2話:エンカウント・エネミー(1)
その怪物が現れたのは今より20年以上前の事だった。
ユーラシア大陸のとある国のとある町。何処からとも無く現れた、石と鉄で出来た怪物は突如暴れ出し、町をデタラメに破壊した後、その国の軍によって全てが破壊された。
事件はその一件で収束したかに思えた。だが、その怪物は時を置かず、世界各国で頻繁に現れる事になる。怪物はやがて<Dimension-Enemy-Monster>――略して『DEM』と呼ばれるようになった。
当初は無秩序、不規則に現れるDEMに手を焼いていた人々だったが、とある民間軍事会社が、そのDEMの出現の位置とタイミングを高確率で予測出来るシステムの開発に成功する。
その民間軍事会社『AMIS』はDEMの高い出現頻度を誇る地域を『隔離区域』とする事を各国に提言。DEMの被害に悩む国々はそれを受け入れ、併せてDEMの駆逐業務を軍に代わって「AMIS」に委託する事になった。
そして、その国々には、極東の島国である日本も含まれていた。日本も関東圏に現れるDEMに頭を悩ませていたのである。
関東圏に幾つか存在する『隔離区域』。その内の一部を管理する『AMIS』八王子市支部 郊外にポツリと立てられた小さな事業所のような建物の一室で、そこに勤める1人の青年「鳴瀬助」は今、反省文を書いていた――
■
「適当に書いとけよそんなもん」
茶髪のクルーカットと筋肉質な体を持つ長身の男――ジャック・ウエイツキンが何かのアニメキャラが書かれた雑誌を読みながら、隣に座る青年に言った。
「……」
声を掛けられた青年――鳴瀬助から返事はない。ただ、黙々と狭いテーブルの上に置かれた再生紙に筆を走らせていた。ジャックはため息をつくと雑誌を閉じる。
「味方を救うため単独でアンノウンに立ち向かって撃退……。俺の国なら名誉勲章ものだぞ?始末書モドキを書かせてるのも一応規則だからやらせてるだけで、どうせ誰も本気で責めちゃいない。危険手当の一つでもよこせと書いておけばいい」
「待避命令を無視して迅雷を壊したのは事実ですから」
助は視線をテーブルに向けたまま、いつも通り無愛想に答えた。
ジャックは「カタイ奴……」と呆れ混じりに呟くと、再び雑誌を開こうとするが、その前に助の反省文が視界の端に映る。A4のその紙にはびっしりと反省の言葉が綴られており、それは助の筆によって現在進行形で増え続けていた。ジャックは眉を潜める。
「お前そんなに書いて腕とか痛くないの? DMS切って動いてたんだろ?」
「鎮痛剤打って貰いましたから」
「鎮痛剤打ったって死ぬほどいてぇんだぞ普通! こう……筋肉がブチブチに切れて血管と混ざって……うぇぇ……」
体をもじもじさせるジャックに、助は淡々と言った。
「筋断裂までは行かなかったみたいです。肉離れで済んだみたいで。鎮痛剤撃つときに検査して貰ったら、『もう治り始めてるから2、3日安静にしてれば治る』だそうです」
「AJの全力機動してソレかよ……。相変わらず化け物みたいな身体してんなお前。なんかのスポーツ選手とかになったら? 金メダルでオセロが出来るぞ?」
「あんまり興味ないです」
ジャックが深いため息をつく。
「前々から思ってたけど、お前さぁ……花の学生生活なんだから、こんな湿気た仕事じゃ無くて、もっとその力を活かせる部活とかに入れよ! テニスとかサッカーとか、そういうリア充っぽいやつ。面もオレと同じくらい良いし、超モテるぜ? 何か、興味あるものは?」
「AJと筋トレ」
「……あっそう。超モテそうだな」
これ以上何かを言う気も無くなったのかジャックは、助から視線を逸らす。すると扉がガチャッと開いた。
「……ただいま」
黒いショートヘアの妙齢の女性が入ってくる。蓮見廉だった。
「おかえり廉ちゃん! 大丈夫だった?」
「ええ、軽い脳震盪だったみたい。状況は? アンノウンは逃げたって聞いたけど……」
