8話:反撃の狼煙(1)
助と月神を含む生徒達が廊下に出ると、そこには青い繫ぎを来た4人組の男がいた。服装は清掃員のソレだったが、彼等が手に持つのは清掃道具ではなく古いアサルト・ライフルで、彼等は雑にそれを助達に向けると、片言の日本語で自分達に付いてくるように言った。
小松先生を先頭に、生徒達が黙って彼等に付いていく。どの生徒も不安と戸惑いが強く表情に表れている中、助は表情1つ崩さず頭の中で状況を整理していると、隣に立つ月神が助の手を握ってグイッと自分に押しつけてきた。2人の体が密着する。
「……どうしたの?」
突然の彼女の行動に最小限の声で問いかけると、彼女は声量を下げずに言った。
「私の魔法の効果範囲にタスクを入れてある。今ならよほど大声を出さない限りは大丈夫だ。この状況を打破する為の作戦を練ろう」
「例の影の薄くなる魔法か……」
確か【センクレティオ】という名前の魔法だ。
「どうする? 私が彼等を倒してみんなを解放するか?」
月神はそう言って、4人組を見る。
「そう簡単にいくのか? アイツらは魔法使いじゃないのか?」
「いや、彼等は魔法使いではないな。魔術帯が見当たらない、きっとこの世界の人間だ」
「……なら雇われた人間か」
推測だが彼等は『ガイド』に金で雇われた本当の意味での『スカベンジャー』達なのだろう、持っている武器は隔離区域で拾ったか、大陸から流れてきた物の可能性が高い。
「やろうと思えば、今私が魔法使って彼等を無力化出来る。数秒も掛からない。その後、私があの『鍵』へ向かう。今なら問題なく破壊できる筈だ」
彼女はそう言って窓から校庭を見る。校庭では現在進行形で『鍵』となる石柱が組み立てられており、さながらトーテムポールのように佇んでいた。今なら彼女の電撃魔法で狙撃なり何なりで破壊できるだろう。しかし――
「いや、今はあまり派手に動くのは危ないな。AJがいるから」
助は校庭にいる3機のAJを見る。そのどれもが、生身の人間が持てないような重火器を背負っていた。もし、彼女の抵抗に敵が気づいてここに弾丸が撃ち込まれたら、自分と彼女はともかく、小松先生達は間違い無く死ぬ。
彼女もその事に気づいたようで唸る。
「ならどうすれば良いだろうか……タスク?」
助は僅かに逡巡し、彼女に答えた。
「優先順位を決めて、順々に解決していこう。まず、最優先はAIMSとの連絡。それで最悪の事態は避けられる。次に人質、それから『鍵』だな。……この結界は解く方法はあるか?」
月神は顎に手を宛てて考え出す。
「……これだけの規模の結界を発動させるとなると、何処かで魔力の供給源が存在する筈だ」
「なら、それを破壊しよう。それは何処だ?」
「……多分『鍵』だろうな。あの石柱に埋め込まれてるのは魔力を供給する為の錬金石だ。あれで鍵と結界の術式に魔力を同時に供給している可能性が高い」
「つまり『鍵』の破壊と結界の破壊はイコールか……。分かった。この結界は地下まで効果はあるのか?」
「いや、ないだろう。地下まで結界を張るにはこの魔法は強力過ぎる。魔力が持たない」
「なら、地下の電話線は生きてるな。職員室に固定電話が有るからそれを使って連絡する」
今は4階。職員室は1階だ。下に降りなければならない。助は視線を廊下に向け、階段では無く、空いている窓を探す。
「……どうやって行けば良い?」
月神が不安そうに言った。同時に助は空いている窓を見つける。後、もう少しでその窓の前を通過する。
「いや、俺が行く」
「君が……? 私では無く?」
「俺の方が学校では先輩だから。月神はみんなを守る為に残っていてくれ」
「分かった。なら――」
月神は手を合わせて何かを呟く。彼女が手を開くとそこには青い宝石が繋がれたペンダントがあった。
彼女はそれを助に差し出す。
「私の魔力で作った錬金石だ。想いと想いを繋げる。これに強く念じれば、エイドを通じて私と意志疎通が出来る」
