8話:反撃の狼煙(3)
「エイドが乱れたな。フッ……人質が役に立ったか」
レオナスは時計を見る。――12:45分。ちょうど良いタイミングだ。
「さて、”ボーナス”の為にもう一仕事するか。――おい、バルボラ聞こえるか?」
トランシーバーを持つ。外で『鍵』の警護をしていたバルボラが慌ただしく答えた。
『ロッヅヴェルと連絡が取れません。恐らく何者かの仕業かと』
「そんな事は分かってる。お前も気づいてるだろう? ”女神様”の仕業だよ」
『……しかし、”アーシア様”がここにおられる筈が――』
「現実見ろ。エイドを乱すだけの魔力を持つ奴なんてそうはいない。つまりはいるんだよ――『雷と慈愛の女神』リリサリア・”アーシア”・アルミナス様がな」
『……』
「渋ってないで捕まえに行くぞ。教会に渡せば金になる」
『了解……』
気の乗らないバルボラを横目にレオナスは車外に出る。するともう1機のラグドライブが乗る機人がこちらにやって来た。
『隊長。AJがいます』
「AJだと?」
『はい、旧校舎の方に』
レオナスは視線を旧校舎に向ける。確かに1機の作業用AJが牽制するかのようにこちらをどっしりと見ていた。レオナスは今までの情報から直ぐにそのAJの正体を導き出す。
「なるほど、繋がった。最初に逃げた奴か。どうやら女神様にはお仲間がいるらしい」
『どうしますか?』
「あれは囮だ。そうでなければ、あのような仁王立ちは出来ん。よほど俺達に向かって来て欲しいようだ。――なら、期待に応えてやるとするか」
「誘いに乗るのですか?」
「半分な。お前とバルボラはあのAJに向かえ、破壊しても構わん。俺はシンギュラで『鍵』に結界を張った後、体育館に向かう。慈悲深い女神様の事だ。人質をそのままにしておく訳がない。あのAJはその為の時間を稼いでいるのだろう」
『了解しました』
ラグドライブとバルボラが乗る2機の機人は、作業用AJに向かい走り出す。レオナスはそれを見送るとバンの後方に移動する。荷台を開けると、中には銀色の鎧が立てかけられていた。
『魔法鎧』とアルムニアにおいて呼ばれるその鎧は、この世界において使われていた板金鎧に似ていたが、細部は異なっていた。
胴と手足はつなぎ目が少ない流線型のフォルムをしており、胸には魔力を結晶化させた錬金石が象られ、兜は龍の頭部を模したフルフェイスをしている。兜の後頭部からは魔法の発動を促す魔術帯がさながら一つに纏めた髪のように伸び、その姿はそれ自体が生命を持つような有機的でかつ、優美なフォルムをしていた。
”シンギュラ”それがこの鎧の名前だ。元はアルゼラの高名な結界士の一族だったローゼスハート家の初代当主の名前からとったそうだが、没落した今、レオナスにとっては、その由来は毛ほども興味が無い事だった。彼が興味を抱く点は”使えるか”使えないか”その点だけだ
そう言う意味ではこのシンギュラはレオナスの期待に応えるには十分な業物だった。強力な魔法術式が刻まれた魔術帯に、純粋なシリウス銀で作られた鎧は術者の魔法をこれ以上無く円滑に発動させうる。単純な戦闘なら、女神が使う”神衣”にも引けを取らないだろう。
レオナスはシンギュラに手を触れる。するとシンギュラは光の粒子となって散り、次の瞬間には彼の体を包んでいた。シンギュラと一体となった彼は壁に立てかけれらていた鞘に収められた巨大な直刀を手に取り、それを背負う。そして、”万が一の為の切り札”を各所に仕込んだ。
