8話:反撃の狼煙(2)
「『ガイド』がタスクのいる学校を占拠している」
――その報告をジャック・ウエィツキンから受けたのは、シャリー・シャリアロットが最後のAJのパーツを受領した時だった。
「……嘘でしょ?」
隣で作業を手伝ってくれていた蓮見が唖然とした表情で言った。ウエィツキンは今までの不真面目な勤務態度からは想像出来ない程、切羽詰まった表情で返答する。
「アイツがそんなつまんねー嘘つくと思うか!? 今すぐ出るぞ! トレーラーに乗れ!」
「……!!! シャリアロットCEO――」
蓮見がこちらを向く。シャリーは一切の戸惑いを見せずに言った。
「分かってる。ELY、全タスクを一時中断。沖田所長に繋いで」
≪了解≫
コンテナを持ったいたファルケンⅢから返事が来る。自分専用の補佐AIであるELYは今、ファルケンⅢの無人操縦をしていた。彼女を通じて沖田と通信が繋がる。
「沖田所長」
「報告は今、受けました。トレーラーの準備も既にHALが行っています。出動に関する細かいシナリオ作りはこちらで行いますので、自由に指示を出して下さい」
「迅速な対応、感謝するわ。私達は現地に行く。周辺の避難と増援の指示は貴方に一任する」
沖田所長は「承知しました」と返事をすると通信が切れる。シャリーは急いで電子ディスプレイを開き各AJのパーツのステータスを確認し、隣に立つ蓮見に言う。
「蓮見社員。確か自衛隊にいた頃、AJの戦術研究科に所属していたのよね? AJの組み立ては出来る?」
彼女は意図を掴みきれないと言った表情で言った。
「……ええ。迅雷の開発に携わった時に経験があります。ですが、今からでは――」
「おい! まさかソイツを持ってく、なんて言うんじゃないだろうな!?」
ウエィツキンが遮る。シャリーは視線を電子ディスプレイへ向けたまま言った。
「相手のカードが分からない以上、こちらの手札は多い方が良い」
「その手札を引いてる時間で全部が終わるかもしれないんだぞ!? 組み立てだけならまだしも、ソフトの構築はどんだけ飛ばしても1時間は掛かる! 置いてけそんなガラクタ!!!」
怒鳴りつけるように言う彼に、シャリーは電子キーボードを叩く手を止める。そして、鋭い視線を彼に向けると、彼以上の強い語気で言い放った。
「私なら30分でやる! だからコンテナをトレーラーに載せて!! 早く!!!」
怒号にも似た彼女の指示に、ウエィツキンは面食らったのか一瞬硬直する。我を取り戻した彼は「あ~……!」と唸りながら、頭をかくと言った。
「……HAL! スパイダーの起動準備が終わったらドローンをタスクの学校に飛ばせ! その後、コンテナをトレーラーに入れるぞ!」
通信機で指示を飛ばすジャック。シャリーは視線を蓮見に戻す。
「そういう訳だから貴女は組み立てをして貰える? 私はシステムに集中するから」
「……承知しました」
蓮見もジャックと同じ感想を抱いていたのだろう、完璧に納得した訳では無い表情を浮かべていた。シャリーはそれを当然の反応だと思いつつ、視線をディスプレイに戻す。
(起こって欲しくないと思ってた事が起こる……。悪い予感というのは当たる物ね……)
焦りとも怒りとも言える何とも嫌な感覚が体中に広がる。
”学校にガイドが来る”――この事態は事前に予想していた事だった。だが、自分でそう言っておきながら、心の中で本当にそうなるとは思わなかった自分がいた。そう思うと、自身の間抜けさと無能さに腹が立って仕方が無かった。
状況は最悪に近い。完全に先手を取られた以上、もう全てが手遅れかも知れない……。これから自分がやることは無駄な足掻きかも知れない……。――だけど
心を萎えさせてはいけない。私の部下が、協力者が、この最悪の事態を打破しようと懸命に動いている。なら、私も最大限それに応えなければならない。それが……組織を、人を纏める者の務めなのだから!
