風魔韻旅情-いくつかの出逢い-
見知らぬ天井。
ボーッと見つめるフマイン。
体が痛く、重く、動かせない。
腕を動かそうとして、あまりの激痛に呻き声を上げてしまう。
すると、誰もいないと思っていた部屋の隅から声がした。
「よぉ、起きたのか」
首だけを動かして、声のする方向を向く。
痩せがちで目の下にクマが出来ている男。
だがその目はギラギラと野心に満ちていて、そばには刀が置いてある。
「あ〜いいからいいから。無理に体を動かすな!脱水で死ぬところだったんだぞお前。待ってろ、今水を飲ませてやる」
そう言うと男は奥にある台所からヤカンを持ってきて、その中の水を茶碗に入れてくれた。
そしてゆっくりとフマインに飲ませてやる。
「いいぞ。ゆっくりだ。むせないようにな。ちょっとずつ水分を取れば体の痛みは引く。飲んだらまた寝てろ。ここは安全だからな」
何杯か水を飲むと、フマインはまた眠りに落ちた。
どれくらい経ったのか。
この部屋には窓が無い為、今が昼か夜かも分からない。
体は…動くようだ。
まだ痺れている部分もあるが、起き上がるのに問題はなく、フマインはその部屋を出た。
廊下の先から話し声が聞こえる。
灯りが漏れるその部屋へと、吸い寄せられるように歩く。
「だから!あの子は天下の逆臣の一族!その最期の生き残りだ。そんな子供を匿っていたら、我々が行動を起こす前に幕府の連中に目を付けられるかもしれん。いいかシンサク!あの子が動けるようになったらすぐに放り出せ!」
「おいコゴロウ。いつから幼気な子供を放り出せなんて言うようになったんだ?俺はビックリだぜ。幼馴染であるお前がそんな冷血人間になっていたとは… 月日ってのは怖いもんだ」
「茶化すな!我々蝶集藩は今、力を蓄えねばならん!禁門の事変からこっち、脱走が相次いでいる。表向きは幕府の意向に沿うようにし、その上で同士を集め、そして…」
「待て」
「なんだ」
「…いるんだろ、そこに。入って来い」
部屋の中から廊下へと掛けられた声。
明らかに自分へ向けられたものだ。
目の前の障子張りの扉を横に開く。
「よぉ。もう動けるのか。お前強いなぁ」
水を飲ませてくれたあの男が、カラカラと笑いながら声をかけてくる。
その男の近くに座るもう一人の男。
こちらは眼光鋭く、厳しい表情を崩そうともせずにフマインの事を睨みつけている。
「俺の名はシンサク。こっちの無愛想なやろうはコゴロウ。ここは俺の家だ。幕府の連中は追ってこねぇから安心しろ!」
「幕府…」
「おう。しかしお前すげぇな!あの島からここまで流れてくるとは。誰かの船に乗せてもらったのか?」
「…覚えてない」
「そっか。おっとそうだ、この二つはお前のものだ。中は読んでねぇからな」
そう言いながら差し出された、あの夜に姉から渡された紐閉じの書物。
そして、豪華な装飾が施された鞘を持つ短刀。
鞘の中心部には重厚な彫り込みがされており、それは一文字の名を表していた。
「風、か。お前、風魔一族なんだな。名前は?」
「フマイン…」
「フマイン、か。いいかフマイン、今からお前に…お前ら風魔一族に何があったか教えてやる」
「おいシンサク!!」
「んだよコゴロー」
「こんな子供にあんな話を聞かせる気か!?それと語尾を伸ばすな!」
「こんな子供を、起きたらすぐ放り出せって言ってたのはどなたでしたっけー?」
「ぐっ… それはだな、しかし…」
「わーかってるってコゴロウ、お前の心配はよ。だがこのフマインも、まずは知らなきゃいけねぇ。そうじゃねぇと、自分の道を決められん。そうだろ?」
「それは…そうだが…」
「じゃあ決まりだ!コゴロウ、茶を頼む」
「…心得た」
渋々と部屋を出ていくコゴロウ。
立つとスラッと背が高く、彼が持つ大刀も普通より長い長刀であるらしい。
「アイツは、つええぞ」
突然そう話すシンサク。
嬉しそうな顔をしている。