兜の後頭部から髪のように伸びる魔術帯が光り、『鍵』に結界が張られると、レオナスは兜の中で不敵な笑みを浮かべ、体育館のある方向を見る。
「さあ、女神狩りに行くか」
銀色の光の帯を棚引かせ、彼はその場を跳躍した。
■
倒れている学友達を横目に、リサは体育館を包むように結界を張り終えた。今この学校を包んでいる結界程、上等な物では無いが、物理的衝撃を逸らす事は十分に出来る物だ。
だがそれは”魔力の供給が続けば”という条件が付く。術者である自分がこの場から離れてしまえば、この結界は長くは持たないだろう。その間にタスクと合流し、『鍵』を破壊しなければならない。
「今、何処にいるタスク?」
念じつつ話す。僅かな間を持ってタスクがそれに答えた。
『今、旧校舎にいる。2機の機人に追われてるが、テールヘッドは確認出来ていない。そっちは? 結界は張り終えたか?』
「ああ、結界は貼れた。今からそちらに向かう、少し待っててくれ!」
体育館の中心に突き刺していた銀槍を引き抜き、体育館の出口に走る。
タスクの正確な位置を知るため高台を探す。すると視界の端に写る廃校舎の欄干の上に、誰かが立っているのが見えた。
一瞬、まだ校内に誰かが残っていたのか? と考えたが、直ぐにその思考は中断される。白く銀色に輝く鎧を纏っているその人影は、見間違える筈も無い――!
「シンギュラか……ッ!」
その銀鎧は屋上から飛び降り、リサの眼前に降り立つ。
『どうかしたのか? 月神?』
タスクの声が心に響く。きっと今の言葉が強い念となって届いたのだろう。目の前に立つ銀鎧を睨み付けながら答える。
「すまないタスク。合流まで時間が掛かりそうだ」
『……テールヘッドか?』
「ああ……」
『分かった。こっちは自力で何とかする。無茶はするな』
そう言ってタスクとの通心が途切れる。リサの視線は目の前に立つ銀鎧に向けられた。
「アルゼラのレオナス・ローズハート殿か?」
尋ねるリサ。その銀の鎧を纏った人間は背負った直刀を鞘ごと地面に突き刺し、言った。
「私のような下賤な者の名を知っておられるとは恐悦至極に存じます。”女神アーシア様”」
”女神”――リサを指して、レオナスはそう言った。リサは僅かな間を持ってそれに答える
「……その名は既に捨てた。私はもう女神では無い」
「そうですか。では、貴女何者ですか?」
「私は故国の蛮行を憂う一人の人間だ!」
強く言う彼女をレオナスは鼻で笑う。
「フッ……不干渉を盾に聖堂に引きこもって、祈るだけの女神とは思えない台詞だな」
リサは僅かに目を伏す。今の言葉は彼女にとって皮肉以上の意味があった。
「……確かに、教会が今まで絶対中立という名分で何もしてこなかった事実は存在する。私も今まで祈る事だけしかしてこなかった。そのことは謝罪しよう。……だが、それはあくまで私達の世界での道理の話だ。この世界の人達には何1つ関係のない事なんだ……!」
「何が言いたいのかよく分かりませんが、つまりは『鍵』を止めろと言いたいのですか?」
「そうだ! 今すぐ、魔動機を呼び込むなんて事は止めるんだ! あのような破壊の使徒が現れたら一体どれだけの悲劇を生むか、分からない貴方では無いだろう!?」
レオナスは気に留める様子もなく答える。
「大変な事になるでしょうね。この世界の人間は魔法が使えない。自衛隊か、AMISがくるまで一方的に殺戮されるだけです」
「だったら――」
「ですが、俺にも目的があるんですよ。この世界の住民の命よりも大事な目的がね」
レオナスはハッキリと言った。『目的』……人の命より大事な物が存在するのか……?