「オレが助拾って、ここに戻ってきてから2時間くらい経ったけど、なーんもないよ。他支部の連中からも『訓練をするなら昼にしろ』っていう報告しか来てない」
廉はそれを聞くと「良かった……」と安堵の声を漏らした。ジャックはニヤリと笑った。
「後輩に感謝した方が良いぜ? 白馬の王子も馬を置いて逃げ出す状況で、廉ちゃんを守る為に単身特攻したからな」
廉は頷くと、黙々と執筆に励む助の前に立つ。助が彼女に気づき顔を上げる。彼女は助に視線を合わせるように顔を近づけた。
「助けてくれてありがとうタスク。……でもね、これからは絶対そんな事しちゃダメよ? ああいう時はまずは逃げるの。そうしないと貴方の大切な命を失うことになるから……」
諭すように言い、廉は助の頬を優しく撫でる。助は無言で廉をジッと見つめた後、彼女の手を払いのけ、ペンを置き、立ち上がると――
「そんな事するなら死んだ方がマシです」
そう言い切り、扉に向かって歩き出す。そして「書くの終わったんでコーヒー飲みに行きます」と呟くと、部屋から出て行ってしまった。
取り残されるジャックと廉。ジャックは消沈する廉に視線を向ける。
「仲間思い何だか、そうじゃないんだか……。元上官の息子だとかで、昔から仲良かったんだろ? 小さい頃からあんなだったの?」
「………………内向的な子ではあったけど」
そう言ったきり廉は黙り込んでしまう。ジャックはそんな彼女を見た後、みっちり書き込まれた助の反省文に視線を移す。
「アイツ、全然反省してないよな」
■
自販機で適当に買ったコーヒーを飲みながらメインフロアのベンチに腰掛ける。時間が深夜だというのもあったが、自分以外人の影すらないその空間は、軍事施設とは思えない寂れた雰囲気が漂っており、見る人によっては廃墟に見える程、閑散としていた。
理由は単純だ。人員が驚く程少ない。ただそれだけだ。
それはAMISの企業としてのコストカットや、人員数削減を目標としてそうなった訳では無い。その最もな理由はAMISに抱かれていた過去の負のイメージが原因だった。
≪All-Military-Insurance-Services≫その頭文字を取って『AMIS』と呼ばれるこの会社は、”全て”と文頭に付く割には、その経営理念を『DEMに関連する危険性の排除及び安全の確保の為の軍事力の貸与』という1点に絞り。業務内容自体もそれに限定していた。
一見するとさしておかしくないこの文。しかし、”DEMに関連する”この部分が負のイメージを生み出した源だった。
これは裏を返すと『DEMが関係するのなら全て業務範囲』と言っているような物で、”対DEM戦術の研究のため仮想敵になって欲しい”というのならまだしも”DEMを見かけたから来て欲しい”など、そう言った曖昧な理由でも過去は出動していた。そして、悪いことを考える奴というのは往々にして存在するようで、DEMなんか居ない場所にDEMが居るとAMISを呼びつけ私兵として都合良く使う、なんてやり方をする奴が出てきてしまったのである
僅かでもDEMがいる可能性を考えると「嘘っぽいから行かない」なんて言う訳にもいかずこの状況は長年続いてしまい、その内AMISは『金さえ払えば雇える傭兵組織』として世間から見られるようになった。その業務理念と反してイメージは地に落ちたのである。
もちろんAMIS側もこう言った状況を何とかしようと、現在は依頼相手を公的機関のみに限定し、以前のような無法地帯と言える事態は無くなったものの、一度抱かれた負の印象というのは払拭しにくく、現在もAMISは”金さえ払えば雇える傭兵組織”という不名誉なイメージを持たれている。そして、そこで働く人間も”金さえ払えば雇える傭兵”だ。
お陰でAMISに入社しようとする人間は滅多にいなくなった。自分も2年前、採用面接時にAJを動かせたという理由だけで、学生にも関わらすぐにシフトの話になった程だ。
