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備えあれば憂いなし

 決闘はこの世界にも当然のように存在し、左手の手袋を相手に投げ、それを拾い上げることで、決闘を受託したとみなされる。

 だからこそ、俺はその手袋を拾わない。たとえ、甲冑のガントレットをわざわざ外してまで投げてきた手袋だとしても、絶対に拾わない。

 第三者のいない状況で決闘を受けるのが如何に危険かを俺はしっている。そして、その第三者役に最も適した奴らが、この宿の裏手に支部を建てやがったバカ共だってわけだ。


「カリラ、統制協会の連中に決闘の見届け人を頼んで来い。すぐに来てくれるはずだ。それまで俺はこの手袋を拾わない、いや、拾えない」


 決闘は受けた側がルールを決めるが、中には質の悪い連中のように、手袋を触った瞬間に攻撃を仕掛けてくるやつも少なくない。

 手袋に触れたことで決闘を受託したことにされ、あとから来た連中や憲兵には、“負けたから嘘をついている”と言って自分が正しいと主張するなんてのは常套手段だ。


 俺の指示が聞こえたのか、目の前の男も少し意外そうに俺のことを見てきた。

 さすがに後先考えず決闘を受けるようなバカじゃないのよ。

 その後、カリラが英雄の身体能力を如何なく発揮し、統制協会からクイーン級の勇者を引っ張ってきた。

 連れてこられた男は、ひどく疲れたような表情で、一切やる気の感じられないような奴だったが、まあそれでもいいだろう。


 何せ、統制協会は良くも悪くも公平なんだから。


「そこの騎士野郎。決闘はこれからだ」


 舞台が整ったので、俺は手袋を拾い上げる。


「ルールは?」


「戦闘継続不可能になった方が負け。死んでも文句なし、どうだい?」


「ああ、それで構わない。僕が勝てば、その奴隷の女を貰おう」


 こいつ、決闘の中で俺のことを殺すから生死を条件に設定しないのか。なかなかに“殺り慣れてる”感じじゃねえか。


「わかった。いいぜ。俺が勝てば………テメエの有り金全部寄越せ」


 お互いの条件設定も終わり、俺と甲冑男が向かい合う。そして、その中央には統制協会のクイーンが立ち、俺と甲冑男を交互に見た。


「では………始―――」


「そう言えば!お前今持ってる金はこれしかありませんとか言いそうだな!そう言うの無しだからな!」


「それは保証できないな。条件は“有り金”だ。僕の手元にない金は有り金ではないだろ」


「は?何屁理屈こいてんだよ。じゃあ決闘なんかやめだやめ!やってられるかってんだよ!」


 両者の合意が無ければ、決闘を正式に行うことはできない。だからこそ、俺が一方的に投げ出したように見えるこの展開は、あの男が最も恐れていた状況だろう。

 なにせ、ここは商業都市。俺はここのルールを知り尽くしている。それに蔵書庫で漁った本で、500年間の知識も補完済みだ。

 ここではたとえ貴族であろうと、勝手に人を殺せば罰せられる。なぜなら、ここは商人の、商業の街だからだ。貴族と同等か、地位によってはそれ以上の権力を商人が有する稀有な都市なんだ。ここを統括しているのは貴族ではなく、大商豪だと言うのも関係しているが。


「きっ………貴様に誇りはないのか!決闘を、こんなことで取りやめにするなど有り得ていいはずがない!」


「いんや、あり得るね。なんせ俺がその事例を作ってやんだからよ。それとも、違うもんを賭けてくれるってか?例えばお前の可愛い奴隷とかよ」


 俺の目が、何もないはずの空中に向けられていることを悟り、男はさらにいら立った顔を向けた。

 ぶっちゃけそこにいることはわかるんだけど、他の事はなんも分からない。これだけ完全な隠匿ができるのに、どうしてこんな奴に仕えているのか不明だ。

 そこから考えられるのは、そこにいるやつが奴隷であり、契約に縛られているからではないだろうかと、そう考えたわけだ。


「………いいだろう………では僕も改めて条件を言うぞ………貴様と、そこの奴隷の一生を俺に寄越せ。“コイツ”にはそれだけの価値がある!」


「成立だぜ……受け取りな」


「おまっ!?………まさかそれを………?う、嘘だよな?やめ………やめろぉぉおおお!!!」


 必死の形相で逃げ出そうとした甲冑野郎に今度は俺が手袋を外し、それを叩きつけた。

 まあ………こいつの時とは違って、効果音はかなり違うんだけどさ。

 よーく思い出せよ?俺は専用の手袋で何をしていた?


「きききっ………貴様ぁぁッァア!!!」 


「ほら、拾えよ。どうしたんだよ。お前の言った誇りはないのか?おん?」


 馬糞だらけの手袋を叩きつけられた甲冑男が怒りに顔をゆがめるが、そこにさらに追撃を行う。

 背後から俺のことを刺殺す様な視線が来てるけど、今のところは無視しようと思います。


「貴族様はぁぁぁあ!決闘を受けてもぉぉおおおお!受託しないんでちゅかぁぁぁぁあ?あんなに大層なこと言ってたくせにとんだ腰抜け野郎ですねぇぇぇエ!」


 自分史上最高にむかつく顔を作り出し、甲冑男がさらに高速振動しているところを見て馬鹿笑いを上げる。 

 ウンコまみれで触るところもない手袋を必死に掴もうとするけど、プライドがそれを邪魔して拾えない貴族ってマジ傑作だよね。

 それに俺の今の大声で人がジャンジャン集まってきてるし。


「どうしたんですか貴族様!自分が低俗と言った男の決闘も受けられないんですか貴族様!?それが貴族様のすることですか貴族様!?誇りはないんですか貴族様!!!」


 俺の連続攻撃と、周囲のひそひそ話に背中を押され、既に涙目の貴族様が真っ青な顔で手袋を掴み上げた。


「これ………これでいいんだろう!」


「あぁ!だがな、一つだけ良い事を教えてやろう!!!その手袋は―――“右手”だ!!!!!」


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