「……魔法って言うのは凄いな」
それを受け取り、首にかける。空いている窓はもう目と鼻の先だった。月神が怪訝な顔で言う。
「それよりも、タスク。君はどうやって、職員室まで――」
「じゃあ、行ってくる」
彼女が問いかけるよりも前に、助は簡潔に言うと窓枠に手を掛け、ヒョイと飛び降りた。
その動きはまるでちょっとした手すりを乗り越える様に、自然で、なんら躊躇の無い物だった。その為、一瞬その場にいた全員はそれを違和感なく見ていたが、次の瞬間空気が激変する
「え!? 何? 何で飛び降りたの?」「自殺!?」「なんだ? 何が起こったんだ?」
生徒達が窓に殺到する。先導していた4人組も何が起きたのか理解出来ないのか、日本語ではない何かの言語で忙しなく話し始めた。リサは飛び降りた助が、壁際のパイプや鉄筋を伝って走り去って行くのを見ながら、唖然としていたが、やがて小さく笑うと言った。
「タスク。やはり君は……勇者だ!」
■
「ガキが一人逃げた……?」
レオナスは座席から起きる。車外にはそれを報告したバルボラの乗るAJが立っていた。
「……女か?」
「いえ、男です」
「チッ! ガキのお守りも出来ないのかよ……」
舌打ちし、再び座席に持たれる。女神だと思ったが、そうじゃ無いのならどうでも良い。
「いかがいたしますか?」
「放っておいて良い。一人くらい逃げたところで何も変わら――いや」
レオナスは視線を1階の職員室が有るところに向ける。
「チンピラの一人を職員室へ向かわせろ。外と連絡が取れるとしたらあそこだけだ」
「承知しました」
バルボラは連絡を始める。それを横目にレオナスは大きく息をつく。
「ハァ……ぬか喜びさせやがって」
”ボーナス”が手に入るもんだと思っていたが、そうそう幸運はやってこないようだ。まあ今は計画が上手くいっているだけ良しとしよう。
「隊長」
「なんだ?」
「『逃げた奴はどうするか?』と言っていますが? 捕まえるように指示を出しますか?」
レオナスは興味なさげに即答した。
「殺して良いよ」
■
職員室へ向かう為、助は外壁に備え付けられた耐震用の鉄骨やパイプを足場に、校舎の側面を障害物競走さながら疾走する。助の超人的なバランス感覚と身体能力がなせる技だったが、それでも一歩足を踏み外せば大けがは免れない。だが、敵の『鍵』がいつ動くか分からない以上、悠長な事はしていられない。もし『鍵』が動いてしまったら、DEMがこの町に溢れかえり、沢山の人達が不幸になってしまう。それだけはさせる訳にはいかない。
視界に職員室が入る。力を足場に込めて跳躍。十数mの高さにも関わらず、助は完璧な5点着地を決め、職員室の窓ガラスを拳で割る。普段なら校舎の中からドアを2,3回軽く叩いて入るところだが、状況が状況だ。
割れたガラスから職員室に飛び込み、周囲を見渡す。緊急時や災害用に学校や公共の施設には、地下埋設された有線の電話を用意する決まりがある。なら、間違い無く職員室にある筈だ。そう考え視線を走らせると、部屋の端の方に1台、他の固定電話と種類が違うものが有った。直感的にそれだと確信し、その電話に駆け寄る。受話器を取り上げると、予想は正しかったようでその電話は問題なく使えた。
自身の携帯端末に登録されている電話番号を確認しながら、八王子支部に電話を掛ける。中々繋がらず、何回もコールが流れた所で、聞き覚えのある声の持ち主がその電話に出た。
『へ~い。こちらAMIS八王子支部。現在特別業務中。クレームは専用のコールセンターへ――』
「先輩!!!」
『おわっ、タスクか!? そんな大声出してらしくないな、どったの?』
「敵です。例の『ガイド』。今、学校を占拠してます」
『……!!! 状況は?』
「学校周辺に内外を遮断する結界が張られてます。連中は、生徒を人質にとって校庭に『鍵』を設置中。今、確認出来る範囲での戦力は――」
ガララ!
