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嫌な男

自分の行動が信じられない事がある。


意識して、誰とでも一定の距離をとってきた俺が、

今、人目に晒されるのをものともせず、

桐原を腕の中に抱えている。


意外と簡単にできてしまうものなんだ・・・こういうドラマみたいな事って。

とか、冷静に分析してみたりする。


保健室に入ると、おや?というような表情で養護教員が顔を上げた。


たちばなさん、急患」

「みたいだね。そのままベッドに寝かせて」


カーテンで仕切られたパイプベッドに桐原を寝かせる。

この保健室には、よく入り浸っているから手馴れたものだ。


「ご苦労さん。まぁ、茶でも飲んでけよ」


スタイルが良いと女子に人気の養護教員は、薬棚を開けながら、

もはや、なじみ客が来たかの様に俺を迎えた。


「3年6組桐原リコ。朝から熱があったみたい」


在室表に桐原の名前を記入しながら説明する俺を、

橘は珍しいものでも見るかのように、凝視している。


「なに?」

「・・・いや、おまえが女の子に優しいのも珍しいと思って」

「俺はいつでも誰にでも優しいよ」

「そう?まぁ、そういう事でいいけど」


橘は意味深に笑いながら、学年名簿を開いて保護者の連絡先をメモしている。

橘真人たちばなまこと。喰えない男だ。


教員というにはくだけ過ぎた物言いと、年齢不詳の容姿。

つかみどころがないけれど、俺はこの人が好きだった。


「あ、トーマ?オレ。リコが熱出した。今から来れる?」

橘は、まるで友人を遊びに誘うように、軽口を叩いた。


「あん?熱が出たのは俺のせいじゃないし。ん?そんなん俺が知るか」

橘は、機嫌悪そうにガチャンと受話器を置いて、俺を振り返る。


「今から、すっげぇ嫌な男が来るけど、興味ある?」

そんなこと言われても・・・。


「っていうか、桐原大丈夫なの?」

「熱は高そうだから、医者に連れて行かせるよ」


橘は、ワシワシっと頭を掻いて、あ〜煙草吸いてぇ・・・ってつぶやく。

そうとうストレス感じてそうだ。


「それが仕事じゃねぇの?」

「養護教員としてこんな事いうのも何なんだけどさ、俺が触るの極端に嫌がるんだよ・・・こいつの保護者」


苦虫噛み潰したみたいな顔。

いつも飄々としているのに、珍しい。


「橘さん、桐原の親と知り合い?」

「親とも知り合いだけど、今から来るのは親じゃねぇよ」

「だれ?」

木場冬麻きばとうまリコの今の保護者」


今の保護者が親じゃない事より、橘さんが桐原を、

リコって呼び捨てにした事のほうが、気になった。


そんな俺に気が付いた橘さんが、ピクリと片方の眉上げて、

椅子の背もたれまたいで抱き込むかたちで、行儀悪く座った。


「本宮がリコね・・・っていうか、リコが本宮?」

「はぁ?唐突に何と言い出すのかと思ったら・・・勘違いだっての」

「・・・勘違いかどうかは、まだ分かんないだろ。少なくともリコは、おまえに気がありそうだ」

「何処をどうみたら、そういう結論になんのかなぁ」


保健室の白い壁にもたれて、わざとでっかい溜息ついた。


「コイツが、気ぃ許してない男の腕に、黙って抱かれてるタマかよ」

「熱で歩けないってだけだろ」


「でも、四宮を選んだんだろ?」

確かにそれらしい事は口走っていたけど、

だからと言って、桐原が俺を好きだというには、結論が早急すぎる。


「あ・・・予鈴」

あと5分で授業が始まる。


「まぁ、待てよ。在室証明だしてやるから」

「おいおい・・・仮にも教員が、そんなこと言っていいのかよ」

「教員だと思ってその態度かよ?」

「まぁ、確かに・・・」


壁に立てかけてあるパイプ椅子出して、座る。

なんだかんだと言って、言いくるめられてるあたり、俺もまだまだだ。


「橘さんてさ、今いくつなの?」

10分位しゃべっって、もう廊下は静まり返った時、

ずっと気になってた事聞いてみた。


「ぴっちぴちの35才」

意外にあっさり返事が返ってきた。

何か勝手に、もっともったいぶるのかと思ってたから、拍子抜けした。


「・・・微妙」

「何が?」

「いや、ぴっちぴちのくだりが」

「年齢なんてくだらねぇよ。この赤ん坊が」


この人が乱暴な口調なのは、俺と二人のときだけだ。

一応は教員だけに、職場ではネコ被ってる。

