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02F 異世界の魔法事情

 



 目を覚ました途端、視界に飛び込んできたのは美の女神もかくやと言う少女の寝顔であった。


「――――……っ!?」


 危うく驚愕の悲鳴を上げそうになって、ギリギリのところで唇を噛み締めて我慢する。

 朝一で口から飛び出しかけた心臓が抗議するようバクバクと大きく拍動するが、何とかそれを宥めつつ、俺は彼女を起こさないよう下から身体を抜け出させた。


「ああもう、びっくりするなぁ」


 ベッドから立ち上がり、背筋を伸ばしながら小声で文句を言う。パキポキと固まっていた関節が鳴った。

 何度か本人にも注意したのだが、どうにも寝相が悪いのか、あるいは単純に直す気がないのか。毎朝起きるたびに密着されている身としては、いつか致命的な問題が起きそうで怖いなんてものじゃない。


 だったら何で一緒に寝てるんだよ、という話にもなるのだが……そもそも俺は一介の大学生。借りているのはワンルームの安アパートで、彼女にベッドを譲るとなると俺が床に転がるしかない。

 そして、それは居候の身で幾ら何でもという彼女の遠慮と、俺の男としての意地や妥協がせめぎ合った結果が、目覚める度に寿命が縮まるような現在の状況なのである。


 でもまあ、これって男としては完全に見られてないよなぁ……少し複雑な気分。


 俺は気持ちよさそうな顔で毛布に頬ずりしている少女――シャルへと呆れたような視線を送り、やれやれと肩を竦めた。





          *





「ヒバリ、今日の朝食はなに?」

「期待してるところ悪いが、そんな代り映えするようなモノじゃないぞ? トーストとスクランブルエッグに、ソーセージ焼いただけのお手軽セットだ」

「十分じゃない! ヒバリの料理、美味しいから好きよ!」


 シャルは俺の答えに輝かんばかりの笑顔を浮かべ、部屋の中央に置かれたテーブルの前のクッションに勢いよく腰を下ろす。

 その姿に苦笑しつつも、俺は出来上がった朝食の乗った皿をテーブルに並べる。


 彼女を拾った……もしくは拾わされた夜から、今日で五日が経過していた。


 やはり当初から予想した通り、シャルは異世界人だったらしい。

 当人はラルフィーレン王国という国の出身だと名乗ってはいたが、政府の情報封鎖のせいで異世界関係の知識は一般には殆ど降りてこないので、そんな国が本当に存在するのかも俺には判断がつかない。


 まあ、そんなことで嘘をつく必要もないので、多分真実なんだろうけど。


 彼女が語ったのは、他にはシャルと言う自身の名前だけ。

 地球に渡ってきた理由やその方法を尋ねても、彼女は適当にはぐらかすか話をすり替えようとするばかり。

 明らかに何かを隠していそうな雰囲気ではあったが、俺はそれを無理に聞き出そうとは思わなかった。


 自分でも少し不思議だったのだが、恐らくは俺もシャルとの生活が案外気に入ってしまったのかもしれない。


 親元を離れ、県外の大学に進学したのが二年前。当然知人の一人もおらず、ほとんど大学とアパートを往復するだけの毎日だった俺にとって、シャルの一部を除いて明け透けな態度と笑顔は日々の癒しとなっていた。

 無論、彼女がとびっきりの美少女だという事も、まったくの無関係ではなかろうが。


「現金だなぁ、俺も」

「え? 何か言った、ヒバリ?」

「なんでもないよ」


 俺が漏らした独り言に、バターとイチゴのジャムをたっぷりと塗ったトーストを齧っていたシャルが首を傾げる。


「まあいいわ……それより、今日は学び舎に行かなくてもいいの?」

「学び舎って……ああ、大学ね。今日は講義が休みだから、一日シャルの相手をしてられるよ」

「やった!」


 インスタントのコーヒーを啜りながら答えれば、ぴょんと可愛らしくシャルは両手を上げる。その際、寝間着代わりに貸しているパーカーの余っていた袖が揺れて大変に萌えた。


「じゃあじゃあ、あれ! あれ繋いでよ!」

「はいはい、これ食べ終わったらな」


 テーブルを回って対面に座っていた俺の肩を揺らし、シャルが目を輝かせながら催促する。


 彼女は地球の文化に大変な興味を持っており、特にお気に入りなのがネットの大手動画サイトだ。

 基本、俺が出かけている間はパソコンさえ与えておけば、ずっとその前に座って動画を視聴しているので、こちらとしても手間がかからない。


 それでも当然、まだシャルだけではわからない部分もあるので、俺が隣につきながらアレコレ説明するというのが、ここ最近の彼女の日課になりつつあった。


 なお、余談だが俺の借りている部屋にテレビはない。契約する気もない。何故ってそこまで必要性を感じないからだ。


「……そう言えば、シャルは日本語ペラペラなのに、文字の方は読めないんだな?」


 しかし、そこでふと疑問が浮かぶ。


 これまで問題なく会話できているように、シャルは話す方に関しては違和感を欠片も覚えないレベルで完璧にマスターしている。

 一方、初めて会った夜の『ひるつてくたさり』からもわかるように、読み書きの方は壊滅的である。幼稚園児とどっこいどっこいだ。あまりにもアンバランスが過ぎる。


「ああ、それは伝心の魔法を使っているからよ」

「魔法!?」


 だが、彼女の口から飛び出してきたのは意外な答えだった。


「ええ、私に使える数少ない魔法の一つ。だから今の私たちは正確には同じ言葉を喋っているわけじゃなくて、お互いの意志が伝わってるの」


 そう言うシャルの口元を注視してみれば……なるほど、確かに話している内容と口の形が異なっている。

 魔法が異世界に存在することは、向こう側に関して民間で広く知られている数少ない情報の一つではあったが、まさかこのような形で体験することになるとは。


「魔法かぁ……羨ましいな」

「そうかしら? 私からすれば、こちらのキカイの方が便利で羨ましいわ」


 魔法はそこまで万能じゃないわ、なんて室内のあちこちを見渡しながら零すシャル。パソコンしかり、エアコンしかり、電灯しかり。地球人にはありふれた物でも、異世界人からすればそのような認識になるのだろう。


