5話:ターニング・ポイント
「シャリアロットCEOも、月神と同じ異世界から来た人間なのか?」
彼女がタバコを吸い終えると同時に助が言う。彼女は窓を閉めながら答えた。
「正確に言うならその子孫よ、鳴瀬社員」
「子孫……? 昔にこの世界に来た人間がいたんですか?」
「そう、今から500年前にアルムニアから追放された魔法使いのね」
その言葉を聞いた途端、月神がハッとした表情を浮かべる。
「500年前!?」
「……何か知ってるのか、月神?」
彼女は重々しく頷く。
「……ああ。確かに500年前に教会に反して、流刑に処された人々がいる。シャリアロット……どこかで聞いた事のある名前だと思っていたが、シャリー、貴女はまさか――」
「貴女が想像している通りよ、リサ。私の先祖はスゥイーリア・テリオン・シャリアロット。貴女達の世界でいう”女神テリオン”の末裔よ」
「……!!!」
月神は彼女の言ったことが余程衝撃的だったのか、宝石のような蒼い瞳を見開いた。
「”女神”……?」
突然出てくる脈絡の無い単語を助は反復する。
”女神”というと、昨日月神が言っていた『アルムニアには7人の女神がいる』というような話が思い出される。そして、彼女が所属していた『教会』なるところはそれを奉っているという事も。
だが、その”女神”というのはあくまで実体の無い信仰対象としての存在だと、自分は認識していた。しかし、二人の口ぶりを聞くと、まるでその”女神”は現実に実在するものとして扱われている……
(……女神は存在するのか?)
助がそう考えているとシャリアロットはそれを察したのか言った。
「現人神という形で女神は実在するわ。魔法使いの中でも、とりわけ膨大な魔力と特別な力を持ち、女神の化身として敬われている人間がね」
「女神の化身……」
彼女の言った事を反芻するように助が呟く。すると、隣に立っていたジャックが言った。
「じゃあ、社長はその偉い女神様の孫の孫の孫の孫ってわけか!?」
砕けた所か砕けきったジャックの言い方に、シャリアロットは少しだけ眉を潜めて言った。
「血縁上はそうなってる。ただ、もう何百年も前のことだから、メンタリティはこの世界の人と殆ど変わらないし、魔法ももう簡単なのしか使えないけど」
彼女はそう言って指を鳴らす。そこから花火のような火花が散って、そして消える。それを無言で見つめていた沖田が口を開いく。
「……AMISがDEMの出現予測を高精度に立てる事が出来たのは、その創業者である貴方の一族が魔法を使えたことに起因しているのですか?」
「結論から言うとそうよ」
沖田は目の色を僅かに変えた。
「……なぜ、その事をAMISは世界に公開しなかったのです?」
「……」
シャリアロットはその質問に直ぐ答えること無く、沈黙する。彼女はその場にいる全員を順々に見つめた後、何かを覚悟したのか静かに答えた。
「それはAMISが『魔法』と『異世界』という存在を”隠す為”に作られた組織だからよ」
「”隠すため”に……ですか」
沖田はそう言った後、髭を撫でる。
「ええ、それがAIMSが出来た理由の話になる」
彼女は頷き、説明を始めた。
「……今から20年前、DEMが現れた時、ハロルド・シャリアロット――私のパパがDEMが魔法で動いてる事を発見した。そして最初にその事実を世界に公開し、その対策を練ろうとしたの。……でも、ある理由でそれを辞めた」
「……その理由とは?」
沖田が重く低い声で尋ねると、彼女は毅然として言い放つ。
「”冷戦中”だったからよ。『米』、『中』が睨み合いを続ける中で、異世界から侵略を受けているなんて事実を公開したら、くすぶっている火種に油を蒔く行為に繋がりかねない」
「……」
「だから、その事実を公開することを私のパパは辞めたの。そして、その代わりにDEMの駆逐を請け負う民間軍事会社『AMIS』を作った。魔法と異世界の存在を世界から隠し、世界に余計な混乱を招かない為にね」