そういう訳でAMISには人が居なかった。この八王子支部も規定人数の三分の一も人員がいない。数少ない人員で回したせいで、AMIS契約のAJオペレーターの平均技量は正規の軍人を超えるプロフェッショナル集団になってしまったが、それは喜ぶことでは無いだろう。
その数少ないプロフェッショナル集団が働く、数少ない一室から僅かに光が漏れていた。
本来ならとっくの昔に帰っている部署だ。きっと今日の戦いの後処理をしてくれているのだろう。そう考えると助は何処か申し訳なく感じてしまう。
そうした気持ちと、先の廉への自分の態度に後ろめたさを感じ、コーヒーを飲む手が進まないでいると、光がもれるその部屋の扉が開き、中から初老の男性が出てきた。
「助君か」
「沖田少佐……」
助は立ち上がろうとするも。その初老の男性――沖田武雄少佐はそれを手で制した。
沖田少佐はAMIS八王子支部の支部長を務める人間だ。AMISに置いての階級は、軍隊とは違い、謂わば役職を表す為の便宜上で付けられるものだが、彼の風格と能力は正規の軍のソレよりもずっと高い物があった。
元は海上保安庁で40年間勤務していた大ベテラン。堀の深い顔と鼻下に蓄えた髭を持ち、既に還暦を超えているにも関わらず全くブレの無い姿勢で、皺一つ無いスーツを着こなしている。柔軟な思考と型にはまらない対応で、この八王子支部を”芸術的”と称される程に効率的に運営しており、「沖田少佐がいなければ八王子はDEMの巣になっていた」なんて冗談が言われる程の敏腕の持ち主だった。
その『少佐』という階級が役不足に感じる彼が助の隣に座ると、見た目通りの渋い声を放つ
「今日は大変だったな。助君」
「こんな夜遅くまですいません」
「なに、君に謝ることなど何もないよ。君は君の勤めを十分以上に果たした。私も君に負けないよう自身の勤めを果たしているだけだ。気に病む道理など一つも無い」
「……ありがとうございます。ところで、住民の避難はこれからどうなるんでしょうか? やはり様子をみて数日は避難を継続するのでしょうか?」
現在”彼女”は『隔離区域』から逃亡中の筈である。今のところ被害がないとは言え、安全上、念を入れるだろう。助はそう考えたが、沖田少佐は僅かに黙考して髭を撫でると言った。
「……その事なのだが、周辺住民の避難は現在行われていない」
「――!? 最初からですか?」
「そうだ。だが、より正確に言うと、避難を呼びかけようとしたら”上”からストップが掛かった……と言えるな」
「”上”から?」
「本社の戦術解析班だよ。彼等曰く『こちらで対応するので大事にしないでくれ』との事でな増援は許可されたが、アンノウンの情報を制限されて避難の指示が出せなかった」
「変ですね。こんな対応始めてだ」
「その事も踏まえて、本社に問い詰めてきた。散々たらい回しにされたが”責任ある者”からの返答が得られたから、ジャック君と廉君を交えて話そうと思うんだが――」
「分かりました。行きましょう」
助はコーヒーを一飲みし、彼と共に部屋に戻る。
扉を開けるとジャックが頬杖をつき、廉は少し落ち込んだ様子で椅子に座っていた。
「沖田のオヤジ。どうしたんだこんな時間に?」
ジャックが頬杖を辞めて姿勢を正す。彼は古い任侠映画に影響され、沖田の事を親しみと尊敬をこめて『オヤジ』と呼んでいた。沖田は事の次第を伝え、部屋の中央に立つ。
助も沖田の話を聞くため席に着こうとする。すると廉と目が合った。彼女は悲しげに目を伏したので、助は無言で彼女の隣に座り、席を近づける。廉は顔を上げると少し嬉しそうな顔をした。
助が席に着いたのを確認すると、沖田は定規のように背筋を伸ばし、話し始める。
「つい先程、例のアンノウンについて責任有る者から”新しい指示”を得てきた」
”新しい指示”その言葉にジャックと廉が息を呑む。
助もきっと”彼女”に関する何かしらの指示だと思い、神経を耳に集中させる。
