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9話:刻銀の結界士(1)

凄まじい雷鳴が廃校舎の中に響き渡る。


「【雷鞭】!」


 リサの背に生える6枚の羽が雷の鞭に変化し、廊下に立つレオナスのシンギュラに横薙ぎに放たれる。校舎の壁と窓を易々と切り裂きながら進んでいくその鞭を、レオナスは少しも焦る様子はなく、青紫に光る剣で弾いた。雷の鞭は先端を切り裂かれたかのように白色の粒子となって消える。


「これもダメか……!」


 リサは息を切らせながら、独語する。戦闘が始まってから5分以上経っているが、リサはレオナス相手に決定的な一打を未だ与えられずにいた。……いや、むしろ――


 レオナスの持つ直刀に青紫の光が輝き出す。リサはそれを視認すると即座に、銀槍と翼を前に出し防御姿勢を取る。間髪入れずにレオナスが一直線に刺突を放つと、その青紫の光はまるで斬撃そのものが飛翔する様に、リサへ一直線に飛び、彼女をその場から吹き飛ばした。

 羽と銀槍で何とか防御が間に合ったものの、リサは廊下に叩きつけられる。


 ――そう。今の彼女はむしろレオナス相手に防戦一方の状態だった。


「グッ……!」


 彼女は直ぐに立ち上がり。牽制の電撃をレオナスに放ち、廃校舎の中の教室に隠れる。


 リサは机を背に座り込み、息を整える。彼女の中にはあの男――レオナス・ローズハートの戦闘力への畏怖にも似た感情が渦巻いていた。


 本来なら彼が使う結界魔法は戦闘用の物では無い。


『結界』とは万物を『内』と『外』、この2つに分ける境目を生み出す魔法であり、曖昧で概念的な知識の集合体の上で構成される。使用者には哲人の如く、森羅万象、ありとらゆるものへの深い理解が必要になるし、発動の為には繊細な魔力コントロールが必要になる。とても戦闘中に連続して使えるような代物ではない。私が体育館で張った結界ですら、発動まで数分以上の時間が掛かってしまう。しかし――

 あのレオナスという男はその複雑で繊細な結界魔法を短時間で刀身に発生させ、それを自在に操ることで物理的な盾や、斬撃として飛ばすという芸当をしてくる。ハッキリって常識外と言っても良い技量だ。一体どれだけの知識を収めればあの水準に達するのだろうか……?


 リサの表情が苦虫をかみつぶした様なものになる。


 悔しいが、レオナスは自分よりも強い……。今、自分が使える強力な魔法の数々は、彼のただ一つの『結界』によって全てあしらわれているのだ。全く通用してないと言っても良い……――だが!


 リサの顔つきが引き締まる。


 そんな泣き言を言っている暇はない! この町に魔動機の驚異が迫ってる以上、どんなに相手が格上でも私は……勝たなければならないのだ!


 彼女は教室から飛び出し、廊下を歩くレオナス相手へ低く構える。


 距離を取った攻撃は結界に防がれるというのなら、相手の懐に潜り込み高速の一撃を放つ。いくら相手が高位の結界士とはいえ、超高速での接近攻撃に対応する結界を即座に作る事は絶対に不可能な筈だ。捨て身の攻撃になるが、それだけのリスクを背負わなければ勝機は無い。


 自身の魔力を全て肉体の強化に宛て、リサはレオナス相手へ突撃する。床が砕け散り、窓ガラスが粉々に吹き飛ぶほどの突進を組み合わせ、最大限の力を込めた刺突をレオナスに放つ。

 強烈な勢いで放たれる銀槍にも関わらず、レオナスはそれを先の例よろしく青紫に光る剣で弾いた。だが、リサにとってそれは予想の範囲内だった。


 弾かれる銀槍を手放し、それと同時にリサは床を強く踏み込み、体を翻す。6枚の白銀の翼を一つに集まめ、巨大な雷槍を形作ると、その槍をレオナス相手に振りかぶる。


「貰ったぞッ! レオナス!」


 彼の剣はまだ銀槍を弾いたアクションから回復していない。この槍を結界で受け止める事は不可能だ!

 

 絶対の自信と共に振り落ろされる槍。彼は瞬時に体を翻すとその槍を”手で”受け止めた。


(腕を捨てた!?)


 一瞬そう考えたリサだったが、次の瞬間それが間違いだった事に気づく。


「――!?」


 白銀の稲光を撒き散らし、雷槍が止まる。レオナスは手のひらに極小の結界を張って、雷槍を防いでいた。10分の1秒にも満たないほんの僅かな一瞬で……結界を発生させたのだ。


「素人が……お前の考えなど手に取るように分かる」


 レオナスは驚愕するリサを尻目に、腕のみで雷槍を弾くと、剣を逆手に持つ。銀の刀身が青紫色に光ると彼は腰を落とし、それを真一文字に振った。


「……くっ!」


 リサは自身を翼で包みその斬撃を防ごうとするが、それよりも早く刃となって放たれた結界が彼女を襲う。


「――ッ!」


 廊下の端まで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。息がつまり意識が飛びかけるが、必死にそれをおさえつけ起き上がる。レオナスは悠然とこちらに歩いてきた。


「どうして……それだけの知識を持ちながら……貴方はこんな卑劣な行いをするんだ……」


 レオナスに問いかける。自分の渾身の一撃が防がれたショックより、これほどの結界魔法の技量を持つ哲人が、どうしてこんな無関係な人々を巻き込むような行いをするのか……その方がショックだった。

