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騎士と勇者

……まさか、勇者がこんなに幼いとは……


王からの勅命を受けた時、不安でした。

私の前を歩く小さな少年が本当に勇者なのでしょうか?

私より小さいその背に期待してもいいのでしょうか。


そんなことを考えながら私と勇者は城下町を出ます。

門を抜けるとその先は平原です。

平原には一切魔物が出ません。


なんてことは一切ありません。

ゴブリンの群れやオークが門から出る人々を襲おうと少し離れた場所にある森から狙っていることが多いのです。


「勇者、ここから先は魔物が出ます。気をつけて進みましょう」


「うん!」


私の忠告に勇者である少年はこちらを振り返りわかったと言わんばかりに首を縦に振っていました。


と、その時ゴブリンが襲いかかってきた。


狙いは、勇者ですか!

勇者を咄嗟に私の後ろへ隠し、盾でゴブリンの攻撃を防ぎ、腰に携えている剣で真っ二つに断ち斬ります。


ゴブリン程度に油断も何も無い。

しっかりと剣を振れば駆け出しの冒険者でも勝てる。


とは教官の教えでしたか。

もちろんそんなことはありません。

今のようにゴブリンでもこちらの隙を突いて殺しにかかってきます。

そのことを勇者に教えようと後ろを振り返れば、勇者と呼ばれる少年は震えていました。


「どうかしましたか? もしかして血が怖いのですか?」


私の問に少年は震えながらも小さく頷きました。


……ふむ、どう言ったものでしょうか。

仮にも彼は勇者なのです。いや、名実ともに勇者になってもらわねばなりません。


私は少し考え、少年と同じ目線になり、こう言いました。


「あなたは勇者です。これから先より多くの血を見ることでしょう。より多くの血を流すことでしょう。それでもあなたは先に進まなければなりません。後ろを振り返ってはいけません。決して。なぜならあなたは勇者なのですから」


「ぼくはゆうしゃ……」


私の言葉が通じたのかどうかは分かりませんが、少年は、いや、勇者は震えを少しずつ抑えながら大きく頷いたのでした。


私と勇者の旅は始まったばかり。


私と勇者が旅を初めて7回の陽が昇り、6回の月が落ちた時のことでした。


城下町からさほど離れていない村で私たちは朝食を取っていました。

まぁ、勇者がまだ幼いということも、路銀もさほどないことも相まって、それほど距離を稼げません。

一応ギルドに魔物の1部を持ち込めば買い取ってはくれますので、その制度を利用し、路銀を少しずつ稼いでいたのでしたが、


「ほう、オークですか」


「おうよ。なにやらこの近くに住処を構えやがったみてぇでな? 冒険者共が我こそはと張り切って突撃していきやがるんだ。まぁ、こっちとしては儲けが出るから別に構いやしねぇんだけどよ」


オーク。人よりはるかに巨大な身体を持ち、とんでもない腕力の持ち主でしたか。その怪力から振り下ろされる一撃は地面に大きな凹みができるほどだとか。


「ならば心配事は何も無いんじゃありませんか?」


「いや、それがよ……」


どうにも歯切れが悪いですね。何か問題でもあったのでしょうか?


「誰も戻ってこねぇんだよ」


「ほう」


「もう数十人も出張ってるんだが、誰一人として戻ってこねぇ。あんたらも気をつけろよ」


「ご忠告ありがとうございます」


ふむ、少し気になりますね。下手をすれば王国騎士団になんとかして連絡を取らなければいけないでしょう。


ちなみに勇者は私たちが話をしているあいだ、ひたすらにミルクを飲んでいました。


速く大きくなりたいのでしょうか?






「いいですか、勇者。この先はオークが出現します。私たちでは恐らく敵わないでしょう。ですので、偵察をします」


「えっと……」


首を傾げていたので、もう少しわかりやすく説明をしましょう。


「つまり、こっそりオークを見に行きます」


「わかった!」


今度はわかったのか首を大きく縦に振っていました。


「それでは行きますよ。私の後ろからついてきてくださいね」


オークの足跡を辿るのは簡単です。何しろ何かを引きずったような跡が近くにある上に、オーク自身の体重の重みで一歩踏み出すごとに足跡がくっきり残るのです。ちなみに何かを引きずったような跡とはオークの武器である棍棒だとか巨木があげられるのです。


