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本当に彼女じゃなかったの?

「そんなバカな」

「……うん」

「それあり得るの」

「……うん」

「……そんなバカな……」


 真琴は、電話で話した友人の加奈子があまりにも元気がなかったものだから、加奈子の両親が仕事で留守の自宅に押しかけていた。加奈子が香苗の存在を知ってから、もうすぐ一週間という金曜日のことだ。

 強いて打ち明けさせたものの、掛ける言葉が見つからない。

 賢一郎に対して心底怒りを感じた。加奈子のキラキラ光るような恋心を知っている真琴にしてみたら、加奈子が不憫でならない。ならないのだが。


「だって、あなたはわたしの彼氏よねって確認するタイミングなんてなかったから」


 この周囲公認の幼馴染みカップルは、そのあまりの馴染み具合のせいで、当事者の片方を含む、周囲の誰一人にも疑問を抱かせることのないままに、もう片方の当事者がカップルとしての自覚が足りないことを見過ごしてしまったらしい、と、加奈子は言った。


「物心ついてからずっと大好きって言い続けてきたし、大きくなったらお嫁さんになるって言った時はありがとうって言われたし、バレンタインだって欠かさないで渡してきたんだけど……」

「でも相手の言質は取っていない、と。加奈、アンタ、そんなバカな話って」

「お嫁さんのくだりでお礼を言われただけなの、思い返してみると……でもその時はそんなの必要だなんて思いもよらなかったの、もう、当然って言うか、拒否されたことなかったし、キスだってしてもらってたし……。賢ちゃん、恥ずかしがり屋さんだな、でもいつかは言ってくれるかな、プロポーズの時とかにはきっとって、考えてたんだよ……」


 今、加奈子は自分は大ばかだと心底思っていた。特に一番後悔しているのは、どうしてきちんと告白して受け入れてもらわなかったのかということだ。そうしていれば、少なくともこんな状況には陥らなかっただろうに。

 真琴は、そんな加奈子を呆れた目で見つめた。なんというお人好しかと、ため息も出ない。


「でも、アイツからそのネックレスもらったって、喜んでたじゃないの。初任給で買ってもらったんでしょ。そんなの間違いなく、長年つきあってきた彼女へのプレゼントでしょ」

「うん、わたしもそう思ってたんだけど、よく考えてみたら、お気に入りの妹にあげるっていう場合でもありなのかなって」


 当時、加奈子はひどく喜んだ。

 キスはしてもらっていたが、ステディリングとか、そういう類の物はついぞもらったことがなかったから。

 あとに残る装飾品では、このネックレスが最初で最後。

 高校生になった頃、そろそろお揃いの指輪とか欲しいよねと思った加奈子は、でも、誕生日にもクリスマスにもホワイトデーにももらえず、待ちきれなくなって、高校に入ってすぐ追いかけるようにして始めた、賢一郎と一緒のバイト先で稼いだお金と、貯金とで、賢一郎の誕生日にファッションリングを贈ったのだ。賢一郎にねだることなく、自分の分もお揃いで買って。

 ヒトに頼るよりも、自分で何とかしようとする、妙なところで自立心あふれる女、それが加奈子だ。

 今の加奈子が、過去に戻ったら、どうしてあと一押し、話を詰めようとしなかったんだと、当時の自分を叱り飛ばすだろう。そして、あの時の不安感をもっと重要視すべきだと忠告するだろう。


「賢ちゃん、アクセサリーは嫌いだって。何とか受け取ってはもらえたんだけど……」


 自分の分もあるなんてとても言えなかった。そのリングはずっと大切に、自宅の机の、鍵の掛かる引き出しにしまってある。賢一郎にあげたリングをその後加奈子は見ていない。


 その賢一郎の左手に、指輪がはまっていた。

 加奈子は、賢一郎からもらったネックレスをまだ外していない。


「……そういえば、今年は、一回もキスしてもらってなかった……」

「え?」

「……なんか、年明けてから、ああ、クリスマスもか、お互いの家族みんな揃ってって感じで、二人で会う機会もててなかったよ……。本当に、わたし、賢ちゃんの彼女じゃなかったのか……」