先程、幼馴染と言っていた。
その彼を自慢したかったのだろうか。
「あなたは?」
「ん?」
「あなたは強いんですか?」
「おう」
「なら、ボクを強くしてください」
「待て待て。それを決めるのは、今からする話の後だ。さっきも言ったろ? まずは話を聞かないと、決められるもんも決められねぇのさ。 まずは茶だ。 それまで待て」
不敵な笑みを浮かべたまま話し続けるシンサク。
待てと言われたら待つしかないフマインは、段々と芽生え始める焦りに、心が支配されようとしていた。
「待たせた」
しばらく経った頃、コゴロウが茶を淹れて持ってきた。
そのお盆の上には出来たてのお握りも乗っている。
「食え、フマイン」
「え?」
「お前、一度だけ起きただろ。あの日から今日まで二日経ってる。 腹減ってるはずだから、食え」
シンサクの言葉に、つと湯気の立つお握りを見つめる。
腹の虫が鳴った。
今までは、こんな時には父母が笑い、姉が困り顔をしながら母と一緒に作った何かを食べさせてくれた。
だが、父母も姉も、もういない。
あの夜から数日後のこの瞬間、フマインは唐突に、そして完全に、この世界に独り取り残されたのだと理解した。
目の前のお握りを食べる。
突然、視界がボヤけてきて目が見えない。
「おいコゴロー、塩を入れすぎたんじゃないのか?」
「すまんな、そのようだ。茶で流し込んでくれ」
ムスッとした顔のままだが、さっきとは全然違う優しい声音で応えるコゴロウ。
その横では、シンサクが茶を啜っている。
この二人から感じる優しさ。
ぶっきらぼうで男らしさの塊だが、今のフマインにはこれ以上なく沁みる。
気付くと、天涯孤独となった少年は大声で泣き叫んでいた。
暖かいものが自分のうちに満ちた時、自分が失ったものの大きさを実感した。
それから、フマインが落ち着くのを待って、シンサクは話してくれた。
「今この国を治める幕府の連中は、三百年前にあった大きな戦で勝って、この国の支配権を手に入れた。
その戦はこのオエドを東と西に割った大きなものでな。東の総大将はのちに幕府を作ったトクガワ。そして西の総大将はミツナリといった。
この国の支配権を賭けたその大戦は、今じゃこう呼んでる。
【セキガハラ】ってな。
勝ったのは東のトクガワだ。負けた西軍の軍師だったヨシツグは戦死。
総大将ミツナリは捕縛されてキョウの河原で斬首された。
その首は、カラスにつつかれるところが無くなるまでそのまま放置されたそうだ。
そして西軍に属した他の一族もそれぞれ裁きを受けた。
一族皆殺しなんてのは優しい方。
井戸も枯れ果て田畑も作れない土地に強制的に送り込まれ、そのまま一族郎党が餓死するまでその土地に軟禁した、なんて話もあるくらいだ。
そうしてトクガワの軍勢は自分たちに刃向かう者がどういう末路を辿るのか、それをこの三百年間に渡って示し続けてきたのさ。
もちろん、今までいた十五人の大将軍の中には善政を布いたヤツもいた。
その間は平和だったらしいが、一代前の大将軍イエモチが相当なヤローでな。
第一代将軍のトクガワが興した、ミツナリに連なる者供の誅殺事業を、数百年ぶりに復活させやがった。
そしてその最初で最後の仕事が、お前たちの街だったってわけだ。
何故そこでお前たち風魔一族を標的としたか、だが。
お前たち風魔の一族うち何人かは、西軍総大将ミツナリの直系の末裔なのさ。
セキガハラの頃にはミツナリの子供は居なかったって話だからそこが不思議なんだが、まぁ戦国時代最大の戦をやってのけた御仁だ。
隠し子の一人や二人、居たっておかしくはねぇ。
それに風魔一族はこの三百年間、その存在を知られずに生き延びてきた連中だ。
世間に干渉せず、世間から干渉されず、静かに暮らしてきた。
だがその存在がどこからか漏れた。
