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05F 異世界の王族

 



「はっはっは、いやゴメンねぇ。ウチってまだ出来たばかりの上に人数も少ないから、そうあちこちに支部も作れないんだわ」


 そう努めて朗らかに語りながら、黒スーツを着用した彼――神藤 歩武と名乗った男はお冷に口をつける。


 俺の借りていたアパートから場所は変わり、現在、何故だか俺たちが向かい合って腰を下ろしているのは、国道沿いに建てられたチェーン展開しているファミレスのテーブル席だった。

 何でも、急に用意できて落ち着ける場が他に準備できかったのだという。


 確かに、あのまま乱闘の爪痕が色濃く残る部屋で、「さあ話し合いましょう」と言われても、心理的に無理だったろうが。

 それでも個人的には、どこかの施設に拘束されて尋問されると思っていただけに、この状況には些か拍子抜けしてしまっていると言うのが正直な心境ではある。


 とは言え、それはイコール彼らが俺たちに無警戒という訳ではなかった。このまま目の前の二人からシャルを連れて逃げ出す、なんてことは現実的に不可能だろう。

 国家組織が相手と言うだけではない。そう確信させるだけの馬鹿げた身体能力を、シェルヴィと呼ばれていた彼女が有しているのを、俺は身をもって体験している。


 恐らくこちらが行動を起こそうとした瞬間、今も目を光らせている彼女は喜々として俺を抹殺しにかかるだろう。


 いや……逃げ出した後のアテもないのに、俺は何を考えているのか。気分が落ち込んでくる。まるでここ数日の生活が夢だったかのようだ。


 壊れた……もとい、壊された玄関のドアやその他もろもろの後始末は、彼らが手配する業者がしてくれるそうだ。三日もあれば元通りで代金も取らないから心配するなと言われたが、どこにも安心できる要素はない。