シャリアロットは説明を終える。沖田は一方で髭を撫で返しながら言った。
「設立の経緯までは理解しました。しかし……」
沖田が納得しきれないといった表情を浮かべる。それを見ていたジャックが彼の意見を代弁するよう言った。
「それだったらむしろ『この世界は異世界人には狙われている!』ってアピールすべきだったんじゃねーか? そうすれば共通の敵が出てくるわけだろ? 冷戦が収まって地球連邦が出来てたかもしれないぜ?」
よく分からない表現だったが、ニュアンスは伝わったのかシャリアロットは答えた。
「確かに、異世界の存在を共通の敵として設定し、世界単位のナショナリズムを扇動して、冷戦を終わらせるという考えもあった。……だけど、それは対立構造が変わるだけで、緊張状態が解決するわけでは無いし。そして、何よりも共通の敵とするにはDEMが弱すぎるのよ。新しい技術と経済的植民地を欲する2国にとって、自身の体制を脅かす程の力を持たない異世界は敵というよりも新たな覇権争いの場として認識されていたでしょう」
「……つまり、どういうことだってばよ?」
「つまりは”空気を読んだのよ”。ピリピリしてる中、荒れそうな話題を新しく提供して、異世界巻き込んで世界最終戦争なんて冗談にもならないから。それで、落ち着くまでこちらで何とかしようとした訳。……そして、まだ落ち着いてないから今も秘密にしようとしてるのよ」
シャリアロットは小さくため息をついた。廉が言う。
「リサさんと戦った後、私達に箝口令を敷き、待機命令を下したにも関わらず、理由の説明が無かったのは、魔法と異世界の存在を秘匿するという目的上、説明が出来なかったから……と、言う訳ですね」
「ええ、そうよ。あのときは悪かったわね」
「事情は理解しました。……ですが、その秘密を知ってしまった私達はこれからどうなるのでしょうか?」
廉が僅かに不安を滲ませた声で言った。それはこの場にいる第三班全員の共通の思いだった。隠すべき秘密を知ってしまった以上、このままと言うわけにはいかないだろう。
シャリアロットは視線を僅かに落とした後、再び第三班を見る。
「そう……想定外の事態とはいえ、貴方達はもう既に深く知りすぎてしまった。……だから、一度ここで提案したいの。今聞いた話を知った上で、『魔法と異世界の存在を隠す』という理念を背負って私と共に戦ってくれるか、それともそれ以外の道を選ぶか……」
「「「「……」」」」
「もちろん強制はしない。もし、いま私の言った事に納得出来ないのなら、他の部署への転属を希望して貰っても構わないし、退職して貰っても構わないわ。それなり以上の待遇、退職金は用意するから。……ただ、今日聞いた事は黙っていて欲しい。それだけよ」
その部屋を沈黙が満たす。第三班のメンバーは各々の目的や思想と、今聞いた話、条件を照らし合わせ、答えを導き出しにかかる。――そして、結論が出るのは思いのほか早かった。
「ミズ・シャリアロットが今、提案されたことは『DEMの被害を未然に防ぐ』というAMISの企業理念になんら反していません。私はその理念に共感し、AIMSに入社しました。多少の契約の変更があったとしても辞める理由はありません。承知いたしました。貴女と共に戦いましょう」
沖田がまずそう言うと、隣に立つ廉も頷く。
「”異世界”と”魔法”――2つの存在が世界を乱す要因となり、日本国民を害する可能性があるというのなら、元自衛隊員である私がそれを見過ごす理由はありません。業務内容の一部の変更があったとしても異論はありません」
2人の回答にシャリアロットは「ありがとう」と答える。その後、彼女はジャックへと視線を向けた。ジャックはクルーカットの髪型を一撫ですると言った。
「まあ、オレちゃん的には”世界の平和の為に戦う秘密部隊”っていうのは全然OK! ……なんだけどよ、1つ聞きた事があるんだが良いか?」
