1話:ボーイ・ミーツ・ガール、ボーイ・ファイト・ガール (1)
その日の仕事はゴーレム型5体とドラゴンバード型3体の計8体のDEMの掃討だった。
担当するのは自分も含めた『AMIS』八王子支部、対DEM対応第3班のメンバー。作戦の場所は東京府多摩市にある多摩隔離区域。旧多摩センター駅から半径800mの範囲だ。作戦時間は21:00から23:00までの2時間。夜間の仕事だが、特に難しい任務ではない。編成と装備も通常使用だった。
敢えて留意点を挙げるとするならば、『近くにはまだ住んでる人も多いから、火器の使用は緊急時を除いて極力禁止。あと、夜だからあまりはしゃがないように、またクレームが増えるから』と、事前のブリーフィングで少し注意された程度。それ以外はいつも通りの手慣れた仕事で有ることには変わらなかった。出撃する前まではそう思っていた――
”魔法使い”に会うまでは……
■
無骨な8輪のタイヤを持つ大型の装甲車に牽引されたトレーラーが、瓦礫の散らばる町中を荒々しく乗り越えながら疾走している。
旧サンリオピューロランド方面から、多摩隔離区域に侵入したその車両は、倒壊し掛かっている建物群を縫うように進み、かつてはデパートだったビル群に囲まれた一画で停車した。動きを止めたそのトレーラーの車内では2人の男と1人の女が金属製の椅子に腰掛けていた。
「仕事の時間よ」
その1人の女性、黒いショートヘアに少し垂れ気味な目を持つ八王子支部第3班隊長――蓮見 廉少尉は鈴の様に響く声でそう言うと、テキパキと身支度を整え始める。元は陸上自衛隊の音楽科に所属し、その後民間軍人会社である『AMIS』に転職するという異色の経歴を持つ彼女は、黒いライダスーツに似た服をスマートに着こなし、支度を終えると立ち上がった。
廉は左隣に座っていた2人の男の内の1人が、同じように準備を整え、無言でトレーラーの後方に移動するのを確認すると、目の前で未だに動く気配すら見せない男を見る。
190cmを超える長身に筋肉質な体を持ち、茶色の髪をクルーカットでまとめているその男は第3班の副隊長――ジャック・ウエイツキン軍曹だ。
ジャックは元は米軍の特殊部隊に所属していたと噂されていた男で、兵士として超一流の能力を持ち、併せてハリウッドスター顔負けの優れた容姿の持ち主でもあった。
堀の深い顔つき、高い鼻、くっきりとした蒼い瞳に、整えられた髭。初対面の人間は間違い無く、彼に非凡なスター性を感じるだろう。
総じてジャックという人間は能力、容貌共に男性として非常に高い魅力の持ち主と言えた。だが――
その魅力溢れる筈の彼は今、その優れた能力もスター性も微塵も感じない程、だらしなく顔を歪めながら、ヘッドフォンを付け、手に持つタブレットをニヤニヤと凝視していた。
「仕事の時間よ、軍曹」
廉がジャックに言う。しかし彼はそれに反応する事は無く、その代わり「おっほ!」だとか「すっげ!」だとか、短い言葉をときおり呟きつつ、画面を凝視しているままだった。
「……」
廉は無言でヘッドフォンのコードを抜く。
『キラリン☆マジカル、ブリリアントメイル♪ 今日もお兄ちゃんを邪魔する奴は爆殺しちゃうんだから――』
タブレットから甲高い少女ボイスが響くと、ジャックはヘッドフォンを外し、ハリウッドスター顔負けの顔を、三下の悪役の如く不細工に歪める。
「なにすんだよ! オレとメイルちゃんの貴重なプライベートタイムを邪魔すんじゃねぇ! 爆殺するぞ!」
訛りなど一切感じさせ無い流暢な日本語でそう返すと、ジャックは廉からコードを引ったくって付け直し、再びヘッドフォンを装着。二次元の世界へ旅立つ。
廉はそんな彼を生ゴミを見るような目で見た後、タブレットを強引に取り上げる。
「仕事の時間だって言ってるのよキモオタ!!! 私の怒りで爆死したくなかったら、早くAJに乗りなさい!!!」
車内が揺れる程の怒鳴り声を挙げ、ヘッドフォン毎ジャックの頭にぐりぐりと拳をねじ込む
