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6話:戦う意味

 テールヘッドの情報収集を終え、再びシャリアロットCEOがいる部屋に集まったときには、もう既に17時を回っていた。彼女は八王子支部の各員から受け取った情報に一通り目を通した後、その情報を電子キーに打ち込むと、こちらを向く。


「これで明日までには例のスカベンジャー達の居場所が分かるわ」

「……そんなに簡単に特定出来るものなんですか?」

 廉がやや懐疑的に尋ねると、彼女はサラリと答える。

「そんなに難しい事じゃ無いわ。テールヘッドの襲撃があった前後3時間中に、川越隔離区域の周辺の監視カメラで確認されたAJサイズの物品を運べる大型車を調べて、その足跡を辿れば良いのよ。後は、今受け取った情報と併せて、1台、1台裏をとっていけば、まず、間違い無く特定出来る。その作業のソフトはもう組み終わったから、早ければ明日の夕方までには、ELYが特定してくれる」


 簡単に言ってるようで、かなり凄い事をしているようだった。


「では、具体的な行動は明日から行うと言うことですか?」


 沖田が言うと、彼女は頷く。


「相手の戦力や状況によってはその限りでは無いけれど、そう考えて貰って構わないわ。いずれにせよ、今日はもう出来る事が無いから、みんな帰って良いわよ」

「……『ガイド』がいつ行動を起こすか分からない今、我々は即時行動を起こせる体制にしておくべきでは?」

「それなら、安心して。彼等は少なくとも今日は動かないから」

「……相手には何かしらの制約があるんですか?」


蓮が何かを推測する様に言うと、シャリアロットは肯首し、説明を始める。


「こちらの世界とあちらの世界を隔てる『壁』の厚さは一定ではないの。隔離区域を思い出して欲しいんだけど、特定の時間帯にDEMの出現が固まってるでしょう? それはその時間帯以外、『壁』が厚くなりすぎてDEMを送る事が出来ないからなの」

「……では、今日は既にそのホットタイムを逃していると?」

「ええ。彼等が、隔離区域以外でDEMを呼び込むとしたら、場所は『壁』が薄い関東圏。かつ時間は『壁』が最も安定している13時から17時の間を狙ってくる筈だから、それまでは時間があると考えて良い」

「……」

「もちろん不測の事態に備えるように本社の戦術解析班にも言ってある。相手の活動が確認でき次第、場所によってはUAVでの爆撃の許可も出してるし、該当地区周辺のAMISへの指示権も与えてるから。――というわけで帰りましょう。不必要な残業は業務のパフォーマンスを下げるだけだから」


 テキパキとそう言って彼女は、窓を開きタバコに火を付ける。彼女はタバコを吸いながら器用に帰り支度を始めた。その場にいた八王子支部の社員は顔を見合わせる。敵がいつ行動をおこすか分からない状況というのもあるが、普段は残業ばかりしている彼等にとってどうも『早く帰れ』と言われても中々に落ち着かない所があった。

 とは言っても、このまま残っていた所で彼女の言う通り出来る事もないので、ジャックが「詰みアニメでも消化するか」と呟き、部屋を出ると、廉と沖田も2つ、3つ助達に別れの言葉を送り、部屋を出て行った。


「俺達も帰るか。ここに居てもする事が無い」

「ん、そうだな。アルゼラが気になるが……気負っても仕方ない。休息は必要だ」


 助と月神もそれに倣い帰ろうとする。するとふと助の頭の中によぎる物があった。


(そういや、明日補習あるんだった……)


 昨日、小松先生から土日の二日間、補習にでるように言われていた事を思い出す。


 進退に関わる補習なので出来る限り出席したかったが、昨日、今日あまりにも色々ありすぎて頭から抜け落ちてしまっていた。今日の分は既にサボってしまっている分、明日は出たい。


(明日の夕方までには十分間に合うな、補習は午前中だけだから。でも――)


 流石にこの状況で『明日補習があるので、半休もらっていいですか?』とは言いにくい……言いにくいが――学校を卒業出来なくなるのは困るので、取りあえずダメ元の気持ちでシャリアロットにその旨を説明する。すると彼女は思いのほかアッサリと了承してくれた。


「明日の17――いや、”調整”もしたいから15時までに来てくれるなら構わないわ。ただ、その代わりリサも連れて行って貰える?」

「学校にですか?」


 助が言うとシャリアロットは「ええ」と頷いた。


「リサに明日、学校の周りで魔法が発動される予兆があるかどうか調べて欲しいのよ」

「……それは構わないが、どうしてだ?」


 不思議そうに尋ねる彼女に、シャリアロットは言った。


「これはあくまで推測の話だけど、あの学校に『ガイド』が来る可能性がある」

「……! 学校に!?」


 助が表情を険しくさせる。彼女は簡潔に理由を説明した。


「あそこは『鍵』を設置するのに色々と条件が良いのよ。DEMを呼び込むのに適した広く整地された土地に、居住区から着かず離れずの立地。周辺に抵抗戦力も少ないから」

「……」

「もし、私が敵ならまず間違い無く候補地の一つに入れる。リサの見た資料にも学校周辺が記されていたのも、それを裏付けてるからと考えられるしね。――ただ、同じ条件で該当する地域なんて関東圏には幾らでもあるから、取り越し苦労になる可能性の方が高いとは思うけど」

