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真琴は明良に見つかった

「何してんの? 真琴さん」

「わぁっ」


 真琴は文字通り跳びあがった。人間、ここまで驚くと、本当に跳びあがれるんだな、などと、心の片隅で妙に冷静に思いながら、目の前に突然現れた大学の同級生だった男の腕をひっつかみ、今は吹き抜けを挟んで向かいの店にいる賢一郎達に見つからないように、慌ててその場を足早に離れる。


「ねぇ、何してんの? 真琴さん」

「驚かさないでよ! 名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ、高野君こそ何なの、いきなり目の前に現れないで、心臓止まるかと思ったでしょ!」


 大学で同じゼミだった高野明良を引っ張ってモールの端までやってきたところで、ようやく腕を放し、まくし立てた。


「まだあきらって呼んでくれないのか。いつも名前で呼べって言ってるのになぁ。いや、目の前でそんな不審な行動をとってりゃ、そりゃ、声くらいかけるさ」


 明良は放された腕を少し残念そうにしながら、真琴を見た。


「ふ、不審な行動って、どんな言い掛かりよ!」

「俺が見てるだけでもう、三十分近くは怪しいストーカーやってたじゃねぇの。あれ、去年卒業した塚本さんだろ? 真琴さんの友達の倉田さんの彼氏の。なんか、女連れだったな」


 ぐ。真琴は口ごもった。ほぼ、最っ初から見られてる!! これだけ明確に現場を押さえられてしまうと、言い逃れるのは難しい。


「どっから見てたの、閑人ね、ヒトをつけまわすとか、ほかにすることないの?」

「真琴さんに言われたくねぇけど。他人の恋路に首突っ込むと、ロクなことにならないぜ」

「うるさいな、そんなんじゃないわよ、ほっといてよ! 大体、高野君に関係ないでしょ! それよりもこんなとこで何してんのよ!」

「俺ぁ買い物だよ。いやぁ、だいぶイライラしてんな、真琴さん。まあ落ち着けよ、コーヒーでもごちそうしてやるから」


 いらないわよ、名前で呼ばないでって言ってるでしょ、と言う真琴をなだめ、今度は明良が真琴の腕をつかんで、すぐそこの珈琲店の奥の方の席へと連れ込んだ。


「カプチーノ好きだよな? 俺はブレンドで。お、ケーキも美味そうだ」

「買収には応じないからね、一切黙秘します」

「いやいや、そんなつもりはないよ、これは純粋に、惚れた女を口説いてるだけです」

「なっ、なに言ってんの、こんな人前で!!」

「真琴さん季節モン好きだろ、二人で分け合おうぜ。じゃ、苺のモンブランと苺のレアチーズでお願いします」


 慌てて赤くなる真琴をよそに、明良は、釣られてうっすら赤くなっているウェイトレスを、二人分の注文を終わらせることで追い払った。


「いやぁ、運命的じゃねぇの、何の約束もしてないのに、こんな偶然会えるなんて」

「……」

「最近、真琴さん、つきあい悪いしな」

「……」

「久し振りに顔見れて、すっげぇ嬉しい。メールと電話だけじゃやっぱ物足りねぇよ」

「……」


 真琴は明良の言葉に、心の中でいちいち、何が運命だ、一週間前に会ったばかりじゃないの、こんな間の悪い時に見つかるなんてこっちはサイアクだ、などと突っ込みながら、それでもこらえて沈黙を続けた。


「真琴さん、一週間見ないだけで、さらに美人になったよな。真琴さんも俺に会えなくて寂しかったんだろ、その寂しさが女をきれいにするのかねぇ。その強くてきれいな瞳も、前から好みだったが、さらにたまらなくなってきた」

「……」


 だんだん、耐え難くなってきた。


「あんまりきれいになっちまうと、余計なムシがさらに寄ってくるよな、そんなの俺が耐えられないから、もう、真琴さん、いい加減あきらめて、俺と結婚を前提につきあっちまえよ」

「だれがつきあうかっ!!」

「フフン、勝った」


 明良はニンマリと人が悪そうに宣言し、でも全部本心なんだぜ、とカラリと笑った。


「なにが本心よ、あんたそんなペラペラ女を褒めるようなキャラじゃないでしょ! 白々しいのよ!」

「そうそう、他の女なんか褒めないよ、真琴さんだけ。俺は独占欲が強くて一途なタイプなんだ。だから、邪険にされてもずっと、真琴さんを口説いてるだろ? 惚れてからこっち、些細な浮気も一切ないぜ。真琴さんと話すときは、いつだって本音をさらしてる。それに、真琴さんが本気でいやがるようなことも、してないはずだ」

「それは……」


 確かにゼミ選択を済ませた後の初対面の挨拶からずっと、明良は真琴をかまいつけてきたが、その押しの強さに反して、絶対に受け入れられないことはそれ以上押し付けてくることはないし、本当に大切に思うことに関しては、真琴の行動を黙って見守ってくれるようなところがあった。

 実のところ、最初の頃はともかくとして、今では、男嫌いを自認する真琴がポンポンきついことを言ってもすべて大らかに受け止めてられてしまうものだから、真琴が意地を張って引っ込みがつかなくなっているだけなのだ。

 明良は時間をかけてじっくりと、自分が近くにいることに慣らしながら、少しずつ真琴の内側に入り込んできた。

 真琴の見ていないところでは寄ってくる男どもを威嚇して追い払ったりはしているものの、今のところは、すぐそばで見守るだけにとどめている。名実ともに手に入れるのはいつ頃がいいかと、虎視眈々と機会を伺いながらのことだが。

 そんな態度を見咎められて、一度、真琴を大切に思う加奈子から、クギを刺されたことがあった。円満な話し合いによって、明良の本気はすでに納得してもらってあるが。


 注文の品はお揃いでしょうか、ごゆっくりどうぞ、というウェイトレスの言葉を聞いてから、明良は真琴に真剣な顔を向けた。


「何があったんだ? 何を悩んでる? 俺に相談してみろよ、俺は頼りになる男だぞ」


 自分で言わないでよ、頼りにならないとは言わないけど、などと呟きながら、真琴はあきらめたように、でもほっとしたように、ため息を吐いた。

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