職員室の扉が勢いよく開かれる。助が咄嗟に視界を移すと、ライフルを持った一人の男がいた。4人組の内の一人だ。その男は一瞬狼狽した表情を浮かべたが、すぐに助へ銃を向ける
「……ッツ!!!」
電話を抱えたままを机を飛び越え、身を隠す。同時に、撃鉄が落ちる鈍い音が連続して響き、自分がつい先程まで立っていた場所から何度も甲高い音が鳴った。
「警告無しか……ッ!」
下手な射撃だったが、それでも数だけは多かった。机の上にあった古いノートパソコンを打ち抜き、窓ガラスが派手に割れ、穴の空いたプリントが散乱する。助は僅かでも状況をジャックに伝えようと受話器に手を着けるが、電話線にも弾丸が当たったようで、受話器から反応は無くなっていた。
「クソ……ッ!」
悪態をつき、電話を横に投げる。
(一応連絡は取れた……。だが、どうする?)
完璧に情報は伝えられ無かったが、襲撃を受けている事は伝えられた。しかし、自分の状況は悪化したと言っても良い。何しろ丸腰の自分を、武器を持った人間が狙っているのだから。
銃撃が止む。代わりに、足音が近づいてくる。間違い無くこちらに向かっている。
何か武器は無いかと視線を走らせるが、見つかったのは精々ウレタンが飛び出たキャスター付きの事務椅子くらいだった。コツコツ……――足音が大きくなってくる。
後、数秒後に敵は自分を視界に捉え、そして射撃するだろう。
絶体絶命の危機。――だが、助はこのまま何もしないつもりは無かった。
「……」
神経を耳に集中させる。足音のリズム、床に散乱する物を踏む音、そして敵の息づかい……僅かな音から敵の大まかな位置と向いている方向を意識する。相手は自分の正確な居場所は分かっていない。なら敵がこちらを発砲するまでには僅かだが時間差がある。そこを突く……!
床に散らばるプリントを踏む音が聞こえる。直線距離は1mを切る。その時助は動いた――
事務椅子を自身と反対方向へ勢いよく蹴る。蹴られた椅子は荒々しく壁にぶつかり、大きな音が響くと、僅かだが銃の金具がその方向に向く音が聞こえた。助は勢いよく机の裏から飛び出す。
「――ッ!」
声にならない鬨の声を上げながら男に向かう。期待通りその男の持つライフルは助の居た場所とは別の場所を向いていた。
突然飛び出る助に虚を突かれた表情を浮かべる男に、助は神速と言える早さでその顎に勢いよく掌底を打ち上げる。脳を揺さぶられ朦朧とする男の胸ぐらを掴み、瞬時に肩にのせ、背負い上げる。助を支点とし見事な弧を描きながら、その男は最大限の遠心力と共に床に叩きつられた。男はうめき声を上げ、グッタリと沈み込む。助は小さく息を切らしながら、泡を吐く男を見下ろす。
「……悪いけど、テロリスト相手に容赦する程、センチメンタルな人間じゃないよ」
失神させるというにはあまりにも乱暴なやり方だったが、危機は脱する。助はその男を着ていた繫ぎで拘束した後、胸にある青い宝石を持ち上げる。
(確か念じるんだったか……?)
月神の言葉を思い出しながら、取りあえず宝石に念じつつ、声をかけてみる。
「聞こえるか? 月神?」
『……――タスクか!?』
宝石から彼女の声が聞こえる。どうやら無事通じたようだ。
「少しトラブルがあったけど、八王子支部のみんなと連絡が取れた。そっちは今何処にいる? 今から小松先生達を助ける為に動く」
『床がツルツルしている広い部屋だ。そこに私を含めて全員が集められている』
「……体育館か。監視は今何人いる?」
『1人減って3人になった。――ただ、外にあの機械鎧が1人居るようだ。影が見える』
機械鎧。多分校庭にいた3機の『機人』の内の1機だろう。監視の為に移動したようだ。
『私が倒そうか? 監視も減った今なら何とかなるかもしれない』
「いや、機人は簡単に倒せる相手じゃない。少し待っててくれ、俺もAJでそっちに向かう」
『AJ……? この学校に機械鎧があるのか?』
怪訝な声で尋ねる彼女に、助は頭の片隅に残る”巨人”の姿を思い出しながら答えた。
「ああ、ある。1機、放置されてる奴が」