天使ナミット
ガチャリ
僅かに動く度に、手足に繋がれた鎖が、擦れ、音が出る。
何故か、全く声が出ない。
ここは、それぞれの牢屋についている、光る魔道具だけが、唯一の光源だ。
ガチャガチャガチャ
何度壊そうとしても、全く壊れない。
仕方なく、ここから出るのは諦めた。
手足が鎖に繋がれているので、何もやることがない。
ただボーッとすることしかできない。
そんなとき、今日の事が頭を過った。
私は、負けた。
精一杯努力したけど、結局負けた。
上からの命令だったけど、ターゲットに捕まったんじゃ、もう無理かな?
諦めてため息をついた。
実際のところ、助けに来てくれるかも、という淡い期待は無くはない。
しかし、その確率は、零に近い。
私は、ため息をついた。
どうせやることもないので、鎖をガチャガチャして時間を潰す。
……あ、以外と楽しい。
それから、鎖をガチャガチャして時間を潰していた。
一時間位たった頃、かつんかつん、と足音が聞こえた。
私は、鎖で遊ぶのをやめ、来た人物を睨んだ。
光源があると言っても、実際にはぽつんと一つ付いているだけだ。
辺りは薄暗く、ほとんど何も見えない。
「滑稽な姿ね、ナミット。下級天使の貴女に良く似合っているわよ」
と言って、声高らかに笑った。
私は、彼女が誰か把握した。
ひとしきり笑うと、ようやく落ち着いた。
「さて、上から命令が来てるの。中身、見てみる?」
彼女は、どこからか、一つの封筒を取り出した。
私は、一つ頷いた。
「あ、その格好じゃ読めないから、私が読んであげる」
そう言って、彼女は、封筒の封を開け、中身を読み始めた。
「それじゃあ読むわね。『任務を遂行出来なかったので、汝、ナミット=シーナスを、処刑いたす。尚、これについての異論は認めない』だって。残念だったわね、ナミット。バイバーイ」
ニヤニヤと笑いながら、文章を読み、読み終わると、一層ニヤニヤと笑い、魔法、『アイスショット』を放ってきた。
近づいてくる氷の散弾を、どこか、他人事のように見つめていた。
ああ、そっか。私、死ぬんだ。
頭の片隅で、そんなことを思った。
牢屋の中に、氷の破片が侵入、する前に(した瞬間?)、跡形もなく消滅した。
「は?」
は?
奇しくも、彼女と私の呆けた声(私は心の中で)を、ほぼ同時に発した。
「一体どういうことなの!?答えなさい!ナミット!」
怒鳴り散らす彼女に向かって、心の中で、無茶いうな、とぼやいた。
私が喋らない(注:喋れない)ので、さらに私に怒鳴り散らす。
更に、何度も何度も魔法の種類を変えてまで、魔法を放ってきた。
しかし、どの魔法も、牢屋に侵入(多分)すると、跡形もなく消滅した。
それに腹をたてて、また私に怒鳴り散らす。
「何で魔法が届かないのよ!答えなさいよ!」
「魔法を消滅させているんだから当たり前だろ。バカなのか、お前。少しは考えろよ」
答えが返ってきた。……彼女の後ろから。
反射的に、彼女は振り返る。
薄暗くてよくわからないが、声的には、殺害を命令された、型無勝也(確かそういう名前だったはず)だと思う。
「お、お前は、型無勝也!それに、型無拓斗だと!?貴様、どうして生きている!答えろ!」
わめき散らす彼女を、ボーッと見つめながら、型無拓斗って誰だろう?等と思っていると、何も喋らない二人に、しびれを切らしたのか、私にも最初に放った魔法、『アイスショット』を二人に向かって放った。
しかし、何も起こらない。
いや、確かに何かに当たった音がした。
けれど、叫びも崩れ落ちる音も何も聞こえてこない。
「勝也、俺にやらしてくれ」
聞いたことのない男性のものと思われる声が響いた。
「いいけど、ちょっと待ってくれ、準備するから。『世界創造』」
とたんに景色が変わった。
薄暗かった牢屋が、原型を残さず消え去り、代わりにだだっ広い草原が目の前に現れた。
そよ風が気持ちいい……。
「どこだここは!」
彼女が、わめいている。
