−世界には愛しかない−
ユリとフレデリカの出逢い
〜世界には闇が満ちている〜
わたしがこの世界に対して、そんな結論を出したのは随分前のこと。
わたし達が創り出したその世界で、これまでに色々な種族が繁栄と衰退を繰り返して、地上の楽園を作ろうとしてきた。
だけど様々な理由、主に種族間の争いによって、その楽園が築かれる前に衰退していく。
わたし達は原則、世界には干渉しない。
中には物好きな子もいたけど、短いサイクルで繰り返される世界の興亡に嫌気がさして、長い眠りに入る子達の方が多かった。
わたしも、よく眠っていた方だと思う。
創り出した時は大変だったけど、出来上がったその後は流れに任せようと思っていたから。
だから、わたしが数百年ぶりに起きて世界を見ようと地上を歩いていた時、運悪く捕まってしまったのも、悪い流れに飲まれたんだな、とか、いざとなれば力を解放して逃げ出せばいい、とかしか思わなかった。
だけどそんなわたしの甘い考えは、早々に打ち砕かれる事になる。
変な仮面を付けて、変な事を話す人達。
わたしが連れて来られたのは、地下深くにあるドーム状の天井の部屋だった。
(力が出せない…?)
そう直感したわたしはすぐに逃げ出そうしたけど、わたしを捕まえる為の人達にすぐに捕まってしまう。
ヒトによる物理的な攻撃で死ぬような事は無いけど、その特性に目を付けられてしまう。
繰り返し行われる人体実験。
大きなガラス瓶みたいな機械に入れられて、無理矢理解放した力をただの人間に授けようとしたり、その他にも様々な苦痛を与えられた。
(あぁ、ここからは逃げられないんだ…)
天上族であるわたしがそんな事を考えてしまうほど、毎日は暗闇の中に沈み込んでいた。
酷い実験は最初の数ヶ月で終わったけど、娯楽も無く、力も出せないあの部屋にずっと閉じ込められる日々。
唯一の楽しみは、部屋の片隅に置いてあったモニターで、この施設の外の景色を見る事だけ。
画面は固定されて動かず、映像機械が高い所にあるせいか、鳥類以外の動物も映らない。
そんな退屈な日々の中、わたしが何十年も自我を保っていられた理由は、この人間達に対する深い憎しみだけだった。
『いつか必ず復讐してあげる…』
でもある日、そんなわたしの周りの暗闇は、気持ちいいほど豪快に斬り裂かれた。
「…大丈夫か?私が来たからにはもう、君に嫌な思いはさせない!!」
わたしが閉じ込められていた部屋に入って来て、行く手を遮ろうとする人達を簡単に倒して、そして倒れ込んでいたわたしに手を差し伸べてそう言う彼女の表情は、輝きに満ちていた。
「あなたは…?」
今考えても弱々しくてか細い声だったと思う。
周囲の喧騒に飲み込まれてもおかしくなかったその声を、彼女はしっかりと聞いてくれた。
「私か?私の名前は、フレデリカ・T・ローゼンバーグ。君はユリだな?君を助けに来たんだ。もう安心していい」
その力強い言葉を聞いて、わたしの中の何かが壊れた。
視界がボヤけ、喉が引きつって変な声が出る。
ここに閉じ込められてからずっと、無意識のうちに蓋をしていた感情という箱が開いて、止め処なく溢れ出してしまう。
フレデリカと名乗ったこの女性は、わたしの感情が落ち着くまで、かなりの時間がかかったけど、ずっと側で穏やかに笑いながら待っていてくれた。
フレデリカはわたしが動けるようになったら、わたしの手を握ってくれた。
そのままこの忌まわしき部屋を出て、出口までの道を迷わずに進んでいく。
わたしを捕まえた仮面の人達は結構な人数がいたと思ったけど、その殆どが倒されるか、捕まるかしていた。
そして外に出て、近寄って来た男性に声を掛ける。
「フマイン、周囲の状況は?」
「大体片付いた。君は首尾良く助け出せたみたいだな」
「当たり前だ。私を誰だと思っている?」