「ぐ、ぐわあああああ!!! 割れる、頭割れる!!! 分かりました!!! します!!! 仕事しますから!!!」
「なら早く準備なさい!」
拷問から解放されたジャックは「痛かったよぉ~メイルちゃん~」と放置されたタブレットに頬を擦り付けていたが、廉の殺気に気づくととすぐさま立ち上がった。
「そういや後輩は?」
「……鳴瀬伍長ならとっくの昔にAJの所に行ってるわよ」
「流石我らが八王子支部の若きエースだ! やる気に満ちあふれてるね!」
「アンタも同じエースなら少しは見習いなさいな……」
2人は装甲車の後方に移動する。そこには3機の『AJ』と呼ばれる2m程のサイズを持つ、人型のパワードスーツが並び置かれていた。
<Armed-Jacket>――略して『AJ』は21世紀序盤から各国で研究されていた『将来歩兵システム』によって誕生した歩兵用装備の総称だ。高度な電子戦や情報共有システムに対応出来るウエアラブルコンピューターを基幹に、テロ等の非対称戦を想定された高い防御機構と各種センサー、重装甲目標を破壊出来る火器を装備することを目的とし開発された物である。
開発当初こそ高いコストと、技術的問題から一部にしか出回らなかったAJだったが、その誕生から20年余りが経った現在では、高い汎用性と低いコストを持つ新しい装備カテゴリーとして認知され、今では軍だけで無く、民間での作業用などにも使われる程に普及していた。そしてそれは民間軍事会社である『AMIS』も例外ではなく、彼等もこのAJを使い、DEMの駆逐という主業務を行っている。
3機が並ぶAJ。その内の1機の前に1人の青年がいた。
ジャックに及ばないまでも、高い身長と長い手足を持つその青年は、AJの装甲を何度かコツコツと叩いて何かを呟いていた。
「触手点検なんて相変わらず精が出るな後輩」
ジャックに話しかけられたその青年――鳴瀬 助は振り向いた。
助はスマートな輪郭と整った目鼻立ちの持ち主で、短く揃えられた短髪と併せて優男と精悍さを併せ持った、中々男前と言える容姿の持ち主だった。
しかし、彼の第一の印象として感じるのは、男前というより無愛想といった方が強かった。というのも、彼の口は常に一文字に閉じられ、目を動かす時も目尻を上げるという事も無く、まるで黒い瞳がレールの上に乗っているかの如く、水平に移動しており、およそ表情からユーモアさというのを感じなかったからである。
そんな無愛想な見た目の彼は、その見た目と同じくらい無愛想な声で返事をした。
「AIの自己診断だけだと、装甲の正確な状況は分からないですから」
言い終えると、彼は再びAJの装甲を叩きだす。
ジャックは『相変わらずなやつ』と言いたげに肩をすくめ、廉を見た。
「ところでレンちゃん! 今日のAJの割り当ては何にするんだ?」
「私と鳴瀬伍長がヨンロクで、アンタは4脚よ。……ブリーフィングでも話したでしょ」
「え~……またオレが狙撃係? オレ、接近戦の方が得意なんだけど?」
「……あんたより射撃上手い奴いないんだから仕方ないでしょ」
廉が嫌そうに言うと、ジャックは大げさに手のひらで顔を覆う。
「仕事が出来る男はやっぱつれぇわ。まあ、オレちゃん完璧超人だし。仕方ないね!」
「性格以外はね」
廉が即答すると、ジャックを無視して壁に立てかけられた自分用のAJの元に向かう。
彼女は隣に居る助に言った。
「鳴瀬伍長。今日のフォワードは任せるわ」
「了解。杭打ち機を持って行きます」
点検を終えた助は廉に淡々と答え、自身が今日乗るAJへ視線を移した。
国産第三世代型AJ――46式装甲強化服『迅雷』 それは鎧のように壁に立てかけられていたが、その見た目は多くの人がイメージする鎧とはいささか異なるシルエットをしていた。頭部は卵を半分に割り、横に置いたような形をした鈍色のフルフェイスヘルメット。上半身は滑らかな曲線を持つダークグレーの装甲で覆われ、鎧が持つ無骨な印象とは真逆のスマートな印象を受けた。