正直に言ってうるさい。
あれ?まだ声が出ない。この鎖ってこれだけでも効果がはっきするんだ。
「こんな感じでいいだろう。それじゃあ親父、存分に暴れてくれ」
拓斗と呼ばれていた、男性と横に並んでいた勝也は、一歩後ろに退いた。
拓斗っていう人、さん付けで呼ぼっと。
「ありがとな、勝也。ちょっくら肩慣らし程度にアイツを潰してくる、よっと!」
一瞬で拓斗さんが、彼女に肉薄した。
そして、彼女に向かって、アッパーを放った。
彼女は、ギリギリのところでそのアッパーをかわした。
おしい!紙一重で当たらなかった。
その後も、拓斗さんは、彼女に殴りかかっていく。
彼女は、その全てを紙一重でかわしていく。
「チッ、『隕石(メテオライト』!」
キラン、と上空が光り、一つの巨大な隕石が、拓斗さん目掛けて落ちてきた。
「ははっ!おもしれぇ!型無流剣術外伝『咆哮』!」
拓斗さんは、落ちてきた隕石を、素手で殴った。
その衝撃で、隕石が、粉々に砕け散った。
うそん。
「何なんだよ!死ね!化け物が!『流星群』!」
今度は、幾度も上空が、キラン、と光り、さっきの隕石と同じくらいの大きさの、岩が、幾つも落ちてきていた。
「ははっ!おもしれぇじゃねぇか!おい勝也!刀かせ!」
拓斗さんに、刀を渡すように命令された勝也は、渋々といった感じで、一本の刀を取り出して、拓斗さんに、投げ渡した。
「ほらよっ」
「サンキュー勝也。行くぞっ!型無流剣術外伝『鬼』!」
拓斗さんは、上空に向かって居合い切りを放った。
すると、一発(?)の斬撃が飛んでいき、当たりそうだった全ての流星群を切り裂いた。
それを見た彼女は、地面にへたれこんだ。
「何で私の全力の魔法が、ああも軽々捩じ伏せられるのさ。本当に化け物か」
彼女は、卯なだれ込んだ。
「もう死のう。うん、そうしよう。ナイフで喉を切り裂けば死ねるよね。うん、そうだ、そうしよう」
完全に壊れていた。
「勝也、アイツ殺していいか?」
「ん?別にいいが、それがどうかしたのか?」
「ああ、必要なら生かしておこうと思ってな」
二人は、完全に壊れている彼女について呑気に話している。
「別にいいならさっさと殺すわ。『業火』」
瞬間、彼女の体が燃え上がった。
数秒で彼女は死んだ。
……最後はなんだか笑っていた気がする。
怖い。
彼女を燃やして、一息ついた二人は、同時に私を見た。
ごくりとつばを飲み込んだ。
「勝也、どうすんだ、あれ」
「その事についてなんだが、正直なところ、あまり考えてないんだ。さすがに殺すのだけは避けておきたいんだが」
「なら、お前の付き人をやらせればいいんじゃないか?」
拓斗さんの提案に、腕を組んで、考え込んでいた勝也、コホン、勝也さんは、かなり嫌そうな顔をした。
結構ショック。見た目は結構タイプなのに……。中身もだけど……。
「別にいいじゃねえか、そんな嫌そうな顔をしなくても。多分あの娘、そんな顔されたら、内心落ち込んでるかも知れねぇぞ」
正解、お見事。
「んな訳ねぇだろ。内心殺されないかビクビクしているだろ、普通に考えて」
ないない、あり得ない。
別に殺されないかビクビクしてはないけど、付き人になれるんだったらそれがいいな。
「なあ、嬢ちゃん。嬢ちゃんもそう思うよな?」
ほえ?
急に話しをふられて、若干パニックになった。
どう受け答えしようか考えていると、そもそも喋れない事を思い出して、何をしても無駄じゃん、と思った。
私は、口を大きく開けて、息をおもいっきり吐き、喋れませんよアピールをした。
「あ、そういえば、あの鎖、喋れなくなる付与が付けられているんだった。すっかり忘れてた」
小走りに近づいてきた、勝也さんは、鎖に触れた。
すると、パンッと鎖が爆散した。
ついビクッとした。
「ああ、すまない。急に鎖を爆発して。
それで、喋れるようになったが、お前の意見を聞かせてくれ」
ど、どう受け答えしよう?て言うかそもそも話し聞いてないじゃん!