イエモチはそれを聞いて、あの夜の大殺戮を強行したのさ。一族の中にいる数人諸共、この世から消してしまえってな」
「シンサクがイエモチの事を一代前の大将軍だと言ったな。
イエモチはあの夜の出来事が発覚したその日に、現大将軍ヨシノブに職を追われた。そしてそのまま投獄されている。
将軍家からこの様な者が出たのは初めてだ。
ヨシノブは数年前に起こった禁門の事変で、我ら蝶集と戦っているんだが、馬にも乗らずに自らの刀を使い、こちらと切り結んでいた。その事や今回の断固とした処置といい、気概のある剛の者らしい。
そして我々は咲都舞藩と同盟を結び、咲都舞藩は疾紗藩と同盟を結んだ。
この三藩同盟をもって、大将軍が持つ大政を決める権限を朝廷に返還奉り、それを皮切りに我々は幕府を崩壊させる。
それが現在我々が取っている倒幕への動きだ」
「要約するとだな、お前の家族を殺した将軍イエモチはもういねぇ。跡を継いだヨシノブは俺たちと話し合うつもりもあるってぇ骨太な野郎だ。そいつを足掛かりにして幕府を終わらせ、お上が全部決めるんじゃねぇ、俺たち民衆が政治を行う体制を整えて確立させる。
それが目的だ。てっぺんでふんぞり返るヤツも、地面に這いつくばって涙流すヤツもいねぇ、天下泰平を築き上げる!」
段々と熱の入ってきたシンサクは、右腕を振り上げてその演説を終えた。
横のコゴロウは何度も聞いているのか、平然とした顔をしている。
「どうだ、フマイン? 俺たちと一緒に戦ってくれねぇか? お前の復讐相手はもういねぇ。 なら、二度とお前と同じ境遇のヤツを生み出さねぇようにこの国のクソみてぇな仕組みをぶっ壊して、俺たち民衆の手で新しく作り直そうじゃねぇか!」
「ちょっと…考えさせてくれませんか…」
「ふむ、それもそうだな。シンサク、我々は話を急ぎ過ぎたみたいだ」
「おう、そうだな。悪かったなぁフマイン。 気持ちが落ち着くまでいくらでも待つよ。 ずっとここにいてくれて構わねぇからな。 あの部屋をお前の部屋として使ってくれ。 コゴロウはちょくちょく出掛けるが、俺はずっとここにいるから。 なにか聞きたい事があったら何でも聞いてくれよな」
頷き、部屋を出るフマイン。
「どうだろう、彼は提案を受け入れてくれるだろうか」
「さぁな。頭の回転は悪くねぇし、今の話は全部頭に入ったはずだ。それを噛み砕いて理解するまで、答えは出せねぇだろうな。あの島に送ったヤツから沙汰はあったのか?」
「うむ。島内全域を探してみたが、そこに生存者は確認出来なかった。だが、いくつか不審な点はあった。風魔一族は皆、戦闘技術に長けた一族だったはずだ。それが、深夜だったとはいえ殆ど抵抗出来ずに殺されていた。交戦したと思われる遺体もあるにはあったが、敵対した者の遺体は無かった。そこまで圧倒的な戦闘力の差があったということか?」
「あるいは、敵側は遺体を持ち帰ったのかもしれん」
「持ち帰った、だと?」
「自分達の仕業だという証拠を残さない為にだ」
「…なら、あの夜の首謀者は…服部一族か…?」
「十中八九そうなるだろうな。忍びの者達に最も有効な攻撃手段は、同じ忍びの者達をぶつける事。そして風魔一族とタメを張る戦闘技術を持つ者達と言や、忍びの祖であるハンゾウが興した一族の服部一族しかいない」
「風魔一族を興したコタロウも、忍びの祖ではなかったか?」
「あぁ。この国にある忍びの里の最も大きな二つ。それが伊賀と甲賀。ハンゾウは伊賀の忍びを率い、トクガワの配下として戦国時代を戦い抜き、そして今も将軍家の暗部として闇を統率している。オエド城のハンゾウ門はハンゾウから取られた名らしいな。
一方、甲賀を率いたコタロウは、かの天下人ヒデヨシの配下だった。セキガハラから十五年後のオオサカ冬の陣と、その後の夏の陣でヒデヨシの一族は滅亡。甲賀の忍びもそこで途絶えたかに思えた」
「が、違ったわけだな」
