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1話:ボーイ・ミーツ・ガール、ボーイ・ファイト・ガール(3)

 助の迅雷が力なくその場に膝を着く。目の前でそれを見ていた彼女は警戒するように武器を構えるが、迅雷はそれに反応する様子はない。


「……?」


 首を傾げる彼女。目の前で膝をつく迅雷は僅かに体をピクピクと動かしながら、再び立ち上がる。だが、その立ち上がり方は奇妙なものだった。姿勢は滅茶苦茶で首も据わってない。まるで糸でつられた人形のようだ。

 迅雷は体の動かし方を確かめるように各所をフラフラと動かし、その後動きを止める。不穏に思った彼女が身を固めると、据わっていなかった迅雷の頭が突然彼女の方を向く。まるで獲物を見つけたかのようなその仕草に、彼女は悪寒のような物が走ったのか全身を強張らせた。


 彼女を不気味に見つめる鈍色の卵のような頭。その頭が突然バツの字に開いて行き、中からオレンジ色に光る複眼が露出する。同時に脚部と肩のスラスタが開き、青白い炎が漏れ出した。


 ――全身から炎を撒き散らす複眼の化け物。


 そんな悪魔のような姿に変貌した迅雷を見て、彼女は怯む。迅雷はその隙を待っていたかのように彼女へ突撃を開始した。

 その突撃は今までのように小刻みなジャンプの繰り返しではなかった。全身のスラスタを連続で吹かし、滑るように高速で滑走してくる。


 「……!」


 彼女は銀槍を伸ばし、それを迎え撃つ。だが、その悪魔は青白い光を陽炎のように帯びながら、彼女の視界から高速で消える。

 宙を空しく突き進む槍。彼女は迅雷が何処へ行ったのかと瞳を動かすが、それは突如彼女へ襲いかかった衝撃によって、中断させられた。


「……ッ!」


 彼女は蹴り上げられていた。いつの間にか背部に回っていた迅雷によって、宙へ打ち上げられたのだ。彼女は電の槍を作り反撃を試みるが、迅雷は目にもとまらぬ速度で彼女の足を掴むと車両に投げつける。

 ドアをねじ飛ばし、車両の中まで叩きつけられる。バラバラと落ちてきた古びたつり革と広告のチラシを払いながら、立ち上がろうとする彼女の視界に、迅雷が鉄杭を向けているのが見えた。


「……!!!」


 咄嗟に身を横に投げ出し、射突される鉄杭を回避する。避ける事に成功し、安堵の息を漏らす彼女だったが、それは一度では住まなかった。


 ドドドドッッッ!!!


 戻っては再び射出される杭。凄まじい勢いで次々と放たれる杭は車両を穴だらけにし、回避しきれなくなった彼女の体を少しづつ掠っていく。傷こそ付かなかったが、彼女は苦悶の表情を浮かべ、なんとか立ち上がり必死に車内を走る。

 ガラスとステンレスの車両を突き破り、襲いかかってくる鉄杭。それを放つ悪魔を振り払おうと全力で走るが、その悪魔は青白い光を伴いながらピッタリと併走して来ていた。


 やがて、車両に終わりが見えてくる。


 ――迫る鉄杭。


 彼女の額に汗が浮かぶ。嫌な感情を振り払う様に彼女がそれを拭うと、自身の背の翼にある電流を凝縮し、それを拡散させた。

 爆発する車両。閃光と電流が構内をデタラメに照らし、ガラスとステンレスの破片が周囲に飛び散る。

 その破片の中から彼女はいち早く飛び出し、息を切らしながら必死に敵である者の姿を探す

 灰色の粉塵の中からオレンジ色の光が僅かに光る。彼女は息を整える事もせず、その光へ腕を向ける。白色の翼が龍の形を作り、その顎が開く。


「h△kE◆βえ!!!」


 彼女が叫ぶ。龍の口の中から文字が刻まれた光輪が出て、徐々に回転していくが――


「!?」


 突如として粉塵の中から鉄の棒――レールが飛び出す。そのレールは猛烈な勢いで横薙ぎに彼女を打ち付け、ホームの柱へと叩きつけた。

 電流で出来た龍は消え、苦しそうにむせる彼女の瞳に、次々と映るものがあった。

 レール、ドア、自販機、ベンチ、電光板、時刻表――駅に存在するあらゆる物が、彼女へと容赦なく投げつけられる。歪な轟音と共にそれらは彼女へ直撃し、彼女は再び瓦礫の海へ沈む。


 数秒にも満たない静寂――積み上げられた瓦礫の山に白色の電流が走る。


 瓦礫の山は先の例のように弾け飛び、中から彼女が現れる。

 両膝を着いていた彼女は、息を激しく切らしながら銀槍を掴むとよろよろと立ち上がる。

 白磁のような肌は煤で汚れ、絹のような髪はボサボサで纏まりがない。銀槍は曲がり、背に生える銀の翼も6枚から2枚に減っている。正に満身創痍と言った姿の彼女だったが、それでも宝石のような瞳の輝きは失ってらず、目の前に立つ彼女の敵に集中していた――


 ■

    

「クソ……まだ……動けるのか……」


 途切れ途切れに助が言う。モニターに映る彼女は明らかに弱ってきてはいるものの、まだ戦意を失っている気配はない。なら、有利な内に追撃を行わなければならない――


「――ッツ!!!」


 全身に激痛が走る。きっと筋肉の幾つかが切れている痛みだろう。『DMS』を解除し、パワースーツのリミッターを解除した状態で動いているのだ、当然だ。


 元々人間の筋肉と炭素製人工筋肉であるパワースーツの瞬発力には、数十倍以上の差がある。その為、パワースーツがスペック通りの挙動をすると人の筋組織でその変化に耐えられず、筋断裂を引き起こしてしまう。