 けれど――


「それでもだよ。便利と憧れは違うものだろ?」


 そう。地球人にって、魔法とは一種の憧れだ。


 空を飛びたい。時間を止めたい。瞬間移動したい。変身したい。動物と会話したい。透明人間になりたい――等々。


 古来より、空想の中にしか存在しないからこそ、そこには夢があった。

 多くの人が夢想し、けれど諦めるしかなかった力を一度でもいいから振るってみたい。そう考えるのは、そこまでおかしい事だろうか。


「いいなぁ、魔法。俺も一度でいいから使ってみたいよ」


 何気なしに、ダメ元でそんなことを呟いてみる。

 それは決して期待していたわけでも、誰かに要求していたわけでもなかった。ついつい口をついて出てきた、軽い愚痴のようなものだった。




 ――の、だが。




「……本当に、そんなに魔法が使いたいの?」

「え?」


 返って来た予想外の問いかけに、俺はシャルの顔をマジマジと見つめる。


「あるよ……もしかしたら、ヒバリが魔法をつかえるようになるかもしれない手段が」

「………………マジで?」

「マジ……? うん……嘘じゃない、よ」


 そう告げた彼女は、何故だが微妙に俺から視線を逸らし、居心地悪そうに自身の身体を抱いていた。

 けれど、その時の俺は目の前にチラつかされた『魔法が自分にも使える』可能性に興奮し、そんなシャルの変調に気づけなかった。


「是非っ! その方法を教えてくれやがりください!」

「ひゃっ!? ちょ、強引だよぉ!」

「あっ……わ、悪い!」


 いけない、思わず彼女の肩を掴んで揺さぶってしまった。言葉遣いもおかしなことになっている。

 俺は一回大きく深呼吸して気持ちを落ち着けた後、改めてシャルに向き直った。


「それで、俺は魔法を使うために何をすればいい?」

「あ、うん。そうよね……別に大したことをする訳じゃ――いいえ、やっぱり大したことかも。でも、ヒバリなら……」


 シャルは何処か自身に言い聞かせるよう、胸に握りしめた手を当てて目を閉じる。

 一方でその真剣な表情に、舞い上がっていた俺は内心に冷や水を浴びせかけられたような感覚を味わった。


 この際、彼女が頬を赤らめていたことに気がつければ、また違った未来が訪れていたのかもしれない。


 考えてもみれば、俺はシャルたち異世界人についてほとんど何も知らないに等しいのだ。文化も社会形態も、普段口にしている食事や言語すら、俺は理解していない。

 もしかして、彼女のその手段とは、何かとんでもない代償があったりするのだろうか。頭をよぎった考えに、背筋に震えが走る。


「いや、やっぱり遠慮し――」


 咄嗟に叫んだ俺の台詞は、しかし、それでもあと一歩のところで遅かったようで――


「ヒバリ! 目を閉じて!」


 キッと口端を結び、覚悟を決めた表情で目を見開いたシャルの強い言葉に、俺は反射的に従ってしまう。


 ――そして。


「んっ!」

「っ? っっっ!?」


 唇に押し当てられた生温かくも柔らかい感触に、身体中に電流が走った。


「んぁっ、ちゅく、ふっ!」


 ギュッと正面から抱きしめられる。誰に? 決まっている、シャルにだ。

 首に回された両腕に力が篭り、布地越しに女の子特有のフカフカプニプニした感覚が全身に押し付けられる。甘ったるい彼女の体臭が鼻孔の中で炸裂し、俺はカーペットの床に押し倒されていた。


 ぬるりと口内に強引に侵入してきたシャルの舌が、俺の舌を絡めとって唾液を混ぜ返していく。念入りに舐り合い、啜り啜られ飲み込まされる。

 鳴り響くくぐもった水音は果てしなく淫靡で、抵抗する間もなく俺の思考は蕩かされた。


「――ぷはっ! はぁ、はぁ……っ!」


 数秒か、数十秒か、あるいはもっとか。

 やがて時間の感覚が薄れるほどの激しい接吻も終わり、シャルの顔がゆっくりと離れていく。ツッーと糸を引く唾液の橋が、先程までの行為が幻や錯覚ではないことを物語っていた。


「しちゃった……キス、しちゃったぁ」

「なん、で……?」


 自身の唇に指を当て、潤んだ瞳で俺を見つめるシャル。そんな彼女に、俺はただ問いかけることしか出来なかった。


「だって、魔法……使いたかったんだよね?」

「そう、だけど……」


 それが何故、このような状況に繋がるのか。わからない、理解できない。

 狂った呼吸を整えながら、俺は必死になって乱れに乱れた頭でそれを考えるのだった。



 

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