「あぁ。オオサカの陣に参戦していなかった者達はあの島に居住地を移し、表向きは風魔一族を滅亡したとして、暮らしていたわけだ。忍びの里がそっくりそのまま移住したのなら、その戦闘技術が今でも伝わっているのは不思議じゃない。おそらく、本土とも少しは交易を行なっていたんだろう。交易船の乗組員が移住したり、婚姻したり、そうして外部の血を取り入れながら、細々と生き続けていたんだな。そしてその中に、ミツナリの直系の血脈がひっそりと受け継がれていたんだ。それももう、完全に途絶えたわけだが…」
「ふむ… あらましは見えた。 シンサク、一つ確認なんだが、イエモチを排斥したヨシノブは服部一族をも処断したと思うか?」
「いや、それはねぇだろうな」
「やはりか」
「あぁ。服部の忍びは、将軍家に忠誠を誓っているとは言え、将軍家の全員に従うわけじゃねぇはず。現当主がイエモチの武断的な思考に対して従う事を決めていたのなら、今のヨシノブが進めているトクガワ幕府の終焉をも含めた融和政策は、到底受け入れられるものではないだろう」
「つまり、服部一族はまだ暗部に姿を隠している。そして自分達の主人を排斥したヨシノブ公を…」
「狙ってるだろうなぁ」
「マズイぞ。我々の交渉口でもあるヨシノブ公を討たれたら、倒幕は成せなくなる。 至急、護衛の手はずを整えねば!」
「あぁ。人選は任せる」
「分かった。では俺は明朝一番に発つ。彼の事は任せたぞ」
「おう」
数日後。
「シンサクさん」
「お?どうした?」
「ボクを仲間に入れてください」
「おういいぞ」
「って、そんなあっさり?」
「なぁに言ってやがる!俺がお前を誘ったんだぞ? 俺からの答えはハイしかねぇだろうが! 歓迎する、フマイン!」
「よろしくお願いします!!」
「おう。じゃあ早速だが出るぞ」
「え?」
「お前が答えを出したら動かなきゃならんだろ。一緒に来るにせよ去るにせよ。俺らの元を去るなら、当面の間の面倒を見てくれるヤツに預けようと思ってた。だが一緒に来るなら俺たちの集合場所に連れていく。そこでお前を、ヤツに会わせる」
「ヤツ?」
「あぁ。どんなヤツかは会ってからのお楽しみだ。お前自身の目でヤツを見てくれ」
何がなんだか分からないまま頷くフマイン。
そしてそのまま嵐のような男、シンサクに連れられ、着いた場所は。
【キョウ】
大昔から朝廷を司る天皇家が居住しており、将軍家の御所もある。
政治の中枢がオエド城に移って久しいが、朝廷は将軍家とは違う類の権威を保ち続けている。
キョウにいる天皇家を護り、外国からこの国を侵略する者どもを排斥する。
それが倒幕派の中に存在する尊皇攘夷という考えである。
現在ではこの流れを操る者が数名台頭してきており、シンサクやコゴロウもその一人だ。
そして流れの終着点が倒幕なのである。
それに対して、幕府を守護し将軍家を護るという目的を持った藩も存在する。
それが会都藩が中心となった佐幕派である。
幕府を補佐する者たちという意味の佐幕派にもいくつかの思想の違いはあるが、幕府を守るという立場は変わらない。
最も大きく有名な佐幕派の尖兵、それが新仙組。
局長のコンドウ、副長のトシゾウ、その配下である者たちもいずれ劣らぬ強者ばかりで、倒幕派の志士たちは思うように活動出来ずにいる。
日夜倒幕派と佐幕派が争い合う、血で血を洗う魔都と化したキョウ。
フマインはそんな街に連れてこられたのである。
キョウに着いたその足を止めずに一軒の料亭に入っていくシンサク。
ズカズカと奥の方まで入り込んで行く彼を追うフマイン。
一番奥の部屋の前で止まり、そして障子を一気に両手で開いた。
中にいる面々がこちらを見る。
「やっときたか、シンサク。フマインも長旅ご苦労だったな」
「すまんすまん。新仙組の巡回とかち合ってな。避けてたら遅くなった」
「そちらの子ぉは誰じゃい?」
「あぁ、紹介する。こいつがフマインだ」