緊張する3人。それに対して、沖田の口から出てきた”新しい指示”の内容は些か拍子抜けするものだった。
「『件の件についての対応は今後避難指示を含め、全て本社で請け負う。アンノウンに関する情報は一切の他言を禁止。八王子支部は通常業務に戻れ』――だそうだ」
「「「……」」」
事実上の『何もするな、何も話すな』という内容に3人は黙り込む。――だが、数秒後にジャックが机に手を打ち付けて勢いよく立ち上がった。
「はァ!? なんだそりゃ!? こっちは2人死にかけたんだぞ!? 現状維持はともかく、その理由の説明もねぇって……。何考えてんだ本社の連中は!?」
「ジャック、静かにしなさい」
廉が諫めるが、ジャックは止まらない。
「いーや言わせて貰う! オヤジ! その”責任ある者”っていうのは誰だ!? その馬鹿舌に鉛玉ブチ込んでやる!」
「落ち着け軍曹。今回の指示内容はかなり上の立場の人間から得た物だ」
「かなり上……? 本社の連中以上の上なんかあんのかよ?」
怒髪天を衝く勢いで言うジャックに、沖田は微塵も気圧される事なく低い声で答えた。
「シャリー・シャリアロット嬢。……我が社のCEOだ」
「し、しーいーおーだと……?」
天を衝く勢いだったジャックは予想以上の大物に唸った。
助はそんな彼を見て、沖田がいま言ったCEO――最高経営責任者の事を思いだす。
シャリー・シャリアロット。「AMIS」を創業した企業グループの御令嬢。昨年「AMIS」のCEOの座に着いた才女……らしい。詳しい事はあまり公にされていない。
かなりの秘密主義者らしく、一度だけ週刊誌に『年齢は20歳。大学を飛び級で卒業している』という情報が載ったことがあるだけで、それ以外は一切詳細が不明な人物だった。
ジャックもそんな正体不明の存在に怒りの矛先を失ったのか、納得仕切れていない表情を浮かべながらもその場に座りなおす。助は視線を沖田に戻す。すると廉が言った。
「CEOが直々に対応し、その上箝口令まで敷くとは、今回のアンノウンについて何かしらの情報を本社は持っている……という事でしょうか?」
「推測になるが、そうだろうな。『答えない』という対応は裏を返せば、答えを持っているという事を裏付けている」
「本社が例のアンノウンの情報を持っているのなら、同時に対応策も練っている筈です。向こうが連携を取る気がない以上、この件は彼等に任してしまった方が、事態を混乱させずに済むかもしれませんね……あまり気乗りしませんが」
「現在被害が出ていないのも、既に彼等が対応している結果というのも考えられるな。……念の為、私の方で地元の消防と警察に、数日警戒体制を取るようには伝えておいたが、本社から釘を指された今、これ以上の対応が出来ない。……すまないな。君達にとっては不満の残る結果になってしまったが、どうか許して欲しい」
「沖田少佐も納得出来ず、CEOまで問いただしてくれたのでしょう? 幸いにも鳴瀬曹長の奮闘もあり、被害は最小限で済みましたので、お気になさらず」
助も同調するように頷く。
「沖田さんも十分以上に勤めを果たしましたよ。だから謝る道理はないです」
その台詞を聞くと沖田少佐は先のやりとりを思い出したのか、「君にそう言われたら返す言葉が無いな」と笑うと、礼を言い部屋を出て行った。暫く不機嫌そうに頬杖を着いてたジャックも「推しアニメの時間だから食堂で見てる」と言い部屋を出ていく。
2人を見届けると廉は少し疲れた声で助に言った。
「色々腑に落ちない所はあるけど、アンノウンの事に関しては本社に任せて、私とジャックは沖田少佐に着いて明日から……というより今日からか。埼玉の『川越隔離区域』に出張に行くから、今日は泊まりね」
「出張って……確か沖田少佐だけじゃ無いの?」
以前から沖田少佐は明日一日のみ、AMISの川越支社に支部運営のアドバイザーとして向かう事が決まっていた。だが、そこに廉とジャックは含まれていなかった筈だが……。
