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賢一郎に関する明良の見立て

「あー、なぁるほどなぁ」


 喫茶店でそんな障りのある話を長々する気になれなかった二人は、ケーキを分けあって食べた後、歩いて、駅前のおしゃれで食事も美味しい居酒屋の半個室に移動した。

 そして、料理をつまみながら一通り聞き終わると、明良は複雑そうな顔をして呟いた。


「成程って何よ、どういうことよ」

「まぁ、塚本さんの行いは、同じ男としては、情けないモンがあるけどなぁ」

「なんなの、その言い方、加奈が悪いとでも言いたいの!?」


 返答如何によっては絶対に許さないとばかりに睨まれて、明良はそうじゃないよと真琴をなだめた。


「つまりはな、端的に言っちまえば、塚本賢一郎という男は度量が小さくて、倉田加奈子さんという素晴らしい女性に相応しくなかったってことだろう」

「……何が言いたいの」

「これは部外者である俺の個人的見解ってやつだぞ」


 だから絶対そうだっていう確証はないんだがね、という前置きのあと、明良がその男らしい低めの声でゆっくりと確認するように続けるのを、真琴はグラスに口を付けながら聞いていた。


「倉田さんは、人間として、上等の部類だよな。あんだけ心底他人を思いやれるってのは、道徳の時間には教わってきたけど、そう出来るこっちゃない。まぁ、人によっちゃ、良い子ぶってるとか、押し付けがましいとか言う奴もいるかもしらんがね」

「そんなのそう言うヤツがヒネてんのよ!」

「その通りだよ。まぁ実は俺もちっとヒネてる方だから、以前真琴さんのことでチクリとやられた時には、余計なお世話と思わんでもなかったが」

「何それ聞いてない!」

「言ってないからな。まぁ、クギ刺されたってとこだよ、俺の品定めだな。……真琴さん、倉田さんに大事に思われてんだぜ。良かったな? 片思いじゃなくて」


 そんなの知ってるわよ、と言いながらも、嬉し気にはにかむ真琴を見て、明良は、くそ可愛すぎだろコイツ、イイもん見た、でも次は俺のことでこういうカオさせたいもんだ、などと一瞬見惚れかけた。


「で、だ。翻って考えると、塚本さんは真面目かもわからんが、どっちかってぇとそれだけだろ。顔と頭はいいかしらんが、人間的に言や、倉田さんの方が上だろ。真琴さんじゃないが、あの二人のどちらに敬意が持てるかと言ったら、倉田さんの方だ」

「加奈はめったにいないイイ子だもの! でも、それとこれと何の関係があるって言うのよ」

「真琴さん前に言ってたろ、倉田さんは塚本さんにはもったいないって。他のヤツも言ってんじゃねぇ? 新しい女って、年上って言ったか? やっぱり塚本さんは女には甘えたいタイプか。倉田さんかなり塚本さんを甘やかしてただろ」

「一途に尽くしてたのよ!」

「そうだな。でも、自分より年下の女に、コイツにはかなわないって思いながら尽くされるのは、塚本さんの好みじゃなかったってことだろう」

「まさか、そんなちっさい考えで、こんな長いつきあいの加奈を、今更になってあんな傷つけたっていうの!?」

「俺の見立てでは、だぞ。新しい女に会ったのが切っ掛けかもな。それではじめて己の本心に気付いたとかな。まぁそうだとしても、男としては情けない話だ。全部なかったことにしようなんざな。少なくとも、別れる前に、まっ正面から対峙して、キチンと話してケジメをつけるべきだろう。でないと、余計にこじれるってもんだ。倉田さんでなきゃ、即刻ド修羅場に突入してたんじゃないか? もっとやり方ってのがあるだろうに、何を考えてこういう方法をとったんだろうな」


 賢一郎は、加奈子の人の好さにつけ込んだ。加奈子から話を聞いてからずっと、真琴はそう感じていた。だからこそ、ハラがたっていたのだが、こうして明良の考えを聞くと、一々それが腑に落ちてしまい、余計に怒りが込み上げてきた。

 そして、何も出来ていない自分が、心底情けなくなった。


「俺はあの二人とは特に親しいってわけじゃないからな、他人には分からん事情があるかもしらんが。ただな、俺にはどっちかっていうと、あの二人のうち、倉田さんの方が塚本さんに惚れてるように感じていたんだが」

「そんなこと……!」


 真琴は反射的に否定しようとした。だが加奈子から聞いた指輪の話を思い出して、否定出来なくなった。

 それを見て、明良はそうだろうと言うように頷いた。


「俺には塚本さんがそんな惚れ込むほどの大層なヤツとは思えなかったが、ま、恋は理屈じゃないしな。倉田さんには可哀想なことだが、努力すりゃ必ず報われるってもんでもないし」