自身を鼓舞しながら、シャリーは猛烈な早さで電子キーボードを叩く。ディスプレイ上に表示された時間は12:40分をちょうど過ぎた頃だった。
■
”巨人”は校門から旧校舎の間に居た。
3m弱ほどの全高。ずんぐりとした上半身に、”くの字”とは反対の”>の字”型の特徴的な逆関節型の脚部。肩から腕部に掛けて巨大な解体用クローアームを装備したその巨人は、第二世代型のAJ『ゴリアテ』だ。
ゴリアテは元は軍用のAJだったが、第三世代型のAJが出てきてからは、急速に退役が進み、現在は専ら作業用AJに改修されて使われている。このゴリアテも旧校舎解体用に持ち込まれたものが、そのまま取り残された物だ。
助はその放置されたゴリアテの元に向かう。
長い間野ざらしだったためか黄色い塗装は所々禿げていたが、目立った錆やパーツの欠落は見受けられなかった。さすが頑丈さと耐久性を売りにしていた第二世代型と言うべきだろう。
腰部に付いた瓦礫撤去用のサブアームに足を掛け、背中によじ登り、装甲の隙間にある緊急展開用のスイッチを押す。元は軍用のAJとは言え、第二世代型のAJはかなりアナログな作りになっている。なので、バッテリーが生きていれば稼働する筈だ。
「動いてくれよ……!」
念じる助。ゴリアテはそれに応える様に鈍い音を立てると装甲を上に開いた。
「よし……!」
小さくガッツポーズを取る。装甲の中は人一人が、何とか潜り込める程のスペースしかないコックピットだった。助は制服の上着を脱ぎ捨てその中に入り込む。
古い油の匂いが鼻を突く中、助はセミ・マスタースレイブ方式のモーションセンサーが付いた操作桿に体をねじ込む。第三世代型と異なりやや複雑な操作方法だが、自身の動きをトレースという点では同じだ。何とかなるだろう。
背中の装甲が閉じる。コックピットを中心に円の形で配置されたディスプレイが明るくなり胸元にある操作パネルが光ると、機体の各種スレータスが表示された。
視線をパネル上に走らせる。機体各部に僅かな油漏れが確認出来るも、関節部に問題は無く、バッテリー残量は6割もある。十分に動ける。早く体育館にいかなければ――
≪おはようございます!!!≫
「――!?」
突然ハツラツとして合成音声がコックピットの中に響き、助を仰天させる。
≪2年と175日18時間35分22秒振りの起動です! 気合いが入っちゃいますね!≫
そんな助を気にもとめず、その少年の様な謎の声は嬉しそうに言った。助はその声の主を探すためにコックピット中に視線を走らせる。すると操作パネルの左上に小さな球体型のユニットが備え付けられており、そこから赤いレンズがさしづめ瞳のように助へ向けられていた。
……たぶんこの球体がこの声の持ち主だろう。助はそう考え、その瞳のようなレンズに視線を向けながら言う。
「……君はAIなのか? 確か、二世代型には補佐AIって無かったと思うんだけど……」
助が問いかけると彼? は瞳のようなレンズから、赤い光を光らせながら得意げに答えた。
≪私はRAY―002! 民間の方々に負担無く、この『ゴリアテ』の複雑な操作をサポートするために搭載された”最先端”人口知能です!≫
「ああ……なるほど」
思い出す。確か一時期、民間に払い下げるAJには外付け型の補助AIを載せていたという話を聞いた事がある。ただ初期型のAIだったそうで、相当なポンコツらしくすぐに中止になったそうだが……。
≪今からオペレーターの認証を行いますので少し待ってて下さい!≫
そのAI――RAYはフレンドリーな声でそう言い。ピーガガッ! と古いパソコンのような電子音を鳴らしながらオペレーターの認証を始め出す。同時に額に嫌な汗が流れた。
(……どうする?)
この場に置いてはAI認証なのは非常にマズい。下手をするとパイロット未登録で機体にロックが掛かってしまう……。
対策を思いつく前に、RAYの電子音が止まる。
≪貴方の登録がありません! ……もしかして泥棒さんですか!?≫
「いや……」
言葉を濁す。RAYは≪むむ?≫と疑うように唸った。適当でも言い訳をしなければ……
「その……前のオペレーターは殉職したんだ。今は緊急事態だから急いで再登録をしてくれ」
本当に適当な言い訳を言ってみる。こんなのHAL辺りに言ったら即ロック通報ものだ。内心終わったかもしれないと思っていたが、彼の回答は想像とは大きく異なっていた。
≪そ、そうだったんですかぁ! 鈴木様は凄く良い人だったので残念です……。……分かりました! 今から急いで貴方を登録します! お名前は?≫
「……鳴瀬助」
≪かしこまりました! 成瀬様! ただ今登録します!≫
そう言って再び、ピーガガッ! と音が鳴る。登録は数秒と経たず、すぐ終わった。
「……優秀なAIで助かるよ」
≪お褒めに預かり光栄です!≫
嬉しそうに赤い光を点滅させるRAY。助は安堵と呆れが混じった息を付き、膝に少しだけ力を入れる。ゴリアテはその動きを検知すると、逆関節型の脚部を伸ばし立ち上がった。セミ・マスタースレイブの操作方式で動くAJは、搭乗者の僅かな動きをより大きな形で出力する。助はコックピットの中で『膝立ち』をしているだけだが、ゴリアテはその動作を拡大し『立ち上がる』という動作で答えてくれるのだ。
「行くぞRAY」
≪了解!≫
ゴリアテは体育館に向かって動き出す。『ガイド』達に気づかれないよう、旧校舎を影にしながら出来る限り慎重にかつ迅速に林の中を移動する。体育館が視界に入ると、月神が言った様にその出口に1機の『機人』がいた。背中に多銃身砲を背負っているがあれなら撃つまで若干のタイムラグがある筈だ。
(よし……。月神と連絡をとって同時に仕掛けよう。1機ならなんとかなるだろう)
機人は強力なAJだが、無茶をすれば月神が人質を救出する時間くらいは稼げる。
助は彼女と連絡する為に青い宝石へ強く念じにかかる。だが、その前に機人の腰に着いているある”装備”が視界に入った
「嘘だろ……」
冷や汗が背中を伝う。あの装備は――!