一方でその細身な上半身に比べ、下半身はそれとは真逆の形状をしていた。
腰部からつま先にいたる脚部は、角張った装甲が全体を覆っており、まるで巨大な黒い長靴を履いているように見えたのである。
全体的に言うと迅雷はボトムヘビー。上半身より下半身に比重のあるシルエットをしていた。
助は迅雷の装甲の隙間に手を入れ、小さなボタンを押す。するとヘルメットと胸部装甲が上にスライドし、同時に各部の装甲が分かれて、迅雷は自身の内側をさらけ出した。
助は慣れた所作で下から潜り込むように中に入っていき、開かれた装甲に自身の手足を滑り込ませる。装甲の内部は幾つもの繊維状の束で構成されており、中に入った感覚としてはグニグニとしたゴムに包まれている様だった。
体を僅かに動かし、四肢を完璧に収めると、胸部装甲が機械音と共に下にスライドし、同時に割れていた装甲も閉じる。
やがて、フェイスヘルメットが後方から助の頭部を包み、カチン! と小さな音を鳴らす。
助の視界は完璧な暗闇になったが、それも一瞬の内に終わった。
≪システムセーフモードで起動します≫
低い男性の声で設定された電子音声が流れると、ヘルメット内のモニターに緑色の光が広がり、車内の様子が投影された。
「おはようHAL」
モニターに不備がないか視線を走らせつつ助が言うと、電子音声がそれに答えた。
≪おはようございます、鳴瀬伍長。ですがこの時間帯ならこんばんわが適切な表現です≫
「なら言い直す。こんばんわHAL」
≪こんばんわ、鳴瀬伍長≫
得意げに返事をしたこの電子音声の持ち主『HAL』はこの班の補助AIだ。装甲車のサーバーを本体とする彼が、車の運転から戦闘の補助まで様々な分野で手助けしてくれている。
「作戦時間が迫ってる。DMSオン。設定は普段通り、スラスタ以外は音声認識で頼む」
≪了解。DMSオン≫
HALが答えると同時に、自身を包んでいたゴム状の繊維がキュッと縮み、自身の体に隙間無く密着する。肺を圧迫され息が詰まるが、すぐに問題なく呼吸出来るようになった。
迅雷を含む第三世代のAJは、人の体の上を『パワースーツ』と呼ばれる炭素繊維で作られた人工筋肉で覆い、その上に『Liv』という名の流体金属を用いて装甲をのり付けする事で構成される内骨格型のパワードスーツだ。
機体の制御方法は、自身の体と筋肉の動きに合わせてパワースーツが連動する、<Direct-Motion-System>――通称『DMS』によって行われており、直感的にかつ非常に簡単に操作できる。その他の複雑な出力や、センサの設定等の機能はヘルメットに埋め込まれた電極を用いて、脳波制御で行う事を基本としているが、完全な脳波制御はかなりデリケートであり、誤作動が出やすいため、大抵の現場では補助AIによる音声認識とのハイブリッドタイプで、制御するのが主流となっていた。
DMSが無事作動しているか、確認するため助は手を何回か握ってみる。特に違和感なく行えたことを確認すると、足を一歩前に出し、立てかけられた杭打ち機を手に取る。2m弱ほどの長さを持つタングステン合金製の杭を装填されたそれは、100kg以上の重さを持っていたが、AJを着た助にとっては空っぽの段ボールと同じくらいの重さしか感じなかった。
杭打ち機を右肘に装着した後、HALに後部ハッチを開けて貰い、外に出る。
散らばった瓦礫を踏みつけながら、元はテーマパークだった大きな球場の建物、映画館と飲食店が並んでいた大通り、デパートだった町並みを見渡す。
このエリアが隔離されて20年以上が経っているというのもあり、それらの建物は所々が崩れかけ、幾つか蔓のようなものが巻き付いている。頭上に映る満点の星空と併せ、その風景は”人類が消えてしまった後の地球”と言った表現がピッタリと合うものだった。
準備を終えた助が星空を眺めていると、後方から瓦礫を踏みつける音が響いた。