「……了解しました」


 あくまで念の為の処置ということだろう。助は表情をいつもの無感情な物に戻し、頷いた。月神もそれに同調するように頷く。


 無事意図が伝わったシャリアロットは微笑を浮かべ、手に持っていたタバコを吸いきる。そしてその吸い殻をピンク色の携帯灰皿に入れると表情を軽くして言った。


「そういえば、リサ。貴女は昨日、何処に泊まったの?」

「ん? タスクの家だ」

「もし良かったら私が今日泊まるホテルで部屋を用意するわ。食事でもしながら話さない?」


 そう提案するシャリアロットの声色は、今までの簡潔でハキハキした口調とは異なる、同年代の友人に気さくに話しかけるような響きだった。


 助も異性である自分の家に泊まるよりは、その提案にのった方が月神も落ち着くだろうと思いながら隣に立つ彼女を見る。しかし、彼女は何処か浮かない顔だった。


「う~ん……」


 彼女は唸りながら、助をチラチラと見る。まるで、自分に何か言って欲しいようだった。


「……昨日みたいに俺の家に泊まっても良いよ」


 取りあえずその期待に応える形で言ってみる。元々しばらくは彼女を家に泊めるつもりだったので、特に気にはならないが、ホテルの方が泊まるには良いように助には思えた。


 しかし、そんな助の思いとは裏腹に、彼女は助のその台詞を聞くとパッと明るい表情になる


「良いのか!? また、迷惑にならないだろうか?」

「別に良いよ。でもホテルの方が色々良いと思うよ? 家は古い家だから」

「いや、助の家が良い! すまない、また世話になる!」


 遠慮がちに提案する助に、彼女は躊躇うこと無く深々と頭を下げた。


「……一応、スイートルームくらいは用意するけど」


 シャリアロットが少しいじけた感じで呟くと、彼女は笑顔で首を横に振る。


「ありがとうシャリー。でも、助の家はとても落ち着くんだ!」

「そう……まあ……貴女と鳴瀬社員が良いと言うならそれで良いけれど……」


 シャリアロットは何処か腑に落ちないと言った表情でそう言った。助自身も彼女がどうして家をそんなに気に入ってくれたのか分からなかったが、彼女はとても満足そうな顔だったのでそれ以上は何も言わなかった。


 ■


 八王子支部を出て、2人が助の家に着く頃には時間は19時を回り、すっかり日は暮れていた。

寄り道せずにまっすぐ帰れば、もっと早く帰れたが。道中、夕飯を調達するためコンビニに寄った際、月神が初めて見る商品を前に目を輝かせながら助にアレコレ質問をし、助が律儀にそれに答えるというのを繰り返している内に、こんな時間になってしまっていたのだ。


 古い引き戸の扉を、両手一杯のコンビニ袋をもった2人が苦労しながら開け、電気を付けながら、台所のテーブルに向かう。それをテーブルに置くと、助はそれを冷蔵庫にしまう前に、とある一室に向かって歩き出した。


「何処に行くんだ?」


 月神がその背に問いかける。助は振り返ると言った。

「父さんの部屋に行く」

「お父上の部屋に? 君は家族と離れて暮らしいると思ったが、そういう訳ではないのか?」


 助は横に首を振る。


「家族はいないよ。ずっと父さんと2人暮らしだった。だけど、父さんは2年前に死んだ。だから線香を立てに行くんだ」


 淡々と言う助に対して、彼女は目を伏せて俯く。そして、助に言った。


「……もし、良かったら私も一緒に行って良いだろうか? これからこの家でお世話になる身としてせめてもの礼儀として、挨拶をしたい」

「いいよ」


 彼女は助の後にピタリと着きながら、ある一室に入る。その部屋は畳が敷かれ、仏壇が置かれただけの簡素な部屋だったが、埃などもなくよく手入れされていた部屋だった。


 助は仏壇を開く。中には助の父親である『鳴瀬響』の写真が飾られていた。助はそれをチラリと見ると線香に火を付け、それを線香差しに立たせる。すると月神が助に尋ねた。


「タスク。君のお父上はどのような原因で亡くなったのだろうか?」

「……それ、言う必要ある?」


 僅かだが、タスクの声に不快な響きがあった。彼女はそれを聞くと急いで首を横に振る。


「不躾な質問だったらすまない。……ただ、私の世界では、死者への祈り方はその理由によって祈り方が異なるんだ。病で亡くなった人間には苦痛を和らげる祈りを、老衰で亡くなった人間には人生を真っ当した事を称える祈りを、戦いで亡くなった人間にはその誇りを賞する祈りを……。他にも種類があるが、出来る限り正しい祈りがしたい。もし、良かったら教えてくれないだろうか……?」

