4話:異世界の魔法使い(3)
「ところで、迎えに行くって話だが、何処に迎えに行くんだ? 空港か?」
応接室を出て廊下を歩く5人。ジャックが頭に手を置きながら沖田少佐に言った。
「ふむ……それなんだが、私も13時ピッタリにグラウンドに来てくれとしか言われてない」
廉が不思議そうに言う。
「グラウンド……? 自家用ヘリとかで来るんですかね。仮にもCEOだし……」
「そう言った話は聞いてないが、一人で来るとの事だから小型のヘリの可能性は高いな」
「オヤジは社長と話したことあるんだろ? どんな奴なんだ?」
「話したと言っても、顔も隠していたし内容もかなり事務的だったからな。何とも言えん。本社の知人にもどういう人間か聞いてみたが、彼女は束縛を嫌い、役員会議にも殆ど出席せず、単独で動いてるそうだから、あまり詳しい人柄は聞けなかった」
「……なんでそんな奴が社長やってんだ?」
「分からん。ただ、組織のトップとして優れた資質を持っているとの事だ。20歳にして電子工学の博士号にMBAの学位を持ち、英語、フランス語、中国語、スペイン語、日本語と5カ国語を話す非常に聡明な女性だとか……」
「ふ~ん……超凄いじゃん。ま、 嫌な奴だったら嫌味の1つでもお見舞いしてやるか!」
「クビになってもしらないわよ……」
廉がため息を付くと同時に5人は事業所を出る。事業所と整備場に囲まれる形で存在するグラウンドは、所々にヒビが入ったアスファルトで覆われた簡素な作りの場所で、大企業の責任者を出迎える場所としては些か花が欠ける場所だった。
5人はグラウンドの端に立ち。噂のCEOを待つ。指定された時間である13時まで残り5分を切るが、ヘリの姿どころかローターの音すら聞こえなかった。
「寝坊か?」
「アンタじゃないんだから」
廉の容赦の無いツッコミ。「ひでぇ」と呟くジャック。助は無表情で空を見上げていたが、何かに気づいたように口を開いた。
「来たみたいですよ」
「……へ? 何処?」
ジャックが言うと助は無言で空を指さした。
助以外の4人の視線が一斉に空を向く。4人の瞳には雲一つない晴天が視界に写るばかりだったが、よく見ると小鳥ほどの”何か”がグングンとこちらに近づいてくるのが見えた。
「おいおい……嘘だろ」
ジャックが呟く。その小さい何かは、次第に激しく空気を裂く音を伴い、みるみる内に大きくなっていく。やがてその点は自身の詳細な姿を5人に晒しだした。
それは”翼を持ったAJだった。地面まであと数百mと言うところでそのAJは、翼を羽ばたかせると、青白い光を全身から噴き出し急減速し、助達の前に着地する。
Livの衝撃吸収機構が働き、衝撃が熱量に変換され、周囲に排熱材が四散し白い煙が広がる。呆気にとられる5人の前に煙の中からその原因となるAJが姿を現した。
全身をピンク色の薄い装甲で覆われ、スマートなシルエット、そして鷹を思わせる頭部と翼を持つその機体は、EU製の第三世代AJ『ファルケンⅢ』だった。
ファルケンⅢは『高高度からの滑空による早期展開、早期攻撃、早期制圧』をコンセプトに作られた強襲用AJで、最大の特徴は背中にパワースーツと同素材で作られた折りたたみ式の人工翼――『フリューゲル』があることだ。
『フリューゲル』単体では羽ばたき、空を飛ぶと言うことは出来ないが、小型のアークジェット推進器が羽の中に内蔵されており、それを用いることでAJ単独での長距離の滑空とHALO降下を可能にしている。このファルケンⅢも、何処かの輸送機から降り立ち、単独でここまで飛行して来たのだろう。
今まさに目の前でその性能を示したファルケンⅢは、助達を視認すると立ち上がり、顎下を軽く触る。するとファルケンⅢの装甲が割れ、ヘルメットが上がり、その中からパイロットが姿を現す。
赤い長髪を持つ女性だった。身長は150cmくらいの小柄な体型で、全身を白いワンピースに包み、一見すると何処か幼い少女のような印象を受けた。しかし、一方でその顔つきは目鼻立ちがくっきりとしており、キレの長い赤い瞳と併せて見ると、大人びた雰囲気を醸し出している。
間違い無い。彼女がシャリー・シャリアロットCEOだろう。助はそう確信した。それは他の4人も同様だったようで、沖田少佐が彼女へ声を掛ける為に一歩前に出る。すると、彼女はそれを無言で制し、白いワンピースの中から今では見ることも珍しい紙タバコの箱(VIRGINIA-ONEとプリントされていた)を取り出すと、慣れた手つきで箱底を叩き、1本口に加える。ピンク色のジッポを取り出し、それに火を付け、ファルケンⅢにもたれながら一服しだす彼女の姿は、まるで峠を攻めてきた後のライダーのような雰囲気があった。
