魔法
「さて、アルに基礎トレーニングをつけて行く前に確認したいことがあるんだけど。」
「ん?なんだい?」
「アルは魔法を、魔法というものをどこまで知っている?」
「魔法?てあれだろ?人には目には見えない魔力という力があって、それを使い火をおこしたり、水をだしたり、すごい人になると傷を治したりするっていうあれだろ?」
「うんうん、じゃ、アルは魔法が発動する原理ってしっているかい?」
「原理?」
「たとえば火の魔法を使う場合を考えようか。アルは火の魔法は使えるかい?」
「あぁ、火の魔法だけだがな。狩りに出たらいろいろと火は必要になるから覚えさせられた。」
「じゃ、実際にやってみてよ。ちょうどご飯を食べるために火も起こそうと思っていたところだしさ」
わかった、と頷くとアルは目をつぶり呼吸を整え手を前に構えた。
「この世のすべての火を統べる聖霊よ、われにその力を分け与えた前…」
呪文の詠唱をおえると同時くらいに火の玉があらわれ、薪に着火した。
「ふぅ、どうだい?アッシュ?」
ちょっと得意げにアッシュに声をかけたがアッシュの返事は冷たかった。
「全然ダメ。時間かかりすぎ。第一に目を閉じた時に敵に攻撃されたらよけられないじゃん?」
「…う、うん…」
「まぁ、最初はそんなもんだけどね。じゃ、ちょっとみてて。」
そういったアッシュの掌にいつの間にか火の玉があった。
「これで大体さっきのアルの火の玉と同じくらいかな。いつできたか分かったかな?」
「い、いや。」
「アルのやり方は間違いじゃないよ。ただ戦闘中に使えない。野生のモンスターは火に弱いものも多いからすぐ使えるようになって損はないよ。じゃ、どうやるか、ってことを説明しよう。」
そういいながらご飯を頬張る。
「そもそも、なぜ詠唱するのか?ということなんだけどね。魔法を使うために魔力が必要なんだけど、魔力を効率よく変換し、目的の事象を発生させる、ということが感覚的に理解しにくい人が多いんだよ。
それを一定量の魔力を提供することによって、この世のどこかにいる聖霊たちが変わりに魔法を発動している、というのが詠唱魔法なんだ。」
「ふむ。」
「そしてな、聖霊たちは魔法を発動する際に本来必要な魔力以上の魔力を奪っていくのさ。」
「なるほどね。」
「じゃ、俺がやった詠唱破棄について説明するぞ。簡単に言うと聖霊にやってもらっている魔力の変換を自分でやることが出来れば、詠唱はいらないと、ただそういうことなんだよ。」
「簡単…なのか…?」
「じゃ、火が起こる現象を説明できるか?」
「え…えぇと…」
じゃ、魔法を使わないで火をおこしてみてよ。」
「確か…木と木をこすり合わせると火が起きるとか…なんかで聞いたことがあるな。」
そういうとアルは手ごろな木を探して木をこすり合わせてみた。
が、いっこうに火はつかない。
「ははは、まぁ、そんなもんだ。そのやり方はそうとう体力が必要なんだよ。」
そういうとアッシュは木の枝を2本と木の板、ちょっと太めの紐1本を用意した。
「まずは紐を一部ほぐしておく。そしてこの板にちょっとしたくぼみと切り込みをいれて、くぼみ合う程度に削った枝をあてがう。もう一本の枝の両端に紐を縛って、弓のようにし枝に巻き付けて、前後に引く」
そうこうしているうちに煙が出てきた。
「お。おぅ、着きそうだぞ」
「アル、ほぐした紐をあてがって!」
「あぁ」
「うぉー!」
そこからはあっという間に火がついた!