レオナスはフッと笑うと足を止め、自身の剣を床に突き刺す。


「世間知らずの貴女は存じ上げないと思いますが、ありとあらゆる知識収め、思考を重ねたとしても、選ぶ回答は必ずしも献身と自己犠牲にはならないのですよ」


 息を整え直し、彼を見つめる。


「その力と知識を使えば多くの人が救えるんだぞ……?」

「分からない人ですね。俺は俺の為にこの力を使うと言っているんです。自身の幸福の最大化の為には、他者の存在を気にする事などマイナスにしかならないですから」


 その男はサラリとそう言ってのけた。その態度に体が一気に熱くなる。


「……お前は自身の幸福の為なら、周りの人間が不幸になっても構わないというのか!?」

「幸福は有限、不幸は無限ですよ。この世界は不幸に溢れてる。それが今更一つや二つ増えた所で、どうだと言うのです?」

「不幸は決して等価な数量では無い! それぞれに絶対的な悲劇が存在するんだ!」

「その絶対的な悲劇とやらも、当人以外から見ればありふれた加算数量的な事象でしかない」


 レオナスは不敵に笑う。この男は確信犯だ。他者から意図的に目を背けている……!


「レオナス……!!! お前は……ただ一人の肉親を理不尽に奪われた人間にも、同じ台詞が言えるのか!? 答えろ!!!」


 タスクの事が思い出された。魔動機によって家族を失った彼が、毎日亡き父親を弔い続ける彼が、どんな思いをしながら一人で日々を生きてきたのか想像するだけで、自分はどうにかなってしまいそうなのに、この男にはそう言った感情はないのだろうか!? 


 レオナスはその質問に心揺さぶられる仕草など一つもみせなかった。


「同情しますよ、可愛そうに。ただ、別れはいずれ来る物でしょう? 早まっただけです」

「詭弁を言うな!!! お前が呼ぼうとしている魔動機で家族を失った人間がいるんだ!」

「魔動機で家族を失った?」


 レオナスは心辺りがないと言った風に答える。


「お前だって知ってる筈だ! 2年前の事件のことを!!!」


 『千代田事件』――タスクの父上が亡くなった魔動機による死亡事件。『ガイド』が起こした悲劇……。この男も『ガイド』の人間なら確実に知っている筈だ。


 彼にはその事件が起こした悲劇を思い出して欲しい! そして、これから起こそうと愚かな行いがもたらす不幸を想像して欲しい! そうすれば、人として僅かにでもある良心に、必ず訴えかける物がある筈だ! 他者から目を背け続ける事など出来ない筈だ! 


 期待するリサ。レオナスは記憶を探るような仕草をした後、言った。


「……ああ、”チヨダ”の事か。知ってますよ」

「……! なら――!」

 

「あれやったの俺ですから」

 

「……なんだと?」


 時間が止まったようだった。レオナスは嫌な思い出を愚痴る様に続ける。


「あの時は上の連中がヘマして最悪でしたよ。『鍵』は誤作動してぶっ壊れるし、挙げ句作戦は失敗して、大して魔動機も呼び込めなかった。働き損って奴ですね」


 全身から血の気が引いていく。しかし、どういう訳か心臓の鼓動は早くなっていく――


「……人が亡くなったんだぞ?」


 震える声。ようやく出せた言葉がそれだった。レオナスは魔を置かず、即答する。


「死人の数で俺が幸福になるわけじゃ無い」

「……!!!」


 この男は他者から目を背けていたんじゃ無い、最初から他者の事など見えていない……!!!


 それをリサが理解した瞬間、彼女の体中が震え出した。


「レオナスッ……! その人達にも家族がいたんだ……大切に想い合っていた人達がいたんだぞ……? それを……それを――!!!」

「なら、来世の幸福でも祈ってやって下さいよ。得意でしょ? ”女神様”」


 自分の中で何かが切れた。


「……う、うわあぁぁぁ!!!」


 自身の翼を全て武器に変え、目の前に立つ人の姿をした悪魔に突撃する。怒りで駆られたわけでは無い。ただ……悲しかった。 


「レオナスゥゥゥ!!!」


 自分の中の全ての力、全ての感情を込めて、攻撃を放つ。それは剣を抜いたその男に防ぎ、弾かれ通用しなかったが、それでも攻撃を止める事は出来なかった。


「うおおおおおお!!!」

「うるさいんだよガキが」


 首を掴まれ、壁に叩きつけられる。衝撃で視界が纏まらないが、それでもリサはレオナスを睨み続ける。レオナスはその視線に侮蔑の視線で返し、彼女を床に投げつける。


 うめき声を挙げるリサにレオナスは言った。


「教会に気を遣うつもりだったが……まあ良い。これ以上抵抗されると面倒だ」


 彼の持つ銀色の刀身に青紫の光が浮かびだす。


「おやすみ女神様。手足の1、2本飛ぶかもしれませんが、まあ許して下さい」


 レオナスは剣を振り上げる。朦朧とする彼女に、その一撃に抵抗する力が無い事は、誰の目にも明らかだった。


 しかしその時、2人を遮る声が廊下に響く――


『手足が飛ぶのはお前の方かもしれないぞ? テロリスト』


 瞬間。廊下の壁が弾け飛び、レオナスに鋼鉄の3本爪が迫る。レオナスは即座に距離を取り、それを回避した。ガラガラと音を立てる瓦礫の中から出てきたのは助の『ゴリアテ』だった。


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