■
月神リサと学生達が体育館に集められてから既に10分以上の時間が経過していた。
最初はタスクが逃げたことで、助けが来ると考えたのか、表情に僅かばかりの余裕が出ていた学生達だったが、体育館と言う密閉された空間で、武器を突きつけられるプレッシャーというのは、そう易々と処理仕切れる物では無く。学生達は今では一言も言葉を発すること無く、ただ俯いていた。
リサはそんな中、隣に座る女生徒の手をギュッと握っていた。その女生徒とは言葉を交えたこともないし、ましてや今日この日まで面識など無かった。だが、不安と恐怖で震え、嗚咽を漏らしていた彼女に少しでも安らぎを与えたかった。
彼女が震えながら自分の手を強く握り返してくる。彼女の強い恐怖と不安の感情が伝わってくる。――いや、彼女だけではない。この場に居るみんなの押しつぶされそうな感情の渦が『エイド』を通して伝わってくる。
リサの表情にも暗い影がさす。
みんなを早くこの環境から救いたかった。ほんの少しの時間だけしか共有していないが、彼等は私と同じ学び舎で学んだ学友達なのだ。こんな辛い思いをさせたくない……
(まだか、タスク……?)
リサが心の底から願う。すると、それに反響するように頼もしい声が返ってきた。
『聞こえるか? 月神?』
――彼だ!!! 鳴瀬タスクだ!!!
リサの表情がパッと明るくなる。同時に彼女は体中の体温が一気に上がるのを感じ、嬉しさに飛び上がりかけるが、それを必死にこらえ、息を整えた後、助に念じる形で答えた。
(タスク! こっちは無事だ! 今どこ居る!?)
『今、外の林で待機している』
(よし! 今からみんなを助けよう! 私が3人を倒すから、タスクは外の機械鎧を頼む!)
活力に満ちた声でリサは言う。しかし、助はいつもよりずっと淡々とした声で返した。
『待て月神。状況が変わった』
(状況?)
『外の機人に挽肉機付いてる。そう簡単に動けない』
(……なんだそれは?)
『対人用の指向性散布式地雷だ。やろうと思えば1秒も使わず、数千発の劣化ウラン弾を体育館中にバラ撒ける。……使われたら全員即死する』
(……)
彼の説明は専門的で自分にはよく分からなかった。だが、その声色には、普段の冷静で落ち着いた彼のものとはまた別の、緊張が強く混じった響きがあった。彼にそれほどまで思わせる武器なら、まず間違い無く危険なものなのだろう。
(どうにかならないか……?)
僅かな希望を持って彼に聞く。彼は少し間を置いた後、答えた。
『……数秒、相手の意識を逸らす事が出来れば、なんとかなるかもしれない』
(分かった。なんとかしてみよう)
『出来るのか? 魔法で?』
(魔法ではないが、私の魔力を大量に『エイド』に流し込めば、私の近くにいる人間の意識を一時期的に絶つ事が出来る。機械鎧の操者も間違い無く影響を受けるはずだ。ただ――)
『エイド』は人の持つ魔力によって作られる意識と心を繋ぐ深層領域だ。人は『エイド』を通じて物事の認識の相互扶助を行い、互いに感情を共有する。今、自分が提案したのは、その心の集合体とも言える場所に、自分の魔力を流し込むことで一種のオーバーフロウを起こし、意識を一時的に阻害しようというものだ。だが、これを使えば――
(確実に私達の存在が彼等に――”レオナス殿”に知られてしまう……)
遠くに居るとは言え、レオナスとその部下達もその『エイド』に参加しているのだ。そこを乱してしまえば確実に私の存在は知られるだろう。それは『鍵』の破壊を行う上であまりにも大きなリスクだった。
自分が決断を下せず沈黙していると、彼がためらう事無く言う。
『いやそれでいこう。どうせ遅かれ早かれ気づかれるんだ。成功したらその後、俺がテールヘッドを引きつける囮になればいい』
(……! それは危険だ! レオナス殿はそう簡単にいく相手ではない! それに機械鎧がまだ2人も居るんだぞ!?)