 そんな、そこまで分かってたんなら、なんでもっと早く教えてくれなかったの、そしたら、加奈に、もっとなんとか、してあげられたかもしれないのに。

 真琴は力なく、か細い声で明良を詰りながらも、違う、こんなことが言いたいんじゃない、自分の力が足りないから加奈子を助けられないだけだと自己嫌悪に駆られ、俯いた。

 こんなの、まるきり、全然悪くない明良のせいにして甘ったれているだけだ。自分が情けなくて仕方ない。

 明良は、そんな真琴の頭をポンポンと撫でた。


「まぁ、俺だって話を聞いて後付けだから言えるってところがあるしな。あのな、真琴さん、人の恋愛事情に口挟むのって、すげぇ難しいことだと俺は思うぜ。恋愛って、究極の個人間の関係じゃねぇ? ま、他人が絡んでくる様々な要素ってのはたくさんあるが、結局のところ、その一個人が、相手を好きかどうかってぇ部分は、完全にその個人の意思だろう。誤解とかすれ違いとか言っても、最終的に決めるのはソイツだ。そこは他人が関与できるもんじゃないよ。俺がすげぇ一所懸命真琴さん口説いても、誰かを巻き込んで真琴さんを説得してもらったとしても、真琴さんが応えてくれるかってのは、最終的には真琴さんが決めるんモンだってのと同じことだよ」


 そうだけど。俯いたまま、真琴は小声で答えた。


「だからさ、真琴さん。真琴さんが何をしてもしなくても。この状況は変わらなかったさ」


 ポンポン。もう一度、さっきよりもさらに優しく撫でた。


「友達思いの優しい真琴さん。俺は大好きだぜ。その、俺の大切な真琴さんに、俺からのアドバイスだ。あのな。そのままの真琴さんで、そばにいればいいんだよ。何をする必要もないんだ。自分を大切にしてくれる存在が、黙ってそばにいてくれる。それだけで助けになるってこと、あるだろ?」


 真琴は目を見開いて明良を見つめた。


「……そんなんで、いいの?」


 明良は優しく頷いて真琴を見つめ返した。


「逆に言や、それしか出来ないってこった。でもまあ、自分一人でしか立ち向かえない問題にぶち当たった時なんかにゃそんな味方になってくれる存在が最後には支えになるって、そう思わないか?」

「うん……。そう、思う。私もそう思うよ」


 真琴は新たな目で明良を見た。

 男にしては悪くないと、だんだん思うようになってはきていたけれど、ここまで心に響く言葉をくれた人なんて今までいない。この人、こんなイイ男だったのか。

 こんな男、めったにいない!

 今まで軽く聞き流していた口説き文句が、頭の中に全部一気に巻き戻ってきて、アルコールに強い筈の真琴の顔を赤く染めた。

 真琴はこらえられない衝動に駆られて口走った。


「……私、明良が好き」

「……もう一回言って!」

「え、あ、今のなし!! じゃなくて、えっと、もっとちゃんと言い方考えてからっ、じゃなくて!! ――わーん、もううちに帰る!!」

「帰すか!!」


 居たたまれなくなり立ち上がって逃げ出そうとした真琴は、腕を掴まれて、明良の隣の席へと引っ張り込まれた。


「今日は絶対帰さないからな」

「わ、わ、私、門限あるし!!」

「おまえ一人暮らしじゃねぇか」

「あ、や、えと、そうっ、今日は部屋の掃除をしないといけない日だから、また今度!!」

「俺んとこは部屋も広いし、どうせなら今日から転がり込んでこいよ、したら、真琴んちの掃除も俺がしてやるし、ついでに引っ越し準備もしてやるよ。さーて、モールに車回収に行くか。俺今日まだ酒飲んでないから、真琴もうちで飲み直そうぜ、おふくろんとこから良い酒持ってきてあんだよ」

「ていうか、アンタ何さらっともう呼び捨てしてんの、何勝手に決めてんのよ、私はもう今日は十分飲んだから遠慮します!! 加奈に電話もしたいし!!」

「うちからでも掛けられるだろ、どうぞ気兼ねなく、これからは俺んちを自宅と思ってくれていいし、話してるときにはちゃんと遠慮するから」

「ヤダヤダ!」


 明良はこれ以上ないほどの上機嫌で、真琴をしっかりホールドしたまま、嬉しそうに笑った。

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