「事前にブリーフィングをやってるから、今更確認するまでもないと思うけど。今回の任務はゴーレム型5体とドラゴンバード型3体の掃討よ。想定される戦闘場所はエリアα、ポイントA3ね。だいたい多摩モノレールの高架下あたりだから」
AJの通信を通して廉が作戦概要を説明する。彼女の装備しているAJも助と同じ迅雷だったが、彼女のモデルには通信強化のための角が頭部に増設されていた。
「なんでぇ~大した相手じゃねぇな。オレ出撃しなくて良い?」
ジャックが気怠そうな声を通信で響かせながら、のそのそと出てくる。彼の乗っているAJは助と廉の物とは異なる物で、米軍の第三世代AJ『スパイダー』と呼ばれる機種だ。
スパイダーは迅雷とは異なる砂漠迷彩が施された装甲を全身に身につけ、背中には大型のキャノン砲を背負い、腰部には折りたたまれた補助脚が付いていた。
全体的に見るとスパイダーは重装甲な印象を受け、より機械的な印象を受けるAJだった。
「つまらない事を言ってる暇があったらサッサと移動しなさい……! というよりブリーフィングを聞けよッ……!」
廉の鈴の様な声が怒りに震える。ジャックは小声で「ヤベ……」と呟くと、慌ただしく言った。
「じゃ、じゃあオレは狙撃場所探してくるから! ここ射線通りにくいんだよねぇ~」
ジャックは、小刻みにジャンプを繰り返しながら、ビルとビルの間を蹴り上げヒョイヒョイと登り、その場から離れていく。簡単にやっているように見えるが、全備重量で500kgを超えるスパイダーでその動きは、正規の軍人ですら下を巻く程の技量だった。
「あのキモオタ、逃げ足だけは早い……」
廉は言い切ると、助を見る。
「まあ、いいわ。アイツは放っておいて私達は私達で仕事をしましょう」
助は「了解」と簡潔に答える。2人はパワースーツで強化された脚力を活かし、小さくジャンプを繰り返しながら、DEMが居るポイントに向かい始める。
暗視装置を作動させ、倒壊したビルと瓦礫の中を進む。すると『多摩センター駅』と書かれた巨大な建物が視界に入った。崩れかけの空中歩道をジャンプで飛び越えながら、もとは改札口だった場所の前まで到着すると、少し離れた所に今回のDEM出現ポイントである多摩モノレールの高架下が見えてくる。そしてそこに幾つかの影がうごめいているのが確認できた。
「HAL。ナイトビジョンの増光率を15%上げてくれ」
≪了解≫
ヘルメット内に映っていた緑色の映像が今より明るくなる。そこには直高3m程の岩で出来た巨人が5体と、鷹を一回り大きくし、金属の鱗を付けた巨鳥3羽が見えた。
DEMだ。岩と金属で出来た害獣。今回の駆逐目標のゴーレム型とドラゴンバード型である。
「確認した?」
廉が問いかける。助が頷くと彼女は腰に装備していたライフルを取り出す。それはライフルというより軽機関銃と言える大きさの銃器で、銃身下部に針状の弾丸を撃つニードルガンが別途増設されており、スイッチ一つで打つ弾を分けられるタイプの武器だった。
『ドラゴンバードは私がやるわ、鳴瀬伍長はゴーレムをお願いね』
「了解。HAL、戦闘だ。出力を50まで上げろ」
≪了解。システムコンバットモードに移行、パワースーツの出力を50%まで上げます≫
パワースーツの締め付けが強くなる。助はそれを体で感じると、間髪入れずにその場で足を屈め跳躍。それと併せて脚部の跳躍補助用のスラスタを展開し、電熱された推進剤の青白い光を帯びながら、数十mの距離を一気に移動。ゴーレム達の前に勢いよく降り立つ。
10m以上の高さからの落下だったが、着地の瞬間、パワースーツの一部が硬化し、擬似的な骨格を形成。併せて衝撃吸収材を兼ねたLivの作用で助に伝わる衝撃は殆ど無い。
助が降りた音に気づいたのか、ゴーレム達が一斉にこちらを向き、赤い宝石で出来た単眼を輝かせ、助へ攻撃を仕掛けてくる