跡を辿る事に強くなる血の匂い。恐らく人間の血でしょう。騎士団団長として魔物はもちろん罪人も斬ってきましたから血の匂いの嗅ぎわけには自信があります。

そんな自信があっても仕方が無い事なのですが。

そんな血の匂いに吐き気を催しているのか、勇者はその小さな両手を口に当て我慢しているようです。


"こっそり"ということを気にして我慢しているのでしょう。

どうやら私は彼の評価を多少改めなければいけないようです。

もちろん、いい方へ。


それから少し歩いたところで少し開けた場所が見えてきました。オークに知性はありませんが、群れるということを知っているようで、群れで発見されることが多々あるのです。件のオークもまた例に漏れず群れで行動しているようで


「勇者、見えますか? あれがオークの群れです」


広場を少し離れた場所から私と勇者は見ていますが……ざっと数えるだけで10は軽く超えますね……

オークの群れは多くても5~6のはず。これほど多くのオークが群れていることはまずありえなかったはず……


「き、騎士……あれ……」


「ん? どうしましたか、勇者?」


勇者が私の腰を軽く叩いてきました。彼が指さす方には


「あれは……一体何でしょうか……」


普通のオークより数倍はあるでしょうか、それほどの巨体を持ったオークが群れの真ん中でどっしりと構えていました。

近くに己の武器でしょうか、太さが大人の身長ほどもある丸太が置いてあります。あれほどの巨大な木が何処に生っているかはさておきまして、恐らく奴がこの群れのボスなのでしょう。


「……ここは1度引いた方が良さそうですね……勇者、ゆっくりと……どうしましたか?」


何やら私の後ろを見ながら剣を構えていますが、切っ先がぶれっぶれです。


ん?


「まさか!」


私が後ろを振り向いたその時には既にオークの武器である棍棒が振り下ろされそうになっていたところでした。


「くっ!」


とっさに盾で棍棒を防ぐことができたおかげで潰れることは免れました……が、いつまでこの状態を保てるか……

とにかく勇者には村へ戻ってもらい増援を頼んで貰うしかありません。私の命より勇者の命が最優先なのですから。


「勇者……あなたは村に戻りなさい。くっ……そして、増援を、助けを呼んでくるのです」


「騎士を置いてなんていけないよ!」


私の言葉に勇者は首を横に振っていましたが、


「いいから行きなさい! あなたには魔王を打ち倒すという使命があるのです! あなたの命はこんな所で潰れていい命ではありません! さぁ、行きなさい!」


少し言葉を強くすると、怯えながらではありますが、小走りにこの場を去っていきました。


これでいいのです、これで。


私が大声を出したことで、恐らく広場のオーク達にも気づかれたことでしょう。と、なると、このまま棍棒に盾ごと押し潰されるが先か囲まれて死ぬが先か。


「ふっ……私も充分生きてきました。決して満足ができた人生ではありませんでしたが……少しばかり足掻いてみせましょう!」


足に力を入れ、盾ごと押し潰そうとしてくるオークの棍棒を反対に押し返していきます。オークの力に負けそうになり、地面が少し沈みますが、私は諦めません!


最低でも勇者が村に戻る時間くらいは稼いでみせましょう!


と、意気込んだはいいのですが、一向にオークが私を押し潰そうとしてきません。それどころか段々押してくる力が弱くなっている?


棍棒を盾で押し退けるとオークの身体はゆらりと傾きこちらに倒れて来るではありませんか!

私は急いでオークの横に転がると、どうしてオークが私を押し潰そうとしてこなかったのか、その理由が分かりました。


勇者がオークの脳天に直接剣を突き刺していたのです。もちろんそれだけではすぐには絶命には至らないでしょう。恐らく勇者が何らかの力を用いてオークを絶命させたのでしょう。でなければ、剣が光り輝いている理由が見当たりません。


「勇者……どうして……どうして、村に戻らなかったのですか?」


私の問いかけに勇者は泣くばかり。

恐らくなけなしの勇気を振り絞って私を助けようとしてくれたのでしょう。血を見るのも怖がっていた勇者が、魔物を斬るのを怖がっていたあの勇者が、勇気を振り絞ってオークを倒したのです。まさに勇気ある行動と言えるでしょうが……