「もしかして聞いていなかったのか?」
こくん
おろおろしていたのがばれたみたい。恥ずかしい。
「そうか、じゃあ今からする質問に正直に答えてくれ。あ、正直に答えるって言っても、所詮三択だがな。
その一、お前の持っている神の情報を洗いざらい吐き、その後、俺、もしくは親父の奴隷?メイド?になる」
ピン、と私の顔の前で指を立てた。
「その二、拷問されてから、情報を吐き、そのまま殺される」
また、ピン、と指を立てた。
「その三、拷問されたあと、殺されて、蘇生されてからまた拷問、というのを情報を吐くまでやる。
この三つの中ではどれがいい?」
私は、勝也さんの目の前で、ピン、と人差し指を立てた。
「一でいいのか?」
こくり、と私は頷く。
参ったな、とぼやきながら、勝也さんは?頭をかく。
「親父、一らしいぞ」
勝也さんは、振り向いて、拓斗さんに言った。
「おお、そうか。それじゃあこの世界消してくれ!腹が減ってきた!」
等と言った。
勝也さんは、やれやれ、といった感じで肩をすくめ、パチンッ、と指を鳴らした。
すると、元の地下牢に戻っていた。
さっきも思ったけど、ホントにすごい。
拓斗さんは、腹へった~、と言い(叫び?)ながら、階段をかけ上がっていった。
勝也さんは、はぁ、とため息をつきながら、拓斗さんを見送った。
そしてすぐにこちらに向いた。
「それじゃあ洗いざらいはいてもらうぞ」
勝也さんは、しゃがんで、私と目線を合わせると、少しドスのきいた声で私に話しかけてきた。
私は、勿論しっかりと頷いた。
「じゃあまず、お前に命令してきた神は誰だ?」
「雷神ネオです」
そういえば、私そいつに殺されかけた気がする。ま、いっか。
「そうか。じゃあどうして俺に刺客を送り込んできたんだ?」
「雷神ネオに、型無勝也を殺すように命じられたからです」
たんたんと答える。……死にたくないしね。
「それじゃあ何故この村にも刺客を送り込んできた」
「貴方が強すぎて手に終えず、それじゃあ今向かっている村を先に襲撃して、絶望しているところに残りの全戦力をつぎ込もう、と思ったからです」
うん。今思えば、バカな事したな、私。
「成る程、道理であの街で偽天使に襲撃されたとき、仕留める、という風ではなく、時間を稼ぐ、という風だったのか」
あ、その事に気づいてたんだ。
「まあ、聞くことはこのくらいか」
はやっ!え?もう少し何かないの?
「はやっ!て顔してるな」
何故ばれた!
「まあ、大体の事は知ってるし、今回の主犯の奴が知りたかっただけだからな」
勝也さんって何者なんだろう?
そもそも、大体の事を知っている、ということもおかしいし、何より、神に目を付けられるって何をしたんだろう?
「さて、最後に聞くことは、お前、どちらの付き人になるんだ?」
「もちろん勝也さんですけど?」
あ、固まった。
「俺?」
「はい、そうですけど?それがどうかしたのですか?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
あ、項垂れた。面白いかも。
「わかった。一応奴隷紋を付けるぞ」
こくんと頷く。
勝也さんが、私のおでこに触れる。
暖かいものが体に流れ込んでくる。
きもちいい……。
流れ込んでいた暖かいものが途切れる。
「終わったぞ」
と言っておでこから手を離し、鏡を渡してきた。
鏡を覗き込むと、首に、魔方陣が刻まれていた。
「ありがとうございます、勝也様。これから貴方様の手足となって働きますので、どうぞよろしくお願いします」
と言って、頭を下げる。
「ああ、こちらこそよろしくな、ナミット」
さてと、ナミットの奴隷化も済んだし、ちょうどお腹も空いてきたから、宴に参加するか。
勝也は、きゅるるるる、と鳴っているお腹を抑え、ナミットを連れて、(めんどくさいので)転移の魔法で外に出た。
全員、お腹が落ち着いてきたのか、先程のような騒がしさはあまりなく、幾つかのグループになって、話している。
いや、一角だけワーワー騒いでいるところがある。
勝也は、盛大にため息をつきながら、その騒いでいる人垣に突っ込んでいった。
人垣を掻き分けて進むと、案の定、拓斗と大柄な男が、大食いを始めていた。
どうやら相当お腹が空いていたみたいだ、拓斗の食べる量が半端なく多い。
いつか倒れるんじゃないかと思うほどである。
その後、案の定倒れて家に運ばれた。
勝也は、焼かれていないお肉や野菜を、大量に焼き、するすると胃に納めていった。
「ご主人様、こんなところにいたのですか」
シャロロが後ろから、まるでそこに勝也しか居ないかのように、話しかけてきた。
もちろん、ナミットは、シャロロの事を睨んでいる。
「ご主人様、明奈様が呼んでおりました」
シャロロは、その視線をどこふく風と言わんばかりに、勝也に話しかけた。
「ん?そうか。ありがとな、知らせてくれて」
「いえ、ご主人様の奴隷として当然の事をしたまでです」
シャロロは、深く一礼した。
勝也は、焼いてあった残りの野菜を食べると、明奈の居るところに小走りで向かった。
明奈は、少し離れたところで、同年代の女子と話していた。
「あ、お兄ちゃん!コッチコッチ!」
勝也の姿に気がついて、ブンブンと両手を振ってきた。
やれやれ、といった感じにため息をつき、スピードをあげて、明奈に駆け寄った。
「どうした明奈。何か用か?」
「ううん、別に用はないけど、なんとなくお兄ちゃんと話したくなってきただけだよ」
にへら、と笑って、勝也の腕に抱きつこうとした。
勝也は、腕をピンッと伸ばして明奈の額につけ、それをせいした。
「何でッ!」
「いや当然だろ」
愕然とする明奈に対し、勝也は、たんたんとしていた。
「最近なんだかんだあって少し寝不足ぎみだから寝てくる。朝まで起こすなよ」
「かしこまりました」
あくび混じりにいうと、シャロロは、一礼して、その場に留まった。
そそくさと家に入ると、水を一杯飲み、寝室に入っていった。