「あーはいはい、ローゼンバーグ少佐でしたね」
「うむ!その通りだ。というか、ともと呼べと何度も言ってるがなぜ呼ばんのだ?」
「そう言われてもな、数年前まで各地の戦場で刃を交えていたんだ。そう簡単に呼び方まで変えられんよ。この作戦だって、我が軍の諜報部がここに閉じ込められている天上族がいるとの情報を掴んだからこそ実現したんだ。呼び方くらいで目くじらを立てないで欲しいな」
「確かに情報を掴んだのはそっちが先だが、ウチの情報部がこうして潜入に協力したからこそ、この成功があるんだぞ。ここは中立地帯とは言え、我が国に近いからな」
「それも分かってるって。ほら車が来たぞ、君はその子を連れて行け。自分達はここを完全に破壊してから速やかに国に帰る」
「うむ、了解した。今度はちゃんとした店でディナーデートでもしようではないか」
「あぁいいぞー。君の言うちゃんとした店ってのが居酒屋でなければ、自分もデートだと言ってやる。じゃあな!」
「ああ!またな!」
わたし達を乗せた車が走り出した。
「あの人は?」
「ん?あいつはフマイン。共和国の人間だが、いい奴だ。数年前まで続いていた戦争では、何度もお互いが軍団長として自分の部隊をぶつけ合ったものさ。一騎打ちも何度もした。結局、二人の決着はつかないまま、戦争は終結した。戦場で最後に会って以来、久しぶりに会ったが、あいつは変わらずにいい奴だ」
嬉しそうに、楽しそうに、かつての敵をまるで親友であるかのように話している。
フレデリカはその後も、数々の武勇伝を話してくれた。
車での移動の時間は全く退屈に感じなかった。
あの闇の底のような部屋にいたせいで、わたしが娯楽に飢えていたのも一つの理由だったと思う。
そうして帝都に着いてから、突然わたしはフレデリカと離れ離れになった。
軍人さんに連れて来られたこの部屋にいるように言われたけど、この部屋の大きな窓からは街が一望出来て、あの無機質なモニターからは感じられなかった喧騒や暖かみがあり、わたしはそこからボーッと外を眺めて一日を過ごした。
でもやっぱり、外に出たい。
この光り輝く世界の素晴らしさを、もう一度肌で感じたい。
日に日に増していく想い。
部屋から外に出て、小さな庭に出る事は出来た。
だけど、高い壁の向こうには行かないように言われていた。
「また、こんな部屋で暮らしていくのかな…」
陽が落ち、暗くなった部屋に戻ったところでポツリと漏れた独り言。
ひとりぼっちの部屋に虚しく響くはずだったその独り言に、わたしがいつの間にか待ち望んでいたあの声が応えた。
「そんな事はない!お前はこの素晴らしい世界を自由に動き回っていい!」
振り返ったわたしの目に、息を切らせ、上気した頬のまま語るフレデリカの姿が映った。
「待たせてすまない!お前を私の秘書官にする為、色んなところに手を回していたんだ。手続きの書類も何枚もあってな、研究所の狸ジジイどもがお前に指一本でも触れない為に、全部を読んで穴が無いかチェックしなきゃいけなかった。とまぁ、こんなのは言い訳にしかならないな!…お待たせ!お前は自由だ!!」
「自由…?」
「そうだ!」
この人に助け出されたあの瞬間に全て出てしまったのではないかと思ってたけど、どうやらそれは勘違いだったらしい。
わたしの目からはまた涙が出て来てしまい、フレデリカの姿がボヤけてしまう。
わたしはそれが嫌で、フレデリカの顔がよく見えるように、フラフラと近寄っていく。
そして、やっとまともに見えるところまで来たと思ったら、急に抱き締められた。
「よく頑張ったな…!お前は、自由だ。これからは、お前の好きなようにしていいんだ。だからもう泣くな…!」
もう一度、暖かく優しい声音で[自由]という言葉をわたしに染み込ませてくれた。
