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07F 地球と異世界の裏事情

 



「だから、こっちは例の二人も一緒なんですって! ……ああ、そうだよ! 今朝方報告した二人だよ!」


 神藤さんはスマホに向かって、仕事の上司に対するものとは思えない乱暴な言葉遣いで怒鳴りつける。

 それほどまでに告げられた内容が信じられなかったのか、興奮した様子で何度も尋ね返しているようだが、どうにも相手には要求を曲げる気配がないらしい。


「おいこら! 話はまだ終わって……くそっ」


 しばらくして、ほとんど一方的に電話を切られたらしき神藤さんは、悪態を吐きながら大股歩きでこちらのテーブルに戻ってくる。

 ドカリと乱雑に椅子に腰を下ろした彼の態度に、隣に座っていたシェルヴィさんが眉根を寄せながら問い質した。


「どうした、ジンドウ? またヒラセの無茶振りか?」


 少々訝しげな、けれどどこかこのような事態にも慣れを感じさせる彼女の対応に、神藤さんは苦々しげに答える。


「……この街でダンジョンが見つかった」

「「っ!?」」

「はい?」


 瞬間、ピリリと張りつめた空気がシェルヴィさん、そして聞き耳を立てていたシャルとの間に走った。

 一方、唐突なファンタジー言語の登場に面食らった俺は、目を白黒させながら戸惑うことしか出来ない。


「なるほど、それで私たちに声がかかったという訳か。だが……」


 俺たち……と言うより、正確にはシャルの反応を傍目に窺いながら、シェルヴィさんは曖昧に言葉尻を濁す。


「ああ、俺だってそう指摘したさ。けど向こうは『二人いるなら片方が見張ればいいだろう』って……こいつらはそんな適当に扱っていい相手じゃないだろうが」

「ふむ……だが、近くに私たち以外の丁度いい人間がいないのも事実だろうな。ならば、やはり私たちが対処するしかあるまい」

「そりゃあ、俺たちは万年人手不足ではあるがよ。むしろそっちは大丈夫なのかよ? おたくの王女様を危険に晒すかもしれないんだぞ?」


「――愚問です」


 そう弱り切った顔で頭を抱える神藤さんの反論に答えたのは、他ならぬシャル本人だった。

 凛然とした威風を身に纏いながら、確固たる意志を感じさせる口調で大人たちに告げる彼女の姿は、なるほど一国の頂点に君臨する血族の片鱗を確かに覗かせた。


「この状況において、真に優先すべきは発見されたダンジョンの破壊のはず。例え世界が違えども、民草を守るのは力ある者の責務です」

「……と、言う事だ。姫様がそう決められた以上、私はそれに付き従うのみ」


 シャルの宣言に追従するシェルヴィさんに、苦々しく唇をへの字に曲げながら神藤さんは押し黙る。

 しばらくは何か言いたそうにモゴモゴと口元を動かしていた彼だが、結局は彼女らが意見を撤回しそうにない事を察し、盛大なため息を一つ吐いた。


「はあぁぁあああ…………シャルルーシュ王女はそれで良いとしても、雲雀くんの方はどうするつもりなのですか?」

「はっ、それこそ無用の心配だろう。むしろこの男が死んでくれれば、我々がこれ以上頭を悩ませることもない。素晴らしいことだ」

「おい」


 そう鼻で笑い飛ばしながら至極真面目な表情で口にするシェルヴィさんに、思わずと言った調子でツッコミを入れる神藤さん。うん、俺もそれはどうかと思うんだ。

 事実、それがこの現状を切り抜ける最善の方法だったとしても、黙って犠牲になれるほど俺は聖人ではない。国とか世界のために死ぬほどの覚悟なんて、そうそう決められる訳がないのだ。


 ……けれど、もしも。


 漠然と、想う。

 本当に最悪の局面が訪れた場合、その時に俺は……きっと、シャルのためになら命を投げ出せるだろう。

 故郷のためには無理でも、彼女のためになら死ねる。そう何故だか確信できた。


「大丈夫だよ、ヒバリ。どんなことがあっても、絶対に私が守るから」


 自身を見つめる視線に何を感じ取ったのか、シャルが落ち着いた声色で安心させるよう俺に語り掛けてくる。

 彼女に手を握り締められて、俺は初めて自身が小刻みに震えていたことに気づいた。


 ――どうにも俺は、この様変わりしてしまった非現実に随分と参ってしまっていたようだ。


 情けないなぁ……と、自虐の笑みがこぼれる。

 こうして年下の女の子に慰められるなんて。もっと言えばそれに縋りたくなるなんて、男としてのなけなしのプライドがズタボロに引き裂かれて仕方ない。


 だけど、だからこそ、シャルにこれ以上格好悪い所は見せたくなかった。

 虚勢でもいい。空回りでもいい。それでも無理やりに自分を奮い立たせて見せろ。幻滅だけはさせるな。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 重ねられた手のひら越しにシャルの体温を感じながら、俺は大きく深呼吸した。肺の中の辛気臭い空気をすべて入れ替えるように、深く大きく息を吐く。