その姿に言葉を失う5人。彼女はそれをまるで気にせず、一服を終えると、腕時計をチラリと見る。彼女はタバコをピンク色の携帯灰皿に入れると、ファルケンⅢの背中に付いている小さなコンテナの方に向かった。
コンテナの中から、小さなアタッシュケースと、高めのハイヒールを取りだし、手早く履き替える。続いて手鏡を取り出し、赤い髪をツインテールに纏めると5人の方に向き直り――
「私がシャリー・シャリアロットよ。出迎えありがとう」
簡潔にそう言った。助は時計を見る。13:00ちょうどだった。
沖田少佐が彼女に返答しようとすると、彼女は再び彼を手で制した。
「貴方達の紹介はいらいないわ。ウチに勤めてる社員は全員覚えてるから」
テキパキと言う彼女に、5人は口を挟む隙が無く閉口する。彼女は月神に視線を移す。
「貴女ね。異世界から来た魔法使いというのは」
「あ、ああ……」
気圧される月神。シャリアロットは間髪入れずに言った。
「例の話、詳しく聞かせて貰うわ。沖田支長、出来る限りの人払いをした後、個室に案内して貰えるかしら。内密に話を進めたいから」
「かしこまりました」
沖田の返答に彼女は頷くと、ファルケンⅢの方を向く。
「ELY、貴女は格納庫に行ってて」
『了解』
女性型の電子音声が響くとファルケンⅢは装甲を閉じ、格納庫へと向かい出す。彼女は踵を返し、事業所へ歩き出した。
沖田少佐がそれに続き、その後ろに第三班と魔法使いがワンテンポ送れて続いた。
■
沖田少佐が各部署に連絡した後、彼を水先案内人にとして事業所の一番端の部屋へ向かう。
シャリアロットはその後ろに続いていたが、カツカツとヒールを打ち鳴らし、姿勢を崩さず歩くその姿は堂々としたもので、始めて来た場所を歩いているようには見えなかった。
そんな彼女の後ろ姿を見ながらコソコソと話す4人組の姿があった。八王子支部第三班と異世界から来た魔法使いの4人だ。
「……凄いな彼女は。この世界の組織の長というのは皆ああいう感じなのか?」
「ないと思う。普通CEOはAJとか乗らないから」
「AJでHALO降下かました後、一服する赤髪ツインテ社長とか、設定盛りすぎだろ……」
「それよりも事前通告無しのAJの降下って怒られないかしら? 最近色々厳しいし……またクレームが――」
突如目の前で歩くシャリアロットCEOの足が止まる。助を除く3人はそれにビクッと体を跳ねさせた。彼女は振り返り、切れの長い目を4人に向けながら――
「バレなけゃいいのよ」
そう言い切ると、再びヒールを鳴らし歩き出す。常に無表情な助を除いた3人はやや面食らった様子で互いに顔を見合わせた。
目的の部屋に着く。その部屋は普段は出撃前に使われる、作戦室のようなもので、ホワイトボードと幾つかの折りたたまれた椅子があるだけの簡素な部屋だった。
シャリアロットは部屋に入ると、部屋の一番奥にある窓の前に立つ。5人はそれを囲むように立ち並ぶと、彼女は向かいに立つ月神を見て言った。
「貴女の名前は?」
「り、リリサリア・アルミナスだ。リサと呼んでくれ」
「そう、よろしくリサ。私の事はシャリーと呼んで。さっそく、貴女の世界の事とDEMの侵攻について聞かせて貰える?」
月神は頷くと、助に話した内容をその場に居る全員に話す。自分が魔法使いである事、アルムニアという異世界が存在する事、そしてそこに存在するアルゼラという国家が大量のDEMを送り込もうとしている事――
事前に大まかな内容を聞いていた廉と沖田ですら、ときおり話について行けていない様子を見せるのと対称的に、シャリアロットは彼女の言うことをただ淡々と受け入れていく。やがて、月神の話が終わると彼女は「そう、ありがとう」とひとこと呟く。彼女が月神を疑っている様子は微塵もなかった。沖田がその様子を見て尋ねる。
「やはり、本社は異世界と魔法の存在をご存じだったのですか?」
沖田以外の4人も同じ感想を抱いていたのか、視線が彼女に集中する。
彼女は窓を開きながら、その質問に間を置かず答えた。
「ええ、知っているわ。今、リサが言ってくれたDEMの侵攻の事も含めてね」
予想していた答えとは言え、その場の空気が張り詰める。廉とジャックが視線だけで会話をし、沖田は何かを思慕するように無言で髭を撫でた。助は淡々と言った。
「何時からその事を知っていたんですか?」
助の質問にその場にいる全員の意識が再び彼女に集中する。彼女はタバコを取り出した。
「最初からよ」
「……最初から?」
「ええ、だって――」
パチン! 彼女が指を鳴らす。するとタバコの先端に火が灯った。
「私も”魔法使い”だもの」
その答えに僅かにざわめく5人。彼女は火のついたタバコを咥えながら言った。
「本題に入る前に話しましょう。私の事と、そしてAMISが出来た理由をね」
そう言って彼女は窓の外に煙を吐いた。