不敵に笑いながら言うジャックに、シャリアロットの表情が僅かに曇る。
「……何かしら」
「いや、大したことじゃねーんだけどよ。オレっちの趣味って出費が多くてさ! ――円盤にプラモ、フィギュアに限定抱き枕、本も電子より紙派だから金が飛んで仕方ないんだわ! ……と、いうわけで給料に少し色着けて貰えると、うれしいんだけどなぁ~なんて!」
「………………手当くらいは出すわよ」
「なら契約成立!!! よろしく頼むぜ社長!!!」
「……よろしく」
小躍りするジャックに反して、シャリロットは何処か呆れた表情を浮かべてそう言った。彼女は続けて助に視線を向ける。助は特に他の3人に比べると何かを考える仕草も見せず、沈黙したままだった。そんな助を黙って話を聞いていた月神は不安そうに見つめ続けていた。
「貴方はどう? 鳴瀬社員」
視線が助に集まる。助は自分を見る月神を一瞥した後、即答した。
「俺は人を不幸にする存在と戦うだけです。そこが変わらないのなら、背負う理念や立場などどうでもいいです。やることは同じですから」
「貴方は少し変わってるわね。鳴瀬社員。……でも、ありがとう。頼りにしてるわ」
各々のメンバーの意思確認が終わる。その場にいる全員が無事自分に同意した事にシャリアロットは緊張が解けたのか、少しだけ席にもたれかかった。ジャックがそんな彼女に言った。
「……と、いうわけで社長の直属にジョブチェンジした俺達はこれからどうするんだ? リサちゃんの言うDEMの大侵攻に備えて修行?」
「いえ、貴方達とリサにはこれから『ガイド』を探して貰う事になる」
「『ガイド』……?」
始めて聞く言葉に助が疑問府を孕んだ語調で言うと、シャリアロットがそれに答えた。
「アルゼラの先発部隊の事よ」
その言葉を聞いた途端、助の後ろにいた月神が前に出る。
「……! もう既にアルゼラの人間はこの世界に来ているのか!?」
シャリアロットは頷く。
「こちらの世界にDEMを呼び込むための先導役としてね。以前から暗躍してる集団がいるのよ。彼等を暫定的に『ガイド』と呼称してるの」
「……DEMを呼び込む? 連中は隔離区域にDEMを送り込んでくるじゃないんですか?」
助が彼女に言う。自身の中ではDEMの大侵攻とは『隔離区域』に大量のDEMを送り込んでくる事だと思っていた。月神の話ではそもそもDEMを送リ込むための時空の歪みである『門』は、『隔離区域』以外では『壁』なるものが厚くて、作れない筈なのだから。
しかし、シャリアロットは首を横に振る
「いえ、違うわ。『ガイド』の目的は”隔離区域以外”でこちらの世界にDEMを呼び込む『門』を開く事よ。これを見て貰えるかしら、こちらの世界で見つかったものよ」
そう言って彼女は一枚の写真を取りだした。そこには幾つもの宝石らしきものが埋め込まれた高さ3m程の崩れかかった石柱と、それを囲むように円形の石輪が置かれているのが映っていた。何かの遺跡の一部のようにも見えるが、一体それが何の為のものか、皆目見当がつかなかった。
助のみならず、第三班全員が互いに的を得ない顔をしていると、月神が声を震わして言った。
「こ、これは『鍵』だ!」
「”鍵”? ……たしか『門』を作る装置の事か?」
「そうだ! 魔力を収束させ、高速で射出する空間貫徹魔法の術式が刻まれた魔道具の一種だ! 私もこれを通じてこの世界にやってきたんだ間違い無い!」
「連中はこれでDEMを送ってきてるのか……。だけど、なんでそんなものがこの世界に? いや――」
『鍵』は謂わば2つの世界を繋ぐ為のものだ。それがこの世界で見つかったと言うことは……
「『ガイド』はこちらの世界から異世界に繋がる『門』を作るつもりか……」
「その通りよ、鳴瀬社員。ただ、正確に言うなら「こちらの世界からも」が正しいわね」