 まだ開店したばかりという時間帯もあり、店内に他の客の姿はまばらだった。と言うよりほとんどいない。

 確保したのも壁際の角のテーブルで、わざわざこちらの話を盗み聞こうなどと意識しない限り、周囲に会話の内容が漏れることはないだろう。


 席順は俺の隣に不機嫌そうなシャル、正面に愛想笑いを浮かべる神藤さん。そして最後にその横に、俺を射殺さんばかりに睨みつけているシェルヴィさんが座っている。


 率直に表現して、あまりにも空気が重かった。


「ほら、ここはお兄さんが奢るから、好きに注文していいんだぞ?」

「いえ、俺は朝食を取ったばかりなので……」

「…………」

「ふんっ……」


 そんな俺たちの間に流れる雰囲気を少しでも軽くしようとしてか、神藤さんは殊更に明るい声でメニューを差し出してくる。

 それを俺はやんわりと遠慮し、シャルはむっつりと黙り込んだまま目も合わせない。シェルヴィさんは苛立たしげに鼻を鳴らしただけだった。


「はっはっは、みんな謙虚だなぁ」


 ヒクヒクと頬を引きつらせながら、それでも笑顔を続ける神藤さん。彼は壁際の機械のボタンを押して店員の男性を呼び出し、四人分のホットコーヒーを頼む。

 やや長めの無言の時間を経由し、あまりやる気の見られない男が注文を運んでくる。再び彼が離れていったのを横目に確認してから、ようやく神藤さんは口火を切った。


「いや、うん、まあ。さっきはホントにごめんね? 首大丈夫? ウチの暴れ牛(シェルヴィ)が見境なく暴走しちゃ――」


 ガンッ! と机の下で重い音が鳴った。痛そうに顔を顰めて俯く神藤さんの様子から察するに、隣のシェルヴィさんに足を蹴られでもしたのだろう。


「うぐぐ……とにかく、改めて自己紹介を。俺は異世界対策局所属の神藤 歩武。こっちのおっかないネェちゃんがシェルヴィ・レンディアだ」

「……どうも、雲雀 奏多です」


 丁寧にも差し出された名刺を受け取りながら、俺はどうにも名状しがたい複雑な面持ちで答える。


 一年前、地球の幾つかの国は《(ゲート)》によって異世界と繋がった。

 当初こそ世界規模で大々的に騒がれもしたが、だからと言って大きく世の中が変わったわけでもない。

 やがては時間と共に興奮も風化し、多くの一般人にとって異世界関連の話題は『遠い対岸の出来事』と見なされるようになった。


 だが逆に、その前後でまったく変化がなかったわけでもない。


 異世界対策局――それは国民の大半が認知しているものの、具体的な活動内容についてはほとんど公開されていないという、《門》の出現からしばらくして発足された謎の多い公的機関である。


 表向きには、非正規な手段で渡界してきた異世界人、及び持ち込まれた異世界の物品の取り締まりとされているが、そもそも異世界関係の情報が民間に落ちてこないので、それもどこまで信じていいのか疑わしい。


 無論、そんな隠蔽体質な組織に批判が集まらないわけがない……普通ならば。


 しかし実際は設立当初に数回、野党の新人議員やマイナーな雑誌記事が叩いたくらい。

 大手のマスコミや大物政治家たちが現在に至るまで、皆揃って『存在しないよう』に扱い続ける異世界対策局の存在は、民衆の関心を買うのに十分すぎた。


 そんな組織の人間が、今、目の前にいる。

 これが当事者でなく無関係な野次馬としてならば、好奇心の赴くまま色々と尋ねかけることもあったかもしれない。今となって詮無(せんな)きことだが。


「雲雀くんも気づいていると思うけど、そこにいる彼女は異世界人……それも正規の手続きを経ずに渡界してきた、いわば密入国者だ」


 ビクリと、神藤さんの言葉にシャルの肩が跳ねる。

 その様子を確認しつつ、彼は運ばれてきたコーヒーを口に運ぶ。うげっと眉が顰められた。どうやらブラックは舌に合わなかったらしい。


「まあ、故意か偶然かは別として、同じようなことはこれまでも偶にあったんだよね。俺たちの仕事の一つに、そんな異世界人の身柄を確保して向こうに送り返すことがある……ん、だけど」


 コーヒーと一緒について来たシュガースティックとミルクをカップに注ぎ、クルクルと付属のスプーンでかき混ぜながら神藤さんは続ける。


「今回は、渡って来た人が人でねぇ」

「……このお方は、ラルフィーレン王国が第四王女にして王位継承権第九位、シャルルーシュ・ディア・ラルフィーレン様である。本来であれば、下賤な貴様など口もきけない身分の方なのだぞ」


