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真琴は賢一郎に怒っている

 真琴はとっさに人混みに隠れた。


(何してんの、私?)


 次の日の土曜日。自宅に遊びに来るようかなり強く誘ったものの、加奈子に断られてしまったため、なんだかモヤモヤとして時間を持て余した真琴は、午後も遅めだったが、よく行くモールに春物の服を一人で見に来ていたのだが、たまたまそこで女連れの賢一郎の姿を見つけてしまった。

 その背中をつい、こそこそと追ってしまう。


(確かに加奈の言うとおり、美人だね)


 真琴の目の前で、仲良さげに笑いあう男女。年上彼女の前で、甘えつつ背伸びする年下彼氏。そんな二人の後を一定の距離を保ちながら追って、向かい側の店から様子を伺い、見つからないように観察した。


(今日相手の家に挨拶に行くって言ってなかったっけ。もう終わったのかな。向こうで夕食一緒にしたりしないものなの? 親に嫌われてきたんならザマミロだけど、お昼ごはん一緒してきたとか? 最初からずっと一緒だと緊張するから、相手の女が気を使ったのかな。こういうの、縁がないから分かんないな。そういえば休みなのにスーツ着てる。親受け狙いか)


 観察しながらも思う。何という幸せカップル。そしてそれを尾行する自分は何という不審者か。我ながら、ストーカーにでもなった気がする。なんか、すごく寂しい女みたいだ。


(でも、ハラがたつのよ)


 真琴には、加奈子が置かれたこの状況が、全然納得いかなかった。

 大体、見るたび毎回いちゃいちゃしていた、加奈子と賢一郎のカップルが、実はカップルじゃなかったとか、あり得ない。そんなのこじつけだ。

 恋人同士の破局に、フェードアウトというのはありだろうが、加奈子たちの関係においてはあり得ない。生活圏が重なりすぎているから消えようがないし、第一、賢一郎が社会人になってからもデートしていたのは真琴だって知っている。

 加奈子によれば、最後まではイタしたことはないらしいが、キスはしていたとか。真琴の感性からすれば、友人や兄弟とは、絶対に、キスしない。二人はつきあっていたのだ。

 ほかの女を好きになったのなら、それだって真琴としては本当に腹立たしいことだが、もしそうなったのなら、最低限、加奈子に対してキチンとけじめを付けるべきだなのだ。いきなり、新しい女に妹として紹介するんじゃなくて。これじゃまるで、加奈子の恋心が、無かったことになってしまっているじゃないか。そんなの、普通にフられるよりも、何倍もひどい!


(でも、どうしたらいいんだか)


 真琴は加奈子を助けたかった。

 加奈子のことが大好きだったし、本人に言ったことはないけれど、実は尊敬していたから。

 真琴は友達が少ないタイプだ。派手めの整った顔立ちや、キツめの口調、そういうちょっとしたことから生まれる誤解から、女子には敬遠されがちだし、見た目だけで軽い女と誤解する男子には、勝手にちょっかいを出されて、つい、生来のキツい口調で撃退しては恨みを買っていた。そのうえソイツを好きな女子からも、いらぬ反感をさらに買う。

 大学入学直後にも、例によって例のごとく、真琴自身は覚えていない、ほんの些細なことで、反感を買ってしまった女子に詰め寄られたのを、加奈子に助けてもらった。

 その時、真琴はまだ加奈子と友達にはなっていなかった。たまたまオリエンテーションの席が隣だっただけの、顔見知りとも言えない状態の真琴のことを加奈子はかばってくれたのだ。


 加奈子は持ち前のふわふわした雰囲気で、絡んできた相手と真琴の、ぴりぴりした気持ちをなだめた後、それぞれの言い分をごく自然に聞き出し、微塵も押しつけがましさを感じさせないままに仲裁してのけた。信じられないほどのさりげなさ。

 最終的には、真琴は勿論、相手の女子も、加奈子の友達になっている。うかつに他人の揉め事に首を突っ込むなんて、どんなイヤな目にあってもおかしくないのに。なんという対人スキル。真琴には絶対に真似できない。

 真琴は自分のコミュニケーション能力が低いことを自覚している。友達百人を地でいく加奈子のようになりたいわけでは決してないが、いらぬ敵ばかり作る真琴のような性格では良くないなんてことは、真琴だって重々承知しているのだ。


「マコちゃんの物事ハッキリ言ってくれるとこ、わたしは大好きだよ。マコちゃんはウソをつかない、真っ直ぐで誠実な人なんだよ」


 周囲の和を大事にする加奈子と、言わなくていいことまで口にしがちな真琴は、正反対のようでいてなぜか気が合い、大学生活のなかでどんどん親しくなっていった。

 それにしたがい、賢一郎が加奈子に接する姿も、ごく身近に見るようになった。学部も学年も違う加奈子を迎えにきたり、待ち合わせたり、加奈子の作るお弁当を食べていたり。

 つきあいも長いらしいのによくあきないねと思っていた。

 さすがに、賢一郎が卒業してからは、学生と社会人とで時間が合わないと、寂しそうにしている加奈子の姿は見ていたのだが、まさかこんなことになろうとは。


(私だったら、その場で怒鳴っちゃってるよ)


 怒り狂って、掴みかかっていたかもしれない。


(とっさの判断とか行動って、人となりがでるんだよね)


 本人が言っているように、混乱していたというのもあるだろうが、その根底にあるのは、加奈子の、自分より人を思いやる性格であり、読み過ぎるほど空気を読んでしまうその性分だろう。

 真っ白になるほどの混乱状態だからこそ、無意識がいつもの行動をとらせてしまったのだ。

 真琴は、そんな加奈子を歯がゆく思う。勿論、賢一郎がサイアクなのは当然のことだが、もし加奈子がその場で気持ちをぶつけていれば、こんなドツボにははまらなかったかもしれないのに。


 でも、これが加奈子だよねとも思う。自分の優先順位が低い、損な性分。

 大体の場合は、ふんわり空気で包み込んで、周りのことも加奈子本人も和やかなままに場を整えるのだけれど、そんな毎回完璧にできるわけではない。そんな時、いつも、加奈子は自分ではなく、人を思いやる方を優先してしまうのだ。自分を下げて、人をたてる。


 それは加奈子の美点であり、弱点だ。

 普段はズケズケと、お人好しはやめろとか、もっと自分を大事しろとか言ってしまう真琴だが、実はそんな加奈子が大好きだ。

 だって、こんな子、なかなかいない。

 尊敬できる友人を持った自分は捨てたもんじゃない。加奈子にとっても、自分がそういう友達になれればいい、そうあれるように努力しようと思う。


 賢一郎も、そんな加奈子の弱点と表裏一体の美点を分かっていると思っていたのに、まさかそれにつけ込むなんて。まさか、あの加奈子の好きな人が、加奈子に対してそんなことをするなんて。


(どうしたらいいの。私に何が出来るんだろう)

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