「……」


 助は即答しなかった。幾つもの思いを巡らせ、思案し、結論を出すと口を開く。


「……俺の父さんは、DEMの襲撃の時に死んだ」

「……!!!」


彼女の顔が一気に強張る。


「今日、シャリアロットCEOが話してた『千代田事件』の時に、現地の駐在自衛官の話があっただろう? あれが、父さんだ」

「……すまない」

「謝らなくて良い。月神がやったわけじゃ無い」

「しかし……! 私の同郷の人間が起こした事だ……。せめて私に――」

「良いと言ってる。二度も言わせるな」


 表情を崩さず淡々と言い放つ助に、彼女は掠れるような声で言った。


「でも、きっと君は私達の事を恨んでいるのだろう……?」

「恨んでなんていないよ」


 即答する助。彼女の顔は暗いままだった。


「……だが、たった一人の肉親を殺され、それに無関心でいられる人間なんていない……。ましてや君は……そんな人では無い筈だ……」

「……」

「君は……もしかして”復讐の為に”戦ってるのか?」


 彼女は僅かに震える声で言った。助はそんな彼女に視線を移し、少し間を置いてから言った


「……確かに、最初俺がAMISに入った理由は復讐の為だったよ。”父さんがDEMに殺された”そう思ったから」

「……」


 彼女の表情が恐れとも悲しみとも言える沈み込んだ表情に変わっていく。助はそんな彼女の感情を感じ取り、そして否定するように言い切る。


「だけど、それは違ったんだ。間違いだった」

「……間違い?」


 彼女は顔を上げる。助は父の写真に視線を移した。


「父さんは最後まで”不幸と戦ったんだ”。誰かの暮らしを、誰かの思い出を、そして誰かの大切な人を想って。幾らでも助かった筈の命を燃やして、今際の際まで必死に避難活動をしたんだ」

「……」

「だから父さんは殺されたんじゃ無い。父さんは……自分の信念を最後まで貫いたんだ」

「では、君が今戦っているのは……」


 助は視線を彼女の宝石のような瞳に移す。


「DEMがどういう目的で送られてきてるのかは分からないし、興味もない。だけど、それが多くの人々を不幸にするというのなら、俺はそれに抗う。俺が今戦っているのは、復讐の為なんかじゃない。俺も父さんのように”不幸と戦いたい”。それが、俺の戦う理由だ」


 助が言い終える。彼女の顔が穏やかな物に変わっていく。


「そうか……。ありがとう、タスク。話してくれて……」

「……この話は誰にも話さないでくれ、皆に気を遣わせたくないから」

「ああ、分かった。祈っても良いだろうか? 君のお父上に」


 助は無言で頷く。月神は手を合わせ、祈るような仕草を見せた。初めて見る型式だったが、きっと彼女の世界において最大級の賛辞を込めた祈り方なのだろう。そう思えるくらい、彼女の所作から誠実さが感じられた。


 数分以上続いた祈りを終えると、彼女は姿勢を直し。改めて助を見つめて言った。


「タスク。君に会えて本当に良かった」


 何度も聞いたフレーズに助は小さくため息をつく。


「……だから大げさだって。俺はそんな大した奴じゃ無いよ」


 彼女はやんわりと首を横に振る。


「君は君の思っている以上に優れた資質をもつ人だ。誰かを思い遣る優しさと、困難に立ち向かえる勇気をもった”勇者”なんだ」

「……俺が勇者?」


 突然の比喩に困惑していると、彼女は大切な思い出を紡ぐように言った。


「君は町の人々を守る為に危険を顧みず私と戦い、そして敵であった筈の私を見捨てる事無く手を差し伸べてくれた。何の根拠も無い私の話を聞いてくれて、一緒に戦うとまで言ってくれた。……本当に嬉しかった。勢いだけで何も考えずこの世界に来て、不安で一杯だった私にとって、君のその優しさと勇気は私を暗闇から救ってくれる光だった……」

「……」

「……タスク。私は君に憧れているんだ。君のようになりたい。ただ祈るだけの存在では無く、君のように優しさと勇気をもって困難に立ち向かえる勇者に……」


 そう言って彼女は助をじっと見つめる。何処までも透き通る宝石のような瞳は一切のブレなく助を見据えていた。助はその瞳から視線を外す。気恥ずかしくて目が合わせられなかった。


「……月神はもうなってるよ。だからこの世界に来たんだろ?」


 そう呟くと、彼女は嬉しそうに小さく笑う。


「ありがとう。君にそう言って貰えるだけで私は嬉しい」

「……それよりも、夕飯どうする? 色々買ってきたから」


 むず痒い気持ちから逃れるために提案する。彼女は満面の笑顔で返答した。


「カレーが良いな。昨日食べたやつ。あれは美味しかった!」 

「……大盛りで良いか?」

「ああ!」


 彼女は元気よく答えた。助はそんな彼女に僅かに笑いかけると仏壇を閉じる。最後に父親の遺影が目に入った。写真に写る父はあの日と同じ優しい笑顔を浮かべていた。


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