「……それはなんだ?」
その内容が想像出来ず、レオナスに言った。彼は何かを笑うような仕草を持ってそれに答えた。
「くれるんですよ」
「何を……?」
「”一生遊んで暮らせる金”。この仕事が成功したら、国からポンっとね」
レオナスはその後笑いながら「俺の場合は一生じゃないかもしれませんが」と付け加える。
彼女の宝石のような瞳が大きく見開かれる。
「金――金だとッ!? そんな物の為に、無関係な人々を巻き込もうというのか……ッ!」
「下々の戦う理由なんてそんな物ですよ”女神様”」
悪びれるそぶりも見せないその言い草に、リサの表情が怒りで歪みだす。
「……私はもう祈るだけの女神では無いぞッ! レオナス!!!」
持っていた銀槍を地面に力の限り突き刺す。地面から幾重にも術式が書かれた円陣が広がり、急速に回転を始めた。
「【神霊憑依】!!!」
円陣から溢れんばかりの白銀の電流が湧き上がり、リサを包む。電流は形を変え、6枚の白銀の翼へと姿を変わっていく。
【神霊憑依】は女神の素質を持つ者にしか使えない魔法だ。自身の持つ膨大な魔力を解放し、神衣に刻まれた高位の魔法を連続で使用できる形態に変化させる。リサはその一種の”変身”と言える行程を終え、その姿は神話に出てくる女神と形容して良い程の神々しいものへと変わる。一方で、彼女の表情は見た目の神聖さとは正反対の、生々しい憤怒の表情に満ち満ちていた。
しかし、レオナスはそんな彼女の姿に怯むこと無く、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「少し遊んでやるよ。箱入り」
彼は目の前に刺さった鞘から剣を抜き、突撃してくるリサへと構えた。
■
≪うわあぁぁ!!! 左腕に被弾しましたぁ!!!≫
「落ち着けRAY。掠っただけだ。体勢を立て直して隠れるぞ」
≪は、はいぃ!≫
補佐AIを補佐しながら助は機体を立て直し、校舎の影に隠れる。その直後、校舎の壁に弾丸が殺到し、壁を吹き飛ばすと、校舎の一部が崩れ始める。自身に降りかかってくる瓦礫を避けつつ、助は考える。
(やはり、距離を取る事は無理か……)
地の利を利用し、敵を振り切ろうと、入り組んだ校舎に逃げ込んでみたものの。振り切るどころか、じわじわと銃弾の発射音が近づいてきている。
「自力で何とかするとは言ったが、この火力と性能差……。さすが、”最強の第三世代機”と言われてるだけあるな……」
助は呟いた後、回避運動を継続しながら首を後ろに傾ける。
そこには2機のAJ――『機人』がそれぞれ強力な火器を携え、自身に降りかかる瓦礫を荒々しく”無傷で”弾き飛ばしながらこちらを猛追していた。
『機人』は中国製の第三世代AJである。
全体のシルエットは同じ第三世代の迅雷や、スパイダー、ファルケンⅢ等々に比べるとかなり角張っており、箱形の装甲に覆われた全身と大型の1つ目を備えた頭部は、人というより段ボールで作ったロボット工作のような印象を受ける。
だが、その性能は、そんな可愛い表現では済まないほど強力なものだった。
対米、航空劣勢下での作戦行動を想定し、設計された機人は、最強の盾と最高の矛を両立させたと言って良い性能を持っている。
全身を覆う角張った装甲は25mmの機銃掃射を弾く事を前提として作られ、生半可な火力では傷一つ付かず、戦術爆撃にすら耐えたなんて噂もある程の耐久力を誇り、機体を動かす出力もパワースーツのみならず、油圧モーターを関節部に増設することで迅雷の7割増し、理論上は自重の10倍以上の火器積載能力を獲得している。しかも、それでいて機動性は低い訳では無く、大出力スラスタを各部に取り付ける事で必要最低限以上の水準にあるのである。