廉は肩をすくめて答える。
「向こうも人手不足みたいでね。私達も沖田少佐に着いていってDEMの駆逐業務をついでにしてくるのよ。向こうのDEMをこれ以上放置すると町に出ちゃうから」
「……でも昨日の今日だよ? 休んだ方が良い。大変だったんだから」
「突然決まった事だけど、『通常業務に戻れ』って言われたからね。それに1班の金田君は自衛隊の仮想敵に行ってるし、2班の佐久間さんは芝方面の隔離区域に行ってて1週間はどうやっても帰って来れないから、もう私達が行くしか無いのよ。増援も出して貰ったのに、こっちは行かないって訳にはいかないじゃない?」
「……でも、蓮さん達がいなくなったら八王子支部が空っぽになる。それに川越支社にはまだ人がいる。あそこはここよりDEMの対応班が多いから」
納得しきれない助に、廉が深いため息をついて言った。
「それなんだけどね……。むこうの主力の1班が今、動けなくなっちゃたのよ。『スカベンジャー』にやられたみたいで」
「『スカベンジャー』……」
『スカベンジャー』は、ジャンク品のAJを使って隔離区域に入り、DEMの破片を回収して回る集団の事だ。DEMの破片には宝石が含まれている事があり、それを拾っているとの事だが、ごく稀にAMISのAJに攻撃を仕掛けて、そのパーツを奪うなんて事もやってくる。しかし、元々チンピラ崩れの集団なので、もっぱら返り討ちにされる筈だが……。
「……川越の1班って確か元陸自のレンジャー持ちでしょう? 精鋭ですよ。20機くらいに待ち伏せされたんですか?」
助が不可解そうに言うと、廉も半信半疑な様子で答える。
「……どうやら1機のAJにやられたそうよ」
「1機? ……本当に?」
「らしいわ。戦闘中、電子機器の不調が起こったり、相手のAJがかなりカスタムされてて、機種が分からなかったとかで、不覚をとったみたい。逃げる事は出来たから、被害自体は大きくなかったみたいだけど、しばらくは修理なり治療なりで動けなくなったそうよ」
「……信じられないな」
「そのAJの動画は無いけど、写真は有るから見てみる?」
その提案に頷くと、廉は一枚の写真を取り出し助に渡す。その写真には1機のAJが月を背に廃墟の上に立っていた。
全身を幾つかの装飾で彩られた板金鎧に似た銀色の装甲で覆い、2m以上のサイズを持つ銀色に輝く直刀を持っている。見たことの無い装甲と装備を持つAJだった。だが――
一番目を引いたのは装甲でも武器でもなく”頭から生える髪”だった。そのAJは銀色に輝くフルフェイスメットを被っているのだが、後頭部から髪の毛に似た繊維状の束が伸びておりさしづめポニーテールのように見えたのだ。
「『テールヘッド』コイツのコードネームよ。後ろ髪が特徴だから付けられたわ。銀の鎧に大剣……随分酔狂なAJでしょう? 身元を隠す為とは言えやり過ぎだと思わない?」
廉が呆れ混じりに言う。AJはパワースーツにLivと呼ばれる流体金属を使い、外装をのり付けする形なので、必要な機能を満たしていれば、ある程度規格が無視出来る。このテールヘッドもそれを利用し、凝った装飾をした外装を付けているように見えた。しかし――
「これ本当にAJなのか……?」
それだけでは無視ししきれない違和感が何処かにあった。廉は補足するように言う。
「こんな見た目をしてるけど、AJらしく結構ハイテクに戦うみたいよ? EMPグレネードに、高性能の即席爆弾、何処から手に入れたのかレーザー兵器に似たのも使ってたんだって」
「……スカベンジャーが持てるような装備じゃない」
「今は冷戦中だからね。お金さえ有れば、色々とルートがあるのよ。凝った装飾もしてるし、もしかするとお金持ちの道楽でやってるのかもね」
「……」
廉の返答に助は沈黙する。返す言葉が見つからないというより、これ以上は実物を見てみないと何とも言えなかった。
以前として残る違和感を覚えつつ、助は写真を廉に返しながら言った。