5体の内一番近かった1体のゴーレムが腕を振り上げ、迅雷へ叩き落とす。アスファルトで出来た道路を粉々にするほどの一撃。助はそれを横にステップし最小限の動作で回避、流れるように杭打ち機をゴーレムに向け、射突。岩が砕ける派手な音共に、その頭部に風穴を開ける
崩れ落ちるゴーレム。助はそれをを横目に、迫る新たなゴーレム3体に体を向ける。射出された杭が電動モーターにより元の位置に戻り、直ぐに先頭を走る1体に照準。それを打ち出す 打ち出されて鉄杭は先頭を走っていたゴーレムの胸部を穿ち、串刺しにするが、そのゴーレムは杭をガッシリと両手で掴み離さない。
仲間が作ったその隙を利用し、残りの2体が左右から攻撃を仕掛けてくる。助はそれを無表情で見やると、杭打ち機を装備した右腕に力を込める。
助の右腕の力は人工筋肉により、数十倍に拡大される。串刺しになっていたゴーレムは杭を通じて持ち上げられ、足が地上から離れた。助はゴーレムが刺さった状態のまま、右から来るゴーレムに杭ごと叩きつける。
岩と岩が砕ける鈍い音を響かせ、両者は白塵を撒き散らし崩れ落ちる。続けて瞬時に体勢を立て直し、左側面から殴りかかってくるゴーレムの拳を左手で受け止める。
激突する腕と腕。全身全霊の力を込めるゴーレムに対し、迅雷はピクリとも動かなかった。不利を悟ったゴーレムは一度腕を引こうとするが、助はそれを掴み、逃がさない。
「HAL。出力70」
≪了解≫
体をグッと締め付け、出力の上がるパワースーツ。ゴーレムを掴んでいた左手がミシミシと鈍い音を立てながら巨人の拳にめり込んでいき、握りつぶす。
ゴウオォォォ!!! 声帯など無いはずのゴーレムから地鳴りのような悲鳴が上がり、その巨体がよろめく。助はその隙を逃さず、瞬時に鉄杭を照準、トリガーを引く。高速で鉄杭が打ち出され、巨人の首から上が吹き飛ばされる。
倒れこむゴーレムから杭を元に戻す。するとヘルメット内にアラームが鳴り響いた。
≪6時上方より、ドラゴンバード接近≫
振り向くとドラゴンバードが鎌のような形状をした爪を逆立て急降下してくる。
キイィィィ! ガラスをこすり合わせたような不快な鳴き声を上げる怪鳥。助は即座に反転するが、次の瞬間、針状の弾丸がその怪鳥に突き刺さり、力なく助の目の前に墜落した。同時に廉の迅雷が助の隣に降り立つ。
「相変わらずの瞬殺っぷりね。カッコいいわよ! 鳴瀬伍長!」
廉が鈴を鳴らす様な声で言う。助は彼女の後方へ視線を向ける。そこには串刺しになった2体のドラゴンバードの残骸が転がっていた。助は抑揚のない声で答える。
「少尉だって、瞬殺してる」
「私は3体よ、貴方は4体倒してるじゃない!」
「ドラゴンバードの方が倒すの難しいですよ。空飛んでるから」
「理想が高い子は褒めづらいわね……。そういえば後の1体は倒さないの?」
廉の視線が乗用車の影に隠れている最後のゴーレムに向かう。助は淡々と答えた。
「泳がせます。この時間帯なら”追加”が来るかもしれませんから」
『その抜け目なさ、あのバカに爪の垢を煎じて飲ませたいわ……』
廉がため息を付く。助はそんな彼女を一瞬チラリと見た後、視線を車の後ろで頭も尻も隠さず、体育座りをしているゴーレムに向けた。
DEMの思考能力と判断能力はかなり低い。攻撃するときも自分の一番近くの奴に突撃するだけで戦術的な行動など一切とらないし、形勢が不利になったとしても隠れるといった動作は行うが、それも自分よりも遙かにサイズの小さい車の影に隠れるといった始末だ。
だが、そんな彼等にも唯一合理的な行動を行う時がある。それは仲間が来る気配を感じると合流する為、そこに移動する事だ。どうやら彼等には仲間の匂いが分かるらしい。
そういう訳で臆病な彼には万が一の増援に備えて、案内人になって貰う事にしているのである。
助はAJのシステムを戦闘モードからセーブモードへ移行し、暫くその場に待機する。