シャリアロットが強調して言うと、ジャックが指をパチンと弾く。
「読めたぜ。要はあっちからだけじゃ『壁』が厚すぎて開けられないから、こっちからも同じ事をしてぶち破ろうとしてる訳だな」
「そうよ」
シャリアロットは肯定する。沖田が月神の方を向いた。
「リサ君。その『鍵』という装置について我々の知識は乏しいのだが、この世界とそちらの世界、両方で同時に作動させれば、隔離区域以外で『門』を作る事は可能なのだろうか?」
「……全ての場所で出来るわけでは無いだろうが、十分に可能だろう。2つの世界の『鍵』のタイミングが一致すれば、多少『壁』が厚くても問題無く突破出来る筈だ。『門』は作れる。それも、場所を選べばより巨大で安定した物が……」
彼女は重々しくそう言うとと顎に手をあて考え出す。助もそんな彼女を見つつ、逡巡する。
隔離区域以外でDEMが呼び込めると言うことは、もちろん人が住んでいる市街地にもDEMが転送出来ると言うことだ。もし仮にそうなってしまったら、被害は甚大なんてものじゃない。多くの人々が不幸になってしまうだろう。
(それだけは、絶対にダメだ……。させる訳にはいかない)
事態の深刻さを助が改めて認識していると、ジャックがシャリアロットに言った。
「……ん? でも、コイツがこっちの世界で見つかったって事は、連中は一度試してる訳だよな。両方から開けるやつ」
「恐らくはね。……ただ、どうやらその時は失敗したみたい。出てきたDEMの数もそこまで多くなかったし、『鍵』も完全に動作しきらず半壊していたから――」
「……待って下さい」
廉が遮るように言った。
「一度失敗しているとの事ですが、一体どこでこの『鍵』は使用された物なのでしょうか?」
シャリアロットは廉を一瞥すると、答える。
「これは2年前の東京都の千代田区で見つかった物よ」
「……千代田区!?」
廉が声を重く震わせた。シャリアロットはその反応に僅かに狼狽した表情を浮かべる。
「……ええ、貴方達も知ってるだろうけど、2年前の史上初の隔離区域以外でのDEM発生事件――『千代田事件』の跡地、北の丸公園でこれは見つかった物よ。その当時隔離区域以外でDEMが出てきたのは初めてのケースだったから、詳しく調査してる最中にこの残骸が発見されたの。……なにかあったの? 蓮見社員」
「……いえ」
廉は絞り出すようにそう答えた後、視線だけを動かし、助を見る。恐る恐る助を見る彼女の瞳と対称的に、助は表情を変えること無く、ただ静かに立っていた。
シャリアロットは視線を廉から全員に移す。
「『千代田事件』の時は、現地の駐在自衛官の活躍で、人的被害は最小限まで抑えられたけれど、それでも無視出来ない程の被害が出た。今回は『ガイド』も前の失敗を活かしてくるだろうから、早急に対応しないとその時の被害を上回る事になりかねない。その前に彼等を何としてでも捕まえるのが私達の目的よ。……ただ、問題が一つある」
「その問題とは?」
沖田が言うと、彼女はこめかみを押さえて小さく息を付いた。
「『ガイド』の消息が全く掴めていない事よ……」
「何の情報もねぇって事!?」
ジャックが言う。シャリアロットは不機嫌そうに頷いた。
「……彼等は2年前の『千代田事件』以降、行動を起こしていないのですか?」
沖田が言うと彼女は曖昧に首を横に振った。
「何かしらの行動を起こした形跡は幾つか見つかってはいる。……けど、肝心の足取りに繋がる物が一切見つかってない。リサの話を聞く限りDEMをこちらに引き込むため、”準備”をしている筈だけど、それらしき形跡もない。……認めたくないけど、彼等はかなり頭が切れるみたいね」
彼女はそう言うとムスッとした表情で眉を潜めた。ジャックがそんな彼女を見て言う。
「じゃあ、アイツらが好き勝手するまで待つのかよ!? 何とかなんねーのか!?」