正に器用万能と言えるレベルの機体。『米軍は機人の登場で地上戦の主導権を失った』とまで表現される程、強力なAJだった。しかし――
そんな機人にも弱点は無いわけでは無い。
機人はその高い性能水準を維持する為に、同じ世代のAJに比べると極端に電力の消費が激しく、それを補う為に背中に大容量のバッテリーパックを背負っているのである。
その部分は装甲板で覆われてはいるものの、正面装甲に比べれば遙かに脆弱なユニットであり、そこを破壊できれば、重い自重も相まって、動きは極端に鈍くなる。その時に制御系を破壊すれば勝機は僅かだがあるのだ。……ただし、自分が乗っているのが”軍用機”ならという条件が付くが。
≪あんなのに勝てるわけ無いですよ!? この機体、”民間機”ですからね!?≫
RAYが最もな事を言った。今更確認するまでもないが、今動かしている『ゴリアテ』は軍用機どころか一世代前の作業用AJである。出力、装甲、機動性、全てにおいて機人に劣る上、武器など一つも持っていない。旧型のショベルカーと戦車を戦わせているようなものだ。先の体育館において1機行動不能まで追い込めたのも、月神の力が9割といった所でしかない。
しかし、諦めるつもりは毛頭ない。彼女と約束した以上やらなければならないのだ。
「機体の性能差が戦力の決定的差じゃないよ」
≪で、でもぉぉぉ……≫
「こういう時は相手の意表を突く。仕掛けるよ」
助はゴリアテを校舎の影に隠すと、即座に膝を曲げる。ゴリアテはそれを拡大反映し、自身の脚部を限界にまで縮めた。
ゴリアテの逆関節の脚部は強靱な油圧式人工筋肉と、高層ビルに使われる物と同質の金属バネによって構成されている。その構造は跳躍用のアークジェット推進と衝撃吸収機能があるLivが実用化されていなかった頃に、跳躍力を補い、衝撃を吸収する目的で採用されていた物で、今のAJには使われていない謂わば化石の技術だが、それでも上下水平方向への瞬発力のみ、第三世代機を超える物があった。
極限まで力をため込んだ脚部を解放し、ゴリアテはその場を垂直に跳躍する。その跳躍たるや凄まじく、4階建ての校舎を瞬時に飛び越え、ゴリアテは空中に自身の身を置いた。
宙に浮くゴリアテの中から、助は眼前の機人達を見る。その2機は、空中にいるゴリアテに気づかず、いまなお校舎の影に銃口を向けたままだった。
助はそれを冷静に見つめ、卓越したバランス感覚でゴリアテを制御すると、2機の内、後方にいる機人の背中に降りる。
土煙と爆音を巻き上げながら着地するゴリアテ。意表を突かれた機人はそれでも、素早く振り返り銃口を向けようとしてくるが、それよりもゴリアテの動作の方が遙かに早かった。
クローアームで瞬時に機人の肩を掴み、挙動を制限。もう片方のクローで背中のバッテリーを握りつぶす。前方にいる機人が状況に気づきこちらに射撃しようとしてくるが、タスクは掴んでいた機人を盾にし、それを防ぎつつ、その強靱な脚部を利用し射撃していた機人に突撃。
射撃していた機人はゴリアテの体当たりを受け、校舎の壁に叩きつけられる。
叩きつけられた機人はかなりの衝撃を受けていた筈だが、それでも抵抗しようと、ゴリアテに銃を向けようとする。ゴリアテは手に持つ機人を投げつける。反撃を試みていた機人はそれが直撃すると、遂にその場で動かなくなった。
戦闘はその難易度に反比例して、あまりにも短い時間で終わった。
≪そんな、ありえない……勝てるなんて……≫
「ありえたのさ、勝てたんだから」
AIらしからぬ反応を見せるRAYに、助は淡々と答え、倒れ込んだ機人の元に向かう。背中のバッテリーパックを完全に破壊し、無力化すると、廃校舎の方から爆音が響いた。
「月神か……?」
廃校舎に視線を向ける。そこには白銀の稲光が荒々しく舞い上がっていた。