DEMは『門』と呼ばれる空間の歪みからやってくる。その『門』が発生する時間は大まかな傾向が存在し、この多摩隔離区域ではその傾向はおおよそ21時~22時の間であった。なので後30分程、待ってみて反応が無かったら、彼を倒して引き上げる、という事で話しがついた。
しかし、それから数分後。彼は予想以上に早く動いた。
突如として車が荒々しく投げ飛ばされ、ゴーレムが走り出す。けたたましくなる車のアラームに廉が「お代わりが来たわね」と呟き、2人はその後を追う。
彼は仲間の元へ最短距離で向かうためなのか、障害物を破壊し猛然と突き進む。その方向は先程見た『多摩センター駅』へ向かっていた。
ゴーレムはそのまま突き進み、多摩センター駅の改札を強引に突破。駅のホームへ続く階段を登っていく。助と廉はその後ろを追っていたが、途中でゴーレムが壁と天井を破壊したため、別の路線の階段を利用し、それを登る。
月の光が差し込む、ホームに出る。かつては多くの路線が交差する大きな駅だったが、今では天井は崩れかけ、放置された車両が無造作に置かれた廃墟と化していた。ゴーレムを探し周囲を見回す。彼は向かい側のホームを走り、そして止まった。
助と廉はそれを柱の後ろから見つめる。
「あそこが待ち合わせ場所みたいね。空飛ぶデカい奴には出てきて欲しくないなぁ……」
「グリフォン型が出てきたら、先輩に倒して貰えば良い。その為のスパイダーですから」
「そうなんだけど、最近色々うるさいのよ。夜中に37mmなんて撃たせたら、報告書は書かないといけないし、『もっと静かにやれ!』ってクレームはくるしもう最悪……。普段は”無法者の傭兵”みたいに私達を言う癖に、そういう所のサービスは求めてくるんだから! ……あ、そういえば聞いてよ! この前も似たような事があって――」
始まる廉の世知辛い愚痴。彼女も中間管理食という立場、ストレスを抱える事も多いのだろう。助はそんな彼女に「大変ですね」、「俺もそう思います」と慣れた相槌をうちながらDEMを待つ。するとゴーレムの前の空間が僅かに歪み始めた。
身構える2人。その空間の歪みはますます大きくなり、その中から金属で出来た巨大なワシの頭部がニュッと出てくる。グリフォン型だった。同時に廉の「残業確定……」という言葉も出てくる。
しょぼくれる廉を慰めながらグリフォンを見つめる。しかし、その巨獣は一向に体を出してくる気配は無く。頭だけを出しているまま硬直していた。
(……? なんだアイツ)
不可思議な行動に顔を見合わせる助と廉。グリフォンは暫く硬直していたが、突如小刻みに震えだし、顔が歪みだす。そして「ギョエェェ!!!」とこの世の物とは思えない鳴き声を挙げ始めた。
「……!!!」
尋常ではない何かを感じ、助と廉の間に一気に緊張が走る。視線の先のグリフォンは断末魔の叫びを上げ、クチバシを上下左右、滅茶苦茶な方向に開き、口の中から『何か』を吐き出す
それは”腕”だった。白いレース状の手袋に肘まで覆われた2本の細い腕。
その腕は探るように動いた後、既に絶命しているグリフォンのくちばしを両の手で掴むとそれを上下に引き裂いていく。
ギィィィ……。厚い鉄板をねじ切る、不気味な音が駅のホームに響き渡る。
助と廉は息を呑みながらそれを見つめる。もはや原形を留めていないグリフォンの中からその腕の持ち主が姿を現した。
シルエット状でしか見えなかったが、それは人の形をしていた。その人影はグリフォンの残骸を綺麗に払うと1歩前に出る。差し込む月光りが影を取り払い、その人間を照らす。
身長はおおよそ160cm前後。長いブーツを履き、上半身は青を基調に白い装飾が施された裾が長いノースリーブの状のドレス、下半身は短いタイトスカートのような服装を身につけていた女性だった。だが、正直背丈や格好など、全くもってどうでも良かった――