「……囲まれましたね」


私の大声に反応して広場のオークが私たちを囲っていました。はてさて、どうしたものでしょうか。私の命1つで満足してくれればいいのですが……


「よう、兄さん。どうやらお困りのようで?」


声が聞こえた方を見ると、木の上に誰かいるではありませんか。


「あなたは?」


「通りすがりの盗賊様ってところだ。あんた困ってんだろう? 状況を見るに、そこのお子様を守るためにオークと戦ってるってところか」


合っているような合っていないような感じですね……


「俺様ならそこのお子様1人抱えて村まで脱出できる。あんた1人ならこの状況何とかできんだろう、ええ? 王国騎士団団長様?」


……素性もバレている、と。でしたら、尚更のことです。


「騎士たるこの私がこの場を引くとでも? 私たちがこの場を引けば村の人はもちろんのこと、周辺地域の人々が襲われかねません。であれば、今ここで引くわけにはいかないのです!」


私はそう盗賊に告げると、左に盾を右に剣を構えます。複数相手でも何とかなるはずです。そのために訓練を重ねてきたのですから。


「ふぅん……王国騎士団団長様は言うことが違うねぇ……いいだろう、俺様も手伝ってやる」


どのような心変わりがあったかは分かりませんが、木の上から盗賊が私の横に飛び降りてきました。


「……いいのですか? 恐らく勝ち目はない戦いですよ?」


「はっ。この俺様を誰だと思ってやがる。天下に名を馳せる大盗賊様だぞ? この程度の修羅場、両の手で数え切れねぇくれぇ切り抜けてきたっての」


「ほう。それではその実力とくと見せてもらうことにしましょうか」


「俺様の迫力に怖気付いて腰抜かすなよ?」


言うではありませんか。


さて……問題は勇者です。2人なら何とか彼を守りながらでも戦えないことはありません。ですが、


「問題はあの巨大オーク……」


「おっ、団長様も見てたか。ありゃ、一体何なんだ?」


「それが分かっていれば苦労しませんよ」


そう、巨大オークがこちらまで来れば確実に私たちの命は潰えます。しかし、勇者までそれに巻き込むわけにはいきません。ですので、今も泣いてやまない勇者に私はこう声をかけます。


「いいですか、勇者。今度こそ村まで戻るのです。あなたが逃げる隙は私たちが作り上げます。そして今度こそ増援を呼んでください。分かりましたか?」


私がそう言うと、今度は聞き分けがよかったのか、勇者は涙を拭いコクンと首を縦に振ったのでした。


「ほう、その坊主が勇者ねぇ。それなら尚更何とかしねぇといけねぇってもんだ」


「あなたが彼と一緒に増援を呼んできてもいいのですよ?」


「はっ! あんた1人でコイツらぶっ倒せるのか? それだったら呼んできてもいいぞ?」


「ではあなた一人でどうぞ。私たちは増援と共に戻ってきますので」


「……おしゃべりはここまでだな。来るぞ、構えろ!」


オークが一斉にそれぞれの武器を振り上げ唸り声をあげています。

盗賊は近くのオークに短剣で斬りかかっていますが、あれでは……うん?


「オークの動きが?」


「つい先日仕入れたばかりの麻痺短剣のお味はどんなもんだ? まだまだお代わりはいっぱいあるからたらふく喰いやがれ!」


ほう、麻痺短剣。魔法の効果が載った剣は高いのですよね……おっと、無駄な思考は剣を鈍らせます。

盗賊の近くに寄っていたオークの棍棒を盾で受け流――いえ、タイミングを合わせ弾きます!


「ほう、やるじゃねぇか」


棍棒を弾いたことによりオークの身体が揺らぎ、その隙を見逃さず盗賊が心臓に一突き。更に懐から何かをばらまいたようです。


「取っておきだ。この支払いは高くつくぜ!」


その瞬間オークの身体が燃え上がりました。爆薬か何かでしょうか。


「団長様よぉ、俺様の秘密が知りたきゃ、まずここを切り抜けることを考えな」


「そうでしたね」


思考を切り替えましょう。

まずは勇者の脱出が第1目標。

そしてオークの殲滅、もしくは足止めが第2目標。


よし、いきましょう!


オークの棍棒を盾で弾き、その隙を突き右手の剣で首を斬り払います。


今です!