「おぉ、ほうかほうか、難儀じゃったのぉ。とりあえずそこの空いてるとこに座りぃ」
左右でふた席空いていたうちの左側にシンサクが座った為、フマインはその向かい、右側の空いてる席に座った。
右隣には大男。
細目でがっしりした体型、ボサボサに伸ばした髪の毛が特徴だった。
この部屋には全部で六人の男がいる。
先程声を掛けてきたコゴロウ、フマインの右隣の細目の男、そしてフマインに声を掛けてきたもう一人の男。
こちらの人物は、目がギョロっと大きく、短く刈りそろえた髪型、筋肉質の広い肩幅、そして大きい声。
最後の一人は部屋の一番奥、庭を見る為の窓枠に刀を抱きながら腰掛けている。
長い赤髪を頭上で束ね、こちらから見える左頬には斜めに傷跡が付いている。
庭を見ている為に表情は伺えない。
「彼の事は気にしないでくれ。我々の剣だ。護衛の為にここにいてもらっている」
コゴロウにそう言われ、視線を前に戻す。
それを待っていたのか、シンサクが口を開いた。
「待たせてしまい、すまなかった。早速本題に入ろうか」
その会議で決まった事はいくつかある。
だがフマインは蚊帳の外であり、長旅の疲れが出て序盤で寝てしまった。
次に気が付いた時には、また見知らぬ天井を見つめていた。
部屋を出たところでコゴロウに会った。
例の赤髪の剣士を連れている。
「おはよう、フマイン。昨日の部屋でシンサクが待ってるから行ってくれるか?」
「分かりましたコゴロウさん」
「…コゴロウでいい。 それかキドでも。キドの方は偽名だが。君はもう同志だ。これから忙しくなると思うが、よろしく頼む」
綺麗な礼をして去っていくコゴロウ。
赤髪の剣士は小さく頭を下げただけだったが、完全に無視されていた昨夜よりは気遣いを感じた。
二人が廊下の角を曲がるまで見送ったところで、コゴロウの言葉を思い出す。
「昨日の部屋ってことは、ここはあの建物の中なのか」
「ほうじゃで、フマインどん」
「うわっ!!」
「サイゴウさん、急に話しかけちゃダメでしょ。あんたは顔だけじゃなくて声まで怖いんだから」
「かっかっかっ!! 言うようになったのぉ、リョウマ。おぬしの剣の冴えは見事なもんじゃと聞くが、我々咲都舞示現流の前でもそのナヨナヨした形を保っていられるかいのぉ?」
「ウチの流派は人を護り活かす為の活人剣です。なんでもかんでも大根みたいに一刀両断する乱暴な殺人剣と一緒に考えられちゃたまったものではないですよ」
その場の空気が凍り付く。
屋内な為、二人とも刀を振り回す事は出来ないだろうが、お互いに口から出した言葉を撤回する気は無いらしい。
その空気を破ったのは、その場の最年少の少年だった。
「活人剣…」
ボソッと呟かれた言葉によって、高まっていた闘気は静かに霧散した。
「ふん…悪かったのぉリョウマ。ほいじゃまた」
「ええ、こちらこそですサイゴウさん。お気をつけて」
サイゴウはそのまま歩き去り、リョウマとフマインだけが残された。
「フマインくん、シンサクさんが待ってます。行きましょう」
細長い目を更に細めて笑いかけるリョウマ。
フマインはリョウマの後について行った。
部屋に着くとシンサクが待っていて、二人の座るのを待って話を切り出した。
「フマイン。お前はこれからリョウマの付き人になれ」
「え?」
「リョウマは疾紗藩を抜けた浪士だ。今は海軍奉行のカイシュウの護衛をしている。お前もその手伝いをしながら、リョウマから剣を教えてもらえ」
「わ、分かった!」
「さて、それじゃあ改めてよろしくお願いします、フマインくん」
「よろしくお願いします!」
この日より、フマインはリョウマの付き人になる。
そして島国オエドを取り巻く状況は更に慌ただしいものになっていき、時代の節目を迎える事になる。
日本の史実にフィクションを織り交ぜて書いています。
大筋は変えていませんが。