「ハァ、ハァ」
「ついたね。」
「このように…魔法を使わなくても…火を…起こすことが出来ます…」
「実際にやってみたけど大変なんだね。」
アッシュが水を一杯のんだ。
「でだ、今の一連の動きを解説します。手を動かし、木と木をこすり合わせると、木が摩擦で熱を持ちます。ただその段階での熱ではちょっと熱くなるだけで火はつきません。そのまま火がつく温度になるまでこすり続けるか、今回みたく火種を用いてそっちに火がつくようにします。素材によって温度は違いますが、ある一定以上になると火がつきます。ここまではわかる?」
「なんとなーくわかる、気がする」
「この一連の流れをすべて魔法で行う場合は詠唱破棄が出来ます。いくつかやり方がありますが、まず右手の掌の上に魔力の塊ができるようなイメージをします。ほらアルもやってみて」
「お、おう」
「イメージできましたか?ではそのイメージした魔力が…そうですね、油にでもなるような、火がつきやすいものをイメージします。そして左手の上にも同じように魔力をためます。こちらは体の温度の一部を移動ししどんどん温度が高くなっていく様子をイメージしてください。もう自分の左手の上ですごい熱を帯びているでしょう?そしてその二つを合体させるようにイメージしてください。」
言われた通りに行動したアルベルトの手の上には火の魔法があった。
「な?詠唱なしでもできただろう?」
「う、うん。」
「消えるようなイメージをすれば消えるし、飛ぶようなイメージをすれば火の玉を飛ばせるよ。」
そういうと同時くらいにアルは火を消した。
「おぉ、上手上手、やれば出来るじゃん。」
「はぁ、はぁ、これはこれで…けっこう疲れるな。」
「たぶんどれだけ魔力を使えばいいかわからず使いすぎたうえにもともとの魔力が低いのだろう。」
「そう…か…」
「まぁ、魔力も体力とにててな、走る練習をすれば長く走れるように魔力も使っていくうちに何回も打てるようになるさ。」
「なるほど…ね…」
「じゃ、もうちょっと補足するよ。魔力は実はかなり便利ですごいものでね、その性質はいろんなものに変えられるんだ。さっきは火をおこすためにわかりやすく油のようなものをイメージさせたけど、氷になるように、温度がどんどん低くなるようにイメージすれば氷の魔法にも出来る。つまり性質変化が自由にできる。そして温度の変化も自由。10の魔力があれば10の効果を発揮することが出来る、これが聖霊の力を借りる場合は10の魔力で3か4程度。つまり変換効率がいい。」
「なんか、どんどん説明が難しくなってくるな。」
「まぁ、後々覚えていけばいいさ。かんたんにいうと魔力は好きな時に好きな分だけ好きなもの好きな大きさに好きな形に変換することが出来るんだ。」
「なるほどね。魔法て奥が深いんだな。」
「さて、ここまでが魔法の基礎の基礎だ。ここからが強くなるために必要な話だ。」
「なに!?」
「さて問題だ。俺の格好をみて疑問に思うところがないか?」
「疑問に?」
あらためてアッシュの格好をよく見てみる。
真っ白いマント、腰には剣、そして荷物を入れる袋がある。服装はどこにでもある旅人用のいい生地の服だ。別段変な部分はない、と思う。
「うーん、わからん。」
「あれ?すぐわかると思ったんだけどさ。まぁ、いいや。俺さ、鎧とかそういう防御力をあげるようなものは一切付けてないんだけど、気付かなかった?」
「あー、そう言われたら確かに。」
アッシュほどの実力者なら敵の攻撃を回避することも出来るだろうけど、それにしてもほぼノーガードと言われたら確かに違和感だ。
「なぜ防具をつけないか?ということなんだけどな。それは敵の攻撃を食らわないからさ。そういうと当たり前に聞こえるけどさ、敵の攻撃を食らわないって難しいことなんだよ。それを可能にしているのが魔法なんだ。」
「つまり?」
「つまり、魔力を変換し体を動かすエネルギーに変える。そうすると、人間の限界以上の速度を出すことが出来るんだ。」
「あ」
そういえばヤマアラシと戦いの時も人間以上の速度で動いていた時があった。
「動くときに使う筋肉を魔力で強化し移動速度を上げる、そのままだと足に負担がかかるので魔力で常に負担を軽減または相殺する。それで人間以上の動きが可能だ。それと同時に目の周りの筋肉も強化する。眼筋と呼ばれる筋肉だけどこれを強化すると動いているもをとらえる動体視力というものを強化出来るんだ。俺の戦いは肉弾戦が多いようにみえるが、その実ずっと魔法で肉体の強化や保護、補助をしているんだ。そのためわざわざ自分の動きを封じるような防具などは付けない、それでも攻撃くらってしまう時はすぐに回復魔法を自分にかけるか、魔法で肉体強化しそもそものダメージを減らしていくか、という形で戦っているんだよ。」
「それがこれから俺が覚えてやっていくことか」
「その通り、そのためには魔法の原理とかを知っておかないと時間だけがかかるからね。ただ瞬間瞬間で魔法を使うやり方をしないとすぐに魔力が枯渇するよ。俺でも常時発動しっぱなしなら1~2時間程度しか持たない。それを必要な時に必要な分だけ使うようにすればまず枯渇することはないだろうな。」
「言っていることはわかるんだけどさ。それが本当だとして、世間でその技術を使っている人がいるなんていう話は聞いたことがないんだけどさ。それだけ難しい技術ということかい?」
「それは違う。魔法と聞くとみんな火を出す、水を出す、そんなことばかりをイメージしてしまい、そもそも肉体強化に使えるなんていうのを知らない人の方が多い。魔力は魔法を使うためだけのもの。それが性質を変えて人の筋力アップとか防御アップに役立てるというのはそもそも理外のことなんだろうな。それでも無意識で使える人もいるよ。たとえば格闘技や剣術の実力者。トレーニングのすえとはいえ瞬発力や一瞬の攻撃、間合いを詰めるときの足取りなんかに魔力を知らないうちに込めて使っているよ。普通は相当な鍛錬をしたのちに一部の人が身につける能力を意図的に発動するのがこの魔法のいいところであり真髄だ。」
「じゃ、これから毎日魔法の練習か…」
「いや、肉体的なトレーニングもするよ。素の肉体が強くなれば消費する魔力も少なくて済むからね。午前中は体力的トレーニング、午後から魔法を使ったトレーニング兼移動、時間を見て実践トレーニングという形で進める予定だよ。」
「予想以上にハードなんだな…」
「まぁ、1カ月ほどで勇者になるための最低限の力を身につけるためだからね。」
こうしてアルベルトの修行が始まった。