「俺も行こうか? そのAJ危ない気がするから」
助にとってその言葉は、病み上がりの彼女を思いやっての台詞だった。しかしその台詞を聞くと今まで穏やかだった廉の表情が突然キッ!と締まる。
「ダメッ!!! 貴方は怪我をしてるんだから休みなさい!!!」
廉が一転してものすごい剣幕で声を張り上げる。助はそれに気圧されるが。廉はすぐに穏やかな表情に戻った。
「タスク。心配してくれるのは嬉しいわ。でも、貴方はまだ学生で、あくまで助っ人なんだから、これ以上は私達に任せなさい」
「でも、危ないから……」
「大丈夫。そのAJと遭遇したら無条件で待避して良いことになってる。……だからね?」
「……分かったよ」
諭される様に言われ、それ以上言葉を返す気は無くなる。廉は満足したように頷いた後、助の頬を撫でた。
「さ、今日はもう遅いから帰りなさい。送っていくわ」
「いいよ。近いから。先輩によろしく言っておいて」
彼女の手を払いのける。廉は「そう?」と悲しそうに言ったが、これ以上彼女に負担を掛けたくなかったので、有無を言わさず部屋を出た。
途中で沖田少佐の部署に顔を出し、簡単に挨拶を終え、メインロビーから外に出る。
午前4時。6月の初旬と言うこともあり日の出が近いためか、空はほんのりと明るかった。消えてしまう前に見ておこうと、星座が光る星空を見つめながら、自宅への帰路を取る。
手入れをする者がいなくなり、草が茂っている田園のあぜ道を行くと、市街地に着く。
深夜とは言えそこそこ大きい町ではあるが、すれ違う人間どころか、人影すらない。DEMが現れるようになって関東圏の人口は減る一方だ。この町もその例には漏れない。
町の一角にある自宅が見えてくる。古い平屋の家だ。滑りの悪い引き戸を開け、助は無言でその中に入る。
中に人の気配は無い。助は適当に電気を点け、荷物を置くと、奥の一室へ向かった。
その部屋は助の私室では無い。ただ1つ――仏壇を除いて何もない小さな和室だ。
助はその部屋に唯一ある仏壇の前に座ると、それを開く。中には本尊と位牌――そしてその下には小さな壮年の男性の写真が飾られていた。
鳴瀬 響――助の父親の写真だった。助の父親である彼は、今から2年と少し前、助が高校に入学する前日に、千代田区の北の丸公園で起こったDEMの大規模発生事件――通称『千代田事件』に巻き込まれて亡くなっていた。
母親は今何をしているのかは、助が父親から聞く前に、彼が亡くなってしまったので、詳しくは分からない。助は物心ついた頃から、自衛官であった父親と2人暮らしだった。
遺影である自身の父親の写真を僅かに見やると、助は無言で線香を焚き、香炉に立てる。
彼は仏壇に手を合わせたり、話しかけるなどはしなかった。ただ、線香だけは帰ってきたら何があっても立てる事にしていた。そして、それは今日まで一度も破られた事は無い。
線香が尽きるのを見届けた助は、仏壇を閉じて、台所に向かう。幾つかレトルト食品を温め皿に載せた後、ちゃぶ台と座布団、幾つかのトレーニング器具しかない居間で食事を取り、寝室に向かった。
就寝の準備を済ました後、布団を敷き、電気を消して、その中に入り込む。
目を閉じ、耳を済ます。キチキチ……と虫の鳴き声が聞こえただけで、それ以外の音は全く聞こえなかった。つい数時間前まで”彼女”と死闘を繰り広げていたはずなのに、その実感がまるで湧かない。
「なんだったんだろ、アイツ……」
ポツリと呟く。結局”彼女”は、自分にトドメを指す事もせず、町を破壊するわけでも無く姿を消してしまった。
彼女は本当は幻の存在だったのでは無いだろうか?
助にはそう思えてならなかった。それだけ、今日の出来事が現実離れしていた。
「……疲れたな」
一言呟く。彼女の存在がどうであれ、疲れ自体は幻ではなかった。なら、はやく寝ておいたほうがいい……明日は学校も……ある……から……。
「……」
助は小さく寝息を立て始めた。