「……だから、あの時まだ正体が分からなかったリサを泳がせてその所在を掴もうとしたのよ。結果として見ればリサは『ガイド』と無関係だったから、意味は無かったのだけれど……」
シャリアロットはそう言って考え込むように黙った。廉が月神の方を向いて言った。
「リサさんは何か心辺りとかない?」
「……いや、私もさっき話した以上の情報は持ってない。こちらに先遣部隊が居たことすら、今初めて知った程だ……。すまない」
リサがそう言って頭を下げると、廉が「良いのよ、気にしないで」と首を振る。
その場にいた全員が黙る。それは倒すべき敵を見定めたにも関わらず、手掛かりが一切無い。次の一手が封じられた事による沈黙だった。
――しかし、その中でただ1人。僅かな情報から次の一手を紡ごうとした人間がいた。
「……月神。そのアルゼラの人間が魔法を使う時はどんなやり方で使う?」
それは助だった。周囲の視線が助に集まる中、彼は視線を月神リサに向け、簡潔に言った。
彼女は突然質問された事に驚きながら答える。
「アルゼラの魔法の使い方も基本的に私と変わらない。術式を刻んだ作った繊維――『魔術帯』に自身の魔力を流し込む形で発動させる」
「戦闘する時もか?」
「ああ。……ただ、彼等は私のように魔術帯のみで作られた、服飾では無く。より戦闘に特化した『魔法鎧』という物を使う。ミスリル銀で出来た鎧に一部魔術帯を備え付け、それとさらに術式を刻んだ武器をもって魔法を戦闘に用いる。……だが、それがどうかしたのか?」
意図が読めない質問に首を傾げる彼女。それと反対に助は何かを掴んだように黙考する。
「なにか心辺りがあるのか助君?」
沖田が言うと助は頷き。月神と同じく要領を得ない顔をしている廉に視線を向ける。
「……廉さん。”テールヘッド”の写真って今あります?」
「テールヘッド……? ――!!!」
廉が助の言わんとしてることを察したのか、急いで一枚の写真を取り出す。机の上に置かれたその写真には、DEMの残骸を拾う集団『スカベンジャー』が使う正体不明の銀色のAJ――『テールヘッド』が写っていた。助はその写真に映る銀鎧をトンと指さす。
「月神。その、魔法鎧ってこれのことなんじゃないか?」
彼女の答えを聞くため全員の視線が集中する。彼女は僅かに息を飲み込んだ後、言った。
「……間違い無いタスク!!! これは”シンギュラ”――アルゼラの魔法鎧だ!!!」
それを聞いていたジャックがパチンと指を鳴らす。
「冴えてるな後輩! よく気づいた!」
「やはりコイツにはAJにしては怪しい部分が多すぎましたから」
サラッと言う助だったが、廉も沖田もジャックと同じように助を褒めた。シャリアロットも表情を明るくした後、顎に手を当てて言った。
「お手柄ね、鳴瀬社員。早速、その『テールヘッド』の情報を解析しましょう。確実に『ガイド』と関係があるから。最後の出現時間と場所は、誰か分かる?」
「最後に確認されたのは4日前、埼玉の川越隔離区域です」
沖田が答えると、シャリアロットは「分かったわ」と答え、すぐに手持ちのアタッシュケースを開き、電子キーボードを展開させる。そんな彼女を横目に見ていた沖田が続ける。
「……しかし、この時期になって今まで姿を見せなかった『ガイド』が『スカベンジャー』として、ここまで目の引く活動を開始し始めたのは妙ですね」
「確実に彼等が動く前触れでしょうね。陽動かもしれないし、偵察かもしれない、DEMの残骸から補給物資の回収を行ってるという線もありえる……もしくは全部か」
今聞いたテールヘッドの情報を打ち込んでいるのか、猛烈な早さで電子キーボードを叩きながらシャリアロットは言った。ジャックはそんな彼女の指裁きに口笛をならしながら言った。
「ま、色々考えるよりこのしっぽ頭をとっ捕まえて、全部吐かせちまう方が早いと思うがね」
「それについては同感ね。一度尻尾を掴んだ以上、引きずり出して檻に叩きこんでやるわ」