 ……よし。


 改めて顔を上げた俺に、神藤さんは苦り切った表情で眉尻を下げる。


「そこで決心されると、外野からは何も言えなくなっちゃうんだよなぁ……しょうがない、全員車に乗って。詳しい説明は移動しながらにしよう」


 ほとんど手をつけなかったコーヒーの伝票を握り締めながら、彼は席を立った。





          *





「大体、一般には《(ゲート)》の出現は偶然だって広まってるけどさ。あれって実は、政府の流した真っ赤な嘘なんだよね」

「え……っ!?」


 神藤さんの運転する車でどこかへ移動する最中、車内で最初に彼が口にしたのは俺の知っている常識を根底から覆すものだった。

 まるで何気ない世間話のように語られる、しかしあまりに衝撃的な真実に俺は数秒の間硬直する。


「なんで、そんなことを……?」

「それはやっぱり、都合が良かったからだよ。地球側にとっても、《()を開いた(・・・・)異世界側にとってもね」


 走っている方向からすれば、向かっているのは郊外になるのだろうか? 車が街の中心部からどんどん離れていく中、神藤さんの話は続く。


「その口ぶりからすると、もしかして地球と異世界が繋がったのは意図的な結果なんですか?」

その通り(イグザクトリィ)。彼らには何としても、新天地に通じる扉を開けなければならない事情があったのさ」


 車が止まる。赤信号を前に停止している間、彼はバックミラー越しに俺と並んで後部座席に座っていたシャルを――異世界の王族を見やる。


「シャル……?」

「……一年前、私たちの世界は滅亡間際でした」


 何だかとんでもなく重い理由が飛び出してきた……え、滅亡?

 思わず彼女の顔をマジマジと見つめてしまうが、その真摯な面差しに虚飾や欺瞞の色は僅かたりとも見つけられなかった。


「原因は大陸の八割以上を占領するに至った魔物の群れ。圧倒的な戦力差を前に、私たちは打開策を別世界へと求めました」

「もっとも、最初は移住に適した地を探す目的での研究だったのだがな。まさかこちらにも我々と同じ人間が暮らしているなど、予想外もいいところだった」


 どこか沈痛な様相を醸し出すシャルの台詞の後を継いで、助手席のシェルヴィさんが補足する。

 魔物と呼ばれる危険生物が、異世界に生息していることは知っていた。だが、まさかそこまで向こうの人たちが追い詰められていたなど、想定の埒外過ぎた。


「えっと、大丈夫なんですか? その……今もこっちにいて」


 心配になって尋ねる。

 たった一人で何が変えられるという訳でもないが、彼女たちギフトホルダーが常人を超える力を有していることは事実なのだ。

 言い方は悪いが、こんなところで油を売っている暇はないのではないだろうか。


「……結果としては、むしろ繋がったのがこの地球であったことが良かったのでしょう。こちらの技術――訓練を受けていない子供であろうと、一定の武力を持たせることが可能となる武器の数々は、魔物たちとの戦況を大きく改善させました」

「結局のところ、一番問題だったのは数の違いだからな。ギフトホルダーと比べて、奴らはあまりにも多すぎる。最下級とは言え、一般兵士でも魔物を相手取れるようになったおかげで、戦線にも随分と余裕ができた」


 信号が青に変わる。車が走り出す振動を感じながら、俺は内心で酷く安堵していた。

 彼女らの口にしている武器とは、つまり銃火器のことだろう。異世界の地で魔物相手にどれほどの役に立ったのかは知れないが、地球人としては何となく誇らしいものを感じる。


 ――けれど。


「――けど、そのおかげで今度は地球側(こっち)に問題が発生してね」


 話はそれで終わらないと、再び会話のバトンは神藤さんへと渡る。

 ハンドルを切りながら、彼は皮肉げに口端を歪めながら語った。


「本来であれば、決して交わるはずのない二つの世界。それを無理やりに繋げてしまった事で、こちら側の次元が不安定になってしまったんだ」

「次元が……?」


 ファンタジー言語に代わって出てきたSFチックな単語に、否応なしに胡乱げな顔つきになってしまう事を自覚する。

 それもやむを得ないことだと割り切っているのか、クツクツと苦笑しながら神藤さんは続けた。


「そう難しく考えなくても良いよ。ようは異世界側から強引に《門》を開けたことで、地球側に悪影響が出てるって話だから」

「……ちなみに、その影響を放置しておくと?」

「こっちの世界が崩壊するらしいね、試したことはないけど」


 あっけらかんと告げられた予測に、俺はたっぷり十秒ほど絶句する。


 いやっ……そりゃあ試せるわけがないでしょうっ!


 政府が――否、おそらくは異世界と関わりのあるすべての国が現在まで隠し続けている秘密を明かされ、俺はその重大さに押し潰されそうになっていた。

 異世界側が《門》を開けた事実を隠蔽するわけだ。もしもこの情報が公になってしまえば、今だって世間に僅かに燻っている反異世界感情が爆発する。


「異世界側としては、今更こちらからの援助を打ち切られる訳にはいかない。地球側としても、向こうにしか存在しない数々の希少資源が惜しいんだ。知ってるかい? まだ一般に公開されてないだけで、既に異世界の素材を使った新技術がいくつも確立されてる」

「だからこその情報封鎖に、交流制限ってわけですか……」


 むべなるかな。民間の反感が強い政策だが、むしろ裏の事情を教えられれば、これ以外の方策が考えられない。


 車の座席でしばらくうなだれていた俺だが、今回ばかりはシャルも声を掛けてこなかった。

 もしかしたら、世界崩壊の元凶を作った側の人間として、掛ける言葉が見つからなかったのかもしれないが。


 シェルヴィさんは用もないのに会話に興じる人でもなく、神藤さんも説明を終えて運転に集中し始めている。

 気づけば車内は何処か、寒々しい無言の空間へと変化していった。




 ……そして、どれほど車に揺られていただろうか。


「さて、全員着いたぞ」


 次に神藤さんが口を開いた時、車外に広がっていたのは街外れにある閉鎖された工場跡地であった。



 

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