 ダイレクト・モーション・システム――『DMS』はそれを防ぐ為の機能でもある。人間の筋肉の動きに合わせてパワースーツを動かす事で、操作の直感性を上げると同時に人体への過負荷を防いでくれている。……言うならば”機械が人に”合わせてくれているのだ。


 これを解除し、脳波制御のみでパワースーツを動かすという使い方は、本来なら負傷し、手足が充分に動かない時に、一時的に非難するための使い方であって、戦闘機動に使うものではない。ましてリミッターを外した状態で用いるなど、体中の筋肉を引きちぎりながら動いてるようなもので、過去にはそれが原因でオペレーターがショック死した事例すらある。


 助は痛みを抑え込むように息を深く吸う。


 ……だが、今はそんな事を気にしている余裕は無い。苦痛を伴い、筋肉が千切れようとも、彼女相手に優位を取るためには少しでも早く、強く動かなければならない。その為には『人が機械に』合わせなければならない……!


 激痛に耐えながら助は迅雷を屈ませ、目の前に立つ彼女へと再度の攻撃の準備を行う。

 リミッターを解除したパワースーツも過電圧により急速に摩耗が始まっている。スラスターの推進剤も2割を切った。――きっと次の攻めが最後になるだろう。


「……ぐぅおおおお!!!」


 痛みを強引に押さえ込んで、目の前に立つ彼女へと跳躍する。

 跳躍補助用のスラスターが、神懸かったタイミングで連続して輝き、迅雷を滑走させ、強烈な勢いで彼女へと突撃する。


「―――ッ!!!」


 彼女も銀槍を構え、刺突を放つ。銀槍が刺突の勢いそのままに助へと伸びる。

 伸びる銀槍を助は体を捻り、ギリギリの所で回避するが、それは迅雷の杭打ち機へ直撃。鉄杭は中心から叩き折られる。

 衝撃で鉄杭の先端が宙に舞う。助はそれを瞳に入れると、瞬時に腰部にある最後のスタングレネードを手に取り、彼女の目の前で炸裂させる。

 閃光と爆音に怯む彼女。助は彼女のえり袖を掴み、頭突きを放つ。


 「―――ッ!!!」


 彼女は額を押さえ、後ろに倒れ込んだ。助は素早く宙を舞う鉄杭を掴み――


 「これで終わりだ!!!」


 彼女へ鉄杭を叩き落としにかかる。人間の数十倍以上の力で放たれる鉄杭だ。今の彼女は弱っている! いくら彼女が頑丈でも今なら確実に致命打を与えられる! 


 勝利は目前だった。


 ”ある物”が視界に入るまでは――


「!?」


 振り下ろされた鉄杭はアスファルトを貫通し、周囲に破片が飛び散る。しかし、その鉄杭は本来の目標から逸れていた。鉄杭は彼女へと当たらず、その真横を深々と突き刺さっていた。


「あ……」


 助の視線は彼女の”額から流れる物”を見ていた。

 それは”血”だった。本当に僅かな物だったが紛れもない赤い血液……。


「なんで……?」


 呆然とする助。目の前で血を滲ませる彼女は怯えるように目をギュッと閉じている。それはまるで恐怖に震えている仕草そのもので、あまりにも有機的で……感情的だった。


ーー彼女はDEMじゃない


 確信に似た感情が助の頭をよぎる。目を閉じていた彼女は恐る恐るその目を開け、硬直している助を見る。彼女の怯えていた表情は段々と、怒りと屈辱を孕む険しい物に変わっていった。


「k56aω●☓αな!!!」


 叫び声を挙げ、彼女は覆い被さる助を蹴り上ると、槍を掴みその場から逃げ出そうとする。


「おい!」


 蹴飛ばされた体を持ち上げながら、助は逃げる彼女の背中にスピーカーを用いて叫ぶ。すると彼女は声を掛けられた事に余程驚いたのか、すぐに足を止めて振り返った。


「お前は……人間なのか!?」


 ヘルメットを外して、助は視線の先にいる彼女を見た。そして、彼女も助の顔を見る。


両者の視線が始めて生身で交差する。彼女は険しい顔つきを途端に一転させた。


「h8△αな……」


 彼女は目を丸くし、まるでとんでもない間違いを犯してしまった子供のような表情で呟いた。


「お前は一体何者なんだ!?」


 問いかける助に、彼女は答えること無く視線を激しく行ったり来たりさせると――


「オ……メ、ン……ナサイ……」


 と呟き、深々と頭を下げた。そして、踵を返し再び走り去っていく。


「待て!」


 彼女を追いかけようと機体を動かそうとする。しかし迅雷はバッテリーが切れたのかパワースーツの限界が来たのか、いずれにせよピクリとも動かなかった。助は彼女が夜の闇に消えていくのをただ1人で、見届ける事しか出来なかった。


 突然の結末、体へのデタラメな痛み、そして彼女の正体……


 様々な課題が同時に助へと降りかかる。助はその積み重なった命題を考える前に、取りあえず一言思いの丈を口に出した。


「……謝るんなら、最初からするなよ」


 体中の空気が抜けるような深いため息をついた。

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