ネコ被り同士、なんとなく分かり合ってしまって、

楽でもあるけど、時々困る。

何せ相手のほうが、年季も入ってる分、上手だ。


「ぴっちぴちだろ?」

「可愛くないね・・・その顔除けば」


苦笑いでそういった後、橘さんが嫌な顔で眉間にシワ寄せた。


「来た・・・」


ごく小さい靴音。コツ・コツ・・・規則正しい。

この部屋の前で、ぴたりと止まって、引き戸が開いた。


「ゲッ・・・相変わらず嫌味くさいスーツ」

その場に登場した男を見て、橘さんが露骨に嫌な顔向けて、

聞こえるように「ゲッ」って言った。


正に「見上げる」っていう表現がピッタリの長身。

橘さんいうところの嫌味なスーツは明らかにオーダーメイド。

厚い胸板にひたりとそってる。

端整な彫りの深い顔立ちは、普通に生きてて出会えるのが不思議なくらい綺麗で、

絶対一般人じゃないだろって、思った。

大人の男の迫力。


「真人。リコは?」

天はこの男に、二物も三物も与えてる。

めちゃめちゃいい声。女なら腰砕けそうな。


「リコは?じゃねぇよ。朝から熱だしてたらしいぞ。コイツが助けてなかったら、行き倒れてたところだ。」


視線が俺に降りてきて、でもニコリとも笑わない。

「それは・・・申し訳ないことをしました」って、俺に軽く会釈して、

彼・・・木場冬麻は、ベッドのカーテンを引いた。


「リコ」

言うが早いか、まるで重さがないみたいに、フワリと桐原を抱き上げた。


クッタリと力ないままの桐原が、「とうま・・・」って一言いって、

首に手を回した。


なんか・・・絵になりすぎ。


不謹慎なくらい、「お似合いって」思ってしまうのとは別に、

咽のあたりまで、ムカムカ変な感情が湧き上がってきた。


「真人、しばらくは休ませるから、適当に担任に通しといて」


丁寧な口調で、乱暴な事をいう男だった。

完全に、俺は無視だった。

なんか、最初から居ないみたいに、視界に入っていない感じで。


「さてね。リコ次第。そいつが明日も登校したいって言ったら、俺は帰さないし」

橘さんがいつもの飄々とした感じで言ったら、木場冬麻の表情が揺れた。


「お前が居るからこの学校に通うの許可したんだ。俺を裏切るな」


うっ・・・って咽がなるの、必死で堪えた。

美形が凄むと、すごい迫力だった。


凄まれた橘さんは、さすがにいい性格で、別に怯んだ様子もなく、

またワシャワシャと頭を掻いた。


「裏切るもなにも、最初から俺はお前の味方じゃねぇよ」


睨み合ったまま、一触即発の雰囲気だった。


「とーま・・・」

空気が変った。二人が同時に、一歩ずつ引いた感じで。


ごくごく小さな声で、うなされるみたいな桐原の声。

苦しそうな息遣いが、大きくなった。


絶対わざとだ。一瞬にして空気を変えるのは、彼女の得意技。


「帰る」

それだけ言って、木場冬麻はきびすを返した。


背を向ける瞬間に、なぜか鋭い視線を投げてきたのを、

俺は気が付ついていた。

今度は怯んだりはしなかったけど、

なんだ・・・ちゃんと俺の事、認識してるんだって、変に納得した。


その視線の意味に、まだ気付いてはいなかったけど・・・。


「な?嫌な男だろ」

木場冬麻が出てった後、橘さんがニヤって感じで笑った。


「嫌なっていうか、怖そうな人っすね・・・」

「別に怖かねぇよ。あれで意外に小心者だし。誰かれかまわず威嚇するあたり、お前さんよりよっぽどガキだ」

あ、あれって威嚇だったんだ・・・って妙に納得した。

木場冬麻が小心者だってのは、ちょっとまだ同意しかねるけど。


「ちょっと来いよ」って言って、廊下に出た橘さんは、

校舎の突き当たりまで歩いて、窓の外眺めた。

教員駐車場の端にある来客用に、見慣れた四つのわっかが光る、黒い車。

ちょうど桐原が乗せられるところだった。


「あれから・・・リコを救ってやれるか?」

車が出て行くの見ながら、橘さんが言った。

意味が分からなかった。


「桐原、普通に抱きついてましたけど・・・?」

「あれは、リコじゃねぇよ」

「わっかんないなぁ。何が言いたいわけ?」


ちょっとイラついた。何の説明もなく、そんなこと言われても・・・って。

そしたら、「ついて来いよ」って、橘さんが歩き始めた。

さっきまで俺と桐原が居た、十字塔のほうへと。

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