「うちの社長は頼もしいねぇ……」
ジャックが小声で言うと、隣に立つ廉が言う。
「私達も川越支部の対応班に聞き込みするわよ。『テールヘッド』を捕まえるのなら、出来る限り情報が無いといけないんだから」
そう言って、廉とジャックは部屋を出る。続けて、沖田が各支部に『テールヘッド』の目撃情報がないか確認するため、作戦室へ向かった。
停滞していた空気は、『テールヘッド』と『スカベンジャー』という手掛かりを得て、動き出す。各々が明確な目標を得て、活力のある表情をみせる中、月神はどこか浮かない表情を浮かべていた。
「どうしたんだ月神?」
助が言った。
「……そう簡単にはいかない」
「”テールヘッド”を捕らえるのが、か?」
彼女は重々しく頷く。
「この銀の大剣を持つシンギュラは、おそらくアルゼラの結界士レオナス・ローズハートのものだ」
「レオナス・ローズハート? テールヘッドのオペレーターか?」
「……世俗に疎い私ですら名を知っているほどの凄腕の結界士だ。極光系結界魔法を使った暗殺の達人で、正確な数は不明だが、この男が行ったとされる暗殺件数は3桁を超えると言われている。凄まじく頭が切れる男で、その存在をアルゼラの上層部に危険視されて懲罰部隊に押し込められてから消息が途絶えていたらしいが、まさかこの世界に来ていたとは……」
「……直接的な戦闘能力も高いのか?」
「ああ、単身で他国の1級戦術魔法士の小隊を壊滅させたなんて噂も聞いたことがある。全力の私に匹敵するかもしれない……」
幾つか聞きなれない言葉があったが、それでも彼女が伝えようとしているニュアンスは充分に理解できた。あの時戦った月神と同等クラスの力を持つというのならその危険度は相当な物になるだろう。ただ――
(”全力の私に匹敵”か……)
助はその言葉に少し違和感を覚えた。戦闘員でもなく、ただの神官である筈の彼女が何故そんな危険な相手と同等の戦闘力を持っているのだろうか?
思考がそちらに逸れかけるが、助は直ぐにその思考を元に戻す。
(……まあいい。なんにしろテールヘッドが危険な相手である事には変わらない)
彼女の強さの理由を突き止めたとしても、テールヘッドの強さが変わるわけでは無い。そもそも、テールヘッドはAMISの精鋭部隊を単身で撃破した事実もある。簡単に行く相手ではないのはまず間違いない。
「捕らえるのにはかなり危険が伴うか……」
助が呟くと月神が無言で頷く。すると視界の端でシャリアロットが視線をディスプレイに向けたまま2人に言った。
「それに関しては心配しないで。”切り札”を用意してあるから」
「”切り札”?」
「ええ。とっておきのジョーカーよ。――それと、2人ともちょっとこっちに来ても貰えるかしら? その為に確認したいことがあるから」
「……? はい」
手招きするシャリアロットに誘われるまま助と月神の2人は彼女の机に向かう。
「リサ。貴女が学校に潜入した時、確か自分に魔法をかけていたのよね? 目立たない為に」
「ああ。【センクレティオ】という魔法で、エイドに移る自分の存在を希薄にしていた」
彼女は頷いて言った。詳しい理屈は分からないが、彼女は『エイド』という名前の人の魔力が作る共通無意識に魔法で作用して、自分の存在を別の物に見せる事が出来るらしい。事実彼女が転入してきた時、クラスメイトは彼女の事を『影の薄い転入生』という存在で見ていた。しかし――
「でも、成瀬社員はそのリサを問題なく認識できた。それで間違いないかしら?」
シャリアロットは助へと視線を向けながらそう言った。助は無言で肯首する。
どういう訳かその魔法は自分には効かなかった。自分の目には彼女は『影の薄い転入生』、どころか『自分と死闘を演じた存在』としか映らなかったのだから。
