


 それは彼――鳴瀬助だった。


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