助の目は彼女の容姿に集中する。黄金比を極めたとしか言えない輪郭に、何処までも透き通るような白い肌。宝石かと見間違う蒼い瞳は吸い込まれそうな程に澄み、腰まで伸びている銀髪はまるで純銀で出来た絹のようだった。体型はスマートでありながら、女性的な丸みを帯びており、まさに美術品――いや、そう形容することさえ不適切に感じられる程に、この世の美しい物を全て濃縮させたような容姿だった。
心臓の鼓動が高鳴る。
それは”恋慕”などといった感情から起こる物ではない。むしろ……”恐怖”から起こる物だった
完璧過ぎて気味が悪いのだ。……あんなの人間ではない。
冷や汗が頬を伝う。隣に立つ廉をチラリと見る。彼女も同じ感情を持っているのか、目の前に立つ人外じみた容姿を持つ存在に、視線を釘付けにされていた。
彼女は周囲を見渡すと、すぐ傍に立つゴーレムと目が合う。ゴーレムはたじろぎ、柱の後ろに急いで隠れた。彼女は眉一つ動かさず、それを見つめると左手を彼にかざす。
彼女の左手に、光の粒子が集まる。それは段々と鋭角的なフォルムに変わっていき、銀色の槍を顕現させた。彼女はそれをゴーレムの隠れる柱に向ける。
次の瞬間、銀色の槍は強烈な速度で伸び、ゴーレムを柱ごと易々と穿つ。彼は残骸となって消え、彼女は槍を元のサイズに戻すと、数度上下に振って埃を払っていた。
見たことの無い美貌、見たことの無い武器……。助は幻想のような光景に閉口していたが、その幻想を振り払うように鈴のような声が響く。
「……DEMのアンノウンタイプとして処理する。HAL、奴のデータを本社の戦術解析班に回して。同時に交戦規定C発動、全機体の武器の安全装置を解除」
≪了解。各種センサーの記録をRT送信。全機体のマスターアームオン≫
カチャンと音が鳴り、迅雷に装備されている全装備の安全装置が外れる。
「……戦うんですか?」
助の思考が一気に現実に引き戻される。廉は焦りが混じった声で答えた。
「念のためよ……。火器もまだ使うと決めたわけじゃ無いわ。――ジャック!」
『あいよ、グリフォン型でも出た?』
通信回線が開き、ジャックの軽快な声が響く。
「もっとマズい状況よ。アンノウン。滅多にいない人型」
『それマジ? HAL、映像よこしてくれ。――うわ、なんだコイツ!? 魔法少女か!?』
『魔法かどうかはともかく、よく分からない力も使えるみたい。素手でグリフォンを引き裂いて出てきた。何が起きても良いように準備して』
『……割と笑えねぇ状況だな。取りあえず現地に向かう。そっちのアクションは?』
『追跡。まだこちらからは仕掛けない』
『了解』とジャックが答え、通信が切れる。
「聞いての通りよ。アンノウンを追跡するわ」
廉の指示に助も「了解」と答える。2人の問答の合間も助は彼女を監視していたが、彼女は物珍しそうに破棄された電車を眺めており、その場から動かなかった。
(……アイツ本当にDEMなのか?)
彼女の行動に何処か違和感があった。
2055年、現在。DEMが出てくるようになってから20年以上が経過しているが、現時点でDEMの正体は未だ不明だ。出てくる形や大きさも様々で、人型というのもごく稀だが出てくる事もある。それ故、『門』から出た存在は、形や容姿にかかわらず原則DEMとして扱う事が決まっていた。
しかし、彼女はDEM特有の金属や岩などの無機物で構成された見た目でない。それに、行動も基本的に破壊活動しかしないDEMに比べ、埃を払ったり、電車を眺めていたりと、どこか不自然な点がある。同士討ちというのも聞いたことがない事例だ。
拭えない物を抱きつつ『昨日までがそうだったから、今日もそうとは限らない』と自分を納得させ、監視を続ける。彼女は電車を見飽きたのかスッと姿勢を正すと、ブーツを床にコンコンと数度打ち付けた。すると小さな光の波紋がホーム全体に一瞬で広がる。
波紋が足下を通過すると同時に、嫌な予感が体を駆け抜ける。咄嗟に体を隠そうとするも、それよりも彼女がこちらを振り向くのが早かった。
目が合ってしまう。ゾッとするくらい綺麗な瞳だった。
「……マズいわね。今ので気づかれたみたい」