 疲れたように肩を落とす神藤さんに、そこで初めて今まで無言を貫いていたシェルヴィさんが口を開く。

 胸の前で腕を組みながら、体全体で鬱憤が溜まっていることを主張している彼女の発言に、けれど俺はさほど衝撃を受けていなかった。


 むしろ胸の内を占める割合でいえば、納得の方がずっと多かったかもしれない。


 普段の天真爛漫な調子に隠れがちだが、ふとした瞬間にシャルが覗かせる気品あふれる仕草は、決して一朝一夕に身につくものではない。

 本人が頑なに身の上を語ろうとしないことも相まって、何か事情があるのだろうという事は随分前から予想していた。


 付け加えるならば、俺がラルフィーレン王国なる国のことを欠片も知らないことも、原因の一つとして挙げられるだろう。

 これが総理大臣の孫娘なり、大統領の息子だという話であれば、素直にその凄さが実感できるのだが……何分、異世界の国際事情などとは縁遠い身である。


 偉いことはわかる。しかし王女や王位継承権などと自慢げに語られても、それがどれほど高貴な身分なのか、想像が及びづらいのだ。


「……貴様、その大層な耳と頭は飾りなのか? 私の言葉が理解できたのなら、即座に姫様に跪いてこれまでの非礼を詫びるべきだろう」


 だが、そんなシャルの出自に大した驚きを見せない俺に、シェルヴィさんはなおのこと苛立ちを募らせたようだ。トントントントントンと、彼女の指が二の腕を忙しなく叩く。

 一応、他者の目のある場での実力行使は控えてくれているのだろう……きっと。そうでもなければ、今すぐに掴みかかられそうなほどの怒気を肌で感じた。


 まるで悪鬼羅刹でさえ平伏しそうな威圧感。先刻の苦痛と恐怖が蘇って思わず身体を固くした俺に、隣のシャルが庇うよう身を挺して間に入る。


「シェルヴィ、国が違えば常識も変わるのは当たり前ですよ? こちらでは身分制度のある国の方が珍しいようですし、貴族や王族と言った立場に実感が湧かないのも仕方のない事です」


 そしてそもそも、と。シャルは正面の彼女に見せつけるよう、俺の服の袖を握りながら続ける。


「私は、ヒバリに傅いて欲しいわけではありません。今後、貴女からそのようなことを彼に強要するのは止めなさい」

「…………はっ、申し訳ありません。出過ぎた真似でした」


 シェルヴィさんが発する迫力に一歩も引かぬ、シャルの颯然とした命令。それに少なくとも表面上は冷静さを装いながら、彼女は頭を下げた。

 だが、内心では忸怩たる思いを抱えていることは明白で、一瞬俺を見た際の眼光は、まるで野獣の如き狂猛さを秘めていた。


「ご、ごほんっ!? そ、そろそろ話を戻して良いかな?」


 殺伐とした様相を呈してきた空間に、神藤さんの必死な声が響く。

 そんなわざとらしい咳払いに感化されたわけではなかろうが、シャルとシェルヴィさんは共に矛先を収めた。


「えーっと? それで、どこまで話したんだったか?」

「シャルが非正規な手段でやって来た、異世界の王族だってところまでです」

「そう、それだ」


 額の汗を拭いながら、ホッと神藤さんは一息つきながら話す。


「雲雀くんはまだ理解が薄いみたいだけど、要するに彼女は異世界のお偉いさんなわけだ。そんな人が行方をくらませたから、こっちもあっちも大慌て。急遽捜索隊が編成されて、ようやくこの街で彼女の反応が見つかったのが昨夜のこと」

「……やっぱり、神藤さん達はシャルを迎えに来たんですよね?」

「もちろん」

「……シャルは、向こうに帰ることになるんですか?」

「当然」


 断言されてしまった。当たり前すぎるその返答に、俺は視界が急速に色褪せていくのを感じる。

 つまりそれは、俺とシャルがもう二度と会えないことを意味していた。


 そりゃそうだ。本来は密入国ってだけでも犯罪なのに、相手は異世界の王族なのだ。こうして俺が今もシャルと一緒にいられることも、彼らなりの慈悲なのかもしれない。


 この場合、彼女を匿っていた俺は罪に問われるのだろうか?


 どうにも回転が鈍い頭の中で疑問が湧き上がる。けれど、すぐにどうでもいいことだと消し去った。

 自分でもどうしてここまでシャルに入れ込んでしまっているのかわからない。所詮は出会って数日の、それまでは赤の他人だった少女なのに。


 だけど、それでも。

 離れたくない。俺の傍に彼女がいなくなることを想像しただけで、猛烈な喪失感と虚無感が押し寄せてくる。




 ――それならば、いっそのこと……。




 危険な思考が脳を侵食し始める。

 おかしい。なんだこれは。感情が制御を外れて暴走していた。


 血が滲むくらいに強く拳を握り締めて顔を伏せる。

 今、彼らと目を合わせてしまえば、この衝動を抑え込める自信がなかった。


 ――しかし。


「……の、はずだったんだけど。ことはそう単純じゃなくなったんだよねぇ」


 次に告げられた言葉に、俺はハッと顔を上げる。

 そこには厳しい表情で眉間にしわを寄せる神藤さんと、口惜しげに肩を震わせるシェルヴィさんの顔があった。



 

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