「勇者! さぁ、行きなさい!」


オークの囲いに穴ができたその隙を逃さず、勇者を脱出させることに成功しました。

これで第1目標は達成しました。


「さぁて、お代わりはどんどん来るぜ? 気を抜くなよ?」


「誰に言っているのですか」


そうして私たちはオークに斬りかかりに行ったのでした。






どれくらいの時間が経ったのでしょう。


どれくらい命のやり取りをしたのでしょう。


少なくともそれらは数え切れるほどではないということは明らかです。

分かることは盗賊と対峙しているオークが最後の1匹ということくらいでしょうか。


「クソが! さっさとぶっ倒れろ!」


彼の武器は最早短剣のみ。2桁を超えるオークの群れを相手していましたので、恐らく出せる手持ちを全て出し切ったのでしょう。

さて、私も加勢に入るとしましょう。


「おやぁ? お寝んねは終わりですかい、団長様?」


「あなた一人にいいところを持っていかれるわけにはいきませんからね」


「はっ! なら気張れよ! ここが正念場ってやつだ!」


オークの棍棒を盾で受け流し、少しずつ剣で傷を付けていく間に盗賊は木の上に登ったようです。


「コイツで最後だ!」


彼が飛び降りながら短剣を突き刺したのは首元。もちろん痛みでオークは暴れますが、その隙を逃すほど私も甘くありません。


「ハァッ!」


心臓を一突き。剣を引き抜き、そのままの勢いで首を斬り飛ばす。少しの間オークの体は揺らいでいましたが、なんとか絶命に持っていけました。


「クソッタレ……コイツら……しぶと過ぎるだろ……」


「ですが……これで、あとは、あの巨大オークだけ……です」


息も絶え絶えというやつですね。ですが、勇者が村に戻って増援を呼ぶ時間は稼げたはず。


しかし……それにしては遅すぎるような。


「……なぁ、団長さんよ。俺様の目が節穴じゃなけりゃよ、あの広場でやり合ってるの……あの小僧じゃねぇか?」


「そんなはずは」


言われて広場の方へ視線をやってみると、何と勇者が巨大オークと対峙しているではありませんか!

あれほど村に戻りなさいと言ったのに!


「勇者……今すぐ助けに、行きますよ!」


「待て! 見てみろ」


なぜ盗賊が止めるのか、その理由はすぐ明らかになりました。


少しずつ、少しずつ、勇者が巨大オークのその巨大な身体に傷を付けているのです。

なるほど、それほどの巨体であれば動きも鈍重。対して勇者は身軽で素早い。避けるのは容易いということですか。


「あの小僧……やるじゃねぇの。恐らくアンタが村に戻れって言ったその時からあぁやって足止めすることを考えてたんだろうよ」


「いいえ、足止めなんかではありませんよ」


「あ?」


「彼は……勇者はあのオークを倒すつもりです」


「はぁ?! いくらなんでも無茶だろ!」


「いいえ、彼にはできます。見事に倒してみせることでしょう」


根拠はありませんが、彼なら、勇者ならば必ずやり遂げる。そう思えてならないのです。


「……ちっ。危なくなったら助けに入るからな」


「物分りのいい盗賊ですね」


「はん! 俺様は天下に名を轟かせる大盗賊様だぞ? 大盗賊様ってのはどんな奴の言葉でも1度は耳を傾けるってもんだ。その後の対応はその時次第だがな」


「そういうものですか」


「そういうもんだ」


それから私たちの間に言葉はありませんでした。勇者が無事巨大オークを倒し切るか危険に陥るまでここで眺めることしかできない自分が腹立たしい……ですが、疲労困憊の身体で助けに入ったところで勇者の邪魔になるだけでしょう。


精進……しなければいけませんね。






あのオークの群れと対峙していた時より長い時間が過ぎたのでしょうか。それともそれより短かったのか。私に、私たちにそれを確認する術はありませんので、詳しいことはわかりませんが、ついに、そう、ついに!