隣に立つ廉が言う。向かい側に立つ彼女は二人を順々に眺めた後、身を低くし、槍を構える。
「仕掛けてくる!? タスク!」
廉が叫ぶ。その言葉に併せて体の緊張が解け、アドレナリンが吹き出す。
「……俺が前に出ます。廉さんは援護を。HAL、出力70だ」
≪了解。システムコンバットモードへ移行≫
AJのシステムが戦闘モードに切り替わる。光源が増したモニターに照らされながら、助は前に出る。同時に構えていた彼女が跳躍、体を翻し、前進する助へ銀槍の横薙ぎを仕掛ける。
助はそのまま前に進むと見せかけ、後方にステップ。横薙ぎを回避し、宙に身を置く彼女に杭を射出。彼女は槍を地面に突き刺し、それを軸にポールダンスを踊るかのように回避した。
ダダダダダッ! 間髪入れずに廉の迅雷から実弾が発射される。彼女は槍を引き抜きそれを弾くと、崩れかかった天井へ槍を伸ばし、廉に瓦礫のつぶてを放った。
瓦礫を浴び怯む廉の迅雷。彼女は追撃を浴びせようと廉に槍を向けるが、鉄杭が彼女に射突され、それを阻む。
「行かせるつもりは無いよ」
鉄杭を引き戻しながら助はモニター越しに彼女を睨み付ける。攻撃を邪魔された彼女も答えるように助をにらみ返す。視線を交差させた両者は、武器を構え直し、地面を蹴る。
アスファルトで出来たホームを砕きながら2人の距離は一気に縮まる。衝突する瞬間、彼女は槍を振りかぶり、叩き落としにかかるが、助は鉄杭でそれを受け止めた。
甲高い音が響き、赤い火花が薄暗いホームを鮮烈に照らす。2人はつば競り合い、空いた手をガッチリと組み合わせながら、互いの得物を押しつけ合う形になる。
「AJと力比べか……悪手だな。HAL、出力100だ。このまま押し切る」
HALの≪了解≫の声と共にパワースーツの締め付けが今までで最大になり、ググッと彼女を押す力が増していく。迅雷の最大出力は旧世代の戦車相手なら押し勝てるだけのパワーがある。彼女がどんな存在であろうと、あんな細身で受け止めきれる訳がない。
ギリギリと彼女に迫る鉄杭。彼女はそれに一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに顔を険しくすると目を閉じた。
(……諦めた?)
そう考えるが、すぐにそれは甘い考えだったと思い知らされる事になる。
彼女の服に緑色の文字のような物が一瞬光る。すると押していた筈の鉄杭はピタリと動きを止め、それ以上進まなくなってしまう。
出力が下がったのかと思い、モニター上の出力計を見る。そこには変わらず最大出力の表示がされていた。助は急いで視線を戻す。モニターに映る彼女は既に目を開けていた。
少しづつ、そして確実に鉄杭が押し戻されていく。
「嘘だろ……!?」
助は何とか押し返そうと力を込めるが、全く押し返せる気配が無い。それどころが、彼女のパワーは増していき、槍の先端がジリジリと自身の顔に迫る。それにつれて額に冷や汗が浮かび、心臓の鼓動がだんだんと早くなっていく――
「クッ……! HAL。スタングレネード投擲ッ……!」
HALの≪了解≫という掛け声と共に、腰部にある発射筒からスタングレネードが放たれ、目の前を白い閃光と爆音が満たす。
怯む彼女。助はその隙を利用し、彼女をはねのけ、間髪入れずに鉄杭を放つ。だが、彼女は直ぐさま体勢を整えるとそれを回避し、距離を取った。
(殆ど効果が無いか……)
瓦礫をどけて立ち上がっている廉の隣に降り立つ。助は息を切らしながら廉に言った。
「廉さん……。アイツ”並”じゃない……。先輩の37mm砲を使いましょう……」
立ち上がった廉は肯首する。
「もう、クレームを気にしてる場合じゃないわね……。――ジャック! 今撃てる!?」
『小田急線のホームの一部なら射撃出来る! 北東方面の前方3両までの範囲だ!』
「誘導するわよタスク!」
「了解……ッ!」
助と廉は仕掛け来る彼女の攻撃を防ぎながら、指定された範囲までの移動を開始した。