『だが皆をこのままにしておく訳にはいかない。それは月神が一番分かってることだろう?』
(それはその通りだが……分かった。準備をするから少し待ってくれ)
リサは念じる。自身の中にある魔力を呼び起こし、互いにぶつけ合い先鋭化させる。エイドを断ち切る為には、魔力を刃のように鋭くさせ、それを高速で放つ必要がある。
(……準備が出来た)
リサは言った。自身の中には研ぎ澄まされた無数の魔力が内包されている。
『了解した。カウントは5秒だ、いくぞ?』
(ああ……)
『5、4、3、2――』
(1――0!!!)
渾身の力を込めて自身の魔力を解放する。
自身を中心とした緑色の波濤が高速で体育館中を駆け巡ると、体育館の中にいた人々はパタリパタリとその場に倒れ込み始めた。もちろんそれは自分達をこの部屋に集めていた3人組も例外では無く、持っていた筒状の武器を落としその場で倒れ込む。
(よし! タスクは!?)
リサは視線を体育館の入り口に向ける。その瞬間、入り口の扉が鈍い音を立てて吹き飛び、外から『機人』という名の機械鎧と、見たことが無い大きな黄色い機械鎧が、体育館の中にもつれるように突入してくる。
機人は完全に意識は絶てなかったようで、僅かに抵抗していた。だが、大きな機械鎧はそれを完璧に押さえ込み、両腕についた巨大な3本爪で、機人の腰、腕、背中に付いていた装備を流れるように破壊していくと、機人はその場に倒れ込みピクリとも動かなくなった。
黄色い機械鎧はそれを確認し、立ち上がると、背中部分が割れていく。その中から一人の人間が出てきた。その人間は――タスクだった。
「タスク!」
急いで彼に駆け寄る。彼は背中から降りると、何時ものクールな表情で言った。
「なんとかなったか……皆は? まだ、倒れてるけど大丈夫なのか?」
彼はそう言って、リサの後ろ側に倒れ込む人々を見る。リサは言った。
「急なエイドの変化に慣れてなかったのだろう。だが、命に別状はない。時期に目を覚ます」
「……コイツは、少し意識があったぞ? 動力を潰したから今は分からないが」
彼は倒れ込む機人を指さしながら言った。リサは僅かに逡巡した後、答える。
「推測になるが、この機械鎧を着ているのは多分レオナス殿の部下だろう。だから、エイドの変化に耐性があったんだ。少し待っててくれ。念の為に魔法を封じておく」
倒れている機人に手を触れる。バチンと音がなると機人に幾つもの緑色の文字が浮かんだ。
「術式を暗号化させた。これでもし意識があってもしばらく魔法を発動出来ない」
タスクは不思議そうに「何やってるか分からないが、凄いな……」と呟くと言った。
「とりあえず武器を持ってた奴は縛って、みんなを安全な場所に運ばないと。連中が来ると危ないから」
「なら、私がこの体育館に結界を張っておく。簡易的な物だが、一応の安全は確保出来る」
「そうか。なら、俺は予定通り囮として出るから。皆を頼む」
タスクはそう言うとすぐに黄色い機械鎧の背中に向かう。もう少し話したかったが、彼の瞳は既に次の目標を見据えているのだろう。危険な役目を担うというのに動きに迷いが無かった
「分かった。私も出来る限り早く合流する」
そんな彼の負担を少しでも減らしたく言う。彼は機械鎧に手を掛けながら言った。
「焦らなくて良いよ。みんなの安全が確保出来るまで、俺が何とかするから」
「……タスク。やはり君は勇者だな!」
「一々大げさだよ。行ってくる」
助は簡潔にそう言って黄色い機械鎧に乗り込み、体育館を出て行く。危険を顧みずただ誰かの為に自分の出来る事をしようとする彼の姿は、伝説に聞く勇者そのものだった。
「タスク……。私も君のようになりたい……!」
彼の背を見ながら呟く。そう、私は”女神”ではなく彼のような勇者になりたかった。