オークのその巨大な身体が揺らぎ、地面へと倒れたのです。


その瞬間私たちはお互い同時に勇者の元へと走りました。

勇者は安心したのか、それとも今更恐怖が襲ってきたのか、地面に座り込んでいました。


「勇者……あなた、あなたという人は……!」


言葉になりませんでした。


無事でよかった


なぜ村に行かなかったのか


よくあのオークを倒しましたね


死んだらどうするのですか


頭に台詞はいくらでも浮かんできます。

ですが、それらが口から出てくることはありませんでした。


「騎士……なんで、泣いているの?」


「泣いてなど……」


いません、と続けようとして私は初めて泣いていることに気づきました。


あぁ、そうですね。


「嬉し涙と言うやつです。血を見るのも怖かったあなたがここまで成長したのを見て嬉しいのですよ」


そう言って私は勇者を優しく抱き締めました。

私の腕の中で勇者は困惑しているのか首を横に傾げていましたが。






「さて……オークの被害もこれで収まるだろうし、俺様はもう行くぜ」


「そう言えばあなたはギルドで依頼を受けていたのですか?」


巨大オークを勇者が倒してから陽が3回ほど昇った朝のことでした。

私と勇者と盗賊は村の出入口にいました。

元々路銀を稼ぐためにこの村に寄っただけのこと。巨大オークの討伐でかなりの路銀を稼げましたので魔王退治の旅も少しは距離を稼げることでしょう。


「いんや。俺様の知り合いが困ってるってんで偵察をしに行っただけのことよ。まぁ、まさかそのまま倒すことになるとは思わなかったけどな」


「それではこの報酬は山分けですね」


「だね」


「はぁ? それはお前達が正当に受け取るべき報酬だろう? 俺様は俺様で別に貰うからいらねぇよ」


「でも盗賊も一緒に戦ったって報告しちゃったよ?」


「……おい、このおチビな勇者様はいつもこんな感じなのか?」


「ふふっ、あなたにも正当な報酬を、ですよ」


「……ちっ。ならソイツを受け取る代わりにもう俺様と関わらねぇと誓え。まぁ、俺様も好きで近寄りたいとは思わねぇけどな」


「と、仰ってますが?」


「一緒に行こうよ」


「いや、だからな?」


「一緒に来ないならこのお金もあげない」


「最初からいらねぇって言ってるだろ?」


どうやら天下の大盗賊様も勇者の前では形無しのようですね。

それからしばらく言い合っていましたが、


「だぁー! わかった! 俺様も魔王討伐の旅に付き合えばいいんだな!? それならいいんだな!?」


「やった!」


「はぁ……これだから子どもは嫌いなんだ……」


「歓迎しますよ」


「……アンタも苦労してんじゃねぇのか?」


「最初のうちは。ですが、」


私はそこで1度言葉を切ると、全身で喜びを表している勇者の方を見ます。


最初はこんな幼い子が勇者と呼ばれることに疑問を抱いていました。

血を見るのも魔物を斬るのも怖がっていたあの小さな男の子が、いつの間にか私たちでさえ敵わないだろうあの巨大オークを倒した。もしかすると彼なら、勇者様なら本当に魔王を


「今は彼の今後が楽しみですよ」


「そうかい。そんじゃ、さっさと行くとしますかね」


倒してくれる。

きっと倒してくれることでしょう。


その時は私も勇者様の横で共に戦っていたい。






そう思っていました。


「くっ……かはっ」


「騎士! テメェ、何しやがる!」


「これも魔王様の命令故致し方なし」


「騎士、しっかりして!」


あぁ、前が霞んでいく。勇者様の小さくてそれでいて大きな背中が見えません。


「しかし、我の一撃を喰らいて尚も立っているとは見事なり。貴殿の勇姿、我が心に刻んでおこう。それではまた何れ会い見えようぞ」


「待ちやがれ! 今ここで俺様が仕留めてやる!」


「……今はその時ではない。運命の輪が再び我らを」


もう少し……もう少しだけ持ってください、私の身体。せめて、せめてこの剣の一撃を!


「騎士! テメェ、そんな身体で無茶すんな!」


「騎士、お願いだからじっとしてて……! お願いだよ……!」


「……いいだろう。貴殿のその心意気を評し、我は一切の守りをせぬ。邪魔立てするならそちらから斬る」


「くっ……!」


「盗賊!」


少し……あと少しだけ。


「見事なり」


ふふふ……少しは役に立てましたでしょうか、勇者様……


「騎士!」


あぁ、泣かないでください。

腕が……上がりませんので、あなたのその両目から溢れる涙を拭くことが出来ませんね。


「勇者……もう、騎士は」


「なんで……なんで! 一緒に魔王を倒すって約束したじゃないか!」


そうでしたね……私の全てをあなたに教えられなかったことが、唯一の心残り……でしょうか。


「騎士……それ以上喋ろうとすんな」


「ゴメンね……ゴメンね……」


あなたが謝る必要はどこにもないんですよ、勇者様。


「さい……ご、に」


「騎士! それ以上喋んな」


「とう……ゴフッ……ぞく、ゆうしゃ……さまを、たの、みまし……たよ」


「あぁ、頼まれた。お前の分までこいつの傍にいてやるよ」


ふふ、あなたと初めて出会った頃とは変わりましたね。

あんなに嫌がっていましたのに。


「ゆう、しゃ……さま」


「な、なに、騎士?」


「けっし……て、振り返……らないで、くださ、い……ね」


本当はあなたと共にずっと戦っていたかったのですが、どうやら私はここまでのようです。

先に少し遠く離れた場所に行かせてもらいますね。

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