「そんなわけないでしょ!!」

「……そうなのかな……。でも、賢ちゃん、友達にもあの人のこと、紹介してるみたいで……」


 加奈子の顔色は冴えない。化粧で上手に隠していたが、よく見ると目も充血しているようだ。当然だ、賢一郎の認識はともかく、加奈子達は周囲公認のカップルだったのだ。失恋そのものもショックだったのに、そのうえ加奈子は寝取られ女の汚名も着せられている。

 浮かれている賢一郎は友人に香苗を婚約者として紹介するのをためらわない。賢一郎の友人は、大部分が加奈子の友人でもあるのだ。一部の、前から知っていたらしいメンツを除いて、皆、驚愕した。


「加奈はどうしたんだ」


 賢一郎を陰に引っ張っていって、小声で訊くが、幸せオーラ全開の賢一郎はケロリと答えた。


「加奈ちゃんにももう紹介したよ、大事な妹だからな」


 内容にもちゃん付けにも驚いて、さらに訳が分からなくなって、最後は加奈子のところに連絡がきた。加奈子にだって、説明なんか出来ないのに。加奈子自身がまだ全然、事態が飲み込めていないのだ。飲み込みたくないだけなのかもしれないが。


「すごく美人で、でも気さくそうないい人だよねって、答えたけど。……だってそうでも言わなきゃ泣き出して、話せなくなりそうだったんだよ……」


 でも、みんなすごく心配してくれてて……、と加奈子はぼそぼそ続けた。


「相手の、その、香苗さんだっけ、その人、どう思ってるのかね、加奈のこと」

「会ったのはあの一度きりだし、実際のところはわからないんだけど。……でも賢ちゃんのお母さんも言ってたの、妹って。だから、あの人も、そんな認識なんじゃないのかな、会った時には、そう言われたし。……わたし、賢ちゃんの妹だったのか……」


 加奈子の両親は賢一郎に対して激怒していた。当然だ。娘が二股かけられて、突然捨てられたとしか思えないのだから。加奈子としては、自分自身で打ち明けるまで、隠しておきたかったのだが、ご近所さんにも公認だった加奈子と賢一郎の関係は、こんな時に不都合だ。次の日にはバレた。加奈子の母親の美奈子はその話を聞いてすぐ、賢一郎の家へ怒鳴り込み、自分の幼馴染みでもある賢一郎の母真理恵と派手に言い争い、絶交を言い渡してきていた。


「……どうしよう」


 真琴は加奈子を見た。

 ひいき目じゃなくて、客観的に見てもすごく可愛い子だ。派手ではないけど、きちんとおしゃれに装うことを知っていて、料理をしたり、お菓子を作ったりといった女の子らしいこともも得意。見た目ふわふわとしたか弱げな外見に隠れているけど心だって強いし。

 加奈子は思いやりの気持ちとか、自分が相手を支えたいとかいう気持ちがすごく強い子なのだ。大学入学当時のある出来事で、自分より背の高い真琴をかばってくれたのを、真琴は忘れていない。

 加奈子みたいな子は男女問わず人気があるものだが、本人は賢一郎に対して一途で、ほかの男なんか見向きもしなかった。真琴は、そんな加奈子をお嫁さんに出来る賢一郎は幸せ者だと、ずっと思っていたのに。


「アンタ達がカップルじゃないとかあり得ないでしょ、あんだけヒトの目の前でいちゃいちゃしてたのに。どう見てもつきあってたじゃないの、ホント、あり得ない」

「……わかんない」


 連絡を取ってきた友人たち、一人残らずみんなに言われたことだ。そんなこと、本当は加奈子だって思ってる。でもそうとでも理屈をつけなくては理解できないのだ。

 何かの拍子に元の世界に戻ってるんじゃないか。香苗なんかいなくて、自分を愛してくれる賢一郎がいつもそばにいてくれる、そんな世界に、寝て起きたら戻ってるんじゃないか。一週間経っても、そんな妄想が湧き出てやまず、現実的に考えることが出来なかった。


 振られたなんて、考えたくなかった。

 賢一郎が、こんなひどい振り方をするなんて、考えられなかった。

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