シャリアロットは助の答えを聞くと、何かを考える素振りを見せた後、足下にあったアタッシュケースに手を伸ばす。彼女がアタッシュケースを開くと、その中には何重にもシールドされたエメラルドグリーンに輝く半透明な板状の物体があった。彼女はそれを見ながら言った。
「ちょっとこれに触ってもらえる?」
「なんですかこれ?」
「適正検査みたいな物よ」
微妙に答えになってない回答が返ってくるが、彼女がズイっとアタッシュケース毎、その正体不明な物体を差し出してくるので、取りあえずそれに触れてみる。――なんてことはない。ただのつるつるした板だった。
「何か感じる?」
「……いえ」
「吐き気や頭痛は? めまいとか耳鳴りとかは?」
「特には。……それよりもこれは何なんです?」
もう一度問いかける。シャリアロットはアタッシュケースを机に置いて、言った。
「これは私の家に伝わる錬金石よ」
「錬金石……?」
聞き慣れない言葉だ。月神なら心辺りがあるかもしれないと思い、視線を彼女に向けると彼女はそれを察したように説明してくれた。
「魔力で作った触媒の事だ。主に魔道具の発動機や魔法の補助として使われる。……だが、こんな物を見るのは初めてだ。シャリーこれは何と言う名前の錬金石だろうか?」
「正確な名称は分からないんだけど、私の家にあった資料では『反魔法物質』と、表現されていたわ。貴女の世界でこの名前は聞いた事はない?」
「いや、ないな。だが、”反魔法”か……。あまり愉快な響きでは無いが、それに準ずる効果がこの錬金石にはあるのか?」
「ええ。効果としては、名前そのまま。ある一定の電力を流し活性化させると、魔力を媒体として発動したものを打ち消す効果を発揮するの。ただ、どういう原理が働いているのかは全く分からないブラック・マテリアルだけど」
「……触ってみても良いだろうか?」
「辞めといた方が良いわね。何度かテストしたけど、僅かでも魔力を持つ人間がこの石に近づくと、何かしらの体調不良を引き起こす事が確認されてるから。特に貴女程の魔力を持つ人間なら、直接触れたら体調不良では済まない可能性が高いわ」
月神は「むむ……」と怪訝そうに唸る。助は今聞いた事からある推測を立てていた。
僅かでも魔力を持つ人間が体調不良になるというのなら、つまりそれは逆算すると――
「……体調を崩さなかった俺は、魔力を持っていないという事ですか」
「その通りよ。鳴瀬社員」
彼女はその『反魔法物質』なる緑色の半透明の板を仕舞うと体を向け直す。
「さっきの話に戻すと、貴方がリサの正体に気づけたのも、貴方が元々魔力を持たない特異体質だからよ。貴方は人々の魔力で構成された共通無意識である『エイド』を通じて、物事の認知を行わないから、それに作用して自身の存在を誤認させる魔法――【センクレティオ】が通じなかった。要は”魔力がないから、魔法が効かなかった”と、言う訳よ」
彼女が説明を終えると隣に立つ月神は合点がいった様に「なるほど……」と呟く。助は言った。
「……それって良いこと何ですか?」
「1万人に1人くらいの割合で貴方のような『先天性魔力欠乏症』を患う人がいるけど、特に身体的ハンデが有るわけでは無いわ。……ただ、その体質を持つ人は他者から共感されにくく、社会的に孤立する傾向があるのは確認されてるけど」
「……」
「でも、今回は貴方のその特性が私達にとっての”切り札”にとって重要なの」
「”切り札”……」
先程から彼女が言う”切り札”とはなんなのか?。それを問いかける前に彼女が言った。
「詳細は明日、実物が届いてからまた説明するわ。実際に見た方が早いしね。答えてくれてありがとう鳴瀬社員。確認したい事はこれでお終いよ。後、リサ。貴女には魔法について幾つか聞きたい事があるのだけど――」
彼女は月神に魔法の体系や、技術的なアレコレを問い始める。2人が話している内容が専門的過ぎて、”切り札”について問う隙も無くなったので、助は廉達を手伝う名目で部屋を出た。