ワナビ死す
『小説を書き慣れていると思われ。平易でわかりやすい文章はとても好感触です。しかし一方で、世界観やキャラクターの機微にいまいちリアリティが感じられず、納得感に欠如したまま物語が進行してしまっています。もっと様々なジャンルの本を読んで立体的な表現力を磨きましょう』
自宅のデスクに向かい、偉そうなお説教の綴られたA四用紙の束を握り締めて、俺は震えていた。
某レーベル新人賞の二次選考落ちを告げる、編集部からの『ハートフルお便り』である。
――うるせぇ! 書き慣れてて悪かったな、こちとらワナビ生活六年目じゃあ!
まず、そもそも文章力なんぞに如何ほどの意味があるというのか。
もし仮に文章力が作家としての戦闘力だというのなら、ツイッターでWEB上がりの作家先生がドヤ顔創作論を晒しているはずないだろ。
そんなものを褒められてもまったく以って無意味なことは、投稿暦二年目の段階で既に嫌というほど実感させられている。
つまり、暗にそれしか褒められそうなところがないと言いたいのだろう。最初からそう言えってんだ、回りくどい。
――次に『リアリティ』とかいう無駄に意識高い系のワード!
お前(どうせ読んでるの下読みだけど)、自分とこの去年の大賞作読んで同じこと言えんのかよ?
異世界転生主人公がニコポナデポで奴隷幼女と女騎士とエルフの姫を侍らせて、チートと幸運で大勝利の典型的ご都合主義だったじゃねーか! リアリティどこだよ、言ってみろ。
それでも売れてりゃ文句はねえ、商業作品は売り上げが正義だ。
ところがどうだ? 唯一、俺も「お、ちょっといい感じじゃん!」とか思ったシーンが、実はやる夫作品の丸パクリで後に発覚大炎上。怒れるワナビと暇人どもの検証過程で、中世知識のほぼすべてがウィキペディアからのコピペ(俺もよく参考にするけど)という新事実も浮上しつつ、最後は回収騒ぎの封印指定と来たものだから、救いも何もあったもんじゃねーぞクソが!
……やめだ、喚いたところで落選の事実は変わらない。虚しさが増すだけだ。
俺は血が上った頭を冷やすべくマウスを操り、最近ハマっているスマホRPGのPCアプリ版を立ち上げた。何せ、スマホアプリのくせにスマホではろくに動作しないのだ。
――は? メンテ?
……くっそ! そういえば今日は大規模アップデードの準備が入るんだったか。おかげでスタミナだだ余りじゃねーか……。これでろくなアプデじゃなかったらいい加減ご理解放棄して「や」のつく実業家兼ブロガーに炎上ネタ垂れ込んでやるからな、クソ運営。
――まったく、今日はついてねぇ。
八つ当たりは百も承知でデスクを叩き、勢いよく椅子の背もたれに体を投げ出した。
しかし、お値段通りチープな造りの激安チェアが運動不足で今年七五キロまで増加した体重を支えきれるはずもなく、俺は無様にも真後ろにひっくり返った。
――瞬間、目の前で火花が散った。
運が悪かったのか、あるいは因果なのか、二年前に通販で買って一週間で放り出した鉄アレイに後頭部がクリーンヒットしたのだ。
人ってこんな簡単に死ぬものなのか――そんな感慨すら抱くこともできないまま、俺の意識は混沌の水底へと真っ逆さまに墜ちていった。
嗚呼、神さま。
願わくば、死ぬ前に一冊だけでも小説を、滅茶苦茶かわいいイラストに飾られたライトノベルを、出版したかった――――。