わたしは声を出さずに泣きながらも、抱き締められた体勢のままフレデリカの顔を見た。
「あはっ…フレデリカも泣いてる…!」
「違う…これは汗だ。ヒトはな、嬉しいと目から汗が出るんだぞ?」
「嘘ばっかり…!」
そのまま二人で抱きしめ合いながら、そして泣きながら、笑った。
わたしが、明るくて勇ましくて誇り高いこの女性に惹かれるのに、そう時間はかからなかったんだ。
暗くなった部屋でひとしきり泣いて笑った後、わたしはその夜のうちにフレデリカの暮らしているお屋敷に移り住んだ。
帝国での地位は少佐だと言うが、とても立派なお屋敷だった。
門だけでもわたしの五倍くらいの大きさだ。
ポケーっと口を開けて門を見上げているわたしに、フレデリカが話しかけて来た。
「ここは私の養父上の家だ。ローゼンバーグ家は代々、帝国軍部での武門の誉れとして活躍してきた。その功績を称えられて帝都でのこの家と、帝国領内の所領を安堵された。孤児だった私を拾い育ててくれた、立派なお方だ。養父上は現在は退役されて、所領にお住まいでな。私がこの家を任されている。ユリも好きな部屋を使っていいからな」
「分かった、嬉しい!」
「…なぁ、ユリ?自由だ、とは言ったけど、無理に私に着いて来なくても良かったんだぞ?」
「ん?無理なんてしてないよ?わたしは、貴女の側にいたい。だめ、かな?」
「そ、そんな事はない! !私はお前と一緒にいられたら嬉しいぞ」
「うん、じゃあやっぱり一緒にいる。フレデリカの事をこの先も見ていたい」
「分かった。ならば、共に行こう。私の道が続く限り、隣で見続けてくれ!」
「うん!」
「あ、それから、私の事はともと呼んでくれ。私が親しいと思う者、親しくなりたいと思う者にはそう呼んでもらっているんだ」
「わかった。とも…!あ、これ、ちょっと照れる…!」
「くっ…」
「とも?」
「な、なんでも、ない…!(可愛すぎる…!!!)」
「そう?」
「あぁ!よし!家を案内しよう!お前の事も紹介したいしな!」
「うん!よろしくね!」
☆★☆★☆★☆
あれからもう何年も経った。
ともと一緒に過ごして来た日々は、わたしが生まれてから過ごして来た長い時間の中でも、特に素晴らしいものとなっている。
出逢った時に少佐だったともは、その後も昇進を続けて大佐になった。
「軍部内でのしがらみが多くなってきて自由に行動出来ない!」
と愚痴をこぼす事もあるけど、そう語る時の彼女はいつも輝くような笑顔をしている。
そして、運命のあの日、わたしが天上族の誰かの気配を感じたと彼女に伝えたら、あっという間に軍事演習の場を抜け出して来てしまった。
「本当に良かったの?抜け出しちゃって…」
「なに、大事無いさ!私はただ見ているだけの役だったし、その役もちゃんと中佐に任せて来た。指揮を執るのは少佐だし、私の部下も付いてる。それに、私一人がいないだけでガタガタになる様な惰弱な軍では無い!ユリもそれは知ってるだろう?」
「うん、知ってる。そうだね、大丈夫だよね!」
「あぁ。だから行こう。お前が感じるという気配を探りに。友達かもしれんのならば、尚更だ!」
「うん、ありがとう、とも!」
「昔からの仲間と旧交を温めたら、その子にもウチに来ないか誘ってみよう」
「いいの!?」
「あぁ!まったく、この世界には愛しかない!そう思わないか、ユリ?」
「ふふ、そうだね。ともと過ごすうちに、そう実感したよ」
そう、ともと一緒なら、わたしはどんな暗闇にも囚われはしない。
ねぇ、とも?
ともは知ってるかな?
わたしが出したこの世界に対する結論を覆してくれたのもまた、ともなんだよ。
わたし達が向かう先にある、再会と新しい出逢いという期待に胸を膨らませながらわたしは思う。
世界には愛しかないんだ、って。
2017年末に書いていた短編です。